その理由はひとつ |
さてコックさんはこっそりと落ち込んでいた。 理由は二つ。まず一つ目は、先ごろとうとう激愛する航海士に最後通牒をつきつけられたことに起因している。 一ヶ月とちょいと前、G・M号は海の上でバレンタインを迎えた。 女性がチョコレートを意中の男性相手に贈るという製菓業界の発展のためにあるような行事だが、無論海の上にお菓子屋さんなどあるはずもなく、またG・M号の女性といえばクールが売りの考古学者にドライが売りの航海士。 義理でもそんな真似をしそうにないコンビである…というわけでラブコックとしては貰う計算の前に差し上げる計画を立てて、愛すべき女性クルーと、ついでにモテない男どものために、その日のデザートはチョコレートを使った料理にしてやろうかな、なんてのんびり構えていたわけなのだが。 (まさかなー、ナミさんがなー) 彼女が船長を憎からず思ってることは知っていた。 けれどルフィはあの通り食欲だけで生きているような人間だし、ナミとても焦って進展を望んでいる風ではなかったから。 だから愛する彼女が、少々頬を赤らめて、 「腹持ちするチョコレート菓子の作り方を教えて」 と言ってきたとき、サンジは本当にびっくりしたのだ。 (いつものナミさんなら、俺に作らせてそれを男共に押しつけンだろうな。『ホワイトデーは倍返しよ』なんつって。―――手作り、ってこたァやっぱ本命チョコだろ。んでその作り方を俺に聞くってこたァ…つまり対象外ってこった) なおかつ腹持ちのいい、とくれば彼女の狙いもわかりそうなもんである。 最愛のレディの要請を、サンジは泣きたいのを堪えて笑顔で了承した。 ナミに教えたのは初心者でも比較的失敗の少ないガトーショコラのレシピ。 とっくの昔に船長の腹の中に納まったそれは、 「サンジのより美味ェぞ!」 一口齧った(まあ丸呑みに近い状態ではあったが)船長から最大限の賛辞となってナミに返された。 ホワイトデーを待つまでもなくカップル誕生である。 (…あのクソ剣士が余計なこと言わなきゃ、まだ良かったんだがな) その時のことを思い出して、サンジは思わずはぁっとため息をついた。 本命の後でおすそ分けと称し全員に振舞われたガトーショコラは、焼成に時間を掛けすぎたのか端っこが焦げ付いていたり、生地とチョコが混ざりきらずにマーブルになってるところもあったりして、食べられないことは無論ないけれどいかにも素人、な出来。 まあ微笑ましい味わい、といった趣だったのを、 「コレのドコがクソコックのより美味いんだルフィ」 悪気のまったくない顔でしれっとゾロが言った台詞は、サンジのブロークンハートをこれまたさっくり傷つけた。 「テメェは本当にアホだな。ナミさんのふかーい愛情が込められたチョコだぞ?格別に美味いに決まってる」 「?」 「俺らにはわかんねー『ラブ』っちゅうトクベツなエッセンスが、ゴムのには入ってんだよ畜生!」 口に出した途端に失恋の実感が湧いてきて、「ああああナミさあーん!」とサンジはとうとうラウンジで号泣してしまった。 「そういや俺も、カヤが作ったサンドイッチより美味いと思ったもんはねーぜ!ありゃーカヤの俺への愛が込められてたからなんだなー」 それから故郷に残した彼女を思い出したらしいウソップが滔々と『カヤのお手製』について語り、そもそもバレンタインすら知らなかった剣士は首をかしげ、サンジは呆れながら、 「ホワイトデーは一ヵ月後だ。ナミさんにちゃんとお返ししなかったら海に蹴り落としてやっからな!」 とルフィに八つ当たりした。 とかなんとかそんな会話を交わした上で、もうひとつ問題が生じた。 それは思いがけないアクシデント?というかなんというか…。 つい先日、サンジはゾロにいきなり押し倒されされちゃったのである。 嫌われてはいないまでも喧嘩ばかりしてきた剣士のいきなりの暴挙に、サンジはかなりびっくりしそれはもう慌てて抵抗した。 「なんだなんだクソ剣士―ッ!テメェ酔っ払ってンのか俺ァレディじゃねーぞどきやがれッ」 「ガーガー煩ェな。抱いてやっから大人しくしろ」 「―――ハァ!?」 「今日はあれだ、ホワイトなんとかなんだろ。でも俺ァ料理なんか出来ねーからな。体で返す」 「ちょっと待てオラ誰がテメェに」 「往生際が悪ィな。お前の気持ちはちゃんと俺に通じてるから安心しろ」 マウントポジションで堂々とそうのたまった剣士に、サンジは思わず目を丸くした。 ゾロ曰く、 「ナミの作ったアレより、前にお前が作ったもんのほうが美味かった。んで考えてみたら、俺ァお前の作ったメシより美味いもんを食ったことがねえ。なんでそうなのか、俺なりに考えてみたんだが…」 ここでゾロは一旦言葉を切り、 「お前のメシが美味いのは、お前が俺のに、トクベツなエッセンスってやつを入れてるからだって解った」 「はぁぁぁぁぁ〜?」 果てしなく勘違いしてるッポイ男の発言に思いっきりグル眉を寄せたサンジであったが、ハッと我に返ったときには、体でお返しされてしまった後だった…これが、ふたつめ。 (つーかまあ、マリモの台詞も当たらずとも遠からずだったっちゅーことか) 格納庫で素っ裸のまま毛布にくるまりながら、サンジは煙草に火をつけた。 隣にはグースカ満足そうな鼾を立てて寝入る筋肉のカタマリみたいな男。しっかり熟睡しているくせに、太い腕をしっかりサンジのウェストに絡めちゃったりして、なかなかの執着振りである。 あの日ちっとも躊躇うことなく重ねられた唇はとても熱くて、そんなキスを「ゾロっぽい」と受け止めた自分は確かに、この男に惚れていたのだろうと思う。 そして偉そうに「抱いてやる」なんて言って来た割に、ゾロの愛撫は性急で余裕がなかった。開ききらない場所に熱塊をねじ込まれたときは死ぬかと思ったものだ。 (息なんかハァハァ荒くしちまってよ。がっつきすぎなんだっつーの) フゥッと紫煙を薄暗い格納庫に漂わせて、サンジは(なんだかなァ)と視線を宙に彷徨わせた。 うっかりそういう関係になってしまったが、実のところちっとも悪くない。というか、惚れてると自覚してからはかなり嬉しい。 だからサンジの不満は本当はたったひとつだけ。 他の人間なら簡単に解りそうな事を、ゾロはちっとも解っていない。 (なんで俺のメシを一番だって感じるのか―――その理由に、テメェも早く気づきやがれ) 根元まで火が近づいた煙草を、サンジは床にぎりぎりと押し付けて消した。 「…いい加減俺にベタ惚れだって、言ってみろクソ」 ぼそりと小さく呟いてみると、腰に回された腕にかすかに力が篭り。 けれど覚醒の気配もない鈍感剣士に、サンジは苦笑しながら、 (ああもうしょうがねェなあ) と触れるだけのキスをした。 |
(2004.06.22) |
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