□野鉄砲



鍋屋

 

Who threw out the stone?




 サンジの肩に石が当たった。
 振り返るがそこには誰もおらず、ばたばたと音を立てて軒先の洗濯物が翻るばかりだ。
 雨宿りの仮住まいには火の気は無く、厩を勝手に占拠したはいいが、雨を凌ぐ以外に必
要なものは何も無い場所だった。空腹を訴える男の腹の虫が響くばかりだ。
 サンジはまだ生渇きの洗濯物を見上げる。
 一晩中雨は降り続いたが、取り込みに来る人の気配は無かった。
 此処には自分と寝腐れ剣士しかいねぇはずだが、とよく晴れた空を見上げる。
 目の端を何かが過ぎた。
 サンジは砂煙を上げて振り返る。
 だが茫漠と続く荒地の向こうには、連なる山並みと、もっと近くには枯れた草が茎ばか
りを長くして、雨風に横倒しになるのが見えるばかりだ。
 此処に家があるのも解せぬ。
 だがあの雨では、と地面を見下ろせばぬかるみに自分の足跡が点々と、ぐずつきながら
抉られていた。
 丘を登って続く足跡が一筋、なめくじの這う跡の様に残されている。小さな沼のように
濁った水を溜めた小さな筋は、家の前を回って厩に入る。
 サンジの眉がつりあがった。
 ゾロの足跡に何かが繋がって追っている跡がある。
 頬を掠める石つぶてが、耳元を風を切る音を立てた。
 サンジは再び振り返る。
 真っ青な空に白い月が浮かぶ。
 他に見えるものは無い。
 サンジはゆっくりと後ずさりすると、厩の戸に背を押し付けた。
 ポケットを探り煙草を引き出す。
 舌先でフィルターを弄りながら目だけを上げて視線を回す。
 生き物の気配は無い。
「生き物は、な」
 また妙なものをくっつけてきやがったかよ、と戸の向こうの寝息を背で聞く。
 本人の性か腰に下げる物の性か。彼は網膜以外の場所で何かを見ている節がある。
 石を投げてくる程度では死なないが。殺意は無いだろうが可愛げのあるものでもない。
 サンジの吐き出す煙がゆっくりと上に流れる。その先が二股に分かれて渦を巻く。蛇の
舌のようにちろちろと蠢く煙の先を眺めながら、サンジはそっと閂に手を回した。
 用心したところで、もののけならば閂など意味を成さぬか。
 掌に力をこめて戸を押す。
 意外にも戸は軽く、一気に押し開かれた弾みでサンジは地面に放り出される。仰向けに
腰を打ったまま悪態をついて見上げれば、戸に手をかけたゾロが顎を掻きながらそこにい
た。
「尻から入ってくるとは思わなかった」
 サンジの額に血管が浮かび、一瞬で押し戻された。
「てめぇ、謝るより先にそれか」
「悪かった」
「謝りゃ済むのかよ」
「機嫌悪いな」
「俺の機嫌なんざどうでもいい」
「何に怒ってんだ」
「てめぇに怒ってんだよ!クソ野郎が表出ろ、いや出るな!」
 ゾロは大欠伸で再び藁山に寝そべる。サンジは脚で戸を閉め切ると、上着を脱いで空の
馬房にひっかける。
「出ろだの出るなだの。うるせえなおまえ」とゾロが眠そうに言った。
「何かいやがる」とサンジがゾロの文句を無視して呟く。
 ゾロの眉がほんの少し上がった。
 壁にたてかけた三本の鞘を一纏めに掴むと、傍らに引き寄せて閉ざされた戸の向こうを
眺め透かす。
 とん、と指先が柄を叩く。
「退け」
 低い声がゆっくりと告げる。平静と変わらぬ声と同時に、サンジの首を過ぎって白銀の
切っ先が飛んだ。
 鈍い音を立てて刃が戸に突き刺さる。
 サンジの視界の横五ミリの距離だ。
 頚動脈が大きく波打つ感覚を掌で押さえ、サンジが大きく口を開けた。
「あ」
 空気が鋭く擦れて皮膚が熱い。
「……っぶねぇだろうがアホかてめぇ!俺死ぬぞ。てめぇ今人殺しの目してやがったなっ

「うるせえ。退けって言ったろうが」
「野郎の言う事に従えねぇ躯なんだよ俺は」
「次は首、外さねえことにするか」
「野望達成の前に食中毒で死なすぞクソったれ。短い人生だったが剣士なんてそんなもん
だ、諦めろ」
「もうそろそろ黙って後ろ見ろ。ほら、捕まえたぜ」
「何を」
「見たところ」
 ゾロが言葉を切り、眠そうに伸びをして首を鳴らす。
「知り合いじゃなさそうだが」
 サンジが振り返って見たものは、若い男だった。
 自分達と然程年の違わない男のように見えるし、もっとずっと年上のようにも見える。
 ボタンの無い服を着ている。生地が絹のように柔らかそうでいて、糊を張ったように皺
が無い。
 灰色なのか白なのか、影のせいか光のせいか。上下とも同じ色の服を着ているが、質感
が無い。
 綺麗な男だった。よく見れば女と見えなくもない。
 ゾロの刃先は、男の二の腕を戸に繋ぎとめていた。だがその部分は衣服が裂けて貫かれ
ているだけで、傷を負った痕跡は見当たらない。だが確実に、刃は男の腕を貫通していた

「抜いてくれないか」と男が言う。
 優しい声だった。
 サンジに向かって黒い目が向く。
 白目が無い。
 墨を流したように黒い目だ。
「私は触れない。抜いてくれないか」
 サンジは舌打ちした。煙を足元に吐き出し、一歩前に進み出る。
「抜く必要は無え。そのままにしとけ」とゾロが欠伸に混ぜて言う。
 サンジは足を踏み鳴らした。
「こいつを退かさなきゃ、出られねえだろうが」
「壁ぶち破って出りゃいい」
「刀置いてくってのか、剛毅だな」
「放っておきゃ消える。そうだな?」
 男に向かってゾロが伏せた目をほんの少し持ち上げ、細い瞼の隙間から睨み上げる。
 男がわからない程度に微笑むのをサンジが見た。
「邪魔はしない」と白目の無い男が言う。
 なら放っておくさ、とゾロは呟く。
 そうはいくかよ、とサンジは溜息をつく。
 この男が消え失せるまで、ここでじっと待っていろと言うのだ。そんな神経は持ち合わ
せていない。
 白目の無い男はサンジを見ている。
 胸糞悪ぃ、と呟いてサンジは刀の柄に手をかけた。
 その瞬間、ゾロが跳ね起きる。
 何、と振り返ろうとした顔を、白い手が抑える。背後から被さるように覆われた視界は
、真っ白な掌の中で別の生き物のように瞬く。
「私は石を投げ打つ者」
 耳に注がれる声には生き物の匂いが無い。
 完熟した果物の匂いがする。
「君達の間に一石、投じさせてもらおう」
 何のために、と聞く間は無かった。
 躯の内側からぐるりと裏返されていく感覚が、サンジの喉から呻き声を上げさせる。
 蜘蛛の巣が全身に絡みつくような居心地の悪さだった。
 皮膚に張り付く落ち着きの無い感触を、しきりに手で払う。そうしているうちに、目の
前から白目の無い男は消え失せていた。
「落ち着け」と耳元で声がする。
 ゾロ、と呼ぼうとした口は声を出せずに舌が乾く。
 息のかかる距離にゾロがいた。
 戸から刀を引き抜き、切っ先の様子を調べて鞘に戻す。その手の慣れた動きから視線が
離れない。
 でかいくせに優雅に動く。
 誰に習ったわけでもなかろうが、彼の動きには下品なところがない。
 多くの人殺しを見てきたが。
 彼と他の連中の何が違うのかは未だにわからぬままだ。
 そして気付いた。
 彼と他の男達との違いを探す理由は無いはずだった。食事を与え、育ててやればそれで
よかった。船で共に寝起きする女性達には尽くして足りぬほどだが。男共になど、食事は
肩越しに骨付き肉でも投げてやれば丁度良い。そのはずが。
 いつからか、歪み始めていた。
 彼と喧嘩するのはたまらない体験だ。
 手加減してもらわなければ、自分などひとたまりもない強力の持ち主である男に向かっ
て、好き勝手に暴れて触れ合うのはたまらない刺激だ。
 手加減されている快感。
 彼がその気になれば指一本で肋骨を砕かれてもおかしくない状況の中で、甘えるように
蹴りつけるのはエクスタシーそのものだ。
 彼は決して自分を傷つけない。
 本気で怒っていると判る時もある。
 いじらしいほどの努力で怒りを押さえ、悔しげに顔を歪めてまでも手加減する男を目の
前にすると、こいつは自分のものだとさえ思えてくる。
 抱かれる想像をした。
 抱く想像もした。
 どっちでも良かった。
「何、見てる」
 隣でしていた声が前に回りこむ。
 爪先がこつりとぶつかる。
 ゾロの指先が上がって、サンジの咥える煙草をそっと引き抜く。
「一石投じられたか」
 低い声だ。通りが良い。
 骨が痺れて指先まで痛くなる。
「投じられたら、どうなるんだおまえ」
 嘘だ、とサンジの唇が動く。
 てめぇはこういう事を言うような奴じゃない。
「俺も何か投げられた。こうなっちまったら」と声がじりじりと近寄る。
 サンジの唇の少し手前で声は躊躇うように止まった。
「突っ込まねえとおさまりがつかねえ」
 なんてこった、とサンジは思う。そんな台詞はてめぇの口から出る種類のもんじゃねぇ
だろうよ。
 飯、とか。寝る、とか。
 役に立たない男の台詞しか似合うものなど無いだろうに。
 二人の足の間に石が落ちた。
 跳ねて厩の隅に転がっていく。その音が耳に大きく響き渡る。
 石は飼葉桶にぶつかって止まる。
 合図だった。
 サンジがゾロの胸倉を引き掴む。
「正直に言え」と囁くとゾロが少し顔を歪めた。
 引き寄せて腹を密着させる。胸までくっつけば鼓動が交換されるように服の上から染み
て響く。
「俺でてめぇはヌけるか」
「ああ」
 返事はあっけなかった。
 そうか、とサンジは少し距離をおく。
 それを追うようにゾロが少し前のめりになる。
「何度か。世話になった」
 恥ずかしい奴だな、と今度はサンジが顔を歪める。
「どんな風に世話してやったのよ、俺」
 サンジは押し付けられる腰の熱さに笑いながら言う。
 限界だ。
 今すぐ脱いで絡み合わなければ気絶しそうに疼いて痛い。
 だが引き伸ばすのも快感だ。
 ところがゾロはそうではないらしい。首を掴む手が襟元を押し広げて鎖骨に触れる。
「大体が無理やりだ。嫌がるのを無茶に拡げて突っ込んだ」
「強姦魔め」
「すげえ良かったが」
「変態め」
「おまえはどうなんだ」
 サンジは笑う。
 笑ってネクタイを一気に引き抜くと、その手でゾロのベルトも一気に引き抜いた。
 まだ湿った服を脱ぎ捨てる。
 ゾロの手が追いかけるようにそれを促し、かえって邪魔になる。
 想像したさ、と揺れて煩い音をたてるピアスに噛み付く。
 肌には触れない。まだだ、と堪えて戸に張り付く。だがゾロは違う。急きたてられるよ
うに全身に触れる。
 想像したのはこういうことだ。
 ロロノア・ゾロがガキのように夢中になって、自分にしがみ付いてくる。
 欲しくてならないと全身で訴えてくる。
 性急だ。そして乱暴だがそれがいやらしくて興奮する。
 ずる、とボトムごと下着も引き下ろされる。
 おいおい、と遮った手を押さえつけられて戸板に手首が食い込む。
 短い棘が手首に刺さった感触があった。
 クソ、と舌打ちする。
 女の子ってのはこんなに恥ずかしい思いをするもんなのか、とサンジは顔を背けた。す
すんで人に見せない部分を見られる。故意の視線は皮膚に痛い。
 ゾロが膝をついた。
 サンジの喉が音を立てて鳴る。
「待てって……すんのかよ」
 ゾロが目だけを上に上げた。
「邪魔すんじゃねえぞ」
 声が腿の内側に触れる。
 サンジの手首は離された。
 舌に包まれた感覚に、サンジが目を伏せる。
 食いしばった歯の隙間から、荒い息が押し出される。
 くそ、なんてこった、と戸に指がすがりつく。
 邪魔するなと言われれば従う。縛り付けられたような感覚が征服される歪んだ快感にな
る。
 想像したのは。
 床にねじ伏せられて強引に犯される自分だった。何を想像してもそれが一番興奮した。
 抱くのも抱かれるのも良いが。
 想像の中で彼は無言で静かに無茶をして自分を圧し、あさましく喜んでいた。それが堪
らないほどいやらしかった。酷く興奮させられて、思わず声を上げたことさえあった。
 濡れた音がする。
 これは想像ではない。
 耳に煩く響くのは自分の音だ。大人しく戸に縋りついて自ら縛られればあっけなく達し
そうになる。
 濡れた指が後ろに潜り込む。
 何度も揉むように蠢き、サンジが膝を折った瞬間に押し入った。
「動くな……クソ、この……よせ、よせ、出ちまうっ」
 笑う舌が動きが変えてサンジに悲鳴を飲み込ませた。
「みっともねえな」
 何とでも言え、とサンジが呻く。
 そこに触るな。そこはやばい、と腰が揺れる。
 そこを狙って指がくすぐるように増えた。
 サンジは声にならない声を上げた。
 制止を求めて声を張り上げる。やめろと言えば奥に向かって抜き差しが早まる。学習し
て声は引き連れた抵抗の言葉を喚き出す。
 吸い上げる舌が温度を上げる。
 ぐずぐずと座り込むしかない腰を抱えて、固い床に押さえつけられれば膝にゾロの腰が
当たる。
 どこを触っても男しか感じないというのに。
 サンジは膝で股下を押し上げる。
「この野郎」と呻いてゾロが顔を離した。
「突っ込むぞ」
 雄の匂いがする。
 サンジは全ての圧迫から開放され、シャツを脱ぎ捨てるゾロを見上げた。
 ゾロはサンジの足を押し広げた。
 狭い入り口に押し当てると、一度押し込んで呻き声を上げる。
「痛えってんだ、このアホ、力抜け!」
 膝を叩かれ、サンジは地面に爪をたてながら歯軋りする。
「抜いてるだろうがっ」
「入るわけねえってんだ」
「無駄にでけぇだけだ、さっさと突っ込め魔獣だろ!」
「知らねえぞっ」
 ゾロが息を止めたのが見えた。
 固く膨れて制止した胸が、のしかかるように迫る。
 サンジが頭を地面に打ち付けた。
 悲鳴を上げるのは憚られた。それでも食いしばった歯の隙間から押し出される声に、ゾ
ロが質量を増して押し入ってくるのが感じられる。
 声に欲情するかよ、てめぇは。
 貧血を起こしそうな浮遊感の中でサンジは思う。
 ゾロはぴったりと腰を付け、奥まで到達すると息をついた。
 満足げで、いやらしい男だよ、とサンジが目を開ける。
 ゾロの目がサンジを見下ろして、かすかに笑った。
「俺が死にそうだ」とゾロが呻くように言う。
 声に欲情するのはこっちだって同じなんだ、とサンジは目を伏せた。
 耳に声も息も吹き込まれれば、躯が捩れて侵入者を感じたがる。腰を揺すればいいとこ
ろに触れる。
 そこだ、と喉が鳴って反り返る。
 そこをもっと、と腰が揺れる。
 ゾロがサンジの腕を地面に押さえつけた。
「動くぞ」
 宣言と同時にゆっくりと砲身が引き抜かれる。
 擦り上げられた内部が痺れ出す。
 たまらない一箇所に先端が触れれば、サンジはあさましく声を上げて焦れた。
 それを暫く繰り返されると、もっとなんとかしてくれと、触れられないまま震える自身
に手を伸ばしかける。それを無理にねじ伏せてゾロが顔を寄せた。
 汗がサンジの喉に落ちた。目を開けて見上げれば、びっしりと額に汗を浮かせた男の顔
がある。
「ぶっ壊してえ」
 囁く声がいやらしさを増す。
 こんな声してやがるのか、とサンジは舌でゾロの唇を舐め上げて思う。
 こんな風に言われたら、逃げようが無い。
「無茶すんな……っ、死んじまうっ」
 徐々に速度を上げていく抜き差しに、サンジが唇を塞がれ瀕死の喘ぎを張り上げる。
「殺してやる」
 舌に直接囁かれた声に、サンジは絶頂の声を上げた。
 達しながらまだ穿たれる。
 もうやめてくれと泣きながらすがりつく。
 見えない戒めを振りほどいて背にしがみつく。
 もう勘弁してくれ。
 これ以上は本当に壊れそうだ。
 どうせならばもっと奥まで。
 もっと酷くても構わない。
 勘弁してくれ。
 塞がれた悲鳴が切れ切れに唇の隙間から漏れ落ちる。
 二度達してまだ穿たれ、泣きだして全身を濡らしながらまだ揺すられ続けた。


 起き上がってみれば藁の中だった。
 眩しい光が揺れながら天井の隙間から差し込んでいる。
 耳を疑うような静かさの中で、畏怖に似た緊張で腹が重くなった。
 教会に忍び込んだ時のような重さが厩を包む。
 肌に刺さる藁の鬱陶しさに目を向ければ、着衣は完全なままで、寝乱れた他はまだ湿っ
て雨に降られたまま、泥の匂いも残っている。
 サンジは片手で顔を覆った。
 どんな都合のいい話だこりゃあ、と忍び笑いを漏らす。
 傍らにはゾロがいる。
 大口を開けて普段と何も変わらない男がそこにいる。
 だらしなく藁の山から落ちかかる腕だが。異変を嗅ぎ付ければ目を覚ますより早く、壁
の刀に飛びつくのだ。瞼を開けるより鞘から引き抜くほうが早かろう。
 何も無かったのか。
 どこから自分は眠っていたのだろう。
 彼の汗の匂いはまだ舌の奥に残っている気がする。
「俺匂いフェチじゃねぇし」
 呟いて起き上がると、山が崩れてゾロの顔に降りかかった。
 それをきっかけにしてゾロが目覚める。
 暫くぼんやりと周囲を見回していたが、すぐに合点がいったのか、腹が空いたと呟き威
勢よく照明するように腹の虫を鳴かせた。
「なあ」と戸を開けながらサンジが静かに問う。
 大きく伸びをしてゾロが「何だよ」と振り返りもせずに応じる。
 こいつが俺を抱くか。
 混濁する快感の夢の中で、ゾロが何度も言ったように、彼は想像するだろうか。
 押さえつけ。
 押し込み。
 快感の唸り声を上げながら。
「別人じゃねぇかよ」
 呟いたサンジに、ゾロが首を傾げて腹を鳴らす。
「何がだ」
「何でもねぇ」
「帰らねえのか」
「今から帰るってんだよ!ああ、くそ、離れて歩け」
 疼く。
 サンジは戸を蹴り開けると、思っていたより寝過ごしていたことを報せる傾いた日差し
に目を細めた。
 枯れた草の覆う道を下るサンジを、ゾロはのんびり見やりながら歩く。
 そしてふと歩みを止め、顔だけを振り向けた。
「狙いどころは合ってたぜ」
 吐き捨てるように行って歩き出す。
 茫漠と連なる草地の中に、ずるりと四つん這いになって男が姿をあらわした。
 泥の中に立って染み一つない服を揺らし、立ち上がる。
 白目の無い男はそのまま再び身を屈めると、山の方に頭を向けた。



end




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