大人にならなきゃわからない

 ゾロのことばかり考えてしまうのが情けなくて始めた料理なのに、ゾロのことばかり考えながら腕を動かしていた。
 これは好きだろうか、気に入るだろうか。
いつもみたいに美味いとニッカリ笑うだろうか。
 自ら避けた彼のことばかり考えていた。レシピの渦巻きの真ん中にはちゃっかりゾロを置いていた。
 最後に見てから、まだわずかしか経っていない。
明日になればまた定位置に座る男に会えると判っているのに、たった一日も彼のことを忘れることが出来ないなんて。
(いやいやそりゃねェだろ、だってたったの一日だぜ?)
 片想い期間中は店休日に会うなんて夢のまた夢だったし、ゾロが不慮の事故に遭って姿を消していた二ヶ月ほどは、カウンター越しにまみえることすら叶わなかったのだ。
 見舞いに行って追いかけられて、派手に告白されたあとは差し入れ持参で毎日病院まで押しかけたけど、あれはマリモ不足が長かったからで、退院してからは別に。
 別に?
(…毎日欠かしてねェ…!?)
 そんなバカな、とサンジは遠い過去を振り返ってみた。
深い関係にまで進んだ相手との交際を思い起こしても、ここまで気分を引き摺ったことはついぞない。
 特別な情で繋がった恋人をサンジはいつだって大事に大事にしてきたつもりだけど、サンジと料理とは血縁以上に切っても切れない間柄で、仕事に感けるあまりいつの間にか距離を置いてしまうことのほうが多くはなかったか。
 もしゾロと料理を天秤に乗せてどっちを取るか、と問われたとしたら、やはり答えは決まっている。
侘しい話だが仕方ない。コックはサンジの天職なのだ。
 けれどこれまで星の数ほどこなしてきたその中で、彼のために作ることほど心躍らせたことがあっただろうか。
(ほんと、どんだけ…)
 どれだけゾロが好きなんだろう。
 サンジははーっと長く息を吐いて、シンク下の収納ユニットからストック用のタッパウェアをあるだけ取り出した。
 弁当箱にきっちり彩りよく詰めるのもありだけれど、翌日も弁当なのだからそれは味気ない。
目の前であっためなおし、ちまちま集めた食器に載せて、さあ召し上がれ、と威張ってやるのだ。
 全て平らげたら食後にクソ甘ったるいデザートを振舞ってもいい。多分絶対間違いなく好物だ。
 めちゃめちゃに恥ずかしいけど、覚悟なら。
ホントはとうの昔についている。
(2008/08/15 大人にならなきゃわからない2より)














 CROSS ROAD

 腰骨にがっしり両手を添え一部分だけを支柱がわりに浮かせた状態での突き上げは、柔道で培われた底抜けな基礎体力を誇るゾロならではの性技だ。
 そこらのAV男優顔負けの技量を精力とともにありったけ可愛い恋人に注ぎ込んでいるわけだから、流されやすいサンジがすっかりピンクに染め上げられたのも無理はない。
「んん、むむ、う、ん」
 唇は以前として塞がれたままで、自然と口をついて出る嬌声は出口を失って敢え無く鼻へと抜けて行く。
 段々と息苦しくなってきたようで、サンジのくるんとした眉毛が下方向へふにゃっと角度を変えた。
 薄目でそれを確認したゾロは、そろそろ許してやるかとばかりに彼の唇を解放し、ほっと息をついたところを見計らって、ずん! と最奥まで男根を押し込んだ。
「ッあ!」
 急な刺激に堪え性のない先端からとぷっと白濁が溢れ、サンジは焦点の定かでない青い瞳を見開いて視線を彷徨わせる。
「お、おれ、まだ、」
 舌っ足らずに呟く言葉にゾロは頷きで返し、
「好きなだけ、イカせてやる…!」
そこからは無言で激しい抽挿を繰り返した。
 際どい部分を抉る激しいスライドにサンジの軽めな頭からは声を殺す、なんてマナーはすっかり消え去っていて、乱暴に揺さぶられるままひたすら啼き続けるしか出来ない。
 太いカリ首がずちゅっ、ずちゅっと淫らな音を立てながら、サンジのいいところを余すところなく擦りあげる。
 内側をじかに責められて、達したばかりの性器はぴたりとくっついた二人の腹に挟まりながらあっという間に勃ちあがった。
「ア、ア、…あアッ…! っは、…ぅあ!」
「っく、う…っ!」
 やがて仲良く揃って限界を迎えた二人だが、果てる瞬間ぴーんと高く上がったサンジの片足が、ふうと脱力した余勢でもって隣室とを隔てる壁にクリーンヒット☆したのは不運だとしか言いようがない。
 足癖の悪い職場の上司に対抗するうち、上出来すぎる弟子はいつの間にやら自らもその技を身につけていた。
 完璧な角度で決まった踵落としは薄っぺらい壁を無残にもベキッと割ってしまい、
「あら」
「「!!!」」
「―――そう、男の方だったの…」
大きく開いた穴の向こうにいた隣人がほけっと漏らした感慨は天国から帰ったばかりのサンジを瞬殺し、一気に地の底まで落とし込んだ。
(2008/08/15 海戦厨房A LA CARTE2より)















 大人にならなきゃわからない

 血気に逸りすぎて失敗に終わった初夜を取り返すべく、ゾロはことさら慎重にコトを進めた。
 キスだけでぽわーっと蕩けかけた青年にぐわーっと来たのをなけなしの理性で押さえて「一服したら風呂を使え」と親切ぶった態度で勧め、彼がシャワーを浴びている間にあらかじめ購入しておいた新品のタオルと着替えを出してやり、冷蔵庫の三五〇ミリ缶が冷えているか確認し、ベッドのシーツについた皺をぴしっと伸ばす。
 かつてこれほど気を遣って『準備』したことがあったろうか、と自分でも感心するくらい頑張った。
 らしくないのは承知の上だ。
湯上りでほんのり旨そうに染まった肌から敢えて目を逸らし、ビールを渡しがてら入れ替わりにバスへ向かう。
 何気なくさりげなく、自然に自然に。
心の中で、念仏のように何度もそう唱えた。
 帰宅後の長風呂はゾロにとって飲酒と並ぶ数少ない楽しみだったけれど、あまり待たせると立ち仕事に疲弊したサンジが転寝してしまうかもしれない、なんてことまで考えて、自分はざっと汗を流すだけに留める。
 裸の上半身にバスタオルだけ引っ掛けてリビングへ戻れば、おでん屋は洗い髪のままキッチンでごそごそしていた。
 早めに済ませたゾロの気も知らず、
「カラスの行水だなお前。勝手に使わせて貰ってるぜ?」
ツマミは欲しいよなーなんて包丁片手に笑ってみせる。
 ゾロが自分の失敗を悟ったのはこの時だ。
おでん屋は屋台で使ってる前掛けをわざわざ荷物から引っ張り出して身につけていた。その下はもちろん、ゾロが深く意図せず誂えたパジャマがわりのTシャツと半パンで。
 膝丈の黒い前掛けから真っ白な細い足がにょきっと飛び出した姿は、なんていうかもう、犯罪的にエロかった。
「メシならお前のところで散々食った。どうせ食うなら」
 お前がいい、とベタな台詞を恥ずかしげもなく吐いてしまうほどエロかったのだ。
(2008/06/29 大人にならなきゃわからない1より)























 カルナヴァルの夜

「俺がトチ狂ってたなァ確かだが? もしもてめェがおっ勃ててさえなきゃだな、俺のケツは今でもばっちり処女だった、ってコト」
「………」
 言われて見ればその通りで、ゾロはぐっと言葉に詰まる。
生真面目な剣士らしい態度にサンジは苦笑して、ひらひらと片手を振った。
「あー気にすんな。責めてるワケじゃねェし、俺としちゃあてめェが相手でかなりその、…助かったわけだし」
「俺で助かった、だと?」
 怪訝そうに聞き返すのに、サンジは「うん」と神妙に頷き、
「船長や鼻やトナカイはやっぱまだちっとガキすぎっからな。下手したら、イヤ絶対あいつらチェリー君だぜ? ハジメテ突っ込むのが男のケツの穴じゃ流石にやりきれねェだろ」
 罪悪感で夜も眠れなくなっちまう…! 大袈裟に我が身を抱きしめたコックにゾロは天を仰ぎたい気持ちになった。
 掘られることに関してはどうでもいいのだろうか。
「その点てめェならホラ、そっちの専門店でムダに経験積んでそうだし…イヤイヤ別に野郎専門って意味じゃねェぞ?」
「! ! !」
 思いつきにぶふっと噴出す姿の小憎らしさといったら。
あまりな言種にゾロは脳味噌がくらくらしてきた。
 この無神経なアホこそ、何ひとつわかっちゃいない。
しかし昨夜のコックが明らかに『異常だった』ことは確かで、今のコックが『いつも通り』なのも確かだ。
(悪魔が降りてた、か)
 言われてみればなるほど、憑き物の落ちたような印象がないでもない。いろんな意味でスッキリした顔をしている。
 無神論者のくせしてうっかり納得してしまったゾロは甚だ不本意ながら、ぐうの音も出なくなってしまった。
(―――だが、)
 理解できたから納得できるというものでもない。
(あいつらはダメで、俺ならいいってのか。こっちはとんだとばっちりじゃねェか!)
 そんなつもりなんかまるで無かったゾロへ、潤んだ瞳で誘いをかけたのはこのコックなのに。
(2008/05/04 カルナヴァルの夜より)
















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