獣の刻印 |
せめてと汚れた部分だけ手洗いし、人気の少ない早朝からコソコソしているサンジの背中はどことなく哀愁に満ちて痛々しかった。 ゴシゴシやりすぎて毛羽立ったウールにグル眉を下げ、 (バレんのも時間の問題だなこりゃ) アハハハ〜と虚ろに嗤いながら、局地的に濡れた毛布を物干し竿に引っ掛ける。 サンジの想像以上に聡い女性陣がとっくの昔に二人のシモ事情を把握しているのは言わずもがなだ。 さてそんな働き者に声が掛ったのは、二階甲板での一仕事を終えて再びキッチンへ戻ろうとした時だった。 船を繋いだ港のほうから「おーい」と男が呼んでいる。 これまで一度も耳にしたことのない声だ。きょろきょろと周囲を見渡すが、時刻は常人の活動時間にはちと早く、サンジ以外には誰もいない。 不思議に思いながら船べりに寄って下を眺めると、小汚いリュックを背負ったさえない風体の中年が、船上のサンジに向かって激しく両手を振っていた。 「…どちらさんで?」 小ぢんまりとしたメリーと違い四層構造のサニー号はかなり高さがある。距離の分だけ大きくなった声に、中年男は慌ててシーッと「静かに」のジェスチャーを取った。 右手の人差し指を唇にあてたまま、左手で(降りてこい)とちょいちょい手招きする。 (えらく馴れ馴れしい野郎だな) カチンと来つつも長く接客業に従事していたサンジは基本誰に対してもサーヴィス精神を発揮してしまう性質だ。渋々を絵に描いたような顔でだらだらと一階へ降り、手摺に手を掛け梯子も使わず一息に港へ飛び降りる。 結構な高さから軽々着地した青年を男は唖然と眺めていたが、不機嫌丸出しといった趣に、慌てて笑顔を取り繕った。 「見かけに寄らず凄ぇんだなあんた…伊達に海賊船に乗ってるわけじゃねぇってことか」 「あァ? なァに知ったかぶったコト言ってんだ」 胸元から取り出した煙草に火をつけて、空へ向けふうっと紫煙を吹き上げる。 思いっきりの上から目線で、 「誰だてめェ。ココの神父さんにゃ見えねェが、うちの船になんか用かい」 サーヴィス精神は旺盛でも男に愛想はオマケしてやらぬ主義なサンジの態度はチンピラそのもの。 しかし男にはどうでも良かった。若僧が生意気なと思いはしても、ニコ・ロビンに手酷く振られた後では可愛いものだ。 「用があるのは船じゃなくてあんただよ黒足のサンジ。俺はジェニングス、これからあんたの命の恩人になる予定だ」 「…は?」 負けず劣らず上から目線な台詞に、チンピラ青年はアホ面で煙草を取り落とした。 (2009/11/03 獣の刻印/後編より)
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Love or Lust? |
冗談じゃねェと身を捩ったサンジの首筋に、あーんと大きく口をあけて、ゾロはかぷりと食いついた。 「っ痛ぅ!」 「じっとしてろ邪魔くせぇ」 「じゃ、じゃまってそんな」 「―――喰い千切るぞ」 器用にも襟足近くに噛み付いたままゾロは澱みなく言葉を発し、急所を押さえられての脅し文句に、サンジは彼がその顎で愛剣を自由自在に振り回すさまを思い浮かべて背筋を凍らせた。 何がここまでゾロを駆り立てているのか定かではないが、三刀流のロロノア・ゾロといえばかつてはイースト中の悪人を震え上がらせたほど容赦のない海賊狩り。目的のためなら手段を選ばない男+その本性はドーブツである。 情けない話だがヒートアップした拍子にうっかり仲間の命を奪わないとも限らない魔獣なのだ。 (やばい) 本気で身の危険を感じてざあっと鳥肌を立てたサンジを、ゾロが鼻先でクッと笑う。細首にくっきりついた歯型を舌でぺろりと舐めあげるさまはまさに獣だ。 「手で抜けるかどーか確かめるだけだ。乱暴にゃしねぇ」 「もうじゅう…っぶん乱………うあっ」 言い終わらないうちにもう一つの急所をきゅっと握られて、サンジはぐっと白い喉を仰け反らせた。 「やめ、やめろって」 「なんで」 「なんでって、あ、バカ、野郎なんかに触られたって」 「…ヨクなんねぇか?」 耳元で低く囁かれた瞬間、ぞくりと全身に痺れが走る。 大きな手のひらに包みこまれる様にして直接やんわりと刺激を受けている部分が急激に熱を持ち始めていく。 (嘘だろ…!?) 先刻はゾロに見られていると思っただけでダメだったのに、この変化はどうしたことだ。 「なぁ、どうなんだよ。右手の持ち主が変っただけだぞ」 「ヨク…なるわけね…ッ」 「勃ってきてんのに?」 「ふあ、あ、や、」 (2004/12/29 海戦厨房VARIE4より)
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獣の刻印 |
こてんと倒れた小さな頭にゾロはひょいと顔を近づけると、疑問符を浮かべたアホ面の中央を甘噛みした。 「へ」 離れた唇はすぐまた同じ位置に戻ろうとして、 「まっ待て待て! てめ、てめこの、何しやがるッ!」 「あァ? 誘ったのはお前じゃねェか」 押し遣ろうと肩へ伸ばした両腕をがっしり掴まれる。 「誰が誘ったよ!? つうか離せ!」 「やなこった。おい暴れると折れるぞ?」 ゾロは大きな掌で薄っぺらい手首をまるごと覆うように握り、脅迫めいた台詞と共に少しばかりそこへ圧を加えた。 仲間の馬鹿力は熟知している。サンジの骨なんか、ゾロにかかれば文字通り赤子の手を捻るレベルで砕ける筈だ。 腕力以前にコックの魂を傷つける男ではないことも判っていたが、キスをかまされた後では正気からして疑わしい。 ウッと怯んだ隙をついて、ゾロはサンジの両腕を纏めて背中へ回してしまう。 丸まった指先に冷たい木肌が触れた。 「てめ、いつの間に!」 「お前がぼんやりしてるだけだろ」 驚いたことにいつの間にやら壁際へ追い詰められている。 頼みの綱はサンジの武器である両足、されど全身をぴたりと密着されてしまった状態では身動ぎすることも出来ない。 身長はほぼ同じでも、体格は一回り以上違うのだ。 鍛え上げられた筋肉の硬度を肌で感じて、サンジはギャーッと悲鳴をあげた。 「ちょっと待ておかしいだろこれ! まさか酔ってんのか」 「あの程度の酒で俺が酔うわけねェだろ」 「イヤ知らねェよ…」 「それもそうか」 にいっと悪人ヅラで笑いながら、ゾロは白い額に浮いた汗を舌を出して舐め取る。マトモな会話をする気は全くないらしい。 生温く柔らかい舌は離れることなくこめかみへと移り、やがて耳元まで到達した。 ふうと掛かった息にざわーっと総毛だったサンジである。 (やべえ) 理由はさておきここまで来ればその目的だけは理解できる。すごく信じ難いし何かの間違いだと思いたいし、いっそ性質の悪い悪戯だったりしたほうがまだマシなのだけれど真実は常にひとつしかない。 なにしろサンジはさっきから、筋肉と同じくらいガチガチに変化した部分をぎゅうぎゅう押し付けられているのだ。 (犯される…!) つまりはどう考えても貞操の危機なのだった。 (2009/08/14 獣の刻印/前編より)
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泥沼トラップ |
どうも最近、自分がやばい。気付けばゾロのことばかり思い出すし考えてしまっている。かなり異常だ。 (ホモじゃあるめェし気色悪ィってんだ) サンジは今も昔も可愛い女の子が大好きで、自分が男とどうこうなるなんてのは絶対お断り、想像で軽く死ねる。 仲間の剣士に対して抱いてる気持ちはあくまでもただの好意であって、それ以上ではない。 ただちょっと、行き過ぎてるだけで。 (やっぱ、離れといてよかった…) 一人で居てさえこうなのだ。二人っきりというシチュエーションに動揺して、おかしなことを口走らない自信は全くない。テキトーな喧嘩を売るつもりで「ちょっとカッコイイからっていい気になるなよ!」とか言っちゃいそうな気がひしひしとする。 自分ですらちょっとホモ臭いと思うくらいだから、端から見れば尚更だろう。 なのでサンジは本人や周囲に怪しまれないため、敢えて普段からゾロに素っ気無く接するよう努めている。 甲板でトレーニングに勤しんでいれば「汗臭ェ」と顔を顰めて嫌味を言い、昼寝は「マリモの光合成か?」「たまにゃ働けゴクツブシ」と揶揄ったり罵ったりしておく。 注意深いサンジはほかにも「とことん愛想のねェ仏頂面だ」「筋肉ダルマめ」などなど事細かに、そりゃもう重箱の隅をつつくようにゾロを貶してばかりいた。 素っ気無いを通り越してるような気がするが、なにしろサンジは命の恩人かつ心の底から尊敬しているゼフに対してすら突っかかってばかりいた筋金入りの天邪鬼だ。 やり過ぎたと気付いても後の祭り。 弛まぬ努力の甲斐あって二人の仲はすっかり険悪になった。 ちいさな口論は日常茶飯事、些細な切欠で小競り合いはたちどころに刀と踵の本格的な鍔迫り合いへ発展する。 はじめのうちは受け流すことのほうが多かったゾロだが、とうとう堪忍袋の緒が切れたか、今ではサンジが口を開く前に先手を打って憎まれ口を叩いてくるようになった。 目が合っただけで忌々しげに舌打ちされることもあり、本当は親交を深めたかったサンジはそのたび密かに落ち込んだり逆ギレしたりを繰り返している。 結果的に同じ船のクルーといがみ合っているゾロにしたって、嬉しい状況ではないだろう。 申し訳ないと思いつつ悪循環を止められない。 泥沼にでもずっぽり嵌った気分だった。 (―――これで嫌われたくねェ、なんて) 言えるわけがない。 今更、ほんとははじめからずっと、他のみんなみたいに仲良くしたかったなんて言えるわけがないのだ。 (2009/05/04 泥沼トラップより)
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LOVE LETTER |
ゆるく閉じられた瞼を縁取る金色の長い睫毛。 その先端だけが僅かに濡れて室内灯の明かりを弾いている。 痕跡を目敏く見咎めたゾロは忌々しげに眉を顰め、それからふう、と溜息をついた。 偉ぶって兄貴風を吹かしてばかりのこの兄がもっと、フツウの兄だったら。 いや自分の兄弟がサンジでさえなかったら。 ゾロは家を出る必要性など感じなかったし、彼を泣かせることもなかったのに。 (あー面倒臭ェ) 深く息を吸い込んで呼吸を整えたゾロは静かに椅子を引き、酔い潰れてぐっすり寝入った兄の正面に腰を下ろした。 彼を起こさぬよう慎重に皿からラップを剥ぎ取り、小さく 「イタダキマス」 と呟いてから冷えた料理に箸をつける。 献立は魚の煮付けに出し巻き、ほうれん草の沢山入った白和え、蛸ときゅうりの酢の物…どれも自分の好物だ。 喧嘩が過ぎた日の食事をことさらゾロ好みにするのはサンジの癖のようなものだった。 ご機嫌を取るつもりではなく、自分の有難みを舌で感じさせたいらしい。 バカらしい癖だと思う。たとえインスタントラーメンでもサンジの手がちょいと入りさえすれば全てゾロの好物になるのに、鈍い兄はそんな単純なことにも気づいていない。 (2008/12/29 海戦厨房VARIE3より)
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