気の利かない魔獣に関する一考察


 気の利かない魔獣、とはかつてサンジ君がゾロに言った皮肉のひとつだったけれど。

(ほんとにどーしてあの男はああ、気が利かないのかしら)

細っこい眉毛を最大限に中央に寄せて、ご丁寧に青筋までばっちり立てて。
目の前に出された料理を無言でバクバク口にして、減らすためだけに酒瓶を煽っていた男。
いっそ清清しいくらい堂々とした、無神経なその態度。

(せめて今日くらい、…ううん、今日だからこそ)

労わってあげるべきなんじゃないの?
偉そうに一日中ふんぞり返っていたゾロの姿を思い出して、私はイライラとグラスを傾けた。








 今日はサンジ君の誕生日。
ついさっきまで船上では飲めや歌えの大宴会が繰り広げられていた。
 甲板いっぱいに広げられたご馳走は勿論G・M号唯一のコックであるサンジ君の手作りで、主役はお祝いされるのも忘れていつも通りに柔らかく微笑みながらの給仕に夢中。
 今日くらいは休んでもいいんじゃないの、と思ったけれど、それがサンジ君なんだからしょうがない。
この船においてクルーの誕生パーティなんてのはただ騒ぐための名目にしか過ぎない―――とまでは云わないけれど…。

「せめてさあ、もうちょっとこう…」
「どうかしたの?」

気分的に飲み足りなくてラウンジから拝借してきたワインを乱暴にグラスに注ぎ足す私を、ロビンが面白そうに覗き込んだ。

「怖い顔。何か気に入らないことでもあったのかしら」
「そーいうわけじゃ、ないんだけどね」

実際、素敵なパーティだったとは思う。
 サンジ君が作るお料理はいつも最高だし、それがクルーの誕生日…つまり、トクベツな日とあらば尚更。
 いつもならその当日は本人の好物ばかりで構成されたお料理に、それに合う最高級のワイン、特大のバースデイケーキが用意される。
 そしてもちろんそれがサンジ君自身の誕生日であっても、完璧主義者なコックである彼は一切手抜きをしない。
 ルフィが「今夜もメシは任せたぞ」って笑うのに、「たりめーだ船長」なんてあっさり返して、サンジ君は折角の誕生日だってのに、一日中キッチンに籠りっきりになってしまった。
 もう職業病としか言いようがないほどの熱心さだ。
そして今夜並んだのは、全員のお気に入りがひとつずつ組み込まれたまさに宴会に相応しいスペシャルメニュー。
 みんながビックリするくらいのご馳走で、サンジ君はいつも通り擽ったそうにニヤニヤと笑って、

「どうぞレディたち。さあ喰え欠食児童ども!」

号令と共に始まったパーティは、あっという間に何がなにやら解らない大騒ぎに突入した。
 皿の上が空っぽになって用意したお酒が底を尽きた頃、サンジ君は満足そうに後片付けを始めてしまって、せめて片付けくらいという言葉は、これが俺の仕事だからの一言で、さらりと一蹴されてしまった。
「後は任せて」とばかりに私たちは促されるままいつものように女部屋へ。
みんなたらふく食べて飲んで、とても美味しかったし、楽しかった。でもそれで良かったのかしら?

(どっちがお祝いされてたのか解ったもんじゃないわ)

黙り込んでしまった私に、ロビンが不思議そうに呟いた。

「航海士さんは、コックさんを喜ばせてあげたかったのよね」
「え?うん、まあ誕生日くらいはね」
「だったら大成功だと思うのだけど」

少なくとも本人はとても嬉しそうだったわ、と大きな黒い瞳が私の目を覗きこむ。
 不満なのはそこじゃないんでしょう?と云いたげなロビンの態度に、私は大袈裟に肩を竦めて見せた。
そうなのだ。朝から晩まで働かされて、私だったらとんでもない誕生日だと愚痴りそうなものだけど、彼自身は始終これ以上はないってくらいに、とても嬉しそうに今日を過ごしていた。

「そうなのよねえ…でもさ、なあんか腑に落ちないっていうか」
「ふふ。―――彼は本当に、他人が喜ぶ姿を見るのが好きなのね」
「それが一番のプレゼントだってのは、イヤってくらい解ってるんだけど」

でも。
 でも、とまた私はイライラの元凶である男を思い起こす。
せめてあの気の利かない彼氏があんな仏頂面でさえなかったら、私だってこんな風に、過ぎた事をうだうだ考えたりはしなかったのだ。

(どうせまた下らない喧嘩でもしちゃったんでしょうけど、せめて誕生日くらい水に流して、ニッカリ笑顔見せてやったらどうなのよ)

長い長い航海をしてきた。
 いつの間にか、喧嘩ばかりしてたはずのあの二人はトンデモナイ関係に陥っていて、さすがグランドラインは不思議が多いわ、なんて呆れてみたりもしたけれど。
 それでもゾロもサンジ君も、とても自然にお互いを想っているのが解ったから、「やれやれお熱いこと」と傍観していることも出来たけれど。
でも、恋人の誕生日に「おめでとう」の一言もなく、朝から晩まで不機嫌そうな顔をしてるってのは、一体全体どういうつもりなんだろう。
 そりゃ私だって、あの男が恋人の誕生日に甲斐甲斐しくご機嫌を取り捲る姿なんてこれっぽっちも想像つかない。
 でもお相手のサンジ君はあの通り愛に生きる人だし。少しでもいいから、甘やかな雰囲気くらい演出してやってもバチは当たらないと思う。

(これもちょっと、やっぱり寒いけど…)

 今日一日ゾロが取り続けたあんまりな態度を思い出して、思わずむうっと眉を寄せた私に、ロビンは思いがけない事を云った。

「剣士さんは、多分あなたよりもずっと彼に近いわね」
「え?えー、そりゃまあ、男同士で乳繰り合うくらいには近いんじゃないの」

投げ遣りに放った言葉に、ロビンがくすくすと微笑んだ。

「だったらあなたと同じ事を、もっと強く彼は感じたのかもしれないわよ?『折角の誕生日に何をやってるんだ』って」
「…あの気の利かない魔獣がァ?!」
「あら、野生動物というのはすべからく繊細なものだわ。そしてひとたび懐いた相手にはとても従順。―――それでも彼が嬉しそうだから、仕方なく朝から我慢して…でもとうとう痺れを切らしたみたい。コックさん、手に泡を沢山つけたままで担がれていっちゃったわよ?」

片手を眼前に持上げたロビンは、双眼鏡を覗く仕草で悪戯っぽく眼を細めた。

「洗い物の途中だったらしいわね。肩の上で随分暴れてるけど、剣士さんはまるで無視」
「…うわあ…」
「泣いて嫌がっても、朝までお祝いしてやるんですって」

迷惑な話ね、と今度は手の平を耳元に添えて、実況しながらおかしそうに笑うロビン。
 彼女は時折とても年上だとは思えないくらい子供っぽい顔になる。
そういうときは大抵、何かとても嬉しい事を見つけたときだとは私にも解るようになっていて。

「本当に、面白い船ね」

アンタだって充分面白いわよ、と私はロビンのためにとっておきのグラスを用意してあげる。
 朝までしつこくお祝いして貰えるらしい愛すべきコックさんの誕生日を祝して、私たちは改めて乾杯することにした。


HAPPY BIRTHDAY!!



  

 (2003.03.07)

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