□As time goes by



Natsu

 

 深夜。夕食の片付けと明日の朝の仕込みを終えたらしいサンジくんがシャワーを浴びにユニットバスへと続く倉庫の扉を開けた音がした。
 シン、と静まりかえった夜のしじまには、気を使ったサンジくんが幾らそっと歩いても、ましてや倉庫やバスの増したにある女部屋には、それなりに響く。
 サンジくんは船の中で一番の働き者。
 バラティエみたいに忙しいところで育ったサンジくんには忙しい方が性に合ってるみたいで、細々と動きながらいつでも楽しそう。
料理はもちろん、選択も片付けも、気が付くとサンジくんがやってるし。時々、ルフィやウソップを蹴り倒して、手伝わせたりしているけどね。あ、チョッパーはたまに自主的にお手伝いしているかな。
 でもゾロに関しては、テメェはゴクツブシだのなんだの言っていても鍛錬中も昼寝中も手伝わせようとしたことがない。それがゾロには必要なものなんだってちゃんと判っていて、文句は言っていても本気じゃないのよね。
 結局、サンジくんは人がいいんだわ〜
 他の男どもにも見習わせたいわよ、全く。
 なんてことを上から響くシャワーの音を聞きながら考えていたら、不意にもう一つの足音がした。
 下でわたしたちが寝ているなんて露ほども気にしていない無遠慮な足音。
 ちょっと、ゾロ、どこ行く気よ。
 サンジくんがシャワー・・・・
 バタンとユニットバスのドアが開く音がして、「何だ、テメェ」と言うサンジくんの声。バタンドタンと争うような音の後、シャワーの音だけが静かに響く。
 あー、そう言うこと。
 あほらし、とあたしは布団をかぶった。ここで起きているほどバカじゃない。あー、もう寝よ、寝よ。

 二人がそう言う関係になったのはそんなに最近の話じゃない。
一体、どこをどう間違ったのかはしらないけれど、麦わら海賊団の戦闘員とコックがいつの間にかやんごとなき仲になっていた。
 どうして犬猿の仲で、大のフェミニストで女好きのサンジくんとそんな男が大っ嫌いなゾロがそんなことになったのかうちの一味の七不思議の一つと言ってもいいくらないなんだけど、どうもゾロが力ずくでサンジくんをモノにしたっぽいのよね。
けどサンジくんだっていくら相手がゾロとは言え、力ずくでどうにかされて黙ってるタイプでもないし、そのまま続いているって言うことは結局、なんて言うかまんざらでもなかったってことかしら。
 いいのよ。二人がいいなら、それで。男同士で何やってんの、なんて野暮なことは言わないわ。

 でもね・・・でも。
 所構わず盛るのは、どうかと思うのよ、ゾロ!

「い・・・あ・・・ううん」
 なんて悩ましい、かみ締めた奥歯から零れるような低いあえぎ声がシャワーの音の隙間から聞こえてくる。
 
 あんのヤロう。
 わざとだわ。絶対わざとだわ。
 今日の夕食の時、サンジくんがお水ちょうだい、と言ったあたしに「ナミさんの為なら地の果て水の果てぇん」とかアホなことを言っていたのを、「アホか」とか言いながら、根にもってたのよ、あの男は。どっちがアホよ。どっちが!
 大体サンジくんがあたしやロビンに必要以上に構うのはいつものことだし、大袈裟すぎる賛辞だっていつものことだって言うのに、そのたびに目くじら立てて、心狭すぎるんじゃないの?!

「ひ・・・い・・・あぁうん・・あ、あ。あああっ」

 嫁入り前の娘に何を聞かせるのよ、ゾロ!

 サンジくんの声が大きくなってくるのと同時に天井がガタガタと揺れている。救いを求めてロビンの方を見たら、ベッドから器用に生えた手が両耳を押さえていた。寝ながらでもその能力、使えるんだ・・・・それとも無意識?
 ああ、もう。


「あああああ」


 明日、サンダーポルトテンポで黒焦げにしてやるから!




「ちょっと、いい加減にしなさいよ。ゾロ」
 船縁で寝ていたゾロに拳骨を落とした。
「何がだ」
 船板にのめり込んだ後、不機嫌そうにおき上がる。
「あんたとサンジくんがどう言う関係でもいいけどね、場所をわきまえろ、って言ってんのよ。どこかれ構わず襲い掛かってるんじゃないわよ」
「仕方ねェだろ。襲わねェとヤレねェんだからよ」
「・・・・そう言うことを言ってんじゃないのよ!」
 本当に涅槃に沈めてやろうかしら。
「え・・・って、あんた、毎回、不意打ちして襲ってんの?」
「だからそう言ってるだろ」
「えーと・・・あんたたちって両思いなのよね?」
「ああ?」
 ゾロが不審げなな顔をして片眉を上げた。
「誰が?」
「だからあんたとサンジくんは付き合ってんのよね?って聞いてんの!」
「何で、俺とコックが付き合わなきゃなんねェ」
「はぁぁぁぁ?」
 あたしは当初の目的を忘れて、唖然と固まってしまう。
「じゃ、なんでサンジくんを襲うのよ」
「だから襲わねェとヤレねェってんだろ」
「アホか、あんたは!!」
 あたしはそれこそ頭になんかが駆け抜けて、怒りの雷を落とす。
「何すんだ!」
「それはあたしのセリフよ!それじゃ何、あんたは欲求不満の解消に、付き合ってもいない、惚れてもいないサンジくんを無理やり手篭めにしてるっての?!」
「イヤイヤ言ってのは最初だけで、舌突っ込みゃあいつだって直ぐその気になって腰振ってくんだから問題ねェだろうが!」
「何、赤裸々な話聞かせてんのよ!」
 問答無用で船板に沈めてやる。
「だいたいイくのだってあいつの方が多いぞ。最後は大抵あいつの方がイイだの、もっとだの言って・・・」
 次の瞬間、最後まで口にする前に、あたしが武器を手にする前に、ゾロの体が向こうの船縁にまで、吹っ飛んでいた。
「テメェは、ナミさんに何、言いやがる!」
 怒りで顔を真っ赤にしたサンジくんがそこに立っていた。
「痛てェな。・・・ホントのことじゃねェかよ」
 次の瞬間、ゾロの体が海の彼方に消えた・・・・


「ちょっと、サンジくん、どう言うことなの?!」
 本当にもう、本当にもう!
 あたしはほとんど八つ当たりの勢いでキッチンでサンジくんを問い詰めた。
「あー、いや。ナミさん・・・まあ、なんて言うか、その・・・」
 対してサンジくんの歯切れは悪い。
「あたしはね、てっきりゾロとサンジくんは付き合っているの
だと思っていたのよ?恋人同士なんだと思っていたのよ?それなのに、ただ体の関係だけだなんて聞かされて、がっかりよ。見損なったわ。ふしだらだわ!」
「あー、いや、ナミさん・・・」
「金輪際、ゾロとは別れなさい!もう手を切るのよ、サンジくん!」
 他人のことなのに、何を言っているんだろう、と思うのに、ゾロの冷たい言葉が頭から離れない。サンジくんを襲っていいようにして、開き直っている態度に腹が立つ。サンジくんもサンジくんよ。なんでゾロにそんな横暴なこと許してんのよ。サンジくんだったら、抵抗しようと思えば出来るのに!
 ・・・・って、どういうこと?
 ゾロに勝手にされて、抵抗してないって言うことは、サンジくんはそれを許してる、って言うこと?でもサンジくんは欲求不満の解消に手を出されて黙ってるようなタイプじゃないと思うんだけど。それともゾロが言ったのは嘘とか照れ隠しとかで、本当は違うのかしら?
 あたしが訝しげな顔をしてサンジくんを見ると、サンジくんは困ったような顔をして笑い・・・それから「あー」と軽く呻いた後、あたしをまっすぐに見た。

「なんて言うか・・・マリモは野望だけ見てりゃあいいっつうか・・・、まあ、そんな感じなんで。ナミさん」
 はぁ?
「・・・・どう言うこと?」
「頭、足りねェから、色んなこと考えろなんて無理だし・・・」
「けど!」
「寝て食って鍛錬して、そんで気が向いたらオレんとこにこればいいかな、とか・・・」
「そんなの!」
 間違ってる、と言おうとした時、キッチンの扉の方から「航海士さん」と言うロビンの声が聞こえた。
「・・・ロビン」
「航海士さんが怒る気持ちも判るけれど、二人のことは二人にしか判らないものよ。剣士さんもコックさんもそれでいい、と言っているなら、二人の中にはそれでいい何かがあるんじゃないかしら。
 他人が口を出すべきことではないかもしれないわよ」
 ロビンはキッチンでコーヒーを入れに来たらしい。サンジくんが直ぐに気が付いてロビンの為に椅子を引きテーブルに座らせていそいそとコーヒーの準備をはじめる。
 ロビンは何でもないことのように、穏やかで、諭すわけでもない口調で言うけれど。
 確かにあたしたちは他人かもしれないけれど、他人なんて言葉で片付けられるのがとてもイヤで・・・
 そうしたら、サンジくんがロビンにコーヒーを差し出しながら、あたしに笑って言った。
「ナミさんの心配してくれる気持ちは嬉しいよ。
 けど今のあいつに愛とか恋とかは必要ないんだ。キスはキスで吐息は吐息。セックスはセックス。・・・・ごめんよ、レディにする話じゃないよね。
 けど、あいつとオレのことは大丈夫。体をつなげることに何もないわけじゃないんだ」

 サンジくんの言っている言葉の意味が判らない。
「でも」と尚も言い募ろうとした時、キッチンの扉が乱暴に開いて、ずぶぬれのゾロが入ってくる。
「てめェ、余計なこと言ってんじゃねェ」
 言うが早いかサンジくんの腕を引っ張って強制的にキッチンから連れ出す。
「もとはと言えば、テメェがナミさんに余計なこと言ったんだろーが!!」
 クソが!と罵りながら、それでもサンジくんはゾロの手を引くままになって、そのまま男部屋に消えて行ってしまった。


「・・・・何、あれ。どう言うこと?」
「ふふ。素敵ね」
 ロビンが笑った。
「ロビン?」
「キスはキスで吐息は吐息。有名な歌の一部分ね」
「え?」
「The fundamental things apply as time goes by」
・・・そう。そうなの。
大事なことは時がたつにつれて判る、か・・・。


 投げ飛ばされたのか蹴り飛ばされたのか、男部屋で遊んでいたらしいルフィとウソップとチョッパーが扉を壊しそうな勢いで飛ばされてくる。開いたままの扉からゾロの声が聞こえてきた。
「てめェ、このクソコック。俺の野望とテメェの夢とじゃ、行き着く先が違い過ぎる、ってんだろ。惚れた腫れたなんていらねェんだよ。そんなもん俺に期待してんなら、さっさと捨てちまえ!」
「うるせぇ、クソ剣士。テメェが何考えてようが知ったことじゃねェけどな。テメェがどう足掻いたって、どんだけ時間がたってもな。
 オレにはテメェが必要だし、テメェにはオレが必要なんだ。いい加減、認めやがれ!」


「はぁ〜」
 あたしはため息をついた。
「ロビンの言うとおりね。二人のことはあたしがどうこう口出すことじゃないんだわ」
「そうね。二人とも判ってるのね、きっと。判ってても道を曲げられないのが、男って生き物なのかもしれないわね」
「バカね、男って」
「きっとなるようになるわ、航海士さん。それまで見守って上げていていいんじゃないかしら。仲間なんだから」
 ホント、人の恋路に口出すなんて野暮よね。あー、もう、知〜らないっと。
「あ、でも」
 あたしは気付いて拳を握り締めた。
「あのバカに、所構わず盛るんじゃない、って教え込んでやらなくちゃ!」
 すっかり忘れていた当初の目的を思い出して、あたしは勢いよくキッチンを飛び出した。


FIN





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