あー夏休み


 ものの見事にあひるの並んだ通知表を睨んで、サンジはううむと唸った。救いは体育が5で技術家庭科が4なくらいだろうか。

(技術のペーパーさえなけりゃ…クソ、抜かったぜ)

 料理人志望なだけあって、こと調理実習でのサンジの活躍は学年でも有名だ。担当教諭ですら手放しで褒め称えた腕前は伊達ではない。技術プラス家庭、ではなく家庭科だったら間違いなく5を貰えていたことだろう。
 思えば期末は散々だった。タダでさえアホなのに、テスト直前に激しく体調を崩したサンジは、一夜漬けも出来ぬまま本番を迎えてしまったのだ。あひるのラインダンスは当然の結果である。

「ロロノアー」

 担任が間延びした声で幼馴染を呼んで、サンジは反射的に教壇に目を向けた。
 おおかた居眠りでもしていたのだろう、半分寝ぼけた顔をしたゾロ
が、鷹揚に頭を掻きながら通知表を受け取っている。

(いーよなあスポーツ特待生はよ…どんだけアホでも進級には問題なしときたもんだ)

 小さい頃から剣ひとすじなゾロは、料理ひとすじなサンジ同様、おつむの出来はあまり…いや、かなりよろしくない。
その差は、といえば技術家庭科のおかげでサンジが一歩リード。
 しかし前述の通り、ゾロは剣道の腕前を買われての入学だ。パンピーのサンジとは違い五教科の出来が進級を左右するなんて心配がない分、より恵まれた環境と言えるだろう。担任から夏休み前半の補習授業を告げられたサンジに対し、休み期間中にインターハイを控えたゾロには何のコメントも与えられなかったのだからムカつく話である。

(俺もなー、専門に行けてたらなー)

 そうしたら好きなことだけやれてたのに、とサンジは小さく溜息をついた。祖父の命令で仕方なく普通科に入学はしたものの、どう考えたって自分に学業は向いてない。
 やっぱ今からでも入り直せねェかなアなんてうだうだ考えていたサンジは、幼馴染が席に戻らずじっと自分を見ているのに気がついて慌てて目を逸らした。
 そんなサンジの行動にゾロがやれやれと肩を竦める気配を感じたけれど、敢えてスルー。
 なにせゾロとサンジはただいま微妙な関係なのである。
陰湿に冷戦中とまではいかないまでも、無駄にアイコンタクトなんか取ってこれ以上あの男を調子付かせるのは得策ではない。
 怒涛の初エッチを終えてからというもの、ゾロは以前にも増して態度がでかくなった。
ほぼゴーカンに近かった挿入に最中も事後も怒り狂っていたサンジに対し、思いの丈を幼馴染の体内に思いきりぶちまけて大満足した彼は、それからこっちテンション下がり気味の恋人のご機嫌を取る日々を送っている。
しかし表面上では下手に出ているが、無茶な振る舞いを反省してるとはお世辞にも言い難い。
 その証拠にゾロの唇の端っこはいつだって僅かに上がっている上目じりはだらしなく脂下がっていて、折角のオトコマエが台無しだとサンジは思っている。
全くもって腹立たしい。

(ありゃあ俺に隙があったら二度目とか考えてる顔だ)

 勢いに流されて掘られてしまうほどユルいサンジでもそのくらいは見当がついた。
幼稚園からこっちかれこれ十年の付き合いになるが、ゾロがこれほど浮かれた顔を見せるのは初めてではなかろうか。
 自分と結ばれたことがそうまで彼を喜ばせているのだと思えばサンジだって吝かではないが―――

(…イヤ、だめだだめだ)

ここでうっかりほだされてしまってはまた犯される。
 サンジはキッと顔を引き締め、(何を要求されても断固として撥ねつけてやる)と密かに気合を入れ直した。
明日からはいよいよ、高校生活最初の夏休み。
 学校がない分、ゾロにもサンジにもフリーになる時間が出来る。
幼馴染のアタックが激しくなるのは目に見えていて、ついでに言えば情けないことにあんな目に合わされてもやっぱりゾロにベタ惚れなサンジだから、ヘタに一緒に過ごしたりしたらなし崩しになっちゃいそうで怖いのだ。
 自分でなし崩しになっちゃいそうとか予想してるあたり、既にサンジの運命はハッキリしていたりするのだが。






 気鬱な成績発表を終え、担任から夏休みに向けた訓示を受け、よーやく生徒たちは一学期から解放された。
一刻も早く夏休みを堪能しようと下駄箱に向かって押し寄せた人波を避けた幼馴染同士は、急ぐこともあるまいと級友たちが引けた廊下をのんびり進んでいたが、

「夏合宿?」
「おう」

歩きながら耳にした思いがけない単語にサンジはきょとん、と青い瞳を見開いた。隣では幼馴染がやけに難しい顔で腕組みなんかしている。

「八月の末にゃインハイがあっからな。ウチからは俺だけだし、無様を晒すワケにもいかねぇし」
「え、でも」

折角の夏休みなのに、と言い掛けた言葉をサンジはぐっと飲み込んだ。
 世界一の剣士になるのが幼い頃からのゾロの夢で、今年のインハイがその先駆けになるだろうことは間違いないのだ。心置きなくチャレンジさせるためにも、サンジが足を引っ張るような真似は出来ない。

「?どうかしたか」
「や、何でもねェ。ふーん、合宿ねェ…」


プールとか、海とか、泊りがけの短い旅行とか。

 それなりにラブラブな関係を結ぶ二人である。中学までとは違って、大人たちからの干渉だってがくんと減った。
始めたばかりのバイトで稼いだ金を全部つぎ込んで、今年はゾロと夏ならではのレジャーを堪能するつもりでいたサンジの、脳内で思い描いていたプランがガラガラと音を立てて崩れて行く。

「…えーと、いつから?」
「明日」
「明日ァ!?おいおい、初日からかよ!」
「本番まであんま時間がねぇからな。ウチ帰ったらすぐにでも出かける準備しねぇと」

 あーめんどくせえ、なんて嘯くゾロは、そのくせ剣道漬けになるであろう夏休みを心待ちにしているように見えた。
 実際その通りなのだろう。全国の強豪たちと打ち合う時を、わくわくしながら待っているのだ。
出来上がったばかりの恋人―――サンジのことなんか、視界の隅にも入っちゃいない。
 つきん、と胸の奥が痛むのを感じながら、サンジは出来るだけ何気ない風を装って笑顔を作った。

「剣道バカのてめェらしー過ごし方ってヤツだな。まぁ他に取り柄もねェんだし、学校代表としてせいぜい頑張って来いよ、うん」
「悪ぃな」
「…なんで謝んだよ」
「や。今年はお前と、どっか行ったりとか出来ねぇから」
「アァ?」

 しかし我慢してみたところに落されたこの台詞にはカチンと来てしまう。
ゾロの口ぶりではまるで自分が、遊んでもらえなくて拗ねてるお子様みたいではないか。

「て、てめこの、俺が一度でも、一緒にどっか行ってくれって頼んだことがあったかよ!?てめェみてーなエロ高校生、傍にいねェ方が俺的にゃせいせいするっつーんだこのクソミドリ!」
「おっと」

 クワーッと激昂して襟元に掴みかかってきた幼馴染の腕をゾロは難なく遮って、反対に細っこい手首を握った。

「ッ!?」

 ぎゅ、と力を篭められればそれだけで心臓が撥ねあがる。榛色の瞳に映る自分の顔は情けないほど歪んでいて。
 恐らくゾロにもサンジがかなりいじけているのは解っただろうに、ちょっと意地悪なところのある幼馴染は、心外だとばかりに口を開く。

「本気で、俺がいねぇ方がいいってのか」

 声変わりは多分、サンジのほうが早かった。一足お先にオトナっぽい声を出せるようになったサンジをゾロは悔しげに見たこともあったけれど。
 でも多分、サンジほど相手の声にくらくらしたりはしなかった筈だ。背骨を伝って腰まで降りてくる、低いのにどこか甘いゾロの声に、この頃サンジはとても弱い。

「…んなわけ、ねェ…」

 掠れて消え入りそうな返事だったが、目の前の相手に届けるには充分だ。
ゾロは満足そうにニッと笑って、そのままサンジを真横のトイレへ引き擦り込んだ。








 初めて体を繋げた日から、まともなキスもしていない。
乱暴すぎたセックスに怒っていたこともあったし、照れ臭さもあった。今まで自分たちが交わしていたそれが、とんでもなくいやらしいことに繋がるものだと解って、口付けをねだるのが躊躇われたのだ。
 久しぶりだから、いつもと違う場所だから―――こんなに感じるのはきっとそのせいだと、サンジは心の中で理由づけた。
 学校でキスするのは、そういえば初めてなのだ。
想像力過多なお年頃だから、保健室とか体育倉庫とか、AVの女教師モノに出てくるようなシチュエーションにはそれなりに憧れたし…まあ男子トイレの、一番奥の個室に立て篭るなんてのは流石に予測の範疇を超えていたが。
 きつく抱かれ、噛み付くように重ねられた唇の感触だけでひょこりと勃起した。密着してるからそんなのはゾロにだってバレバレで、

「んっ、ふ」

サンジの変化に後押しされたように、口の中でゾロが暴れはじめる。
 余すところなく舐められて逃げ腰だったサンジの舌を引き戻そうと絡み付いてくる、自在に動く柔らかな肉槐。
味のないそれを、気づけば夢中でしゃぶっている。

(これって、やっぱゾロが上手ってコトになんのかな)

激しすぎて頭がじんじん痺れてしまうのに、マトモに息をつくことすら出来ないのに、ちっとも突き放す気になれないのだ。

「…む、う」

 唇から唾液が漏れてサンジの顎を伝いだした。
シャツが濡れる、と思ったら手際よくゾロがボタンを外してくれて、一瞬ほっとしたりしたサンジはやはり少々おつむが弱い。
 するりと忍び込んできた手が内側でごそごそし始めて、ヤバイヤバイと焦ったが『明日から会えない』ことを考えると、途端に抵抗する意欲が萎えてしまう。
 長い夏休みのうちサンジがゾロを独占できるのは明日までの残りたった半日、それを思えば。
今まで意地を張っていたのが嘘みたいに、今のサンジはゾロが欲しくてしょうがなくなった。触れたり触れられたりしたくて堪らない。

「白いな」

 サンジのこんがらがった頭に切羽詰ったみたいなゾロの声が響いて、いつのまにかキスが終わっていたのに気がついた。
ゾロの頭は既にサンジの胸のあたりをうろちょろしていて、ついでに舌でべろべろと遠慮なく舐めまわされている。

「わ、なんだてめェ」
「こないだは、薄暗かったから」

惜しいことした、ちゃんと見とくんだった、なんて荒い息で囁かれてカーッとびっくり顔に血が昇った。
あの日、いつもの廃材置き場でぐちゃぐちゃにされたことを思い出したサンジの身が、反射的に竦む。

「ゾロ、―――セックスはだめ、だ」
「…最後まではしねぇよ。気持ちイイことだけしてやる」
「ふあっ」

 じゅうっと乳首を吸い上げられて、なぜだか腰がへなへなと砕けてしまう。よろけたサンジにゾロはちょっと笑って便器の蓋を下ろし、幼馴染をそこに座らせた。
 自分はサンジの前に跪いて、はだけた胸元へと再び顔を近づける。確かめるようにべたべたと這わせられた手の平が、背中から胸それから腹、もっと下へ少しずつその領土を広げ、やがてズボンのファスナーに辿りついた。
 ごくっと唾を飲み込んだのは、どちらのほうだったろうか。
露にされたサンジのその部分にゾロは躊躇いなく唇を寄せ、ちゅっと軽く先端を吸い上げる。

「あ、…っは、や、」

ぞくぞくぞくーっと、覚えのない戦慄がサンジの体を駆け抜けた。

「あ、あ、あ、」

ぱくりと大きく口を開けたゾロがサンジの屹立したものを喉の奥まで引き入れ、舌で感じたのよりずっと熱い口内で、じかに愛撫を加えはじめる。
 悲鳴を上げそうになる口をサンジは自らの両手で覆った。
自分の指では味わったこともない快感を与えられて自然と腰が揺れそうになるのを必死で我慢する。
おもうさま突き上げて暖かい肉の中へと射精したいと願うのは男の本能で、当然サンジにだってそんな欲求は腐るほどあるけれど、これじゃまるでゾロを使った自慰のようだ。

(あン時、こいつもこんな気持ちだったんだろうか)

 ケモノみたいな目をしてサンジを犯し、箍が外れたように腰を使いまくっていた。

(俺ン中、めちゃくちゃ気持ちいいって)
 すまねぇとか言いながら、途中でやめるつもりはこれっぱかしもなさそうだったゾロ。

(慣れたらお前もよくなるから、とか)

 どんな悪代官の台詞だと憤ったけれど、もしそれが本当なら、一方通行っぽい自分たちでも、いつかちゃんとしたセックスが出来るようになるのかも知れない。

「…ロ、ゾロ…ッ」
「ふぁんだ」

 サンジをイカせることに一生懸命で、涎やらなんやらでどろどろになった陰茎を咥えたまま、額に汗を浮かべたゾロが顔を上げる。

「うち、かえろ」
「んあ?」
「てめェにもちゃんと、やらせてやっから。てめェン家でも、俺ン家でも、どっちでもいいから」

 ちゃんとベッドの上でしよーぜ、と真っ赤な顔で誘いをかけた幼馴染に、恋人の可愛らしいソレを弄っていただけで自身をも膨れさせていたゾロがうっかり暴発してしまったのは彼の名誉のために秘密にしておくが。
 大慌てでサンジの身支度を整えたゾロはそのままふらふらの幼馴染を自宅へと掻っ攫い、夕方になって母親がパートから帰ってくるまで存分にいやらしいことをした。
 初体験の苦い失敗を機に情報収集に励んでいたゾロは『先に指で柔らかくしておく』という手法を実践し、おかげで前回に比べればかなりマシなレベルで体を繋げることは出来たものの、

(…夏休み、コイツに会わずに済んで良かったかも)

努力虚しくやっぱりちっとも気持ち良くなれなかったサンジは、やるだけやってスッキリした顔のゾロを見ながら密かに溜息を零した。








 余談だが。
それから三日後、補習のため訪れた学校でサンジはつい先日送り出したばかりの幼馴染にばったり出くわした。
 剣道部の夏合宿が校内の武道場で催されていたと知ったサンジは「騙された!」と大暴れしたらしいが、不幸中の幸いというべきか、夏休み期間中に『慣れる』ことだけは出来たようである。
 熱い熱い夏は、まだまだこれから。



おわり


(2005/08/31)

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