あけおめー!


■年中行事■


「あけましておめでとうございます」

客商売のくせして口の悪さに定評のある恋人が、畳の上にきっちり正座して頭を下げる。
身長がほぼ変わらないせいで普段は見えることのないつむじが見れる貴重な機会はしかし、おれもコイツと同じようにして頭を下げていたから眺めることは敵わなかった。

「本年もどうぞよろしく」

と付け足したおれに、薄い唇の端をにまんと上げて「お手柔らかに」と嘯く。
昨年の年越しで全く同じやり取りをした際、なんとなくムラッと来たおれが即座に押し倒したのをしっかり覚えているらしい。
まああの頃は一緒に暮らしはじめたばかりで、何もかもが新鮮だったのだ。
チャラチャラした外見の割りに、厳格な祖父の元で過ごしてきたという恋人は、季節ごとの節目に行われる「行事」めいたものに拘りがあるようだった。
生活を共にするまでは知らずにいた恋人の二面性めいたもんについ興奮したのは世間で呼ばれるところの「ギャップ萌え」というもんに違いない。
年が変わったら行こうと約束していた初詣はおろか、初日の出を拝ませることすらしてやらなかった。
まあ本人も満更ではなさそうだったのでよしとする。
照れ交じりに「まさかてめェと姫ハジメする羽目になるとはなァ……」なんてため息をつきながら、我に返り流石に反省していたおれの頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
恋人は半日起き上がれない状態であったので、もし前の晩に御節料理の用意を済ませていなかったら、可愛らしい行為はヘッドロックに変わっていたに違いないが。



まあそんな感じに始まった去年は、たまに手足の出る喧嘩をすることもあったが特に大きな波風が立つこともなく、むしろ新婚夫婦のノリで過ごしているうちに暮れて行き、晴れて二年目に突入だ。
おれらに限っては三年目のなんとやらも起こりっこねェだろうから、来年もまた同じように二人で……そこまで考えてから、ふと

「……来年はおれかお前の実家で迎えるか?」

と尋ねてみた。
男同士の同棲が双方の家族にバレてひと悶着あって以来、なんとなく互いの実家とは縁遠くなっていたが、どうせ死ぬまでこのままなのに意地を張るのもバカらしい。
そう告げると恋人は一瞬ぱっと青い片目を瞠り、それからゆっくり微笑んで、

「あー……確かにそろそろ、って思わねェでもないけど」

畳についたままだった腕をおれの首にするりと伸ばしてきた。
ちゅ、と軽く音を立ててすぐに離れる唇は、嬉しそうに両端を上げたままだ。

「おれ、てめェのご両親とか、ましてやうちのジジイの前でこんなコトする度胸はねェよ」

ぱちっと瞼を降ろす。
これはあれだ、本人は多分ウインクなんてのをしたつもりなんだと思う。
おれの恋人はもう片方が髪の毛で隠れていることをすぐに忘れるアホなのだ。
おれはひとまず「そりゃやべェな」と同意して、細い体をさっさと肩に担ぎあげた。

「ちょ、おい」

途端に慌て始めた恋人の小さい尻をぺろんと撫でてベッドへと向かう。
ぽいっとマットに放り出された男は噛みつく勢いで苦情を申し立ててきたが期待には応えねェと。
今年も初詣初日の出はパスになりそうだ。



おわる


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