恐怖新聞


 深夜、とある家にだけ配達されるその新聞の名は『恐怖新聞』。
未来に起こるできごとを克明に綴るその新聞を読む代償は、一報につき百日分の寿命
―――だと、言われている。






(そろそろあいつが来る)

時間は丑の時の第三刻、つまり午前二時をちょっとまわったところだ。
テスト前でもないのに学生が起きている時刻ではないが、今夜もサンジは寝付くことが出来ず、ベッドの上でまんじりともせずに窓のあるべき方向を見つめていた。
 昨夜とうとうガラスを割られてしまったので、サンジは昼間のうちに廃材置場からパクってきた板を、釘と金槌を駆使してその場所に張りつけたのだ。
念のためと端っこはガムテープで補強までして、サッシ一帯はまさに蟻の入る間もなくきっちりと封じられている。

(今夜こそ、この部屋には何も入れさせねェ)

強気な決意とは裏腹にサンジの秀麗な面は迫り来る恐怖に慄き、常より白い頬はより血の気を失っていた。
こんな夜更けに来客とはおかしな話だが、『それ』はサンジが招いたものではない。むしろどんな手を使っても排除したい『招かれざる客』なのである。







季節が梅雨にさしかかったある晩、それは突然に起こった。
普段は寝付きのいいサンジだが、その夜はやたらと蒸し暑く、なかなか眠りに落ちることが出来ずにいたのだが。
 ベッドの上で何度も寝返りを打ちながら瞼を閉じてはみるものの、祖父のこだわりからクーラーもついていない自室はむんむんと湿気と熱気を篭もらせ、どうにも不快で仕方がない。

(クソジジイ…せめて扇風機くらい買ってくれっつうの)

とうとうガマンできなくなったサンジは、夜目にも目映い金髪をばりばりと掻きながら、真っ暗な部屋を横切ってめんどくさそうに窓に近づいた。
 少し外気を取り入れたほうが良さそうだ。
ブラインドをあげて十センチばかり窓を開くと、ひゅうっと突風が吹き込んでサンジは目を細めた。

(お。外は結構涼しいじゃん)

 パジャマがわりのTシャツは汗でぐっしょり湿っていたが、それゆえに風が当たるとひやりとして気持ちがいい。
思わずにこりと頬を緩め、満足してベッドに戻ろうとしたサンジだが、

「…?…」

ふと耳がおかしな物音をとらえ、訝しげに窓の外に顔を出した。
 そこにあるのは薄暗い街路灯のともった、いつもどおりの路地だ。
昼間は奥さん連中が賑やかに井戸端会議をしている通りも、こんな深夜とあっては人っ子一人いやしない。
 それなのに、どこかから―――ひたり、ひたりと微かな足音が聞こえてくる。
遠くから響くようだったそれは少しずつ大きくなり、だんだんこの部屋に近づいてくるようだ。
サンジは首をかしげた。
誰もいないのに足音だけが聞こえるというのはどういうことだろう。

「寝ぼけて耳がおかしくなってんのか…?」

思わずひとりごちた、そのとき。

「しんぶーん!」
「!?」

低いがまだ若い男の声がして、ひゅっと何かが部屋に飛び込んできた。
 サンジの脇を掠めたそれはばさりとフローリングの真ん中に落ち、サンジは慌てて窓の外と部屋の中を何度も見比べるが、外には猫の子一匹見当たらず、足音もいつの間にか途絶えている。
不思議な出来事に当惑しながら、青年はゆっくりと投げ入れられたものに近づいた。

「…新聞だって?」

替わったばかりの日付で届けられたそれは、確かに毎朝ジジイが小難しい顔で眺めている『新聞』だ。
それが何故こんな時間に自分の部屋に投げ入れられたのだろうと、サンジは何の気なしに折り畳まれたそれを広げ、ぎょっとその蒼眼を見開いた。

「―――うっそ、ナミさんじゃん!」

何の変哲もない新聞の一面を飾るのは、サンジ一押しの美少女、同じ高校に通う下級生ナミの姿だ。
 
「なに、ナミさんとうとう芸能界デビューかよ…やっるう!」

ヒュウっと口笛でも吹きそうな勢いで飛び上がったサンジである。
知人が新聞のトップを飾っていることに浮かれて自分の置かれた特異な状況などすっかり忘れているのだからたいしたアホっぷりだ。
しかしにまにまと大写しになった写真を眺めていたサンジは、(ん?)とそのグル眉を顰めた。
人差し指に巻かれたバンドエイドを見ながら渋い顔をした彼女を、うっすらと黒い霧のようなものが取り巻いている。

「なんだこりゃ…」

慌てて文字部分に視線を移したサンジは、あっと叫んで新聞を取り落としそうになった。

『強欲女子高生に祟り!?謎の怪奇現象続々』

大袈裟でベタな見出しと共に書かれていた記事はこうだ。

『○月×日夕刻、ココヤシ神社境内において不届きにも賽銭箱に手を差し込んだ女子学生ナミ(十六歳)にこのたび天誅が下されることが決定した』
『祀神であるアーロンさんは「覚えてろシャーハハ」と語り、手始めに同日午後九時、少女の右手人差し指を深爪させた模様。段階を踏んでグレードアップされる予定の呪いに続報が期待される』
『識者コメント・鷹の目のミホークさん「無益」』

「………」

サンジはむむむ、と唇を引き結んだ。
長々と書かれたそれは、読めば読むほどワケが判らない上に下らない内容である。
あの可憐な少女が賽銭泥棒した上に祟られるなどありえないと、サンジは怒りに任せて新聞を床に叩きつけた。
どうせサンジがナミに懸想していることを知っている悪友たちの悪戯だろうが、それにしたって性質が悪すぎる。
合成写真まで用意してご苦労なことだが、夜が明けたらあいつら片っ端からケリ入れてやる、と憤激しながらサンジはベッドに潜り込んだ。
寝入る寸前、耳元で小さく

「―――百日貰った」

と囁かれた声に気づくことなく。






 そしてフユカイな気持ちのまま目覚めたサンジだが、確認のために手に取った件の新聞にありゃあ、とその肩の力を抜いた。
 ナミのことで埋め尽くされていたはずの怪しげな記事は、いつの間にかとっくに通り過ぎた台風被害のニュースに変わっている。
どこからどう見ても何の変哲もない古新聞に、(なんだ夢か)と笑ったサンジだったが、その笑顔は登校してナミを見た瞬間に凍りついた。
 記事どおり細い指先にバンドエイドを巻いた彼女が、

「こんな爪じゃマニキュアも塗れないわ」

と唇を尖らせていたからだ。







(あれで終わってりゃあ、ヘンな予知夢で済んだんだ)

ふうっと溜息をつきながらサンジはそのときのことを思い出した。
 今ではもう遥か昔に思えるが、最初に不思議な新聞が届いた夜と同じように、翌日の同時刻、またしても不気味な足音と共に奇妙な新聞は届けられたのである。
 しかも今度の記事は深爪どころの騒ぎではなかった。
歩道橋の階段を今まさに滑り落ちるナミの足首を、鱗のびっしりと生えた腕が掴んでいる。
 肘から先の写っていない腕は妙にぼやけているくせに生々しく―――。
不安に駆られたサンジは、新聞で得た情報通りの時間に歩道橋に向かい、間一髪アスファルトに激突する寸前でナミを救ったのだ。
 憧れの美少女に感謝され、不穏な未来ばかりを告げる不思議な新聞のことなぞすっかり忘れて鼻の下を伸ばしたサンジだったが、本当の恐怖はこの後に控えていた。
 翌々日も新聞は届けられ、またおいしいネタでも転がっていないかとワクワク新聞を開いたサンジは、記事を読み進めながらどんどん顔色を悪くした。

その夜の見出しはなんと、

『女好き高校生、ウッカリ悪霊に憑かれる』。

 突然サンジに配達されるようになった新聞の名前は『恐怖新聞』。
近い未来に起こりうる危機を予言するかわりに、一夜ごとに百日の寿命を奪う呪われた新聞だったのだ!







 これはヤバイと思ったときにはあとの祭り。
以来サンジがどれだけ拒否しても、恐怖新聞は毎夜サンジの元に届けられる。そして届いてしまえば、サンジはそれを読まずにはいられないのだ。
 何故ならば―――

「…しんぶーん!」
(来た!)

いつもの声が聞こえ、サンジは咄嗟にタオルケットを頭の上から引っかぶった。

(今夜は、大丈夫だ)

ガタガタと痩身を小刻みに震わせながら、ぎゅっと目を瞑る。

(厚さ3センチの板だぜ。いくらアイツが頑張っても―――)

そう思ったと同時にカタッと部屋が揺れ、サンジははっとタオルケットから顔を出した。
とんとん、と外から窓を叩くものがいる。

「………」

掌でノックするようだった音は、室内から何も返事がないと見て取るや乱暴に殴りつける音に変わり、やがて瞠目して窓を凝視するサンジの前でバキッとそのうちの一枚が折れ、ぱらぱらと床に木片を散らした。

「―――ッ!」

僅かにひらいた外界とを繋ぐ穴からぬっと浅黒い男の腕が突き出される。
逞しいそれは裂けた板をバキバキと割り広げながら侵入を続け、サンジの努力を嘲笑うかのように穴はどんどん大きくなった。
 逃げるようにじりりと後ずさったサンジの背中がとんっと壁にぶつかる。
そして―――

「…新聞だつってんだろグル眉毛!」
「俺はいらねーつってんだクソ悪霊!」

額に青筋を立てつつ怒鳴り込んできた男に、サンジは手にしたタオルケットを思い切り投げつけた。
 男はひょいと上体を反らしてそれを躱し、泥だらけのシューズを履いたまま一歩を踏み出す。

「この俺がわざわざ配達してやってるもんを、いらねぇだと?」
「ったりめェだ!俺がいつテメェに新聞なんか頼んだよ!?」
「頼んでなくても勝手に届くから『恐怖新聞』なんだろうが!」

それもそうかとうっかりサンジが納得しているうちに男はすぐ傍まで寄っている。
息がかかるほど近くに男の気配を感じて「ギャア!」と飛び上がったサンジに、男は仏頂面で新聞を差し出した。

「オラ今日の夜刊だ」
「…俺は読まねェぞ」

 ずい、と目の前に突き出されたそれから、サンジはぷいっと目を逸らす。
読めば寿命が縮んでしまう恐怖新聞、しかしたとえ受け取っても、読みさえしなければ問題はないのだ。
 だがしかし。

「ヘェ…いいのか?」
「?」
「なんつったかなぁ、あの女教師。発掘調査だとかでしょっちゅう自習させてる黒髪の…」
「ロロロロビンちゃん!?テメェ、ロビンちゃんに何する気だ!」

思わず振り返ったサンジに、緑の髪をした悪霊がニヤリと凶悪に嗤う。

「俺は何もしやしねぇさ。あの女はエジプトくんだりまで出かけてとんでもねぇ事をしでかしたらしいがな」
「―――何だと?」
「というわけで詳しいことは今日の夜刊でどうぞ」

再び目の前に突き出された新聞を振り払う度胸はサンジにはなくて。
 筋金入りのフェミニストであるサンジは、大事なレディの危機を未然に防ぐため、抵抗むなしく結局今夜も男からそれを受け取ってしまった。

(これでまた―――俺は大事なものを失っちまう…)



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「…のッ、の、呪いのかかった棺なんて、このご時世に…」
「世の中にゃあ不思議がイッパイなんだよ。オラ、読むのは後にして集中しろって」
「―――っふあ!ば、バカッ、そんな急に…ッ」
「イイところに当たってんだろ?もっとヨクしてやっから、お前もちゃんと動け」

 背後から覆い被さった男にぐっと腰を突き出されて、サンジはひっと白い喉を仰け反らせた。

「ロ、ロビンちゃん…、今すぐ俺が助けに…ん、ふあ」
「おうおう。終わったらなー」
「クソッ、は、早くイきやがれこの遅漏…ッ」
「ぎゅうぎゅう締め付けてやがるくせに偉そうだな」
「ンなっ、ち、違っ…あ、アアッ」

 狭い尻の間に挿しこまれた悪霊の性器は、憐れな生贄の敏感な部分を容赦なく穿ち、際限なく与えられる快楽に喘ぎながらサンジは小さな頭を左右に振る。
 柔襞を何度も犯されるうちにそこはすっかり男を受け入れることに慣れ、今ではもっと奥へと引き込もうとするかのようにいやらしく蠢くようになった。
 大きな亀頭とそこから続く太い根元まではずぶずぶと狭い場所への出入りを繰り返し、サンジは自らも腰を動かして激しい抽挿に応えてしまう。
 素直な反応に両手で細腰を鷲掴みにした悪霊が、嬉しそうに鋭い目元を綻ばせた。






 サンジ憧れの美人社会科教師ニコ・ロビンは、同時に業界を代表する遺跡発掘チームのメンバーでもある。
このたび発見した遺跡は古代のファラオが眠る石室で、しかしそこは王の眠りを妨げる者への呪詛に満ち溢れた禁断の場所だったのだ。
 呪いを受けた彼女を救うためには、事の次第が事細かに報告された『恐怖新聞』を読むほかはなくて。
 こうして身近な女性たちの危機を事前に知っては、災禍を未然に防いできたサンジだが、かわりに己の身に降りかかる災厄には泣き言を言わずにはいられない。

「な、なんで俺が…こんな目に…ッ」
「寿命が百日縮まるよりゃあマシだろうが」
「だからって、ア、悪霊なんかに…!」
「ゾロだ。…こんなときまで、色気のねぇ呼び方すんな」
「んあ、っは、あん、も…ゾ、ゾロぉ…ッ!」

 いっぱいに受け入れたゾロのペニスに最奥を強く突かれて、サンジの頭の中は真っ白になった。
 重なり合った体の下に広げられた新聞の上。
痙攣するように細い体を震わせながらとぷとぷっと射精したサンジの中に、ゾロと名乗る悪霊もまた、白く濁った液体を溢れるほどに注ぎ込んだ。





 恐怖新聞の配達員であった悪霊が、憑依する対象だったサンジにうっかり一目惚れしてしまったのは、果たしてサンジのためになったのか。
 一読で百日縮まる寿命の替わりに純潔を差し出す条件を飲んだのは、果たして正解だったのか。
 とりあえず判ることは、明日もサンジは恐怖新聞を受け取り、思いがけずテクニシャンだった悪霊に、その身をもって購読料金を支払うことだけである。




おわり

  

 (2005/05/24)

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