この聖なる夜を誰かと |
ツリーはなるだけ大きいのがイイ。 部屋の真ん中にどーんと、でっかいやつ。 電飾はアレだ、球はそんなに大きくなくていいけど、最低4色。 キイロ、アカ、ミドリ、アオ。そんでうねうね点滅するタイプじゃなくて、アレな、ちかちかッってこう、星がまたたくみてェなの。 飾りが解んねェ?あァ、そりゃセットになってんだ。 テメェみてェな朴念仁でも困んねェようにな。 おっと、ツリートップは忘れるなよ。ありゃあ別売りなんだ。 ハハ、それも解んねェか。 星型のやつだよ。てっぺんで光るんだ。 想い人のたっての希望で、師走に入る直前ロロノア・ゾロは齢30にして生まれて初めてクリスマス・ツリーなるモノを購入した。 ご希望どおりの210センチ、店頭に並んだフェイクツリーの中でも最大。 現場近くの量販店でたまたま見つけたものだ。うっかり会社にまで持ち込んでしまい、独り者のくせに何が起こったのかと上司の目を丸くさせたりついでに帰りの電車の中で少々目立ってしまい気恥ずかしい思いをしながら、それでも彼の驚く顔が見たくてうきうきと家に帰った。 それから約一ヶ月の間、殺風景なリビングの中心を彩ったクリスマスツリーは、正直ゾロにはガキのおもちゃのようにしか見えなかったし、位置的にダイニングからテレビが見えなくなるのにも閉口したが、それもあと一日の辛抱である。 仕事を終え、最寄り駅からまっすぐ自宅であるマンションに向かう。 今年はことさら寒い冬で、初雪も早かった。明け方まで降り続いた雪は夜になっても道路の脇に崩れかけた塊を残している。 横断歩道を渡ってガードに差し掛かり、ゾロはふと端に目を遣った。 路上生活者でも住んでいそうな掘っ立て小屋は、見慣れた屋台だ。 いつもなら金髪のおでん屋が暖簾と提灯をぶらさげて商いに精を出している時間帯だが、今日は昨夜サンジが店仕舞いしたときのまま、きっちりと片付けられてそこにあった。 走り書きのようなメモが真っ赤なガムテープでぺたりと軒にくっついている。 『臨時休業いたします 今夜はとっとと家に帰ってやれよ! ―――Merry Christmas!』 随分とくだけた告知だが、常連はきっとここの店主らしいと苦笑するに違いない。 ヘタクソなイラストの端っこが焦げているのは、咥え煙草で作業して火が移りでもしたのだろうか。ゾロは青年の慌てふためく顔を想像してぷっと吹き出した。 落ち着いているようであれはなかなかそそっかしいところがある。 そのくせキッチンの前ではまるで魔法使いのように複雑な工程をこなしていくのだから不思議な男だ。 知り合ってからもう二年近くになるが、すっかり恋人同士として落ち着いた今でも、ゾロが悪戯心を出して戯れに抱き寄せると、不意打ちにぎょっとしてゾロをまじまじと見つめてくる。もっと凄いことをしまくっていてもこうなのだから、サンジという男に飽きるということはない。 用意したツリーをサンジはベルやらモールの位置を色んな角度から確認しながらせっせと飾りつけした。 やれ星がどうの、ライトの反射がどうの、ゾロにしてみればどうでもいいことを一生懸命悩んでいたのがおかしくて、とうとう笑い転げた男にツリートップを投げつけてきて、取っ組み合いの喧嘩に発展しそうになったのは誤算だったが。 一時間以上かけて完成させたそれを満足そうに眺めていた青年。ゾロにしてみれば一杯引っ掛けながらそんなサンジを見ているほうが余程面白かったし、完璧に整えられたツリーなんかより、白い横顔の方が余程キレイに見えた…というのは、流石に惚れた者の欲目という奴だろう。 (にしてもありゃあ、余程ああいうのが好きなんだな) イブだなんだとはしゃぐ年でもないし、勿論クリスチャンでもないゾロ自身はこのイベントに何の興味もないが、あれだけ嬉しそうにされると、バカ騒ぎも悪くはないという気にもなるもので。 それに去年の今頃はとんでもない大怪我で入院していてクリスマスどころではなかった。 どの道怪我をしててもいなくてもクリスマスとは縁のない人生を送ってきたゾロではあったが、ベッドで悶々と過ごしていた日々を思えば今はまさに天国だ。 その天国では柄の悪い天使が、腕によりをかけて作ったディナーをテーブルにセッティングしているころに違いない。 帰宅時間はあらかじめ告げてあるから、普段より少々遅いが問題はないだろう。 むしろ問題なのはゾロの腹の虫のほうで、現場の図面とにらめっこしながら出前を取りたくなる気持ちを必死で抑えながら仕事を終わらせてきた。 今日はいくら腹が減っても寄り道するわけにはいかないのだ。 なにせ普段から手抜きを一切しないあの男が「気合を入れて作る」とまで豪語した夕食が待っている。 (クリスマスってのも、まぁいいもんだ) にまにましながら屋台を眺めていたゾロだったが、不意に「遅ェんだよ冷めちまうだろ!」とレードル片手に足を振り上げるサンジの姿が目に浮かんで、慌てて凍てついたアスファルトを駆け出した。 サンジにはクリスマスを祝った経験がない。 郷里の実家はそれなりに名の通ったレストランで、この時期は毎年掻き入れ時。 中高あたりでは友人に夜遊びを誘われることもあったが、その頃にはもう「将来はコックになりたい」と決めていたので実家の手伝いに精を出した。 厳格な祖父の反対を押し切り卒業と同時に無理を言って上京。ギリギリで合格した大学では授業そっちのけでバイト三昧の日々を送り、苦学生なので当然クリスマスだってアルバイトを入れた。 おかげでサンジはレストランのクリスマス限定メニューにはめっきり詳しくなったが別にありがたくはない。 何人か付き合った女性たちにはやはりクリスマスに格別な思い入れがあったようで、レストランに就職を決めた後も同様に年末を過ごすサンジに淋しそうな顔を見せた。 けれどサンジにはすっかりその日が「誰かに喜んでもらう」日になっていて。 段々と疎遠になり自然消滅していった恋愛ごとがまさかクリスマスに起因するものだとは、自分のことには鈍感な青年は一生気付きそうにもない。 そんな彼が初めてクリスマスを自分のイベントとして迎える気になったのは、雇われコックから曲がりなりにもオーナーになったからに他ならない。 おでん屋を開けるのもいいが、常連のほとんどは妻帯者だ。家族持ちだ。 やっぱりクリスマスは家族一緒に過ごすもんだろうと、自分自身はそんな経験もないくせに思う。 去年もこの日は臨時休業の札を出した。 けれど実家は新幹線に乗らないと行けない場所だし、当時軽い鬱状態だったサンジはとても騒ぐ気にもなれなくて、一日ボロいアパートでコタツに入ったままぼんやりと過ごしたけれど、今年は違う。 もうじきあの男が帰ってくる。 今日の為に長いコック稼業で仕入れた数々のレシピを、頭の中をひっくり返して選択しまくった。 オーソドックスにメインはロースト・ターキー、真鯛のカルパッチョはサラダ仕立てに、後はぼたんエビとじゃがいものミルフィーユ、きのこのパイ包みスープは外せないし、パスタはトマトのボンゴレとほうれん草をたっぷり入れたゴルゴンゾーラでクリスマスカラー二種。 ケーキは勿論、ブッシュ・ド・ノエル。二人分のちいさなスポンジを、ここで暮らすようになって最初に持ち込んだオーブンで焼き上げたお手製だ。 作業自体は今まで毎年こなしてきたものと何ら変わらないのに、やたらわくわくと心が浮き立つのが不思議だった。 誰かと過ごすこの日を、これほど楽しみにしたことはない。 テーブルに全て並べて、さて、とサンジは時計を眺めた。 年末はどこの会社も忙しい。特に今日は他の人間が逃げた分残業があると言っていたが、流石にそろそろ帰ってくるだろう。 多分、息を切らして、鼻のアタマを赤くして、額に汗を浮かべて帰ってくる。 エントランスを抜けてエレベーターに乗り込んで、ナナメ向かいのこの部屋へ。 チャイムが鳴り、ドアが開いたら一番に言うセリフは決まっている。 定番どおりだがこれを言わねば始まらない。 「Merry Christmas!」 大事なひとと過ごす、この聖なる夜に感謝を。 おわり。 |
(2003/12/25) |
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