□甘く優しい微熱



さゆは

 

 健康体の人間ほど、いざ病気にかかった時気弱になるものだ。
 ナミが倒れた時のように押し迫る恐怖のようなものは、船医が乗船している現在、失われているものではあるが、それでもクルーが倒れれば只事ではない。
 加えてその倒れた人間がこの船の食事を担うコックなだけにクルー達は落ち着かなかった。
「風邪じゃねェ」
 男部屋のソファで作った簡易ベッドに押し込まれ、サンジは憮然と言い放った。
 確かにサンジの症状は明らかな風邪という病名ではない。
「上気道炎だよ、喉も腫れてるし、熱はまだ下がってない」
 返す船医の言葉は実に淡々としたもの。
 そう、風邪という病名など存在しないのだからチョッパーの言葉に嘘は無い。それでも一般的にサンジの症状を判りやすく表現すれば確かに『風邪』というものだ。
「俺はメシを作らなきゃならねェんだぞ、トナカイ!」
「判ってる。でも今サンジがその状態でメシを作ったら皆に感染するんだぞ?」
 コックとしての役割を主張するサンジにだが、船医としてチョッパーも譲れない意見をする。
 だからこそ平行線。感染すると言われてしまえばそれでもサンジは黙るしかないのだ。
「早く治したいなら今は薬を飲んで安静にすることだ。いくら丈夫でも皆に感染ったら嫌だろう?」
 普段は愛らしいトナカイも病人を前にすると容赦が無い。立派な医者の顔は早々逆らえるものでは無いのだ。
「只でさえサンジは働きすぎなんだ、少しくらい休んでもバチはあたらねェよ」
 毎日3度の食事やおやつや夜食+船長の暴食で余計な仕事が増えているにも関わらず、洗濯まで率先して行うその様は確かに働きすぎと表現するに相応しい。
 だからその疲れで珍しく体調を崩したんだ、という船医にコックはわずかながら眉を寄せた。
 
 ――違う。そんなものの所為ではないのだ。

 ひっそりと心中でサンジは反論した。
 きっとこれは知恵熱なのだ。

 はじめてのあの行為に身体や脳が驚いたに違いない。
 今もあのことを思い出すとまた頬が火照る。
 いや、あの行為自体、初めての経験では勿論ない。19の自分だ、それなりの経験を積んでいるのは当然でだが、男と、というのがそう、初めてだったのだ。しかも受身。
「ちゃんと寝てろよ! あと煙草も没収したからな!」
 最後にチョッパーがそう言い置いてマストを上がっていく様をぼんやり見送り、体調不良の原因を思い出す。
 何の流れからそういったことになったのかなど、忘れた。
 そうでなくとも実のところ互いに特別な目で見ていたことは事実なのだ。それを表にだしていなかっただけで。あくまでも喧嘩ばかりの反りの悪い自分たちが、それだけでは無くなったのは少しずつ貯まっていった感情の変化なのだろう。
 だからそれが許容量を超えたとき、互いともが手を伸ばした結果にすぎない。










 手順を踏むように口付けから始まった。
 格納庫の誇りっぽい部屋で衣服を乱しながら剣士である男はサンジの上にのしかかる。
 乱暴なキスはまるで戦いを挑むかのような力強さがあり、サンジは負けじと侵入してきた舌を迎えうつ。
「…ふ、ぅ」
 互いの舌を絡めあわせ口腔を侵食して濃厚な口付けの合間にサンジは小さく吐息を漏らした。
 おかしい、野郎相手なのになぜこうも興奮するのだろう。
 しかも相手は身体ばかりを鍛えるしか能の無いアホ剣士。
 間違ってもこんな間柄に発展するような相手では無いというのに、こんな状況を甘んじて受けているという、不可解な現状。
 それでも、心と直結しての昂ぶりは事実。
「――てめェ、必死で上の空じゃねェか?」
 唇を離しそれでも距離は縮めずに目前でゾロは不快そうに言った。
「何考えてやがる」
 視線を逸らさずに真っ直ぐと問うゾロは集中しないサンジを咎めているようだ。
「……バァカ、てめェこそ気ィ散らしてんじゃねェよ、ヤルんだろ?」
 別の考えを巡らしていたわけではない。らしくもなく緊張してしまっているのだからそんな琴線を察して欲しいものだと嘆息しつつも、所詮魔獣には無理な相談だと思いなおし、サンジは目前にあるゾロの鼻にかぶりつき、甘噛みしながらも目線で促せばゾロは凶悪に笑んだ。
「上等だ。余計なこと考えられなくしてやる」
 またなんとも不穏な台詞か、とサンジが呆れるより早く、さすがの獣は噛り付くサンジの歯を外させて獰猛な仕草でもって白く細い首筋に食らい付いた。
「っ、」
 息を飲むサンジにだが、ゾロはそれこそ甘噛みをして舌を這わしていくその仕草は実に官能を呼ぶことを知る。
 ――あぁ、世も末だ。
 男相手に勃つこいつも、自分も。
 密着することであたるゾロの物騒なものを認識した時、サンジはそう嘆いたが男だからこそ引けない状態だというものもある。
「ぁ、んっ…!」
 胸の飾りを口に含まれ、計らずとも声が漏れる。男でも感じるのかと、眩む思考は片方を指で弄ばれた時点で散じた。
 ただ、与えられる刺激に熱に浮かされたかのように声が漏れる。
 自分でも覆いたくなるほどの掠れた、それでいて赤面するような甘い声だと自覚も出来ない。
「ぅあ、ぁ…、は…」
「…てめ、」
 胸に顔を埋めたままで、しかも朱を口に含んだままゾロは小さく呻く。
「ン…ゾロ…?」
 それに反応してサンジは問うように名を呼んだ。
「っつ、無自覚でそれかよ…」
 嘆くようなゾロの声音は弱った、という響きでそして呟く。
「…視覚と聴覚で煽りすぎだ」
「……?」
「――ちんたらしてられねェ、こっちは限界だな」
「…何、言ってんだ、クソ野郎」
 1人で解決しながら、サンジには意味を捉える事の出来ない言葉を吐く。そのままゾロはサンジの下腹部の中心、熱の篭った局部へと手を滑らせた。
「は、あぁっ…!」
 滲み出る先走りの液がゾロの手を濡らし、それに滑りをよくしその形をなぞるように無骨な手はそれを扱う。
 豆が潰れ、ごつごつとし硬くなった掌は器用にも動き、更にその下、最奥の秘所に辿りつくと、指を一本、そこへ差し込まれた。
「ンっ!」
 ちょっとした衝撃。
 いや、判っている、その場所を使うことは。今更カマトト振るわけでも無いが、実際の所本気でヤレるとは思っていなかったのかもしれない。
 それなのにゾロは侵入を拒む後孔を開発しようとしている。
 周到にも用意したそれ専用のローションをいつのまにか指に塗りこみ、その孔へとなじませるようにしているのだ。
「…冷っ、」
 痛さと伴ってひんやりとしたローションの感覚にサンジは身をすくめるも、ゾロはそれどころではないらしい。段々と萎えきっていたサンジに気付きながらも、それを引き止めるように伸び上がってキスをする。
 如何せ、これは気持ちよくなくてはいけないのだ。
「力抜け」
「…ンなこと言われてもよ」
 更にそう囁かれたところでサンジは特徴のある眉を下げ、情けなく顔を歪ませてしまうだけだ。元来出る専門の場所に指を突っ込まれ、力など抜けるわけも無い。
 けれども指一本ではどうなるものでもなく、これでは解す所では無いのだ。
 互いにそう思ったのか、これは根気よくいくことを決めたのか、ゾロは再び胸に舌を這わせた。そうすれば、少しの強張りがサンジから抜けるのだ。
 やはり、快楽をもって力を離散させるのが上策なようで、転がされる乳頭にサンジは身体を浮かせるのだから反応は実に良い。
 ローションの滑りと、興奮した熱源の先走り。
 時間をかけてのそのゾロの奮闘は功を為し、それでいてゾロの我慢の限界からかようやく指が三本入った所でサンジは足を大きく開脚させられた。
「うぁあっつ…!!」
 そして受ける衝撃は生半可なものでは無い。
 ひらめかせていた指とはまったく異なった猛りがその孔いっぱいに突っ込まれたのだ。
 熱く、質量のあるその昂ぶりにサンジは嬌声が上がる。
「痛ェ…、アホ、んうぁ、無、理…は、引き返…せ、アホ…ンぁ…」
 途切れ途切れに悪態を吐くサンジになど取り合わず、それでも今迄の解しがあったからこそ、その砲身を収めきられても傷つくことは免れてはいるようだ。
 けれどもそんなことは何の慰めにもならない。
 ただ、痛い。それだけがサンジの思考を埋め尽くす、正直な感想で、気持ちいいどころでは無い。生理的な涙が自然と目から溢れ、声を吐く言葉は苦痛のみ。
「―っつ、それこそ無理だ、引き返せるか、アホ」
 ゾロとてあまりにもな締め付けに顔を顰め、それでもそれ以上の暖かい場所へこのまま出ることは出来ない。
 吐く息すら辛そうにするサンジに、ゾロも動けずに、少しでも気を散らそうと萎えているサンジの熱源に触れる。
「あ!」
 それだけで途端にサンジの声に色が篭る。
 なんにつけ、男の急所を握られればどうしたって弱いのだ。それが他人の手ならいっそう強く快楽とて拾ってしまうもの。
 やわやわと握りこまれ、身体が弛緩する。
 それを狙って身動きが出来なかったゾロは動いた。
「ンっ、あぁっ…!」
 気持ちいいのか痛いのか、せめぎあう感覚にサンジは悶えだが、ゾロからもたらされる熱に浮かされる。
 自分の中で傍若無人に動く熱源に痛みを起こされ、それでも前に触れられる感触は悦楽を拾う。
 それでも、ふと、腸内での動きの感触が変わった。
「ひぁん!!」
 あからさまに漏れた声は艶のあるもので、サンジは途端に顔を赤くした。
「―へェ」
 感心したようなゾロは口角をあげ、揶揄するような笑みでもって下のサンジを見る。
「バ、抜け! …今すぐ抜きやが…、ンぁ!」
 真っ赤になって抗う言葉を吐くサンジは、ゾロがグラインドした腰にまたしても醜態の声を晒した。
「…や、マジ、で…あぅ、ンっ…」
 何ともいえない悦楽の放流。今までにない程のその感覚にサンジは動揺し、困惑しながらも漏れ出る声は偽りの無い嬌声だ。
「ここだろ、前立腺ってやつは」
 ゾロが探し当てたその性感帯。押されれば押されるほどに快楽は起こる。
「ン、ぁう、は…、あぁっつ、ふっ、!」
 抽挿も激しく、砲身はその場所を目掛けて穿たれてサンジの限界はすぐそこまで来ており、震える身体を止めることも出来ずに、ただゾロからの激しい感覚が全てになっていた。
「…だ、め…だ、ンぅん…、は、もう…イっち、まう…あ、あ、ン」
「達けよ」
 熱に浮かされたように喘ぐサンジに応えゾロは先を促すように強引に熱源を打ち付けた。
「ひ、ゥ…あぁぁっ!!」
 息を吐き出して、そしてサンジは白濁を吐き出し、それに遂情してゾロも中に射精した。








 ――絶対また熱が上がっている筈だと、サンジは火照った顔に水で冷やしたタオルを当てる。思い出すだけでこれでは先が思いやられるというもの。
 嘆息して目蓋を下ろせば遠慮がちに天井のハッチが開き、これまた珍しいぐらいに慎重な足取りでマストを降りてくる男に首を巡らせた。
「――おい、平気か?」
 更にそんなことを聞いてくる男に体温がまた上がる。
「…平気なわけあるか、アホ」
 サンジが寝る簡易ベッドに近づいてきた男にだからサンジは悪態を忘れないが、赤味を増した顔では迫力に欠けていることだろう。
 どかりと床に胡坐をかき、それでも心配をしている剣士に苦笑は漏れるのだが。
「ヤワなつくりしやがって」
 と、ゾロから言われれば嫌が応にもサンジの負けん気は発揮される。
「ンだと!? てめェのデカぶつを突っ込まれて平気な奴がいるか、ボケ!!」
 散々喘がされ、掠れた声と、この知恵熱では風邪症状と同じようなもので、チョッパーの診察が誤診なわけではなく、汗をかいた身体をそのままで寝てしまったからこそ、やはり風邪は風邪なのだろう。
「ヤルたんびに寝込まれちゃあ、出来ねェじゃねェか」
 が、まるで拗ねたようなゾロの意見にサンジは呆れる。
「…ンなに俺の身体がお気に召したかよ?」
 照れも手伝って、そんな風に揶揄すればゾロは真摯な目を向けてきた。
「当然だ。それに惚れた奴を前に理性なんざぶっとぶ。あれだけじゃ足りねェ」
「お、前ねェ――」
 臆面もなく宣言するゾロのその潔さにどうしたってサンジは逆らえない。
 同じようにサンジとてあれだけで足りないのだ。好きな相手とする情交ほどハマルものはない。
「熱が下がったらな」
 手を伸ばし、ゾロの頬に触れ笑って見せる。
 満たされる心は特別な相手への大切な感情。
「おぅ。早く治せ」
 頬に触れた手を握られ、素直に応えるゾロが愛しい。
 

 この熱は――ずっと続くだろう、甘く優しい微熱。



end




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