秘密/サンジ


 G・M号コック兼戦闘員サンジには、人に言えぬ秘密がある。
もしバレたら…なんて想像しただけで、カームベルトに頭から飛び込んで海王類に自らをバリバリ骨まで喰わせたくなるような、それはもう秘密中の秘密、トップシークレットだ。
 特に、同い年の剣士。
ロロノア・ゾロにだけは、それを知られるわけにはいけないらしい。








「…でよう、俺ァそんとき、ジジイに言ったわけ、『剥き終わったジャガイモの皮をご丁寧にとっといてどうすんだよ!』って」
「………」
「したら、ジジイは真面目くさった顔して、『捨ててイイ食材なんざねェってことを、テメェの軽い脳味噌に叩き込んでやる』って、いきなり義足でハイキックだぜェ。そりゃもうビビるっつうの」

そう言ってサンジはゲラゲラとひっくり返った。隣ではゾロが静かにコップの冷酒を呷る。
 アルコールがすぐ顔に出る性質のサンジなので、ワイン一本空けた今、その白い頬はほんのり赤く色づいていた。笑いすぎた目元にはちょっぴり涙が滲んでいる。

「んでもよォ、『だからどうしろっつうの』ってフツー思うじゃん?イキナリ蹴っ飛ばされて悔しかったけど、そん頃の俺じゃどう足掻いてもあのクソジジイに一矢報いる、なんつう真似は無理なわけ。だから俺は―――オイ聞いてるか、クソマリモ」

聞いている、とゾロがボソリと答えた。
 その返答に満足したサンジはにっこり微笑むと、またべらべらと呂律の廻らない口調でなにやら喋りだした。

「ジジイが、皮をどうすんのか見てやろうと思ってさ、わかんねーように横目でずっと追ってたワケよ、ジジイの手元をよ。したら、芋の皮だけじゃなくて、キュウリだとか、トマトの種とか、みんな一緒くたにして袋に放り込んでるじゃんか。『んだよ、結局捨てんじゃねーの』って思ったら違ったんだなこれが!」

ぐびり、と無言でグラスを呷るゾロに対して、息が掛かるくらいの近さまで身を乗り出して熱心に話しかけるサンジには、昼間ゾロとドカバキ喧嘩しているときのような凶悪さはカケラも見られない。
 こんな風に二人が夜のラウンジで飲むようになったのはつい最近だ。チョッパーが船に乗り込んでからだから、かれこれ一ヶ月にはなるだろう。
 サンジが幾ら酒瓶を隠しても、ルフィが食材を荒らすが如く、ゾロはその剣士の勘?でもってそれを発見し、コックの努力を尻目に結局はガバガバと飲み尽くしてしまう。
 とうとうキレたサンジはある夜「テメェにだけ飲ませて溜まるか俺も飲む!」と宣言し、気持ちよく呑むゾロに「注げ」とコップを突き出した。
 いつのまにかそれが習慣になり、気がつけば毎夜二人で杯を重ねている。

「捨てるかと思いきや、よく洗ったそいつらをさ、夜中に大鍋でグツグツ煮てるワケよ。俺ァもうびっくりして、隠れてるのも忘れてコンロに走ってったら、ジジイがスゲーイイ顔で笑ってやがんの。…そんで初めて解ったんだ、ジジイのスープの材料が」

しきりに喋るサンジの話を聞いているのかいないのか、ゾロは空になったコップにとくとくと瓶の酒を注ぎ足した。
 最初の一杯を空けてからかなりの時間が経過していたが、まだ呑み続けるつもりでいるようだ。
サンジはちらり、と横目でそんなゾロを見遣り、

(もーそろそろ、いいかな)

なんて考えて、突然ばたん、と上体をテーブルに突っ伏した。小さな頭をこころもち傾けて、テーブルに投げ出されるようにして置かれていたゾロの左手を見つめる。
 重い刀を扱うその男の手は大きくて、指は太くて、関節なんかはごつごつしている。
サンジの愛する全世界中のレディたちのそれとは比べ物にならぬ、最低最悪にゴツい、男の代表みたいな手。
 指先をついっとゾロのそれに伸ばして、サンジは褐色の手の甲に自分の手の平を重ねた。

(どんな女の子のより、俺ァこれが好きだ)

そしてどんな女の子より、サンジはゾロが好きだった。








「ジジイはさあ、誰よりも料理ってモンを愛してんだ。俺ァそんなジジイがすごくすごく好きで―――」

自他共に認める意地っ張りでプライドの塊のような自分が、普段なら絶対口にしないような言葉。
 このときばかりはそれもすらすらとよどみなく出てくる。
何せ今の自分は酔っ払いなのだ。少々素直に、アタマの中身をさらけ出しておいたほうが、より酔っ払いらしく見えるだろうとかサンジは思っている。
 そしてアホっぽくぼんやり宙を見つめて、

「…あれ。俺、なんでジジイんとこ出てきたんだっけ…?」
「―――『オールブルー』を、見つけるためだろ」

恍けてみたら、即座にゾロから声が返った。
 一緒に飲むようになってからこっち、このやりとりはもう三回以上繰り返したから、ゾロも酔っ払いへの返答のタイミングとかいうものを掴んだらしい。

「アァそうだった!そうだよオールブルー!」

サンジはガタンと椅子を蹴倒して立ち上がり、夢見るようにその奇跡の場所の名前を繰り返した。掴んだままのゾロの片手がぴいんと伸びる。

「世界中の海で泳ぐ魚がひとつところに集まる、スゲエ場所なんだぜオールブルーは…俺はいつかそれを見つけて」

図々しく絡めたままだったゾロの指先を、そのまますいっと自分の眼前まで持ち上げた。
 両手でシッカリゾロの左手を握って、いとおしむようにずりずりと頬擦りする。
それからサンジはちょんと舌を出して、指の付け根から這わせていった。

「そんで、世界中の魚を―――テメェらに、食わせてやるんだ」

その時の事を思うだけで、サンジの頭は嘘でなく酔ったときのように恍惚としてくる。
 このときばかりは意図せず微笑みが零れた。

(オールブルー行っても、お前のために、料理してやんだ俺は)

サンジはぎゅっとゾロの左手をきつく握り締め―――それから、ゾロが腰掛けた椅子の足をコツンと蹴り飛ばす。
 ぐらりと傾ぐ椅子からゾロが腰を上げたのをいいことに、そこから無理矢理引き摺りだして、足払いを掛けて床に転がした。
 当然ひっくりかえるゾロの上にどっかりと座り込み、いわば馬乗りの状態でニッカリと笑う。

「………お前」

憮然とした面持ちで自分を見上げてくる男が何かを言い出す前に、サンジは自分の唇でその口を塞いだ。
 途端に引き結ばれた唇の隙間を、舌先でつんつん突付いてやる。

「…オラ、大人しく開けろって」

唇を合わせたままで誘い掛けるように囁くと、ようやくゾロは僅かに口を開いてサンジを受け入れた。
 今夜もうまいことなだれこめそーだぜ、なんてアホなことをサンジは思った。








 なだれこむ=セックスする。

二人が初めてなだれこんだ記念すべき夜。
 その晩のサンジは確かに泥酔していた。
船長に誘われて同じ船に乗り込んだゾロとサンジ。自分とはあまりに違う同い年の剣士をヒソカに気にしつつも、でも口を開けば憎まれ口しか叩いてこなかったサンジである。
 それまで大人の中で過ごしてきたサンジにとって、年上でも年下でもなくいわば対等な位置にいたゾロは、それはもう新鮮な存在だった。
 もうちっと、ダチみてぇに仲良く出来ないかなあなんて思いながら、G・M号での航海でこっそりゾロを見つめ続けてきたサンジの友情はいつのまにか恋情にすりかわり。
 やがて二人きりで酒を酌み交わすようになると、その気持ちは胸の中でどんどん膨れ上がり、やがて抑えきれなくなった。
 その日サンジよりも先に機嫌良く飲んでいたゾロは、普段の寡黙さが嘘のように饒舌で、G・M号に乗り込む前の海賊狩り時代やら、自分の田舎の話やら、それまでサンジが知らなかったゾロの生い立ちやら、色んな話をした。
 サンジもまた、酔いに任せてべらべらと自分の事を語り、長い夜が更けてゆく。

(いいなこういうの。俺ァホントはずっと、こいつとこんな風にしたかったんだ)

なんて非常にイイ気分のまま終いには自分の酒量を大幅にオーバーするだけのアルコールを摂取してしまったサンジは、隣でガバガバ酒を飲む男の首根っこにいきなりしがみつき―――

(あーでも、俺ァただのダチより、もっとこいつの近くに居てェんだよな)

そう思い起こしたサンジはついうっかりゾロの耳元で、「なーセックスしよーぜ」なんて囁いてしまった。
 ぎょっと目を剥いたゾロの顔は壮観だった。
サンジは面白い顔だなーでもすげー好みだとかなんとか思いながら、呆気に取られたゾロに強引に口付けて。
 それから後どうやって最後の一線を越えるところまで行き着いたのかは定かではないが、酔いに任せてなし崩しにゾロと関係を持ったのだ。
 そして夜が明け、二日酔いでガンガンする頭を押さえながら目を覚ましたサンジは死ぬほどびっくりした。
 普段あれだけ寝起きの悪い男が、らしくもなく動揺しきった顔で自分の寝顔を見つめていたからだ。

(―――後悔、してやがる)

その表情は、ゾロと躰を繋げられたときに得た幸福感を打ちのめすには充分で。

(そりゃそうだよな、はずみだからって、なんで男と…それも、俺となんか)

さっと立ち上がったサンジは、目の前の男を景気よく蹴り飛ばした。
 当然怒り狂うゾロに「朝ッパラからヒトの顔覗きこんでんじゃねェ気色悪ィ」なんて吐き捨てる。
 そして自分でも大仰だと思うくらいの顰めッ面で、こめかみと腰を押さえながら言った。

「なんか頭とケツが痛ェ…飲みすぎたか」
「―――アァ?」
「うわ、片付けもしてねェよ!おいゾロ、二本目空けたくらいから記憶がねェんだけど、俺ゲロった?」

やたら明るく告げるサンジにゾロは一瞬だけ眉を顰めて、それから「いや」とだけ返事。
 サンジはそれに「そっか。じゃアいいや」とこれまた何気なく返して。
初めての夜は『なかったこと』になった。

(あんな顔されっくらいなら、そのほうがマシってもんだろ)

けれど、サンジに口付けたゾロの唇が。

抱きしめられた腕が、

重ねた厚い胸が、

体内で暴れた雄の証が。

 余りにも熱すぎたそれらは全身に熱を移し、いつまでも冷めないままにサンジを灼き続けることになった。
そんな強烈な快感をゾロと共有したという記憶は、やがてサンジの理性という名の箍をあっさりと外し。
 意地っ張りな青年は、どうにかしてもう一度あの夜を取り戻したいと、足りない頭をフルに活用して一生懸命考えた。

 悩んだ末のその結果。
サンジはゾロと二人きりになるたびに、

『めちゃめちゃ酒に弱く』て、
『ありえないくらい淫乱』で、
『朝になるとキレイサッパリ忘れる』、

救いようのない人間を装うという、かなりアホなことを繰り返している。








 口中に忍ばせた舌に、ゾロのそれが触れた。
誘い掛けるように舌先を泳がせると、すぐにそれが絡み付いてきて、粘膜を刺激される感触にサンジの下半身が僅かに疼き始める。
 夢中になって舌を動かしていたら、ゾロの手が髪の毛に差し込まれた。
大きな手が乱暴に後頭部を押さえつけてくるのが溜まらない。

「…ン、ふッ―――」

もっと深い口づけを求めて舌先を蠢かすと、がちん、と噛み付かれたのでサンジはびっくりした。
痛みから思わず逃れようとしたところで舌先をキツめに吸い上げられ、即座に背筋に快感が走る。
 与えられるまま貪るようなキスに答えていたら、腰の辺りに固いものが当り始めて、サンジはすっと唇をはなした。
 自分のネクタイに手を掛けてしゅるりと抜き取りながら、せいぜい卑猥に囁いてやる。

「おいロロノア。俺は今タイヘンに気分がいい」
「そりゃ良かったな」
「だから付き合えよ。―――抜いてやるぜ?」

(バカじゃねェのか俺ァ)

自嘲的に哂いながらジャケットを放り出す。
 さっさとシャツまで脱いで上半身裸になったところで、そんな自分をじっと見つめるゾロと眼が合った。
 男の顔には表情が一切見えなくて、サンジにはゾロが嫌がっているのか、はたまたこの状況を歓迎しているのか、さっぱり伺えない。  しかしどちらにせよ、今のサンジがやることはひとつ。

(こっからが腕の見せ所だぜ、サンジさん)

なんてふざけたことを思いながら、サンジはゾロの上から少しだけ腰をずらして、形を変え始めたそこに顔を埋める。
 そして娼館の人間がそうするように、歯を使ってジッパーを下ろしてやった。
ぺろりと舌を出して下着の上からゾロの男根をなぞると、背中にゾクゾクと戦慄が迸る。
 大きく口を開けてその存在を確認するように、ずっぽりと咥えた。

(…どんどん大きくなってきやがる)

エスカレートするサンジの愛撫を止めることもしないゾロ。
 さすがにここまで来ると(コイツは一体何を考えてこんなことさせてんだろ)と悩まぬこともない。
自分の手で抜くよりはマシか、とでも思っているのか。
 それとも生来が面倒くさがりな男だ、サンジを拒絶する手間を惜しんでいるだけかも知れない。
 長らく船の上にいる自分達は、お互い以外では自慰でしか無聊を慰める術を知らぬ。
―――都合のいい処理相手が出来たとでも思われれば勿怪の幸いだ。

(ゾロ。俺は、気持ちいいか)

先端を舌先でほじるように、ねちっこく責めるとゾロがぐ、と喉の奥で唸った。
 それに気を良くしたサンジは顔を上げ「へへ」と微笑う。
自分の舌でゾロが感じてくれるのがとても嬉しい。

「なんか、沁みてきた…ぜ」
「じれってェんだよ。どうせなら直接咥えろエロコック」

(エロコック、か。当っちゃいるがなんつう言われようだよ)

大仰に肩を竦めてみせたサンジは、

「マリモはせっかちでいけねェや…もっとこう、ムードとかそういうモンを解せ?」
「アホか。お前相手に処理すんのにンなもんが必要な訳があるかよ」

傲然と言い捨てる男に「それもそーだ」なんてサンジはせいぜい笑いの形に顔を歪め、さっと頭を伏せた。

(…失敗したかも。俺ァいま、ちゃんと笑えたか?)

頭の奥のほうがくらくらする。
 続けないと、とそれだけを考えて下着に差し込んだ手が、熱を孕んだそれのずっしりとした質量を感じた。
布をぺろんとめくるとしなうようにゾロの陰茎が飛び出してきて、サンジは赤らめた頬をより赤く染める。
 ゆっくり顔を近づけると微かな雄の臭いが鼻について、やっぱりサンジはぞくぞくした。
 こんなもんで興奮するなんてホモにも程があるぜ、と落とした溜息がゾロの分身に掛かって、頭の上のほうからごくり、と唾を飲み込む音。

(あ)

ゾロ、期待してんのか。
 なけなしの理性なんか、一気に吹っ飛んだ。








 根元からゆっくり舐め上げて、先っちょまで来たところでぱくりと口に含む。
ちょっとしょっぱい先走りの雫が口の中で広がった。しかしゾロが漏らしたモノだと思えば、それすらもサンジには甘露のように思える。
 慣れぬ男性器への口淫だが、ゾロの反応でどういう風にすればより彼が興奮するかぐらいはサンジにも掴めるようになった。
 粘膜で直接刺激を受けたそこは大きくなりすぎて、全てを含むにはサンジの方が耐えられない。咥えるのは諦めてサイドに舌を這わすことにした。
 長い砲身ごと収めてやりたくてもゾロの男根は大きすぎて、それがサンジには残念で仕方がない。
 全部いっしょに攻められたら、ゾロだってきっと物凄くイイだろうに。

  「ん、ん、」

唾液を絡めるようにして、血管の浮き出た場所を重点的に攻める。
 舌でそこを強く押すと、どくどくと脈打った。早まった鼓動がダイレクトに伝わってくる。

(テメェをすごく気持ち良くしてやりたいのにな)

時折、ゾロが小さく呻く声が耳に入ると、(大丈夫、俺相手でも萎えてない)とサンジはすごく安心する。
 もっと、俺とのセックスに夢中になって欲しい。

(どうして欲しい?どうしたら、テメェは)

ゾロはいつもサンジの誘いには乗るが、仕方なくといった風情が見え見えで、サンジはそれが淋しかった。

(やっぱり―――俺なんかにされるのは気持ち悪いのか)

しゃぶりながらサンジは今更のように悔しくなった。やけっぱちで唇を上下に動かす速度を上げて、射精を促してやる。

(イケよ、そんで俺の口ん中でイっちまえ)

そう考えた途端ゾロがサンジの髪の毛をぐいっと引っ張った。
 不意打ちで歯を当てそうになったサンジは焦って眉を顰める。
唾液やらなにやら解らない液体が透明な糸となって、その薄い唇とゾロの陰茎を結んだ。

「…もういい。突っ込んでやるからさっさとケツ出せ」
「っは!ひでえ言われようだぜ」

(便所がわりか、俺ァ)

まぁそれでもイイヤ、なんて哂ったら、ゾロが軽蔑しきった顔でドンとサンジの肩を押した。
 膝の上から突き飛ばされたサンジは男の顔を見ないように眼を泳がせながら自分のズボンを下ろし、ジッパーの間から両手を差し込んで勃ち上がりかけたソレに触れる。
 ゾロに背中を向けて、上下に棹を扱きはじめた。剥き出しの背中に感じる視線が痛い。

(この手が、ゾロのだったらなァ)

あのゴツい手の平が自分のモノに触れたら。
 想像しただけでサンジの硬度が増した。

(そんで言うんだ、『サンジ、気持ちイイか』。…そんで俺は、)

あぁ、
すげェいいぜ、ゾロ。

あの低い声で名前を囁かれたら、自分はきっとそれだけで達するだろう。
 と、背後の男が身を起こした気配。

「おい、こっち向け」

有無を言わさぬ口調でそう言われて、サンジはくるりと体の向きを変えた。
 けれどゾロの瞳を見てしまえば、そこに映る自分が見えてしまうから瞼は開けない。

(早くイかねェと)

サンジは手のピッチを早める。自分の精液を潤滑油としてゾロを体内に引き入れるためだ。
 男が萎える前に済まさないとこのまま放り出されるかもしれない、なんて自虐的なことを考えながら、下手をすると自分こそ萎えそうな気持ちを堪えて排出に専念した。

(―――クソ、見るなよぉ…ッ)

痛いほどに感じるゾロの視線が、サンジを居た堪れなくさせる。
 なのにそれすら快感だと認知している躰は、血液をどんどん頭と股間に移動させた。

「ッふ、あ、あ、」
(あ、出そう…ッ)

指の腹で先端を刺激した。サンジは頭の中で自分のそれをゾロのそれと置き換える。
 ゾロの指が自分のペニスを弄るところを想像する。

「―――ッン、ア、はッ…!」

やがてその瞬間を迎えたサンジはぺたり、と床に腰を降ろした。
 荒く息をつきながら、手の平で受け止めた己の吐き出したものを零さないように、そろそろと後ろに廻す。

 この瞬間だけは。
何度同じ事を繰り返しても、その惨めさに慣れることはないだろう。
 すぼまった穴に恐る恐る指先で触れて、意を決して潜り込ませる。
思わず息が詰まるが、そこは顔に出すわけにいかない。人差し指の根元までぐりぐりと押し込んで、手の平に溜めた液体を流し込むようにもう一本。
 サンジに羞恥と苦痛しかもたらさないその行為は、自慰と呼ぶにはあまりにも悲惨だったかもしれない。
 ぬるついた汁がなるべく奥まで入るように、押し込んでも重力で流れてくる雫を指先で拾ってはさらに奥へと運ぶ動作を繰り返した。
 流石に口を開くことも出来ず黙り込んでいると、静かなラウンジに自分の立てる音が響いているのに気がつく。
 自分の指が、内側を掻き回す、その、音。
耳を塞ぐことも出来ぬ。

(ックソ、せめて)

この音がゾロに聞こえなければいいのに、なんて無理な事を願った。








「―――最低だな、お前」

ゾロの声にサンジが僅かにその蒼い眼を開いた。

最低だって?
(そんなのは俺にだって解ってることだ)
自分で指突っ込んで、準備して、テメェにそんな目で見られても。
(それでもテメェが欲しいんだ、ゾロ)

サンジは十分にほぐしたそこからそっと指を引き抜いた。
 即席の潤滑油が零れ落ちないように下半身に力を込めて、ゾロをじっと見つめる。

「俺に見られてもなんともねぇのか」
「―――チンコビンビンにおっ勃てて言うセリフじゃねェよなァゾロ?」

自分の精液で汚れた指で触れたゾロ自身は、冷たい台詞とは裏腹にすごく熱い。
 幸いにもそこは固くそそり立ったままだったので、サンジは僅かに安心する。
けれどそんな思いはおくびにも出さず、小馬鹿にしたように鼻で哂ってやった。
―――最低だなんて、初めっから解ってる。








 最低ついでにサンジは再びゾロに跨った。
床に右手を伸ばして体を支え、もう片方の手をゾロ自身に添えて導く。
 先端をそこに押し当てただけで、眩暈がした。

「…ふッ…っく、」

指で広げたばかりの場所だが、ゾロの雄はサンジの指とは比べられないくらい大きい。
 内壁を傷つけてしまうと厄介なので、サンジは息を吐きながらゆっくりと体の力を抜いて少しずつそれを取り込んでいく。
 精液で濡らしただけのそこはゾロの砲身が進むたびにぴりぴりと引き攣れてひどく痛んだ。
初めての晩にそこで確かに感じたはずの愉悦など、微塵もない。
 けれどその痛みだけが、サンジに現実感を与えてくれる。
身勝手な、ゾロとの一体感をサンジに与えてくれる。

「く…ッ」
「クソ、ふ、太ェ…ぁ、はい、入ってく…う…ッ!」

耐え切れなくなってサンジはゾロの腹部に両手をついた。腹巻とシャツをたくしあげて、裾からムリヤリ手を潜り込ませる。
 手の平に直にあたる鍛え上げられた筋肉に覆われたそこはがちがちに固くて、高めのゾロの体温が熱い。
そしてそれ以上に熱くて固いゾロ。
 灼熱の熱棒で貫かれるようだ。

(スゲエ、俺、ゾロとまたセックスしてる)

じわりじわりと侵食されながらそんな事を思っていたら、黙ったままじっとサンジを睨むゾロと目が合った。

(こんなときでも仏頂面かよ。―――まぁ、しょうがねぇやな)

どこか悔しそうなゾロの表情がおかしくなって、サンジは噴出しそうになるのを堪えた。
 慌ててそれを皮肉な形に整えて、せいぜい淫乱っぽくからかってやることにする。

「…ッハハ。テメェのデケェの、全部喰っちまった」
「………」
「なぁ、動いていいか。それとも、テメェが働く?」

金の為にその身を売る女性がそうするように、首を僅かに傾けて、潤んだ目でじっと見つめかえした。
 そんな風にふしだらっぽく誘惑したつもりが、思いがけずゾロの瞳の光が強まった。
まるで仇敵を睨みつけるようなゾロの強い視線に、一瞬でサンジの羞恥心がいや増す。同時に、強烈な飢餓。
 意図せずゾロを受け入れた部分に力が入る。

(なんて目で俺を見る)

軽蔑と侮蔑と―――あからさまな怒りの籠ったその榛色の瞳。
 耐えられなくなったサンジはふいっと顔を逸らした。

(俺で処理すんのすら、テメェには屈辱だってのか)

自分もゾロも、悟りを開くにはまだ若すぎる年齢だ。
 それとも自戒を重んじる剣士というものは、快楽に流されることすらも厭うものなのだろうか。

(クソ食らえ、だ。割り切れよ、俺らは海賊なんだぜ?)

そんなもん忘れちまえ―――せめて、こうしている間だけは。
 サンジは初めての夜にゾロにひどく責められた一点を意識してみた。
あのときはそこをゾロの指がかすった途端、電流がサンジの体を走り抜けた気がした。
 己のモノでサンジを貫いたゾロはその後も何度もそこばかりを突く様に激しく抜き挿しして、痺れを伴うほどの快感にサンジは何度も白濁した液体を噴き上げたのだ。
 その時の感覚を思い出せば、自然にゾロの陰茎をくわえ込んだ部分がむず痒くなってくる。じれったい。
 あの時みたいに動いてもらいたくて溜まらなくなる。

(やんねぇのかよゾロ、あン時みたいに、俺を欲しがれ)

いきなりゾロがサンジの頭を横から思い切り叩いた。くらり、と眩暈を起こしたサンジの足首を乱暴にゾロが掴む。
 引っ張られた足がゾロの両肩に担がれた。さっき出したばかりなのにもう半勃ちになっているその部分がモロに天を仰ぐ形に晒されて、サンジは一瞬ひやりとする。

「―――変態野郎が」

身の上で低く罵る声。
 それと共に根元までようやく納めたばかりのペニスがじゅぷっと引き抜かれ、すぐさま一気に最奥まで突きこまれた。

「痛ッ…!」
「ヘェ。痛ェのかよ」

思わず苦鳴を漏らしたサンジに、ゾロはさも不思議そうに問いかける。

「ったりめー…だ、う…ク、ソゾロ…痛ェ…っての…!」

あまりにもぞんざいな扱いに文句を言うが、軽く無視された。
 こんな態度を取られると、もしかしたらゾロは自分を痛めつけるためだけにセックスしているのかもな、とサンジは思わないこともない。
 なのに次の瞬間にはまるで『愛しいもの』にでもするようにきつく抱きすくめられての激しい抽挿が始まり、強く行き来するゾロが、あの部分を何度も擦り上げ始めるとサンジはワケが解らなくなった。
 打ち付けれられるリズムに合わせて内壁が蠕動しているのが解る。
凶暴な目をした男が鼻先で哂った。

「だったら嬉しそうにヒクヒクさせてんじゃねェ。吸い付いて来てんだろ」
「ハァ、あ、だって気持ち、イ…、からッ、ンッ」
(な…んつう、セリフ、だッ、)

ゾロとのセックスにおいてサンジはあえて自分に禁忌を作らない。
 何せ酔った自分とはセックス依存症みたいなものなのだ。むしろより奔放に大胆に、乱れることを心がけている。
 けれど何故か、サンジは最初の時ほどゾロとの交合に集中することが出来ない。頭のどこかは常にはっきりしていて、そんな自分を憐れむような目で見つめている。

(俺ァ、ほんとーにアホなんだなあ)

ゾロとこんな関係になることを自らが望んだのに、心は張り裂けそうに痛む。
 動物の交尾のように本能のままがむしゃらに腰を動かす男の頭髪に、そっと腕を伸ばしてみた。そしてぐっと自分に引き寄せる。

(こいつが俺をもっと欲しがればいい)

(そんで相手が俺だって忘れちまうぐらい夢中になってくれたら)

(あぁでも)

(そしたらこいつの中の『俺』は、どこへ行っちまうんだろうなァ)

鼻に掛かった自分の喘ぎ声が耳障りでしょうがない。
 せめて今夜こそは快楽に溺れてしまえるようにと願いながら、力の限りで男の背中にしがみついた。








 サンジには、人に言えぬ秘密がある。
同じ船のクルーである剣士に恋焦がれた末に、相手を欺いてまで体を繋いでいること―――そんな恥知らずな真似をしてまで相手を欲しているなんてことは。
 口が裂けても言えない。

  

 Hedgehog ワタルさんへ。※ハピエンド完全版は本になりました(2004/01/07)

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