SWEETDAYS


 奥まった地下に作られた煉瓦造りの厨房は熱がこもりやすく、サンジ唯一の不満がそれだった。
寒くてしょうがない時期だというのに薄物の貫頭衣一枚で済むのはこの国ならではだが、これでは折角の食材が固まるのにも時間がかかりそうだ、と青年は少々嘆息する。
 まあどちらにせよ深夜にならなければあの男は帰ってこない。
時間だけはたっぷりあるのが救いといえば救いだ。
 例の一件でナミが消えた後、サンジはゾロに国に残るための条件の一つとして、厨房を好きなときに使う権利を要求した。
 当初は手こずるかと思ったおねだりだが、恋人の手料理を存分に味わえるとあって当然ゾロに否やはなく。どころかたまに一日ゆっくり過ごすときには、以前サンジが勤めていたカフェテリアのメニューをリクエストしたりしてくる。
 流石は元ストーカーだと揶揄すると、かつての短い留学中はロビンに毎日サンジの作るものをテイクアウトさせていたというから呆れるのを通り越して真っ赤に赤面させられたサンジである。

(ったく、カワイイ王様だぜ)

陶器の小鍋をゆっくりかき混ぜながら、これを見たときのあの男の素っ頓狂な顔を思い浮かべてサンジはくっくっと笑った。








「…なんだ?」
「あー知らねェよな?俺ンとこじゃ今日はコレを食うのが決まりなんだ」
「決まり?」
「年中行事ってヤツ?年の数だけ食わないと罰が当たるんだ」
「コレをか」
「あァ。―――まあ付き合えよ。おやくそくってなァ大事だろ?」

帰るなり目の前にどんっと置かれた物体に、ゾロが秀麗な面を顰めつつ顔を近づけた。
 小皿に盛られた茶色の小粒。あまり得手ではない甘い香りにぐっとその細い眉が寄り、予想通りのその反応にサンジは勝手に浮かんでくる笑いを必死で噛み殺す。
 サンジはいつもの如くどかっと男の隣に腰を降ろし、白い指先で直にそれを摘み上げた。

「どーよこの完璧なフォルム!このまんま専門店に並んでてもおかしかない出来だぜ」
「そうなのか?」
「おう」

自信満々で鼻先に突き出す青年にゾロは躊躇いなく大口を開けて応え、サンジは苦笑しながらそれを放り込んだ。
 なんか甘ェ、と無表情で口をもぐもぐさせる男に、

「テメェそれでも権力者?そんなんじゃあっという間に毒殺だぜ」
「お前がそうしたいってんなら俺ァ別に構わねぇぞ」

呆れながら呟いた言葉はさらりと流されて、文字通りの殺し文句にくらくらしながら、サンジは(なんだかなァ)と天を仰ぐ。
 無愛想で一見無口なようでいて、ゾロはサンジよりよほど言葉を惜しまない。
育ちが違うといえばそれまでだが、ゾロはいつでもサンジが死にそうになるくらいストレートに愛情を表現する。
 それは時に強引で傲慢であったけれど、流され体質のサンジには充分以上に有効な方法だったようだ。
サンジが突然自分を拉致した男を恨んだのはほんの僅かな間で、結局ほだされきった形で異国に住み着いてしまったくらいなのだから。

(どっちゃかっつうと、お得意はボディトークだけどな)

うっかり夜の営みを思い出してこれまたかああっと頭に血を昇らせるサンジである。
 そんな青年の隣で、ゾロは慣れない口当たりに不思議そうな顔をしながら、ひょいひょいと小皿の中身を口に入れ始めた。
 そのスピードに饗したサンジのほうが慌てて口を挟む。

「オイもっとゆっくり喰え!テメェ甘ったるいモンは苦手じゃなかったのかよ」
「コレなら喰える。つうか、美味い」
「…鼻血出しても知らねェぞ?」

そうは云いつつも、男の感想にはだらしなく頬が緩んだ。
 特上のブランデーやラムに漬け込んだフルーツを製菓用の糖度の低いチョコレートでコーティングしただけの簡単なものだが、元々凝り性なサンジはこの日を見越して何ヶ月も前から下準備に取り組んでいて。
 まぁそれだけ日々の生活がヒマ、と言えないこともないが、辛党である恋人の口に合わせて作ったものが喜ばれて嬉しくないわけがない。
 にこにこしながら男の横顔を見つめていたら、ゾロは不意にサンジに向き直り、ニヤリと唇の端を上げた。
「ん?」と首を傾げるサンジの細い顎を捉えて、すっと唇を掠め取る。
きょとんと目を瞠る青年の腰を引き寄せて、それからもっと深いキスを。
 ほろ苦くて甘いビターチョコが、するりとサンジの口中にも忍び込んだ。

「ん、ン…ッ」

ゾロ用に作ったものだから、普通の菓子よりはアルコールがきつい。
 ちょっと口付けられただけでこんなに体が痺れるのはそのせいだとサンジは自分に言い訳した。
ふらふらするのは強い果実酒がまわったからで、決して背中に廻された逞しい腕や、触れ合う熱い唇や、絡みつく舌に翻弄されたからではないのだ、と。








「―――ところで、幾らなんでもバレンタインくれぇ俺でも知ってるぞ」

やがて長い拘束をほどいたゾロが思いついたように口にした一言に、いつまでも照れ屋な青年は逆ギレして大暴れしたと言う。




END

  

 (2004/02/14)

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