□ Finders keepers



赤坂ほっぺ

 

「お前、いい加減にしろよ。」

深夜のキッチンで、ゾロはとうとうそう口にした。
相手はこの船のコック。
出来ればサンジの姿を見たくは無かったが、仕方ない。彼の聖域ともいえるこのキッチンにしか、酒は無い。そして、案の定扉を開けて数分もしないうちに、ゾロは早速キレてしまったのだった。

「なんだよ?何か文句でも?」
いらいらとしたゾロとは対照的に、サンジはいたって冷静に返す。ゾロが扉を開けてからラックのボトルに手をかけるまで、彼は不自然なほど静かだった。ただ、口から吐き出される煙だけが、うるさくキッチンに漂っている。

「てめぇ、何か俺の顔についてんのか?」
「別に?」
サンジはゾロの顔を見ていた。いや、凝視している。穴が開くほど、じっと。ゾロからは片方しか見えないその瞳で。
そう、サンジはいつだって何か言いたそうな、そして熱を孕んだ眼差しをゾロに向けていたのだ。それは、ゾロが気付いても逸らされる事は全く無い。

いつからだったか、なんせゾロが気付いた頃にはすでに彼の視線は自分に向けられていた。食事中も鍛錬中も、そして日課の昼寝に勤しむつかの間の至福のひと時でさえ。
一度気になると、もう何をしていても落ち着かない。食事のメニューも思い出せないし、串団子も何回振り回したのかわからない。寝ようと腰を下ろしてもその瞼の裏にまでサンジの姿がチラつき、結局一睡も出来ないままもう数週間ゾロは睡眠不足だった。
新手の嫌がらせだろうか。それなら大成功だ。なんせゾロは確実にペースを乱され、これまでに無いほど奇妙なイラつきに悩まされていた。

そして、とうとう今日の昼、ナミに指摘された。
あんた、最近サンジくんのことジッと見てるわね、と。冗談じゃない。それは俺じゃなくてコックだろう、とゾロは噛み付いたがどっちも同じことよ、とパラソルの下で読みかけの本から視線を外すことなく、ナミはそれを軽くあしらった。
その涼しげな横顔は至極当然と言葉以上に告げてはいるが、何が同じなのかゾロにはまったくわからなかった。




サンジは短くなったタバコを灰皿でもみ消すために、一度ゾロから目を離した。その隙を見計らってゾロは再び問う。
「何も付いてないなら、なんでそんなに俺を見てんだよ。」
「てめぇだって俺の事見てんじゃねぇかよ。」
意識は煙草に向けたまま、上目でゾロを伺いながら、サンジはぞんざいに言葉を返した。
「見てねぇよ!」
「ふぅ〜ん、あっそ。」
あれほどじっと人の事を見ておいて、その言い草。ゾロの眉間には、今くっきりと3本の青筋が浮き出した。
「見てねぇもんは、見てねぇ!!」
その必死の形相にも、サンジははいはい、と子供をあやすような顔でゾロを見るだけだ。
まるでバカにされているみたいで、ゾロはバツが悪い。勿論ゾロには心当たりも、やましいことも何もない。

手にしたボトルを握りなおすと、ゾロはもうその場を立ち去ろうとサンジに背を向けた。
しかし、それをサンジの声が遮った。

「・・・俺は、見てたぜ、お前の事。」
ボッと火のつく音がした。燐の香りが広がり、消えていく。
ゾロは肩越しに振り返る。また、サンジの目がゾロを見ていた。
「なんだって?」
「俺は否定しない。お前を見てた。」
再びの沈黙。喉に溜まった唾液を嚥下するのも憚られるほどの。そして、サンジからの意外な言葉は更に続く。
「なぁ、ゾロ。お前男と寝たことあるか?」
その表情は、まるで世間話をしているかのような平静さで、ゾロ一人がこんなたまらない気持ちになっているのかと思わせた。

「お前、何が言いたい?」
「俺でも抱けるかって、聞いてんだ。」
ふぅ、っと大きな煙を吐き出すと、小さく俯きまだ長いタバコをもみ消した。そして、もたれていたシンクから一歩踏み出すと、サンジはシャツのボタンを自ら外し始めたのだった。

それまで目にすることの無かった彼の肌がランプの光に揺れる。
「おい、やめろ。」
言いようの無い焦りに、ゾロは目を逸らし制止を試みた。
しかし、サンジは一気にシャツを脱ぐとそのままゾロへと歩を進める。

ドアを見つめ、サンジに背を向けたままゾロは自分がじっとりと汗ばんでくるのに気付いた。とてもいやな汗だ。この状況を、笑い飛ばすことが出来ない。
「お前、俺を抱け。」
口調は相変わらずだが、内容は聞き捨てならない。ゾロは強く目をつぶると、気付かれないほどの小さな息を奥から吐き出した。
「・・・へぇ、男に宗旨替えでも?」
熱い。空気のせいではない。きっと、この男のせいだ。
手にしていた酒をゾロは一気にあおった。ゴクゴクと喉が音をたてる。しかし内包する熱は冷めることなく、アルコールに混じり更に温度を増す。

ふぅ、と大きく息を吐くとサンジをそのままに、ゾロは振り返り再びキッチンへと戻った。一気に減ったビンをドンっとテーブルに置くと、ゾロはどっかりとイスに腰を下ろした


「俺に抱かれたかったら、まずそこで一人でやってみろよ、クソコック。俺の事が好きなんだろ?」
頬杖をつき、片頬を上げてゾロが笑う。明らかに、反応を楽しんでいる。先ほどまでみせていた躊躇など全く感じさせないのは、この男の潔さか。自分に分があると信じて疑うことの無いそのとび色の瞳に向かってサンジはあきれた声を返す。
「てめぇいい加減にしとけ。俺だって言いたくて言ってるわけじゃないんだぜ。」
「ふん、いいぜ、別に俺はどっちでも。」
「わかったよ。好きにしろ。」
ため息を隠すこともせずあきれた声を返すと、サンジは残りの衣服を全て剥ぎ取りその場にしゃがみ込んだ。




目の前で繰り広げられているショーに、ゾロはごくりとつばを飲んだ。
口と足癖の悪さは人一倍のコックが、今ゾロの前で足を開いている。ゾロの言うがままに。
半開きの口からは熱い吐息がもれ、白い肌はうっすらと火照り色づいている。そして、彼の股間にあるペニスは高くそそり立ち、先端からはすでに透明な液が溢れ始めていた。

「おいコック、もっと足開けよ。」
蔑みの声を投げかければ、いつものきつい目つきでゾロを睨み返すが、サンジはその言葉のままに、無言で足を更に開く。
先ほどの言葉どおり、彼はゾロの言葉に逆らうことはしない。
料理を作り出すその器用な指先が欲にまみれている姿はまるで禁忌。自身を高みへ導くその関節の動きは食材を操るかのような滑らかさををもって、視覚でゾロを誘う。

ビンの底に残っていた最後の酒を飲み干すと、ゾロはそのまま腰を上げた。
「手伝ってやろうか?」
一瞬、サンジの体が揺れる。それまで赤く染まっていた体が、さらに色濃く上気する。
顔を下げたままのサンジを気に留めることなく、ゾロは彼の背面に座り込んだ。後ろから抱えるように彼のモノに手を伸ばし、残りの片手では肌の感触を楽しむ。そして耳では明らかに先ほどまでとは違う、その色の含まれた吐息を味わった。

「はっ・・・。」
鼻から抜けるような声で、甘い息がこぼれる。
先端を親指で押さえてやれば、たまらないのか体をびくつかせた。新たな液がコプ、と溢れ、ゾロはそれを指にのせると、わざと音をたてるようにゆっくりと彼のペニスをしごき続けた。
「俺に擦られて、気持ちいいのかよ?」
「・・・っ。」
背中からだと彼の顔が見えない。体を這わせていた手でサンジの顎を掴み、無理矢理後ろを向かせると、逃がさないようその目に問うた。
「なんで、俺を見てた?こうされたかったのか?」
ニチャニチャという粘着質な音をさらに大きくし、ゾロはいやらしく口をゆがめる。
「っ・・・クソが・・・。」
「なぜ俺に抱かれたい?」
その問いかけにサンジは目を細め、口元には笑みすら浮かべた。
「てめぇが・・・あんまりバカだからよ。」
「あぁ?」
「これくらいしたら、てめぇのその眠たい頭も、覚めるんじゃねぇかと思ったんだがっ・・・!」
最後まで言わさず、ゾロは動かしていた手を更に激しく上下させた。手の中の塊はさらに硬度を増していき、しばらくしてサンジはゾロの手の内に性を放った。温度を持った白濁をそのままに、ゾロはこの場面によほど相応しくない低い声をサンジの耳に流し込んだ。
「そりゃ、どういう意味だ?」
「・・・それくらい・・・。」
息が整わないのか、サンジはそこで言葉を一度切った。無防備な背中に浮かぶのは、熱を解放するための汗と静かな怒り。
何が気に入らないのか。肩を上下させながら、息を整えるふりをして感情を抑えようと必死だ。
「それくらい、自分で考えな。」
返ってきた声は、再び抑揚のない彼独特のライン。

すかした男の鳴き声もまた一興。
確かに、この男なら抱ける。ゾロは理解する。

「お望み通り、突っ込んでやるよ。」
白濁を指に絡めると、ゾロはサンジの尻をそのまま持ち上げた。サンジは促されるまま、膝を床につき腰をゾロの前に突き出す。
そのまま指先を軽くもぐらせると、サンジは喉の奥から息を吐き出した。
「はっ・・・ぁ・・っ」
ゾロは無理やり指を1本ねじ込み、腹の中を指先で掻きまわした。グチュグチュと器官が音をたて、ゾロの指を咥えている。
「あっ、や・・・っ。」
突き出した腰をよじりながら、サンジはゾロから逃げをうとうとする。細くは無いがしまった腰をゾロは片手で固定し、更に中指、薬指と順に指を増やしていった。

「いれっぞ。」
すでに聞こえているのかわからない男の耳元でゾロはそう囁くと、ボトムの中で誇張していたペニスを取り出し、ほぐされたその小さな穴に押し当てた。わざと何度も穴の周辺をなでるように突付き、そうやっていたずらに男の欲情をあおったあとで、ためらいなく先端を押し込んだ。
「い・・・っ!」
ミシミシというめりこむ音がきこえそうな程、彼の中はきつく、ゾロは思わず顔をしかめた。
「おい、コック。力抜けよ。」
「いっ・・てぇんだよ・・・。このヘタクソが!」
この期に及んでの暴言に、ゾロは舌打ちをする。
「うっせぇぞ。」
強張ったサンジの首筋に舌を這わせ、片手で胸元を探りながらその突起を指先で転がした。甘い息が逃げる。その時を見計らい、ゾロは更に奥へと侵入した。
張り付くような熱に、ゾロの脳髄が侵食されていく。脈一つまでが、こんなにも近いのだ。絶対に知りうることのなかった、この感触。
そして同時にゾロの中で渦巻くのは、言い知れぬ征服感。
やっと手に入れた。

―――やっと?

ゾロは、愕然とした。それではまるで、ずっと手にいれたかったみたいではないか。
そんなはずは無い。抱けといわれて抱いただけだ。

動く気配のないゾロをサンジが怪訝そうな顔で振り返る。
「・・・何、チンタラしてやがる。」
「・・・・。」
深く埋めたままの自身を一気に引き抜く。ギリギリまで。そして再開させたのは、彼のためなどではなく、自身のために。
「ぅあぁぁっ・・・っ!」
急激な動きに、サンジは喉を反らせ声にならない声をあげた。

その声に引き出されるのは、ナミの言葉。


―――あんた、最近サンジくんのことジッと見てるわね。


額を伝う汗が、何度も輪郭を辿りながら顎へと流れ落ち、眼下の肌に混じる。結合部分からは、赤い血がボタ、と床にシミを作った。
しかし、ゾロは腰を打ち付け否定の言葉を呪文のように唱え続ける。振って沸いてくる疑心に心を持っていかれないようただ、ひたすらに。

目の前で揺れる金糸を必死にかき抱きながら、今は開放されることだけを、ただ望む。







END



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