□秋声



佐伯かもめ

 

 空が高くなって、雲の形が変わった。さっと刷毛ではいたような細かいうろこ雲が空を埋め尽くしている。昼夜の寒暖さが激しくなった。秋だ。陸の上のように、葉が紅葉するわけでも虫の音が響くわけでもないが、海の上でもやはり秋の気配というものはわかる。マストで休んでいた海鳥にチョッパーが聞いたところによると、後3日もあれば次の島が見えてくるらしい。島に近づき気候が安定してきたので、ナミもほっとしているようだった。



備蓄した食糧も少々こころもとなくなってきていたのでこっちも安心した。根菜はまだ大丈夫だが、生で食べられる野菜はもうほとんど食べつくしてしまった。彩りに使えるものも、シンクの上で水栽培している人参のヘタからひょろひょろ頼りなく伸びた芽くらいしかない。いくら海育ちだとは言っても、海の上にだけいたら生きて行くことはできない。こういうときにやっぱり、人間っていうのは陸の上で暮らすようにできているものなのかなあと思う。今日の夕食は根菜の煮物とウソップがつりあげた新鮮なアジがあるから…塩焼きとサシミ。メリー号に乗り込んでから、サンジのレシピは格段に増えた。世の中いろんなところがあって、その場所の数だけいろんなものを人間は食べてるもんだよなーと思う。



ふと海に目をやると、海面には真っ白なクラゲがたくさん浮かんでいる。秋島に近づくと、どこからともなくクラゲがぼわぼわ大量に湧いてくる。なんの悩みもなさそうにゆらゆらするその姿をぼーっと見つつ、クラゲの料理方法ねえ、と思う。乾燥させてから冷菜にするくらいしか思いつかない。誰かクラゲの食い方とか知ってるヤツはいねぇかなあと逡巡し、マリモ頭しか浮かんでこない自分の脳みそにげんなりする。クラゲを見て気楽そうでうらやましいと思うなんて、もう末期だ。なんだか物悲しい。これもきっと秋のせいだ。これだけ増えてくると水の汲み上げ機にクラゲが詰まってしまっていないかをウソップにでもチェックさせたほうがよいかもしれない。




主菜が煮物だった分、夕食の仕込みはいつもよりも早く終わった。だしをきちんと取ったたっぷりとした煮汁に大根だの、人参だの、芋だのがふわふわと泳いでいる。
火を弱く調節して、ゆっくりと出汁を煮含める。お茶を入れるとサンジは椅子にすたんと腰掛けた。キッチンにはほっこりとした湯気が立ち込める。窓がうすく曇り始めた。そこから柔らかく夕日が差し込む。火をつけないままの煙草をくわえて、夜の見張りに備えテーブルに頭を乗せて、目をつぶる。



 ゾロを好きになって、好きになった人につながるもの全てが大切になるのだと知った。ゾロの夢も、これまで食べてきたものも、育った場所もきっと自分は全部が大切で大好きだ。それをうまく形に表すことはサンジにはなかなかできないけれど、代わりに料理を作ることはできる。ゾロがこれまでに食べてきたものとサンジが作るものが、実際にどれくらい違うのかとかはわからない。わからないことが楽しいときも、寂しいときもある。今日の晩御飯どきも、きっと視界のすみっこで自分はゾロのほうばかりを伺ってるんだろうなあ、とちょっと笑った。



それなりには恋もしてきた。傍目から見れば、船に来る客にもてあそばれているようにしか見えなかったかもしれないけれど、自分がその時、本当に相手のことを好きだったのはいつも本当だ。ゾロとこうなるまではそう思ってた。けれども客相手なのだから、相手はいつか船を下りる。割り切ってつきあって、それでかまわなかった。
だからこそゾロがからむと自分がどれだけ情けない男になりさがるかがわかって身にしみる。しかもすぐに船を下りていく客とは違って、こんな狭い船の中では毎日顔をあわせざるをえない。それがいろんな意味で一番キツかった。



ギギーっと最近、妙に立てつけが悪くなってきたドアが開かれる。夕陽を背にして、マリモ頭がこっちをのぞきこんでいる。

「…何。」声は変に上ずった

「何でもねえ。メシ、何だ。」どすっと音を立てて、ゾロが目の前に座る。

「…煮物と味噌汁とアジの刺身と塩焼き。」

あー、きっと醤油の匂いにつられてきたんだろうなあ、と納得して、顎を机につけたまま緑の頭を見上げていると、額をぺしぺしとはたかれた。

「…なんだよ。」

「なんでもねえ。…机の跡、デコについてんぞ。」

煙草を抜き取られて、ぷちゅっと下唇をつままれた。サンジが舌を差し出して、ゾロの爪先を探り、くちゅくちゅとねぶる。すっとゾロの目が細められた。上目づかいでゾロを見上げたまま、サンジは指に吸い付き、唇をきゅんとすぼめた。

「…おまえ、今日、見張りなんか?」

ゾロの声がかすれているのを聞いて、ざまーみろと思う。

「あー、ん。来んなよ、バカ。最近、見張り台、ギシギシいうから壊れそうで怖えよ。」

「おまえが暴れなきゃ壊れねえよ。」

「…ギシギシ揺らしてんのはおまえだろ。…ふごっ。あひすんだ!」

サンジの唾液で濡れたゾロの指に、鼻をつままれた。

「…誘ってんな、ボケ。」

不意になんだかこっぱずかしくなってきて、サンジはまた机の上に頭を伏せた。耳が熱い。しばらくするとゾロのふがふごいう妙な寝息も聞こえてきて、それに合わせて呼吸していたら、サンジも何処かに引っ張られるみたいにしてコトンと眠りに落ちた。



「ごはんでーすよーー!んナーミさーぁん!ロビンちゃぁーん!その他たくさ
んーー!」

一緒に冒険して、毎日を過ごして、一緒に食卓を囲む。当たり前のことかもしれないけれど、それは本当はとても幸せなことなのだろうと思った。汁物をナミにサーブしながら、醤油の匂いに鼻をピクピクさせるゾロをサンジはそっと伺う。骨ごと魚を一口でむさぼり食うルフィとは、エラく対照的にゾロは箸を器用に動かして、すすっと背骨を取り去った。鮮やかな手つきに感心する。深夜にサンジもお箸の練習をしてみたことがあるが、あれは難しい。ゾロの食べ終わった皿には少量の骨と皮しか残っていない。猫もつっつくところがないくらいに空っぽになった食卓に安心する。食後にはビタミン補給に、とのお達しでナミから特別に一人1個ミカンが配られた。こうやってミカンが食卓に上る頃には航海も終盤に差し掛かっている。この間まで真夏の太陽をいっぱいに浴びて育ったミカンは味が濃く、甘くておいしかった。



冷えた手すりにつかまって、するするとサンジは見張り台に上った。寝巻きの上に分厚いコートを羽織る。秋の夜は冷える。壁に手をかけてすとん、と床に降り立つ。よりかかった木の壁がささくれて金色の髪の毛にひっかかった。洗い髪が風になぶられて、頬に当たって冷たい。真っ暗な海の先に次の島がある。やっと食料補給ができるんだと安心するのと、また変なことに巻き込まれるんだろうなあという諦めと。サンジの仕事は次の島までみんなを元気に飢えさせることなく無事に届けること。何とかその仕事も無事に終わりそうでほっとする。海は凪いで、温度こそ冷たいけれど、穏やかな風が吹きつけてくる。



しばらく進路を見る。まだ何の灯りも見えず、行く先が照らし出されているわけでもない。陸の上とは違って道路があるわけではない。何もないところを船で進めていくのはものすごく勇気がいる。



不意に下からバタンと音がした。ドカドカと甲板を歩く音が響き、見張り台の柱がゆらゆらと揺れ始める。ほっとすればいいのか、ため息をつけばいいのか、こういうときにいつも自分の気持ちを持て余す。ひょこっと見張り台の壁の上に緑の塊が現われた。しばし無言で見詰め合う。情けなくまゆ毛が垂れた。



「…だからここはダメだって昼間も言っただろうが。」

ドタンと重そうな音を響かせて、ゾロが見張り台に入ってきた。

「…うるせぇ」
「おれ、見張りあるし。」
「…朝まで大丈夫だ。もういいから、おまえ黙っとけ。」

にゅっとゾロの腕が伸びてくる。不意にスイカかメロンのような果物を両手で持つようにして、ゾロは両耳を押さえて、サンジに口づけた。当てられた手の暖かさに、自分の身体が冷え切っていたことを知り、驚く。閉じられた聴覚に自分の心臓の鼓動が大きく響いた。舌先で柔らかく、ふわっとした唇をたどる。そのうちに閉じたサンジの唇がゆるく開き、舌が差し入れられるのを待ち出す。両耳は押さえられて、口内をゾロの舌が我が物顔で動き回る。ぴちゃぴちゃと濡れた音が頭の中で響いて恥ずかしい。どうにか逃れようとして身をよじっても、しっかりとゾロのバカ力で耳を押さえられているから、首がもげてしまいそうで怖い。ゾロに口内を犯され続けるうちにサンジの細い腰がよじれて、浮き上がっては跳ね、見張り台の木の壁に何度もぶつかる。そのたびにゾロの冷えた洗い髪がシャリシャリと薄いサンジのまぶたや頬にあたって、こそばゆかった。



聴覚が大きな手で遮断される。サンジの中の音だけがその全てになる。それは小さいときに貝殻に耳をあてて聞いた音を思い出させた。どこか遠くに聞こえる波のような音。それと、どちらのものともつかない唾液を二人の舌でくちゅくちゅとかきまぜる
音。肉厚なゾロの舌全体がゆっくりと頬の内側を這わされたり、舌先を尖らされてチロチロと上顎をつつかれたりした。唾液が口内に溜まって溺れそうになる。サンジの全身から身体が抜けて、きゅっと革靴の中でつま先がまるまった。拒絶の言葉は全てゾロの中に吸い込まれて、言葉にならなかった。



ゾロの唇が離れるきわに漏れ出した息が、産毛をくすぐる。そんな小さな刺激にさえも、サンジの身体は大きく反応する。半開きになったままのサンジの最初に触れたときよりもふっくらとした唇の端から唾液がひとすじこぼれていた。両耳を両手で押さえたままだったので、ゾロは舌先でそれをぬぐいとった。



サンジの薄い耳たぶがじんわりと暖かくなって、冷え切っていたそこに血が通う。息を吸う湿った音、かぼそく漏れる吐息、舌先の動き、全てが増幅されて、骨をつたって耳に届く。その後ろで海鳴りのように何かが流れる音が低く響く。外の音ではないのだから、血が血管を流れる音なのかもしれない。溜まった唾液をごくりと飲み込む音がやたら大きく聞こえて、まるで期待してるみたいにゾロに思われそうで嫌だった。



ゆっくりとまた上から口づけが落ちてくる。震える唇の端からさしいれられた舌は、たえず内部をぐちゃぐちゃとかきまわして、漏れる水音は他のものを思いださせて、恥ずかしくて気が遠くなった。触れられてもいないのにサンジの性器はとっくの昔に濡れて、勃ちあがっている。眦に涙が盛り上がり、ちぎれて、頬を伝う。口内は二人分の唾液であふれそうだった。どこもかしこも水分がたっぷりと溜まって、はじけてしまいそうになる。ゾロの舌の動きにあわせて、腰から身体がびくびくと何度も跳ね上がった。涙が口内にすべり落ちて少ししょっぱい。もう何がなんだかわからなくなってきて、泣き声と互いの舌がぐちゅぐちゅという音と、唾液を必死で飲み込もうとする音とがサンジの中で出口を失って、こだまする。

「…や…ぁ」

ひときわ甲高い声をあげて、サンジが達した。



ぐんにゃりと力を失ったサンジの身体から、ゾロはシャツのボタンをひきちぎるようにしてはずした。後で見張り台でコトに及んだことも含めてどうせ文句を言われるのだろうから、まあいいかと思った。冴え冴えとした月の光に照らされて、サンジの薄い身体は冷たく青白いほどだった。けれど触ればそれは確かな熱をもって暖かい。革靴までポンポンとはぎとって、また口づけた。乾いた薄い唇がはれ上がり、湿って熱を持つまで甘く噛んだり、弄んだりするのが好きだった。

「声おさえとけよ。」

声がもれないように必死でおさえているサンジの手の指と指の間にむりやり舌をねじこんで、唇を探った。

いっそう力が入って指の関節が白く浮き上った。指先や指の股をゆっくりと舐め、カリリと噛んだ。

「…ひ…ぁ」

 指と唇の間に唾液が糸をつくって、光った。濡れた瞳で「ゾロ…」と小さく呼び、視線が不安そうに空をさまよってから、ようやく視線があう。

「…昼間、さんざんあおりやがって」

 舌先を見せつけるようにしながら、細くて長いサンジの指一本一本を、ゾロはゆっくりと舐めあげた。水かきの部分をくすぐり、サンジの指の股へまるで性器で抽挿するようなやり方で、ゾロは舌の出し入れを繰り返した。力の入らない足でサンジが蹴りつけてくるのを、ゾロは難なく阻み、抱き込んだ。

「…指舐められてるだけでイキそうだよな、おまえ」

指がゾロの唾液でふやけてしまいそうだった。サンジが涙目でにらみつけてくる。多分、きっと逆効果なこともわかっていない。
「汚ねぇっつうの…や、あぁ」
かすれた声は、ゾロに指先をかじられて、悲鳴に変わった。



けして広いとはいえない見張り台は、大の男がふたり、しかも裸で抱き合うにはどうしても窮屈な感が否めない。特に最近ではここで抱き合うたびにどこからともなく何だかミシミシと音がする。きちんと補強してあるとはいえ、ただでさえキツいグランドラインでの航海に加えて、空の上まで昇るは落ちるは、考えてみればサンジと一緒に雷は落とされ、あげくの果てにゾロとサンジにこんな規定外の使われ方をしていては、メリーだってたまったものではないだろう。

「…ここ、ヤバいから…やめ…」

「…だって、もうやめれねぇだろ、おまえ」

 意地の悪い笑みを浮かべながら、ゾロがささやく。そんなことを言うゾロの声だって十分に濡れているのに。堅い木の壁に背中をあずけ、ぐったりとサンジは力を抜いた。脚の間にゾロが身体をさしいれて、上から見下ろしてくる。ゾロにいいように高められ、熱を帯びた身体では、もたれた壁の冷たさなど全く気にならなかった。互いの身体にかかる息は一瞬だけ熱く、そしてすぐにまわりの熱まで奪って、冷える。

「…じゃあ…いいから早く入れろよ、バカ」

恥ずかしくてゾロの顔なんか見ていられない。真っ赤に染まった顔を隠したくて、ジジシャツの肩口に顔をうずめて体重をかけてしなだれかかり、どうにかこうにか拳をつくって重たい手を振り上げ、ポカリと濡れた緑の頭を殴りつける。拳に自分ではかなりの力をこめたはずなのに、さっぱり力が入っていなかった。その証拠にゾロの顔は上機嫌で笑顔を浮かべたままだ。

「あー、はいはい。」

浮かれたような口調が憎たらしい。思わず顔をあげジトリとにらみつけたが、くしゃりと前髪をかきあげられて、額にくちづけられただけだった。今度こそ耳の先まで真っ赤になった。得意そうにゾロが笑い、ポンポンと頭を叩いてくる。



達したばかりだとというのにいっこうに萎えない性器から流れ落ちる先走りの助けを借りて、奥まった場所をゾロが執拗になぞる。万能腹巻からいつのまにか取り出されていた潤滑剤のぬめりも加えて、ゾロは指をぷつんと襞の中へ滑り込ませた。

「ひ…あ…やぁ」

サンジが目を見開いて、眦に涙があふれる。冷たい指を熱く滾る内部に差し入れられて、温度差に襞がぎゅっと収縮した。埋められた指がぬるぬると抽挿を繰り返し、襞を押し広げ、たまらずサンジが目の前の体に抱きつくと、濡れてツンツンと尖った緑の髪がサンジの身体をかすめる。首筋を刺激するその冷たさに身体が竦んだ。そのたびに指をひくひくと締め付ける。指の太い関節や爪やらが、一際感じる箇所をかすめるたびに、悲鳴があがる。涙がボロボロとこぼれおちて、サンジの身体を濡らす。

「や…あぁ」



ゾロはサンジの肩をつかみ、ひっくりかえした。薄い背中の傷を辿って舌をはわせ、時節甘く噛み、それに連れてビクビクと震える身体や過剰に反応する性器を執拗にもてあそぶ。逃げをうつ身体は狭い見張り台の壁に阻まれて、行き場をなくす。ぷつりと勃ちあがった乳首が木の壁にこすれる。けれど過剰に反応する身体では、それが苦痛なのか、快楽なのかさえ定かではなかった。

「…ゾ…も…やぁ」

指が木の壁をカリカリとひっかいた。支えるものが欲しくて、額を木の壁に押し付ける。粘膜にゾロの性器の先端が押し付けられて、ぬめりだけを残してまた離れていく。それが繰り返されて、だんだんと襞がとろけてゾロの性器にからみつく。いいようにじらされて、身体中が熱い。

「あ…ふぁ…」

木の壁や床に涙や汗やいろんなものがパタパタと落ちて、流れてしみこむ。逃げる性器を浮き上がった腰が、どうにもならずに追いかけていた。

「早…く入れ…」

不意にぐぷっと突きこまれて、目の前が真っ白になった。後はもう、意味をなさない言葉しか口からは出てこなかった。





「…なんなんだよ、おまえ、今日は」

サンジが力の入らないつま先でゾロの背中をこづく。

「あー、なんかメシもうまかったし、そしたらおまえもうまそうだったから」

「…ああ。そう。」

さいですか。それはよかった。

「あと、なんかわかんねぇけど」

珍しくゾロが口ごもった。視線が空を彷徨う。

「…寂しいっつうか」

語尾は小さく吸い込まれるようにして、消えた。ふうんと思った。からかうのは簡単だけど、その気持ちはサンジにもわからないでもないからやめた。



陽はどんどん短くなり、風が『涼しい』から『冷たい』に変わる。空や海の青さも夏の鮮やかな色から、少しだけ退色して淡い色に変わったような気がする。



「…ゾロ。」

「…ん?」返す声はもう眠そうだ。

「秋に寂しくなるのって、人間がむかーし、動物だった証で、
 動物が冬ごもり前に、あー、おれ、これから一人で冬越さなきゃいかんのかー、
 腹減るなー、寂しいなー、人恋しいなーって思ってたからなんだとよ。」

「…おれは冬眠はしねぇ。」

「毎日してるようなもんじゃねぇか。」

どすんとゾロに寄りかかった。ぬくとくて安心する。気だるさが逆に心地よい。まぶたがだんだんと重くなってくる。このままこうやっていられたらどれだけ楽なんだろう。でもそれじゃ絶対に夢はかなわない。つきんと胸が痛んだ。



本当は大怪我をするたびに、寝て治すゾロを見ているのが辛い。高イビキでもかいていればまだいい。でもごくたまに、まるでこのまま目を覚まさないんじゃないか、死んでるんじゃないかと不安になるくらいに、深く深く寝ているときがあって、そのたびにサンジは心臓がぎゅっと掴まれたような気持ちにさせられる。



くったりと力を抜いて、サンジはゾロに背中をあずけた。後ろから抱きしめてくるゾロの身体から、しっかりとした鼓動が伝わる。ゾロの手首がちょうどサンジの心臓の真上にあって、脈が鼓動と響きあった。ゾロの脈のほうがゆっくりだったけれど、そのまま抱きしめられているうちに、サンジの鼓動とまったく同じ早さになった。そのうちにサンジは自分の心臓の鼓動しか感じられなくなった。どちらが早くなったのか、どちらが遅くなったのかは、わからない。でもゾロと同じ早さで心臓が動いている。それがただ、うれしかった。



互いの脈が一つ打ち、次が打たれるまでの間に、どこかものすごく遠いところまで何かが行って、また戻ってくるような気がした。その遠いところまで、一緒に行ければいいのに。たどりつけるまで一緒にいれればいいのに。ムリなことを思った。



半分起きて半分眠っているような、ぼんやりとした意識がシーツとゾロにくるまれて、ゆっくりと落ちていく。一人ではけして生み出せない暖かさにくるまれているのはとても幸せだった。せまい見張り台の中でムリな動きをしたせいで身体は嫌な具合に軋みをあげていたけれど、それでもかまわないくらいに幸せだった。冷えた足の指先でそっとゾロの足の指をさぐった。足先までポカポカしていて、ぬくとかった。でもやっぱりたまには陸のベッドの上がいいなあと思った。きっとそこでも自分たちはベッドからはみ出してしまいそうに大きな体を二人ですくめるようにして、寄り添っているのだろうけれど。それでもやっぱり人は陸の上で暮らすようにできているのかもしれなかった。航海というのは、本当は非日常なものだから。



次の島までもう少しだ。今度はどんなものをみんなに食べさせてやれるだろう。どんな島が待っているだろう。その島も、次の島も、次の次の島も。もう少し、みんなで一緒に航海を続けられますように。うとうとしながらサンジは祈った。



end




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