約束をしよう


「ア、…っふ、く…ぅ…ッ」

ゾロに組み敷かれた青年は細い足を男の浅黒い背中に絡めるようにして激しい抽挿をねだってはいるが、僅かに開かれた口元から覗く白い歯はいつも固く食いしばられて、女のような喘ぎ声を漏らすことはない。
 それでも鼻から抜ける短い音、喉の奥から響く獣の唸るような音は十分に彼がこの交わりに慣れ、快楽を覚えている事をはっきりとあらわしている。
 若さに任せて、欲しいままにたくさんたくさん抱いた体。
長い時間をかけてようやくここまで彼をひらいた。

「オラ、奥までくれてやんぞ」
「…んの、エロ魔獣が…ッ!」

先端を埋め込ませただけでの抽挿にさえ甘い息を漏らしていた男は、途端に眉を吊り上げて背中を蹴飛ばしてきた。
 よしよしと往なすと不服そうに唇を引き結んで睨み上げてくる。
ホントこいつ面白ぇ、とゾロは心の中で笑った。媚を売る訳でなくゾロを煽るサンジの仕草。
 セックスの最中にことさら嬲る言葉を使うのは、それがサンジを余計に煽ると解ったからだ。
愉悦に痩身を震わせて悶える彼が、不意に現実に引き戻されたときの新鮮な反応が愉しくて、ついついゾロは恋人の嫌がることをしてしまう。
 ガキのやることだよなあ、と自分でも思うが、サンジの表情がくるくると変わるのは本当に面白い。特に閨でみせるそれは自分だけに許された特権だ。行使しない手はないだろう。

「っとに、大概にしろテメェは…ッは、ア!」

言葉どおりに最奥までその砲身をねじ込むと、ひゅっと息を呑み鳥肌を立てて縮こまった。そのくせ熱い内臓は嬉しそうにゾロをしっかりと咥え込む。
 絶えず細かく蠕動するその部分は、そのためにあるのかと誤解したくなるほどにゾロを翻弄することに長けていた。
 きゅうきゅうと窄まり、長いペニスの先端から根元までをまんべんなく締め付けてくる、途轍もなくいやらしいサンジのその器官。
 G・M号のクルーとなり、随分と長い航海を続けてきた。それがあっという間だった気がするのは気のせいでないだろう。
 毎日がハプニングの連続で、危険や死と隣り合わせでいながらいつでもそれを楽しんできた。
それぞれが個性的で気のいいクルー達はゾロにとってもう身内とも呼べるところに位置するまでになり、一人で旅をしてきたゾロにそれは不思議な感銘を与えたが、悪いものではなかったように思う。
 同い年のコックとは何かと反発し合い、互いがズタボロになるまでの喧嘩だって沢山した。
いつのまにかゾロはその男に激しく欲情するようになったが、相手も同様に飢えていたらしい。
二人が体を繋げたのはそれからすぐのことだ。
 サンジとするセックスは喧嘩の延長や勝負のようなものだ、とゾロは思う。
慰めや労わり、慈しみ、そんな甘やかな雰囲気とはかけ離れた、ただ、体内で燻って収まりの尽かぬ熱を放出しあうだけのような、互いの血肉を貪るような激しい交合しかしたことがない。
 サンジを抱く時、ゾロはいつも

(切羽詰ってるなあ)

と思う。犯しているのはゾロなのに、喰われている気がすることもある。
 いつも気づけば夢中になって腰を振っている自分は間違いなく、彼に溺れている。
ともすればどちらが喰われているのか解らなくなる、あやふやな境界を彷徨うような繋がり。
 けれど気を抜くことも出来ぬ交わりにハマったのは、決してゾロ一人ではない。
同じように青年が感じていたからこそ今まで続いてきた関係ではあるが。

(俺は本当に、こいつに骨抜きだ)

乱暴に腰を打ちつけながら、ゾロはそう思った。








 鷹の目が陸に戻った、という知らせは、かつて同行していたアラバスタの王女から寄せられたものだ。
手強い相手を求めて放浪を続けていた彼が、世界一の大剣豪という冠を戴いたと同時に、手合わせする相手すらいない現実を手に入れたのは遠い昔のことらしい。
 以来海に出て退屈を紛らわせるだけの放浪を続けていた男は、こたび気紛れにその指針を大陸へと向けた。
アラバスタよりも更に広い大地を、G・M号の航路とは反対に向けのんびりと進んでいるらしい。
 ゾロが下船を決めたのは、そういう理由だ。








 一度お互い果てた後だというのに、休む暇なく責め立てられる。
快楽の波に攫われそうになりながら、コイツ最近やたらねちっこいなァ、とサンジは思った。

(昼間は俺になんか、興味もねぇって面してやがるくせに)

カモメ便での報を受けてからゾロは変わった。
 それまで甲板で串ダンゴを振り回してばかりいた男は、熱くなるかと思いきや、じっと海の向こうを眺めていることが多くなった。
静かだがまだ見ぬ陸にいる最強の男だけを捉えた瞳は、どこまでも己の野望を追い求める。
 ゾロが「大剣豪になる」という野望を抱いているように、G・M号のクルーにはそれぞれ夢がある。
たとえば海賊王に、たとえば勇敢な海の戦士に。世界の海図を書き、どんな病も治せる医者に、まだ見ぬ古代の秘蹟にとそれぞれの夢を馳せ、船は往く。
 サンジの夢は勿論、オールブルーだ。
自分達はたまたま、それぞれの夢を叶えるためにひととき道を同じくしただけにしかすぎないとサンジは思っていた。
 ゾロの野望は海にあったが、今それは陸に変わった。
海は広いが陸も広い。
 鷹の目を捕まえて再戦を挑める日がいつになるのかも定かではなく、G・M号の航路上にゾロの目指すものがないのなら、これ以上の航海は彼にとって意味を成さぬ。
 いつのまにか互いの夢は自分たちの全員の夢に変わっていたけれど、だからこそ今はゾロの挑戦を称え、送り出してやらなければならないのだ。

「まだ島影は見えないけど、じきどこかの港に辿りつくわ」

潮の流れを見ながら航海士が固い声で呟き、反射的に全員がゾロを見た。
 ニヤリと凶悪に歪む男の顔に、ああコイツは行くんだ、とサンジはぼんやり悟り、やがてゾロが「次の島で船を降りる」と宣言しても、留め立てする者はいなかった。
 ルフィが船長命令を出せばゾロはこのままこの船での旅を続けたかもしれない。それか、いっそのこと付き合って、全員が上陸することも出来る。
でもそれは剣士の望みではないから。
 以来、サンジは夜毎に激しく求められて―――でもそれも明日で終わりだ。
だってさっき、右舷に島が見えた。








「…うン、ああッ…ゾ、ゾロ…ッ」
「…ッ、く、は…!」

ゾロの汗が律動に合わせてぽたぽたと雨のようにサンジを濡らしていく。
 ひやりと冷たいそれは火照った体を冷ますどころか余計に体温を上げた。
二人分の体液がまじりあって、もうどっちがどっちのものだかも判断がつかない。
 そんなのが気持ちイイんだから俺ももうオワリだ、と熱に浮かされながら思う。
それもかなりな高熱だ。
 サンジは熱なんか出したこと一度だってないけれど、多分今の自分の状況がそれなんだろう。
熱くて熱くて、いろんなところが灼け切れそうになる。ゾロに抱かれているときはいつもそんな感じだ。
 甘い囁きなど存在しないセックスはまるで動物の交尾のようだけど、自分たちにはそれが相応しい。どれだけ深く男を受け入れてもサンジにとってゾロは目障りな腹巻だし、ゾロにとってサンジは口煩い気に喰わないコック。
 それでいいしそれが良かった。
いつまでもそんな風に抱き合うのだと思っていた。
 大きなものを腹いっぱいにおさめて、乱暴に中を掻きまわされて、自分の性器をゾロの腹に擦り付けて達する。後ろの刺激だけで二度も出すのは、実はサンジにはちょっときつい。
 ふうっと息を吐いたところで猛獣に噛み付かれた。
まだ足りねェのか、と呆れながら舌を許す自分は随分とご親切だ。

 この男は全て置いていこうとしているのに。

鷹の目はバラティエでの邂逅以来、どこにいるのか杳としてその行方を掴ませなかった。毎夜腰が砕けそうになるほど熱情をぶつけられるのは、最大の敵を視野にいれたゾロの血が滾ってしょうがないからだろうと思っていたけれど。
 これはあれだ。
抱き収め、とか、あるいは―――
死地に赴く男が、種を残そうとする本能のようなもの。
 どれだけ頑張っても子を成す事の出来ぬ相手に励むのは、それだけゾロがサンジに執着しているからに他ならない。
 あの無骨で気の利かない甲斐性なしが!と優越感を覚えないでもないが、こうもめちゃくちゃにされてはサンジだっていい加減ぶっ壊れてしまう。
 後戯のキスがもういちど前戯になるまえに、サンジは思い切り厚い舌に噛み付いてやった。がちん、と音がするくらい。
 まさか今更そんな攻撃を喰らうとは思ってもいなかった剣士は、バッと体を離してまじまじとサンジを見る。
痛みからというよりも理由が解らない、といった顔だ。

「―――油断してンじゃねェよクソ剣士」

ニヤリと笑ってやると、ムッと顔を顰めた。ちょっと頬っぺたが赤くなっているのをカワイイとか思うようになった自分はもう、この身勝手な男にベタ惚れだ。
 だからサンジは言う。
全てを捨てなければ勝てないと思い込んでいるこの、どうしようもなく真っ直ぐなバカ野郎に。

「出征前のダンナかテメェは!思い残すことがねェようになんてセックスを俺に強制すんじゃねーよバカが」
「…バカって言うな」
「テメェがバカじゃなきゃなんだってんだバーカバーカ」

ゾロ相手の禁句をわざと口に出して揶揄すると、今度こそ額に青筋が浮いた。
 いつもの仏頂面を見てサンジはかすかに安心する。
悲壮感まるだしで抱き合うなんてナルシスティックな趣味はサンジにはないのだ。

「二度と負けないんだろ」
「…おう」
「だったら次は、大剣豪になったゴホウビだ」

ニカッと笑って、複雑な顔をした恋人にちゅっと軽く口付けてやる。
 それから腕を回して、筋肉ばかりで重い体を引き寄せて、

「テメェの迷子癖は俺らだってよく把握してる。ちっとくれぇ遅くなっても―――あァまたかしょうがねえな、って思うことにするから。だから、絶対帰って来い。オールブルー、テメェだって見てーだろ?」

しばし逡巡した後こくっと頷いたらしいゾロの、硬めの髪の毛が耳に触れて擽ったい。
 別にしばらく触れないくらい平気だ。なんてことない。
不安だとか淋しいとか、言ったりしないし思ったりしない。
 約束マニアが約束したのだから、ゾロは絶対に帰ってくる。片手になっても片足になっても、片耳が殺げても、それらの両方がなくなっても。
殺されて死んだってどうにかして帰ってくるだろうけど、ゾロは死なないからそれはない。
 それまで、懐きすぎたこの獣を放牧するだけのこと。




みんなのゆめ、はいつのまにかみんなでみるゆめ、になった。
ゾロが夢をかなえる瞬間を見れないのは、残念だけど。
夢を叶えた後また会えれば、それでいい。




 悪かった、と耳元でばつの悪い声が聞こえる。
モロに悪い男ってカンジの、低い、神経を引っ掻くゾロの声。
 こんなのだって明日からしばらく聞けなくなるけど、全然かまわねー、とサンジは目からハナミズが零れないように、ぎゅっと瞼を下ろした。




END


フジワラさんへ (2003/12/21)

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