求愛フェンス |
何がツボったのか、煙草を取り落とす勢いでゲラゲラと笑い始める。屈託のない、子供のような笑い方だ。 やがてすっ、と猫のように悪戯っぽく眼を細めた。 「暴れられなくてスッキリしてねェ、って顔してるぜ」 「!」 「…この図体でコレじゃ、ウソップが揶揄いたくなった気持ちが解らんでもねェか」 内心の葛藤をズバリ言い当てられて驚くゾロを、ふーん、とじろじろ上から下まで遠慮なく眺めてそう呟く。 そうだろう! と少し離れた岩陰から図々しくウソップが同意した。いつの間に移動したやら、どうもゾロ(もしくはサンジ)の報復を恐れ、避難しているつもりらしい。 「ち、反省の欠片もねェなクソ野郎め。長ッ鼻は晩飯にキノコ追加…っと、どうしたボンヤリして」 ほけっと立ち竦んだゾロの顔を、不思議そうに覗き込む。くるくると表情の変わる男だった。先ほどまでの諍いなぞ何処吹く風に馴れ馴れしい。 「晩飯…?」 「あ?」 「お前、あいつにメシ食わせてるのか」 「あーうん。つうか、てめェにも食わせることになるぜ」 「俺にも」 「てめェもしかしなくても昨夜来た軍基地の新入りだろ? 俺はウソップと同じ基地従業員で、中じゃコックをやってる。野外活動中の糧食以外は全部の食事が俺の担当だ」 出したもんは残さず食えよ、と真剣な顔を作る。 横たえた肢体をしつこくあちこち検分したりゾロにとっては珍しくもない碧眼から目が離せなくなったり、鼻っ柱の強さに好感を抱いたり、笑った顔がまたなんとも言えんとか、長鼻野郎にメシってのはどういうこったと焦っちゃった時からその片鱗はあったのだが。 ゾロが恋に落ちたのは、多分この瞬間だ。 (2010/05/03 御題拾題より)
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極楽トリップ |
揺らめく炎を挟んで向かい合うシルエットの一人は宵っ張りのコック、もう一人は今宵の火の番を仰せつかった、体力バカとの呼び声高い剣士だ。 剣士は右手に酒瓶を掴み、左手を傍らにある枯れ木の山に添えていた。胡坐を掻いた格好でぐびりと酒を呷りながら、盲で適当に掴んだ枯れ木をぽいと火にくべる。 ゾロの手から新たな火種が投入されるたび、パチッと小さく音を立てて炎が踊った。暖を取るためのものではないから余り大きくなっても困るので、せいぜい消えない程度で済むように、向かいに座った気配りコックが湿った若木を使いちょいちょいと中身を弄って薪の位置を調整する。 静かな夜だった。起きている人間同士が口を利かないのだからそれも当り前だ。 日中は下らぬことで角突き合わせては「煩い」と航海士に怒鳴られてばかりいる二人とは言え、端を発する会話自体が存在しなければ喧嘩にもならぬ。 喋ることがないわけでも、喋りたくないわけでもなかった。 少なくともゾロには、すぐにでも相手に問い質したい事がたくさんあったと思う。 恐らくはサンジにも。しかし、問われた末に返す言葉が己の中に見つけられず、ゾロは彼らしからず逡巡していた。 (なんでやらせた、つったら) 負けず嫌いな彼のことだ。即座に「お前こそなんで抱いたんだ」と返してくるだろう。 それは非常に困る。頭がパーになっていたらしいサンジと違って、ゾロには明確な理由がない。 ストレートに据え膳を食らっただけ、と言えないこともないが相手は正真正銘の男だ。それこそストレートなゾロにとっては、成り行きとは言えコックが性愛の対象になったことからして不思議なくらいなのである。 今日、ゾロは生まれて初めて男を抱いた。 (2009/12/30 極楽トリップより)
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