世界一の男


ロロノア・ゾロは世界一のバカ野郎だ。





 中2で俺があいつと同じ中学に転入して以来からだから付き合いは長い。
当時ゾロは級長で、何にも知らない転校生だった俺に科学室だとか音楽室だとかって場所を説明するように担任から言われて、嫌々ってツラで学校を案内してくれた。
 あんまり嫌そうにするもんだからケンカ売ってやがるのかと思いきや、「実はどこにあるのか俺も知らねェ」なんて真顔でコクハクされて、俺は「てめェのガッコで迷子になるってなァどんなバカなんだ」とあきれ返った。
 うっかりそのまま口に出しちまったら、かちんと来たらしいゾロとはその場で取っ組み合いになったりしたが、今となってはそれもイイ思い出だと言えるかも知れない。






 力技ばっかりなゾロは格ゲーは得意だったけどRPGの類は苦手で、特に俺おすすめのバイオシリーズなんかは眉を顰めて敬遠していた。
 地図を開いてもクレアがどこに行ったらいいのか理解できないらしくて、途中でリモコンを俺に渡しては「でかいゾンビが出たら代われ」とか製作者が聞いたら怒りそうな台詞を吐き、俺は (しょうがねえなあこのバカは) とか思いながらタイラントに出会うたびその通りにしてやったもんだ。
 バイオはほんとにイイゲームだから、やらせてやんねーと勿体無かったし。
因みに1をクリアするまでにゾロは2ヶ月分の放課後と土日の丸ごとを費やし、その間じゅう俺んちに入り浸って、晩飯を食ってからバスを乗り継いで1時間ちょいかかる自分ちに帰るというバカを繰り返した。
 やがてベロニカまで終えたゾロは「次は1からナイフクリアにチャレンジする」と言い張って、1年掛けてもぜってームリだと断言した俺とはまたケンカになった。






 なんだかんだで腐れ縁は続いて、県内で一番のアホ私立に進んだ俺たちは結局マル5年、同じクラスでともに過ごした。
 高校でもゾロは変わらずバカだったけど、いつも俺が隣にいたからもう迷子にはならなかった。
その頃でも俺らはことあるごとにケンカしてたけど、いつのまにか二人でツルむのが当たり前みたいになってて、クラスメイト達は首を傾げてそんな俺らを遠目に見てた。
俺にゾロ以外の友達が出来なかったのは、常に隣にいるゾロのツラが凶悪すぎたせいだと思う。
 あれえ、と思ったのは卒業式だったか。
中高通して、愛想のカケラもねェくせにゾロは結構オンナノコにモテていた。
まあ俺だってそれなりに人気はあったと思う。コクられたりしたこともあったけど、バカのくせして剣道のインハイで優勝とかしちゃってたゾロは、迷子だとか寝坊助だとか成績は下から数えたほうが早いとかっていう欠点を差し引いても魅力的に見えたんじゃねェだろうか。
 式が終わって体育館から出た途端にたくさんの人間に囲まれて、やっとこさ解放されたときには制服のボタンはあらかた毟り取られてて、でもなんでだか、ゾロのくたびれきった学ランの上から二番目はしっかり残ってて。
 第2ボタンって言ったらアレだ、本命用だ。
あれえコイツいつのまにそんな相手見つけちゃったの、って俺は焦った。
 学生生活のほとんどをゾロと遊び倒して過ごした俺だったから、カノジョを作るヒマがあるはずもなく、ハッと気づけばキレーな体のまんま卒業を迎えるハメになり。
 だからトーゼン、ゾロだってそうだと思い込んでたんだ。

「水臭ェよなァ、カノジョが出来たんなら俺に紹介くれェしとけっつの」

ニカッと笑ったつもりだったけど、受けたショックが大きすぎた俺の笑顔は少々引き攣ってたんじゃねェかと思う。
 ゾロはそんな俺をいつもの憮然とした顔でまじまじと眺め、それから大きく溜息をつき、最後に残ったボタンを自分でぶちっと引きちぎって俺に言った。

「これは一番大事なヤツにやるもんだろ。だからてめェにやる」

 ひょいと投げられた小っちぇボタン。
地面に落ちる前に掴めたのはひとえに俺の反射神経がナミじゃなかったからだ。
 それからゾロはおもむろに俺の制服にはひとつもボタンが残ってないのを確認し、

「てめェナニ考えてやがる」

と忌々しそうに舌打ちした。
 ナニ考えてっかわかんねーのはてめェだと言い返したかったが、あまりにもゾロがバカすぎたのと、あと卒業の感動で情けねェことにボロボロ泣いてしまって言葉にはならなかった。






 卒業後、俺はジジイの経営するレストランに見習いとして就職し、ゾロは剣道の腕前を生かせるとかで、ケーサツカンになった。
 ゾロはバカだったけどギリギリV類に受かるくらいの脳味噌は所有していたらしい。
春先からしばらく研修に出かけたゾロは、次に帰ってきたときは見た目だけおまわりさんになってて、制服の似合わなさに俺は爆笑した。
 ゾロの勤務地は自宅からちょっとばかり離れた場所で、めんどくさがりなゾロは半年もしないうちに実家を離れて一人暮らしをはじめたが、そこがまた腐れ縁とかいうヤツなんだろう。
ぐーぜんもいいとこだがゾロの新居は俺の家から徒歩10分のボロアパートで、学生時代よりよっぽどご近所な生活が始まった。
 新米警官の給料なんかたかが知れてるし、ゾロは自炊なんか出来やしねェ。
仕方なく俺はコッソリまかないを詰めてゾロに配達してやって、ヤツの侘しい食卓を彩ってやったりしたが、ゾロはバカだから、

「どうせならココで作れ」

とコンロが一個しかついてないようなお飾りのキッチンを指差して俺を呆れさせた。
 見た目だけじゃなくて栄養価もバッチリな特大弁当にどんだけ手間がかかってるかなんて気づきゃしねェんだこのバカったれは。






 そんなかんじにとことんまでバカなゾロだったが、その年の誕生日にとうとう世界一のバカだってことが発覚した。
 見習いからよーやくコックに昇格して浮かれてた俺がついナサケ心を出してしまったのがその切欠だ。

「なんか欲しいもんでもあっか?」
「てめェを寄越せ。19になった記念にヤらせろ」

なんて真顔でズバッと言われてしまっては、うへーと天を仰ぐしかなく。
 しかしまあ、その頃には俺もゾロがどんな目で俺を見ているか、くらいの見当はついていて。
 あのボタンは友情の証じゃなかったのか、階段で躓いたフリして抱きついてきたのも、アタマにゴミがついてるとかって俺の毛先を弄りまくってたのもやっぱそーいう下心だったのかよとか思いながら、

「悪ィけど俺、セックスは結婚する相手としかしねェって決めてるから」

用意していた返事を返した。
 ゾロはバカだが男同士じゃケッコン出来ないってこと位は知ってるだろう。
嘘でも「てめェなんか嫌いだ」とは言いたくなかった俺だから、この言葉はかなり前からもしものときに備えて考えていたオコトワリの台詞だった。
 毅然とそう告げた俺に、でもゾロは見ているこっちが不気味になるくらいうれしそーに笑ったと思ったら、いきなり抱きついてきて、

「ななな何しやがる!」
「や。処女なのは知ってたが、童貞だとは流石に思ってなかったから」

俺が誰にも触れていない、触れられていないことが嬉しいとゾロは言い、

「6年べったり見張ってた甲斐があった」

トンデモナイことをほざきながら俺の顔中をべろべろ舐め回した。
 じゃあ何か、俺にカノジョが出来なかったのはてめェの作戦か!と愕然とした俺はうっかり固まってしまったがこれがまた良くなかった。
 あれよあれよという間にシャツからズボンからパンツから全部剥かれて、ハッと気がついたときにはゾロ曰くの処女を喪失していた。
 随分と前から機会を覗っていたというゾロは成る程入念に下調べをしていたらしく、泣き出したくなるくらいしつこい前戯をかまされて、抵抗する以前に俺はふにゃふにゃになってしまったのだ。
 マジでこのときほどバカの一念の物凄さを思い知ったことはない。
岩をも通すっつーか二時間かけて拡張されたケツの穴はぎんぎんに勃起したゾロのチンコを結局通してしまい、以来一年間、なし崩しに俺たちの関係は続いている。






 しかし今日でゾロも20歳だ。
いつまでもバカやっててイイ年じゃないし、成人した記念に今度こそキッパリ引導を渡してやるべく、俺はゾロのアパートでヤツの帰りを待っている。

「帰ったぞ」

どこの亭主だと文句を言いたいくらいえらそうな発言は最近のゾロの口癖みたいなもんだ。
 俺の終業に合わせて頼んでもねーのに三交代制の遅番ばかりを選ぶようになったゾロは、それをタテに毎晩ゾロんちで待ってるようヘイキで要求しやがるのだからバカはホント図々しい。
 でもそれも今夜限り。
最後の晩餐くれぇは、と俺がテーブルに並べたご馳走を見てゾロは単純に大喜びし、騙し討ちする気満々だった俺はちょっと罪悪感みてェなのを感じたが―――

「メシの前にこれだ。俺のサインはしてあっから、あとはてめェだけだぞ」

何気なく手渡された封筒を開けた途端に、僅かばかりの罪悪感は宇宙の彼方まで吹っ飛んだ。
 養子縁組届と書かれたその用紙の一番下にある証人欄には、驚いたことにゾロの親父さんとうちのジジイの署名までがバッチリ入ってて。

「男同士は結婚できねえからな。これで辛抱しとけ」

バカはバカのくせして、一年も前に俺が吐いた言い訳をずっと覚えていたらしい。
 ボーゼンとする俺を尻目にゾロはバクバクとメシを食い始め、あんまりなバカっぷりに俺はとうとう降参してしまった。

 こいつのバカに付き合っていけるのは多分、俺くらいだろう。

 というわけで白旗を揚げた俺だが、戸籍上のことだけとはいえゾロが父親になるなんてのはカンベンして欲しかったから、

「先じゃ法律が変わるかも知れねェ」

と無理もいいとこな誤魔化しをしてみたんだが、ゾロはやっぱりバカだったので、

「おうそれもそうか」

とぺらぺらの届書をくしゃっと丸めてゴミ箱へと捨てようとし、「てめェにゃ余韻ってモンがねェのか!」と激怒した俺から誕生日プレゼントに延髄蹴りを贈られた。






 俺のゾロは世界一のバカだが、世界で一番俺に惚れている。
そんで多分、俺には世界で一番イイ男だ。





おわり


 (2004/12/10)

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