愛されてるのにいけないYourHeart


 ロロノア・ゾロは整体師である。
かつて無敗を誇った柔道家であった彼は、不慮の事故により引退を余儀なくされた。
社会復帰に励むリハビリ生活で見つけた新たな道はスポーツ医学…総じて理学療法を学ぶことで、現在はご近所の小さな接骨院に勤務している。
 そんな彼に先ごろ恋人が出来た。
臨時で入るバイト先の患者で、名前はサンジ。
眩くような金髪と青い瞳、くるんと巻いた個性的な眉を持つスレンダーな同い年の恋人は、実はゾロと同じ性である歴とした男だったりするのだが、そんな些細な(…)事情も気にならないほどたいへんに可愛らしく、コックという職業柄お料理上手であちらの具合も最高。
 勘違いと思い込みからうっかり彼を強姦してしまったゾロだったが、サンジは件の事故で命を救ってくれたゾロ相手に七年越しの片思いをしていたという。
 誤解も解けた今は、そんなわけですっかりラブラブな二人なのだが(※以上これまでのあらすじ)、それなりにいろいろ問題がないこともなかった。








「いやーホントあの子は可愛いよなー」
「………」
「『いつもお世話になってます』、って男が手作りの菓子なんか渡さねぇだろフツー?ありがた迷惑でキモがるトコだけど、あのサンちゃんがニコッとかしてくれちゃうともう、何だって許せるね俺ぁ」

 欠員補充を頼まれてのバイト先。
美味そうにラップサンドを頬張るのは同僚のエースだ。
 口が上手くて人当たりが良くお調子者な彼は、常にストレート一本勝負で生きているゾロには何を考えているのか判りづらい部分もありはするが、腕はなかなかでキャリアも十分、いざとなるとそれなりに頼りになるいい友人でもある。
 準夜勤務で丁度オヤツの時間に病院に赴いたゾロは、到着するなりこの喋り好きな男に捕まった。
午前の診療で患者から貰ったという小奇麗なサンドイッチはゾロと入れ違いになったサンジからの差し入れだそうだ。

「女子供じゃあるまいし、…くだらねぇ」

 興味もなさそうに肩を竦めたゾロにエースはにやりと口角を上げ、

「毎晩じかに手料理のご相伴に預かってちゃあ贅沢にもなるか。いやはや羨ましい」

なんてわざとらしく天井に向かいながら嘯いて、堅物で知れた整体師をぎょっとさせた。

「…あいつが言ったのか?」
「あれ? やっぱそーなんだ」

 くるんと振り返ったエースが「ふーん」と今度はハッキリ顔面をやらしく歪ませた。
彼の表情で鎌をかけられたことにようやく気付いたゾロは内心で激しく舌打ちする。

「レントゲン終わった後のリハビリ、『最近は調子イイんで』って、スルーして帰ろうとすっからさー」
「………」
「遠慮してんのかなーと思って無理やり施術室に引っ張ってみたら、あの頑固な湾曲が確かに矯正されてきてたし、筋肉もほぐれてて本人が言う通りワリといい感じでよ。どっか他のマッサージにでも通ってるの? って聞いたら、いきなり真っ赤になって『他のじゃないけど』だぜ?やーやー素直ってなぁいいこった」

 その瞬間をゾロは当然見てはいないが、エースに見せたであろうサンジの表情は容易く想像できた。
薄い唇を上下あわせてつんっとあひるみたいに尖らせた、ちょっと怒ったような彼の照れ顔は一見の価値がある。
 エースは憮然と押し黙ったゾロの肩をぽんっと叩いて、

「出張サービスたぁ考えたなゾロ。俺が念入りに柔らかくしといてやったから、今夜はお仕事抜きで時間いっぱい頑張れんぞ」

 肩に置かれた腕をそのまま引き込んで片手で襟ぐりを掴み、反転して背中に担いだ男を勢いよく床に叩きつける。
 頭の中ではシミュレーションの審判が(一本!)と即座に審判旗を上げてくれたが、芯から体育会系のゾロに畳の上以外で年長者を投げ飛ばす愚行を働ける筈がない。
 どこからどう漏れたやら、不思議なことにゾロが患者であるサンジと個人的なお付き合いをしていることはいつの間にか広い院内に知れ渡っていた。
 本来の勤め先である接骨院も然りで、そっちの院長であるシャンクスからもことあるごとに冷やかされては青筋を立てつつ辛抱しているゾロである。
 幸いなことに揶揄われはしても男同士の恋愛を偏見の目で見たり差別したりするような人間はいなかったので、お世辞にも温厚だとは言い難いゾロも、ぶちっとキレずにいられはしたのだが。
 命拾いした整体師はニヤニヤしながら付け合せのピクルスを口内へと放り込み、とどめとばかりに爆弾を落とした。

「真っ白な背中があちこち赤くなってんだろーけど、前からあったやつはともかく新しいのは電極の痕だからな。無駄に勘繰ってサンちゃんに意地悪したりすんなよ?」
「………」

 禁じ手の『目潰し』で両目を塞ぎ、サンジに触ったその腕を『腕ひしぎ十字固め』でさんざんに甚振ってゾロは報復を脳内補完したが、胸の中がざわざわぐらぐらしてその日は仕事になりそうにもなかった。







 とかなんとか職場でのストレスを山ほど抱えてサンジの元を訪れたゾロの機嫌が芳しいわけもなく、一日の仕事を終えて慎ましいアパートへ戻ってきたサンジは、普段の二割増くらいの仏頂面で自分の帰りを待っていた恋人にあれーと首を傾げた。

「辛気臭ェツラだなァ。病院でなんかヤなことでもあったのか?」
「別に何もねぇ」

 アリアリだったがそれを当の本人に言えるワケもなく、ゾロは部屋の鍵を開けたサンジを差し置いてさっさと勝手知ったる部屋に上がりこみ、ジャケットを脱ぎながらベッドへと顎をしゃくった。
 遅れてリビングへと足を踏み入れたサンジは軽く手を振り、

「あ、今日はいいぜ。午前が空いてたから俺も病院行ってきた」
「知ってる」
「もしかしててめェも居た?」
「…いいから横ンなれ。リハビリの後でレストランのほうも行ったんだろ」
「おう」
「仕事があんならレントゲンだけにしときゃ良かったじゃねぇか。休養しなきゃ意味がねぇんだよこーいうのは。折角揉んでくれた先生にだって悪ぃだろ」
「いや、俺もそう思って断ったんだけど…」

とげとげしい口調に戸惑いながら、それでもおとなしく青年は細い体をシングルベッドに横たえた。
 ゾロの言うことは尤もで、立ちっぱなしでの労働を終えた体はマッサージの恩恵も虚しくミシミシと悲鳴を上げているのだ。恋人の態度におかしなものを感じつつも、正直揉んで貰えるのはありがたい。
 しかしいつものように馬乗りでサンジに跨ったゾロはというと、青年の素直な態度にまたカチーンと来ていた。
 サンジにはどうにもユルく絆されやすいところがあって、そうしたところもゾロのお気に入りではあったのだが、こんな風だからエースなんぞに付け込まれてしまうのだと思うとどうにも腹立たしい。
 人の心とは身勝手なものである。
ムスッと押し黙ったまま恋人の背中に両手を這わせたゾロだが、いつもなら楽しい作業が今日に限ってどうにも気分が乗らないのは、

(―――俺以外の男をホイホイ乗せやがって)

などとサンジにしてみれば『お門違い』な嫉妬を滾らせているせいだろう。
 何せ、多忙を理由にここしばらく整形外科の受診からは足を遠のかせていたサンジに「レントゲンくれぇは撮れ」とプロ意識をもって勧めたのは他ならぬゾロなのだ。
 無論ゾロもサンジの事情がわからないでもない。
病院でリハビリするのは当たり前のことだし、もしも自分の勤務時間にサンジが訪れていたら、アパートでは到底出来ない専門の器具を使用しての理学治療に励んだことは間違いないのだ。
 それを考えれば自分の大人気ない態度が恥ずかしい気がしないでもないのだがしかし。

「ンあっ」

指先で軽くツボを押した途端に上がったサンジの声に、オトナの分別は宇宙の彼方に飛んで行った。







 どっかり背中に乗っかったままぴたりと動きを止めた整体師に、患者は「ん?」と眉根を寄せて首だけで後ろを振り仰ぎ、その青い眼を限界まで見開いた。
 いつもならニマニマだらしなくも嬉しそうに腕を動かしている男が、それはもう凶悪な目つきで冷ややかに自分を見下ろしている。

「ゾロ?」
「あいつにもンな声、聞かせたんじゃねぇだろうな」
「あぁ? てめェ、ナニ言っ…、ちょっと、うわッ!」

 親指は背骨の脇に添えたまま、脇腹まで伸びた長い指がじわり、と淫猥に蠢いてサンジはびくっと体を震わせた。
 今の触り方はマッサージと呼ぶには少々相応しくないのではないかと考える暇もなく、ゾロの手はそのままシャツをたくし上げじかに肌に触れてきて、ようやくサンジは貞操の危機を悟って焦り始めた。
 しかし押しのけようにも体勢的に不利がありすぎる。

「おい! 俺ァまだ風呂にも…」
「確認すっだけだ。…クソ、前の痕なんかやっぱついてねぇ」
「は、はぁ?」

 忌々しくぼそぼそと呟きながら、ゾロは剥き出しにしたサンジの背中についた赤い凹凸に、ひとつずつひとつずつ指を這わせていった。
 患部に低周波を流すための吸盤が描いた何の変哲もない二重丸がこうも癇に障るのは、それをつけたのが自分ではないからだ。

(―――目障りだな)

 むすっと顰めたままの顔を近づけてじゅっとその一つを吸うと、「ふあ」と一声鳴いてサンジが仰け反った。

「………」

 反対側にも同じく唇を寄せる。

「あ、あ、うあ、やっ、あ、」

 青年が激しく身を捩るのにも構わずに、施療で残された痕跡の全てを新たな刻印を刻むことで消していく。
 きつく吸い上げるたびに敏感な患者は悩ましげな声を上げ、耳から入るその音に刺激されながらゾロは根性で任務を全うした。

「うし」
「なんだってんだ…」

 ようやく解放されたころにはサンジの息は絶え絶えで、色素の薄い肌はうっすらと桃色に色づいている。
 背中の中心から左右対称につけたキスマークは色気の欠片もなかったが、ゾロの興奮材料としては十二分以上の効力を発揮した。
 恋人の意図が掴めず途惑うばかりのサンジをゾロはぺいっとひっくり返し、中途半端に乱れたシャツを改めて剥ぎ取り、ついでにベルトも外してさっさと裸にしてしまう。
 睦言はおろか前置きのひとこともない暴挙にサンジはぎゃーぎゃー喚いて抵抗したが、細い首筋にかぷっと噛み付いてやるとびきっと動きを止めた。
 何度も肌を重ねたから、どこが弱いのかなんてゾロはとっくに知り尽くしている。

「はっ…、あ、うんっ」

 首から鎖骨へゆっくり舌を這わせながらゾロは笑っていいのか怒っていいのか解らなくなってきた。
 どうにもこの男は、快楽に弱すぎる。
これまで彼のご機嫌を損ねるたびに喰らってきた蹴りの威力を考える限り、サンジがもし本気で嫌がったら、いかなゾロとてカンタンに組み伏せることは出来ないだろう。
 だからサンジが自分のご無体を許すのは、彼がたいそう過敏症なお陰だと言えないこともないのだが、だとしたら他の人間相手にも同じことを許すのか。
 勿論、サンジが並以上の好意を寄せてくれているのは知っている。ゾロがサンジを意識するずっと前から、密かに想いを寄せてくれていたことも本人から告げられた。
 誰にでも足を開く人間だと思っているわけではないが、それでも。

(―――面白くねえ。面白くねぇぞ)

 すっかりサンジに骨抜きになっているゾロはちょっとばかり正常な判断能力を失っていたようだ。
 口が悪くて凶暴で、アホで優しくて料理が上手で、可愛くてやらしいサンジ。
その全てをゾロは独占したかった。ほかの誰かに見せるのですら惜しいのだ。
 マーキングは終わったがそれだけで済ますつもりは当然ない。
お気楽な同業者がサンジに上げさせたであろう、腰にくるあの、不埒な声。
 倍くらい鳴かさないと気が収まりそうになかった。








 ゾロがこの部屋に出入りするようになり、ついでにそういう関係になってからサンジの生活はある意味激変したが、ベッドサイドに常備されるようになったアナルセックス専用の潤滑油はまさにその代表だ。
 なくなりかけるといつの間にかちゃっかり新しいものと入れ替わっているそれは、付き合い始めて一ヶ月で既に三本を消費していたがサンジの知るところではない。

「っは、や、…うんッ」

 長すぎる前戯は受け入れるサンジの負担を軽くするためだとはゾロの弁だが、その場所で与えられる過ぎた快楽に慣れたサンジは指で悪戯されるだけではどうにも物足りなくて。
 しかしリクエストするには理性が邪魔をするのだ。長い指が卑猥に蠢くたびに頭を振って、はしたなく哀願しそうになるのを堪えている。

「てめェ、ねちっこす、ぎ、…ふあっ」
「おっと」

 前へ繋がる部分をかりっと指先で引っかかれ反射的に逐情しかけたサンジの性器を、ゾロはぎゅっと握り締めた。

「や、だ、なんで」

 根元をきつく押さえて精道を塞ぎ、耳元で低く囁く。

「指だけでイっちまう気か?」
「!」

 かあぁっと紅潮した頬を意地悪く眺め遣って、ゾロは尚も言葉を続けた。

「んなもんじゃ満足出来ねぇだろ。なあ」
「ひゃ、うあ、あっ」

 たっぷり流し込まれた油が、激しく抜き差しするゾロの指に合わせてじゅぷじゅぷっと音を立てる。
三本揃えたそれはもう道筋を作るには十分すぎるほどサンジを蕩けさせているのに、ゾロはいつまで経っても決定的な愉悦をくれようとはしない。
 榛の両眼はぎらぎら凶暴に輝いて隠れもせぬ欲情を湛えているのに、今夜のゾロはサンジが自らの慰撫で乱れるのを観察するだけで、一向に埒が明かなかった。
 緩慢な接触に気が狂いそうだ。

「そんなに俺の指が好きか」

 嘲るような言葉と共にゾロは、下方を堰き止めたままサンジの先端から溢れた蜜を器用に指先で掬って、くりっと裏筋を擦る。
 堪らない刺激にうんうんと縦に振られる金色頭だけでは足りなくて、ゾロは後ろに埋めた指の動きを早くした。

「言えよオラ、俺の指が好きなんだろっ」
「あ、―――す、すき、んんぅっ」

 たどたどしく漏らす言葉を唇で奪い取って、口を開けすぎて乾きかけていた口内へ唾液を流し込んでやる。
荒く絡めた舌に与えられる粘膜の感触はゾロの肉を柔らかく咥えこむ部分と酷似していて、指のかわりに今すぐ猛りきった自身を埋めたい衝動に駆られたが、今夜だけはもっと、彼から言葉を引き出したかった。

(指とか、じゃなくて)

 ゾロの背中に回された両腕が、もっともっと、と欲しがるようにしがみついてくる。

(俺じゃねぇとダメだって)

 固く閉じられた瞼の、髪の毛と同じ金色の睫毛がふるふると震え、うっすら涙を滲ませた。
 深く口付けながら、それでも両手の動きは休めない。
限界まで追い詰めて、

(こいつがてめェから、そう言ったら)

 もやもやと胸のうちに蟠る、飲み下せない不愉快な塊が消えるかもしれない。








 長いキスと生殺しのような愛撫に焦れたサンジは、やがてすがりつく抱擁すら解いて思惑通りゾロの短く刈った緑髪をぐっと引っ張ったがしかし、自由を得た唇が放ったのは強請る言葉ではなく―――

「憂晴らし、かよ?」
「!」

 ぴたりと動きを停止したゾロに、サンジは独り言のように続ける。

「俺に言えねェってんならそりゃそれで構わねェし、ヤっててめェの気が済むってんならそれでもいいけど…折角すんなら、せめてちゃんと、」

一緒に気持ちよくなろうぜ、と泣き出しそうな顔で微笑まれ、心臓が止まりそうになった。
 悪い夢から覚めたように、頭の中にかかっていた真っ赤な霧が、すーっと晴れていく。

「―――サンジ」
「おう」
「俺ぁ別にその、いや、だから」
「…バーカ」

 らしくもなく口ごもり始めたゾロにサンジはちゅっと軽い音を立てる口付けをくれて再開を促し、我に返った男は後孔を犯したままでいた指を慌てて引き抜いた。
 早急な動きをサンジはひゅっと息を詰めて耐え、宛がわれた熱が閉じられた箇所をぐいぐい押してくるのに白い喉を晒して喘ぐ。

「ん、っふう、あっ」
「っく、」

 くぷん、と張り出した部分までをあたたかい内側に潜り込ませて、ゾロは小さく息を吐いた。同様にサンジの呼吸が落ち着くのを見計らって、少しずつ腰を進めていく。

「あ、あ、あ、」

 サンジは短く母音だけを紡ぎながら腰を浮かせ貪欲に陰茎を飲み込み、ゾロの長大なもの全てが内に収まってからそっと腕を伸ばして、汗ばんだ男の背中をかき抱いた。

「な、ゾロ」
「おう」
「俺ン中、すきだろ…?」

 先ほどゾロが投げた意地の悪い言葉と同じそれが、サンジの唇から零れるとやけに甘く響くのが不思議だった。
 ゾロは苦笑しながら、

「―――ああ。ぬくくてキツくて、すげえイイぞ」
「おれ、も、てめェ、の…ンあっ」

熱く纏わりついてくる肉に擦り付けたくて堪らなくなり、ゾロはサンジの両足を肩に引っ掛けて小刻みな抽挿を開始した。

「うあ、は、ア、ゾロッ、」

 絶え間なく与えられる悦楽にきゅっと寄せた眉や鼻先に唇を落としながら、本能が欲するままに律動を早めていく。
 サンジの勃ちあがりきったものはゾロの動きに合わせて嬉しそうに揺れ、触れずとも内側からの刺激だけでたらたらと粘ついた雫を溢れさせた。

(これぁ、俺が、やらしくした体だ)

 息が乱れるほどキツく責め立てながら、ゾロはそんな当たり前のことを今更に思い出す。
何も知らなかった彼を無理やり暴き、男に抱かれて悦ぶ身体に作り変えたのはゾロだった。
 傲慢な自分は、それにすら憤りを覚えてしまう。

(こいつに関する限り、俺にゃサッパリ余裕がねえ)

 周囲からの冷やかしは自分だけが夢中になっているのを指摘されるようで腹立たしく、魅力的な恋人を褒める世辞にすら嫉妬を覚える不甲斐なさをゾロはようやくはっきり自覚し、コドモの我侭を恋人に押し付けたことを心中で恥じた。
 そんな自分を赦してまるごと包もうとするサンジに甘えてしまうのは、成人した男としてどうなのか。
これではどちらが抱いているのか解らない。

(情けねぇ…が)

こいつが相手なら、それもしょうがないと思うゾロなのだ。
 ギリギリまで引き抜くと縋るように締め付け、奥まで穿つと柔らかく包みこむサンジのその部分は彼の本質と驚くほど似通っている。
 どちらにもいかれまくっている未熟者は、取り敢えず今はただ素直に溺れることを選んだ。
優しい恋人はきっと許してくれるだろう。








 くったりとうつ伏せたサンジは、指の一本も動かせないほど憔悴しきっていた。
喘がされすぎて喉が痛い。
 好き勝手にエロいことをした男はたくさん出して満足したのか、サンジを抱きしめたままうつらうつらし始めて、せめてシャワーくらい浴びたかったサンジは必死でゾロの意識を繋ぎとめようと掠れがちな声を発した。

「おい、メシはいいのかよメシは」
「んー…起きたら食う」
「って寝るな、俺ァ風呂に入りてェんだよ、重いからどけ」
「…俺ぁこのまんまでいい」
「ったく…マリモちゃんは今日はやたらと甘えっこだなァ?」

 くすりと笑うその声が耳に心地よすぎて、夢の世界に行きかけていたゾロはふっと気を抜いてしまった。
半分寝ぼけた状態で、つらつらと思ったままを口にする。

「―――お前、もうどこにも行くな」
「はぁ?」
「俺がみてやっから、受診もやめちまえ。アホな整体師がお前のハダカ見て、悪い気起こしちまったらどーすんだ。そのうち強姦されっぞ」
「そらまんまてめェが俺にやったコトじゃねェか! …ん? するってェと何か、てめェが今日なんかおかしかったのは」
「あの野郎ヒトのもんにほいほい触りやがって」
「………
「エースやっぱぶっ殺す…畜生、メシまで…」
「………」

 どこかで聞いたことのある名前は、サンジの記憶が確かなら行きつけの整形外科のリハビリ担当者のものだ。
 ゾロはまだぶつぶつと口の中で何やら物騒な戯言を繰り返していたが、それらを聞き取ることをサンジはさっさと放棄した。
 バカバカしくて話にならない。
押しかけ整体師のご奉仕が功を奏して長年悩まされていた腰痛も少しはマシになってきたらしいサンジは、既に通院の必要性を感じてもいなかったのだ。
 それを、

(ゾロがそう言うなら)

と貴重な自由時間を費やし、ついでに恋人がお世話になってるトコロだからと気を配って差し入れまで用意した挙句に妬かれてはたまったもんではない。

「ふざけんなよてめェ…」
「んあ!?」

 いきなりドカッとベッドから固いフローリングに蹴り落とされ、ゾロは後頭部を強かに打ちつけた。
腹と頭に食らった衝撃で一気に覚醒した目に映ったのは般若の形相で自分を見下ろすサンジの姿だ。

「………」
「随分とまた、舐めてくれたもんだぜ」

 さしものゾロも(なんかヤベエ)と背筋に冷や汗を垂らすほどの迫力で、サンジは低く、まずは服を着るようゾロに冷ややかに命令した。
 全裸でぼんやりひっくり返っていた男は大急ぎで立ち上がり、脱ぎ散らかした衣類を身に着ける。
 ゾロと同じく裸のままだったサンジは、ズボンだけを履いて玄関に足を向けた。
慌てて後を追った男を振り返ってサンジはにっこり微笑み、

「全部着たな? 忘れモンはねェな?」
「サンジ?」
「―――二度とそのツラ見せンな!」

 恋人の子供じみた独占欲に憤慨した怒りそのままに、力いっぱいその右足を振り切った。








 部屋から蹴り出されたゾロは目の前で乱暴に閉じられたドアを呆然と見つめ、恋人の怒りっぷりに慌てふためいて己の失言を悟ったが、後悔しても後の祭り。
 アパートの前で待ち伏せされるのを避けたサンジはそれから自宅に帰らず勤め先のレストランや友人宅で過ごすことを選んだ。
 一週間後ようやく彼の居場所を突き止めたゾロは人生二回目の土下座をして、お許しが出るまでひたすらに己の悋気を詫びたという。








おわり


 (2009/03/02)

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