眼鏡っ子純情




 ゾロが仲間の料理人とそういう仲に発展したのは空島だ。
戦闘後の昂揚プラス酔った勢いで寝てみたらうっかり体の相性が良かったらしく、男相手のセックスは初めてだったゾロにしてたいそう楽しめた。
 向こうも満更ではなかったようで、爛れた関係は以来ずっと続いている。
 順風満帆な船旅が退屈すぎて、他にすることがなかったのが主な継続理由だろう。
昼間であればすれ違いざまの海軍や海賊と楽しくドンパチすることもあったが、危険なグランドラインで夜間航海の愚を犯す船乗りは滅多にいないし、遊び盛りな十九歳コンビにとって夜はひたすら長かったのだ。
よりによって同じ男、しかも気の合わないコックとたびたび寝ることに関して首を傾げないでもないゾロだったが、なにしろ場所は海の上。
 溜まったからといって気軽に立ちんぼの女を捕まえることは不可能だし、同船している女たちはナマイキだったり胡散臭かったりでとてもじゃないが性の対象になり得ない。
 相手のコック…サンジもまた、「ズリネタにするのも恐れ多い」と、彼女たちを崇め立てこそすれ不埒な振る舞いに及ぼうとは考えていないのだと言う。
そんな女好きがゾロに股を広げるのは、どーでもいい奴にだったら気兼ねなく欲求を解消できるから、だそうだ。
 思わずカチンと来るコックの言い分はゾロにとってナミ以上に生意気だと思えたし、どうでもいいから寝るという不穏当な発言はロビン以上に胡散臭く感じたが、だからこそ興奮材料にも成り得た。
 日中はゾロなど路傍のゴミのごとく邪険に扱うガラの悪いコックは、閨の中ではがらりとその姿を変える。ゾロの手練手管に翻弄されてひいひい悶え喘ぎまくるのだ。
 コックの多面性はこれまでゾロが出会った中でも群を抜いていた。
こんな男を弄って面白くないわけがない。

(…そういやあ)

 くるくる変わるコックの表情を追想するうち、ゾロはふと、アラバスタで垣間見たサンジの出で立ちを思い起こした。






 トレードマークの黒スーツに、黒縁の伊達眼鏡。
本人曰く隠密活動の変装気分だったらしいが、アレはなかなか良かったように思う。
 アホっぽい垂れ目が隠れ気味になる分イイトコの坊ちゃん臭さや優等生っぽさが増して、口を開きさえしなければ確かに自ら名乗った『プリンス』で通る仕上がりだった。
 小物ひとつで人間は変わるのだと感心したものだ。

(ふむ)

 ガラの悪い兄ちゃんを力ずくで組み敷くのもいいが、お貴族様にご無体を働くのもまた一興である。

(―――掛けさせてみるか)

 勿論のこと『あの最中に』だ。
育ちに比例する口の悪さに途中で興醒めしそうではあるが、やかましい唇は無理やり突っ込んで黙らせればいいだけだし、そのついでに取り澄ました顔にぶっ掛けてやるのもかなり心惹かれるものがある。
 折りしも船は平和そうな小島に到着したばかり。
 そういうわけでゾロは、自分の小遣いを使ってサンジの眼鏡を買うことにした。
 金庫番は最低限の必要額しか渡してくれないドケチだが、サンジと宿代をシェアする分だけ手持ちに少々の余裕が出来る。
 彼がアラバスタで使用していた眼鏡を使えればムダ金を落さずに済むのだけれど、いかなゾロでも勝手に他人の箪笥を漁るのは気が引けるし、わざわざ「掛けろ」と頼むのも変だ。

(さて、どれにするか)

 ずらり並んだ眼鏡を前に、ゾロはうーんと腕組みした。
小さな島だったおかげで比較的早く眼鏡屋を見つけることが出来たのはいいが、ゾロは近視にも遠視にも弱視にも老眼にも縁のない生まれつきのスペシャル健康優良児である。
 当然のことながら何がどう違うのかサッパリ判らない。
視力に何ら問題がないのはコックも同様だろうから、フレームだけ適当に選べばいいと思いつつ、贈り先は常日頃からゾロの格好についてダセェジジ臭ェありえねェとやたら難癖をつけてくる男だった。
 下手に趣味の悪いモノを渡しでもしたら、使うどころか笑われるに決まっている。

「なんだ、てめェで決めらんねェの?」
「ちと数が多す…―――コック!?」
「? おう」

 耳慣れた声に応えてみればいつの間にやら隣にサンジが立っていた。






 驚くゾロにサンジは、

「買出しの途中で見かけたから」

なんとなくついてきたと告げ、ゾロを愕然とさせる。
 眼鏡選びに集中するあまり、ターゲットに近寄られていたことにも気付かなかったとは。

(修行が足りねェ…!)

 くっと眉を顰めたゾロを、サンジは何を思ったか真顔でじっと見つめてきた。

「…なんだ」
「いやその、もしかしててめェ、具合でも悪ィのかって」
「あァ?」
「眼鏡がいるってこたァつまり見え難いってこったろ。チョッパーには相談してみたか?」

 言い辛そうにそう尋ねられ、コックにトツゼン登場された時よりもっとびっくりしたゾロだ。
 いつもの人を小馬鹿にしたようなムカつく態度はどこへやら、コックはしおらしく肩を落としている。

(もしかしなくてもこれァ、俺を心配してんのか)

 何故か心臓がどきんとした。
サンジという人間は全くもって予測の出来ない男である。

「問題ねェ。こりゃアレだ、あー、ファッションって奴だ」

 我ながら似合わない台詞だと思いながら口にすると、サンジは一瞬ぽかーんと呆気に取られたような顔になり、すぐにほっと体の力を抜いた。

「…んだ、脅かすなよボケ。つーかファッションって柄かよ、似合わねェこと甚だしいぜ」

 可愛くない憎まれ口なれど、こうもあからさまに安心しきった表情で言われればなんとなく男心にクるものがあるわけで、ゾロは「全くだ」と苦笑してしまう。
 殊勝な返答にコックは何事かを勘違いしたらしく、慌てて

「イヤ別に悪ィこっちゃねェけど」

とフォローを入れてきた。

「つーかうん、いいんじゃねェの、伊達眼鏡」
「…あ?」
「任せとけ、この俺様がちゃーんとてめェに似合うの選んでやっから」
「!?」

 勘違いサンジは言うなりご機嫌で眼鏡の山を物色し始め、ゾロを慌てさせる。
 必要な眼鏡はゾロのものではなく、このお節介なコックに掛けさせるために必要なのだ。

「おい、―――」
「ん? どうかしたか?」

 押し留めようと背中に伸ばしかけた腕を、ゾロはサンジが振り返る直前で下ろした。

(…探してたのはお前のモンだ、なんて)

 言えるわけがない。
 しかも目的は装備した上でのセックス、更にイラマチオひいては顔射だったのだ。
 ちょっとした刺激を求めての下らない思いつき。
 どうでもいいゾロ相手に気兼ねのいらないセックスを求めるサンジなら、もしかしたらノリノリで応えてくれた可能性が無きにしも非ずだが―――





アホみたいにパッカリ開けた大口やら、そのあと浮かべた安堵の表情をみたあとで、言えるはずがないのだ。





「…なんでもねえ…」
「おかしな奴だなてめェ? なあなあコレとかどうよ。腹巻にゃあちと頂けねェが、てめェの仏頂面には嵌るぜ」

 コックは銀縁のスクエアタイプを片手に、心底楽しそうに笑っている。
 そういえばセックス以外でコックと二人きりになるのは珍しい。
 そして喧嘩にならないのはもっと珍しかったりする。

「…悪くねェな」
「だろォ!? じゃあ決まりな。オラ金だせ眼鏡っ子剣豪」

 言われた通り腹巻から引っ張り出した虎の子をコックは即座に奪い取り、いそいそ嬉しげに支払いへ向かった。
 店員が袋に入れかけたのを中途でストップして値札だけ外させると、すぐさまゾロのところまで取って返し、

「ほら」

と差し出してくる。
 黙って人生初の伊達眼鏡にチャレンジしたゾロに、サンジはまたニッカリ笑って。

「うん、悪くねェぜ」

 そういう意味じゃねェよ、と思いつつ口には出さない分別は、ゾロにもちゃんとあったようだ。






 結局ゾロは眼鏡を掛けたコックに×××、という当初の目的は果たせなかった。
 しかしいいこともあった。
 自称スタイリッシュなコック自らが選んだだけあって、購入した銀縁眼鏡はゾロによく似合っていたらしい。
 細いフレームを指先でくいっと持ち上げた途端、コックはぎょっと目を見開いて、気まずそうに視線を逸らした。
 頬をほんのり染めたその足で向かった宿で、コックはかつてない盛り上がりを見せたと言う。
 眼鏡を掛けたままサンジに口淫を施し、うっかり顔射を喰らってしまったゾロにとっても大満足な一夜だったそうだ。




おわりなのです

  
(2009/02/22)

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