□ボディートーク未満




 

 そろそろ支えている腕が痺れてきたな、と思った。ずっと腕を突っ張ったまま、結構な時間が過ぎているのだから、しょうがない。それでも、崩すわけにいかずサンジは必死で腕を伸ばして身体を支えた。
 汗で額に張り付く前髪が鬱陶しい。ユラユラ揺れるその前髪の隙間からは、シャツを掴む自分の手が見えた。
「…あっ…つ………クソッ…」
 毒づいても震える腕は誤魔化しようがなく、むしろ崩してしまった方が楽なのかもしれなかった。緊張して固くなっていた身体もいつの間にか快楽に振り回され、浮かれている。今、指を咥え込んでいるそこも、次にあの熱い塊を押し込められるのだと思えば、余計に気分が高揚した。
「…欲しいか?」
 ふいに、ゾロがサンジの耳元へ問い掛けてきた。その間も後孔を解す指の動きは変わらず、緩慢な挿入ばかり繰り返している。
「欲しいか?」
 もう一度、聞かれた。
 だが、サンジはそれには答えず、ただぐっと唇を噛んで堪えた。
 いつも、だからだ。いつも自分が欲しいと言わなければ、この男は中へ入れようとしないからだ。ガキガチに、今にもはちきれそうな欲望で前を硬くしているくせに、自分がそれを欲しいと頷くまで、指と舌だけで攻め立てる。理性を失くし、自ら腰を押し付け、首にしがみ付いて欲しいと強請るまでそうされる。
 まるで、そう望んだのはサンジの方だと。サンジが望んだ結果だと見せ付けるようなことを言うのだ。
 だから、耐えれるまで耐えてやろう。サンジは無駄とわかりつつも、毎回それを実行していた。
「……んあっ!」
 いきなり、不意をつくように指先で弱い部分を引っ掻かれた。背中が仰け反り、ペニスの先から先走りが零れ落ちる。
「ああっ…あ…ンああ…」
 そして、そのまま答えを促すように、ゾロは何度もそこばかりを攻め始めた。耳朶を甘噛みされ、反射的に顔を顰めると、一段と強く抉られた。
 意図せず、中の指を締め付ける。
「厭らしい穴になったよな…」
 笑いを含んだような声が耳元でした。
 いい気になるな。言ってやりたいのに、出てくるのは喘ぎだけ。悔しさに目を閉じて、顔を伏せる。おそらくと言わず、確実に。今自分の顔は見られないくらい真っ赤だ。
「ンン…あっあ…ああ…」
「欲しいか?」
 また聞かれた。
 聞かなくてもわかるだろう、この馬鹿が。心の中で繰り返し悪態をついた。
 なんでこんな意味のないことをするのだろうか。答えを聞くまで我慢せずに、さっさと思うまま突っ込めばいいのだ。最初の時みたく。
「…なぁ、欲しいか?」
 涙でぼやけた視界がユラユラ揺れた。





 先に仕掛けてきたのはゾロの方からだったと、そう記憶している。
 いや、記憶するも何も、その通りなのだが。
 一方的に好きだ、とサンジに告げ、その答えを待たずしてその場でサンジのことを押し倒したのだから。
 無論、サンジ自身簡単に押し倒されるような男ではない。ないが、しかし。その時たまたまなのか、それともそれを狙っていたのか、随分と酒を飲んでフラフラしてる時に隙をつかれ、なし崩しに押し倒された。
 酔ってぐらぐら回る世界の中で必死の抵抗を試みたが、結果的にそれは全て徒労に終わる。このままじゃヤられそうだな、とわかっていても身体が思うように動かなかったのだ。ポイポイと服を脱がされ、良い様に触られれば、いくらやめろやめろと喚いてもアルコールで霞のかかった頭はそれを気持ちいいと訴える。酒で本能が剥き出しになった所為もあるかもしれない。湧き上がった快楽を何度も吐き出し、何度も喘いだ。自分が何を言っていたのかも覚えていない程、気持ちがよかった。
 そして、気がつけば、後ろからゾロに貫かれているという、有り得ない状況に陥っていたのだ。
 何をどうやったのか、何を使ったのかわからないが、出すことしか知らないその場所がいつの間にかヌルヌルしていて。嫌悪も何も浮かばないまま、身体の奥でその熱を受け止めてしまった。用意周到なことだ。
 おかげで、男との衝撃初体験はなんの問題もなく終了する。それが良かったのか悪かったのか、以来、惰性のようにその行為は続いていた。
 なんでこうなってしまったのか。最近よく考えることだ。なんで未だにゾロとセックスなんぞしているのか。
 大した貞操観念を持ち合わせてない所為か、若い内の過ちとでも笑い飛ばせる気でいたのか、深く考えることなく現在に至る。
 ゾロは、あの時「好きだ」と告げただけで、何も言わない。サンジにその答えを求めることもない。
 あの夜のこともそうだ。普通、相手の気持ちを確認せず押し倒したら、その後、何かしら一言あって然るべきであろうと思うのに、未だになにもない。こっちの常識など全て無意味だ。
 会話らしい会話のないまま―――今も行為だけ続けている。





「…っつ…」
 汗で身体を支えていた手が滑って崩れ落ちた。
 しかし、ゾロはそれに構うことなく動き続ける為、床に着地した額が擦れてなんとも痛い。どうにか体勢を戻そうとしても、ゆさゆさ動かされるとそれもままならない。手に上手く力が入らないのだ。
 おまけに、額と肘で身体を支える格好をしていると、自然と足の間にある勃ちあがった自分のペニスが目に入る。無意識に腹筋に力が入ると、ピクンと震えて先の方から何か滲み出てくるような感覚がした。
 自分を煽ってどうするよ、と思うが、この体勢ではどうにもならない。
「…マジ…し…つけぇんだよ…っ」
 言っても無駄とわかりつつも、言ってみた。
 すると、案の定何か言うとする口にゴツい指が入ってきた。太い指がサンジの舌を摘んで引っ張り出す。その状態で、またゆっくりとゾロは律動を始めた。
 指を噛んでやろうと思ったのに、動き出したせいでまた腰がじわりと熱くなる。
「あっ…あ…っ…」
 呼吸と一緒に、声が漏れた。口の端からは唾液も零れている気がする。
「…ああ…あ…っ」
 悔しいのだと頭でわかっていても、止めることが出来ない。この瞬間が一番嫌いだった。
 向こうの方から仕掛けてきたくせに。こうやって流されて、動かされ、のめり込んでいるのは自分だけだと思えてくるからだ。のめり込んで、熱に浮かされて。
 考えただけで、今すぐにこの場から逃げ出したくなる。
 なのにこの男は、そんな風に必死になる自分を嘲笑うような真似をする。必死に守ろうとする自分の領域を平気で犯す。
 羞恥心を煽るだけ煽って、強請らせるのだから。
 ふいに、口から指を引き抜かれ、いきなり身体ごと反転させられた。
「…うお?!」
 抜けかけていたものが、ぐいっと勢いをつけて奥へ埋め込まれた。思わず、縋るようにゾロの肩へ腕を回すと、抱きしめてくる腕の力が強くなった。
 本当にこの男は性質が悪いと思うのは、こういう時だ。
 普段は何も言わない。何も聞かない。それが、セックスの最中だけ別になる。
 「欲しいか?」と問い掛け、身体に答えの肯定を求めてくる。意地もプライドも服と一緒に脱ぎ捨て、裸でぶつかって来られれば、逃げようがない。本当のことしか言えなくなる。
 わかっててやっているのか、天然なのか。
 しかも、これではまるで、自分も好きなのだと答えているようだ。事実、そうなのかもしれないが、認めたくない気持ちの方がかなり強い。
「ちょっ…待てって…」
 腰の動きが早くなる。ピッチを上げながら奥に打ち込まれ息も上がる。
 イきそうになりながら、白む意識の中でゾロの声がした。
「…いいか?」
 この状態で聞く言葉か。萎えたらどうしてくれる。
 だが、ゾロは再度「いいか?」とサンジに訊ねる。
 勘弁して欲しい。悪趣味過ぎる。いいから、さっさとイかせろ、とサンジは相変わらず口に出さず、心で罵った。
「いいのかって、聞いてんだ」
「身体に聞け!」
 そういうことだろ?お前がしたいことは。自分の気持ちも何もかも。身体に聞けばいい。
 サンジが三度目の問いかけと答えると、ゾロは満足そうな顔で笑った。
 それを見ながら思う。
―――たまには人間らしい会話がしたい。
 ケダモノに言っても無駄と知りつつも、サンジは説得力のない格好で、至極尤もなことを考えていた。



end




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