CALL 1





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 夜も更けまくったグランドライン。
月明かりが海面をかすかに照らす中、波間に小さなキャラベル船が一隻揺れている。ログポースに従い、次の島を目指して進むその船の名は勿論G・M号である。
 クルーたちは既にそれぞれの部屋で惰眠を貪っており、今この船で起きているのは、今晩の見張り役、コックであるサンジ只一人だった。
 いつものように煙草をくゆらせながら、ぼんやりと見張り台に座り込んでいる。

(つまんねーな)

普段なら、見張り担当者に差し入れをする時刻だ。
 それはあくまで義務でなくサンジが当番を気遣ってすることなので、当然サンジの当番日に誰かが彼の為に差し入れをすることもなく。
自分の為にわざわざ軽食を用意する気にもなれない。
 それでも普段なら、甲板で底なしの呑み助が飲んでいたりして。からかったり喧嘩したり時にはイタしたりと結構有意義に過ごしているのだが。

「あー退屈だ」

煙をわっかにしながら、誰にともなく呟いた。






 その日の昼間、G・M号は賞金稼ぎの船に急襲された。
幸い相手の腕は大したことなかったが、タテヨコ倍はあろうかという船3隻に囲まれたG・M号。敵方の人数の多さにだけは閉口した。
 甲板に飛び移ろうとする刺客を船長がゴム腕でぶっとばし、剣士が三本刀で薙ぎ払い、サンジが海に蹴り飛ばす。
 それでも相手はいっかな怯むことなく、終いには橋桁を持ち出した。ロビンが白い手を咲かせてそれを落としても、次から次へと板が乗せられる。
 埒が明かないので三方に別れ敵船に乗り移り、ひとり一隻の単純計算で完膚なきまでに叩きのめした。
G・M号に残ったメンバーももちろん善戦し、こちらの被害は疲労だけという、いわば完勝で終わった後味の良い戦闘だったのだが。
 早めの夕食を済ませた頃から、流石に疲れたらしいクルーはひとりふたりと寝所に消え、気づけばラウンジにはサンジひとりきり。
 後片付けを終えるころには男部屋から高鼾が聞こえ出す始末である。

(なんつーか…もしかして俺って孤独?まぁナミさん一人にするよかイイけど)

元々今夜はナミが見張りをする予定だった。
 しかし自他共に認めるナミ命のサンジである。お疲れ気味の愛するレディにそんな雑務を引き受けさせたくないと当然のごとく交代を申し出て、今に至る。
 今頃はベッドで夢の中であろう愛しい女性を想い、サンジはうっとりと微笑んだ。
ほんのついでに微妙な関係にある、ムサい男を思い出してやり。
 そこでサンジはアレ、と考えこんだ。

(そういやアノ後船の掃除してっとき、あの野郎畑で寝てなかったか?クソッ、一人だけ楽しやがって…)

男部屋で呑気に寝入っているだろう凶悪面を思い浮かべ、サンジはすくっと立ち上がる。

(皆はともかく、アイツが寝てるってのはイカンよな)

「ここは起こすべきだろ」

ウンと頷くと、見張り台を飛び越え甲板に降り立った。






ドガッと腹に物凄い衝撃を受けてゾロは呻く。

「―――ッぐ、て、テメェ…」
「おはようゴザイマスダーリン」

あからさまに抑揚のない声がゾロの頭上から降りてきた。
 激痛に冷や汗を垂らしながら見上げる先には、ソファーに横たわる自分の腹に靴底を埋め込んだままの黒いシルエット。表情こそ見えないが、豪奢な金髪は闇の中ではひときわ輝く。
 毎度お馴染み戦うコックのサンジである。

「…もうちっと、マシな起こし方は出来ねぇのかこのクソコック!」
「あー煩ェなクソマリモ、皆寝てんだから静かにしろ。OK?」
「何?」

下腹に乗せられたままの足を振り払い、がばりとソファーから体を起こす。
 気持ちよく寝ている所を食事だなんだと蹴り起こされるのはいつものことだが、ハテ今のはどういう意味だろうと辺りを見渡した。
 薄暗い男部屋には小さなハッチから差し込む月の光だけ。目を凝らして狭い部屋に吊り下げられたハンモックを見つめると、ルフィ、ウソップ、チョッパーの三名がそれはもうグッスリと惰眠を貪っている。

「んだ…朝飯じゃねェのか…?」
「ハァ?何寝惚けてんだ。食い意地の張ったヤツだな、真夜中に決まってんじゃねェか」
「真…夜中だァ?―――まさか敵襲か?」

敵船の帆影でも見えたか、と思いつつ傍らの三刀に手を伸ばす。
 そんなゾロにイヤイヤ落ち着け、と金髪が頭を振った。

「テメェがあんま気持ち良さ毛に寝てやがっからよォ、なんかムカついて」
「…んだと…?」

それでは、コックの気紛れで自分は心地よい眠りの淵から引き摺り戻されたのか。
 無言で鯉口を切ったと同時に、顔前にピタリと当てられる靴底。

「ここで抜く気かアホ?―――上がれ」

クイ、と甲板に続くマストを指さされ、凶暴な気分のままゾロはサンジに付いて梯子を上った。
 なにがなんだか良く解らないが上手く乗せられた気がする。






「さて」

一足先に甲板に立ったサンジがくるりと剣士に振り返った。
 バタンとハッチの蓋を閉め、ゾロは腕組みをしてその痩身を睨みつける。

「…オイオイなんだその凶暴な目つきは。んなこったからレディにモテねェんだぜ?」
「ほっとけクソコック」
「?アホかテメェマジで今からやり合う気か」
「何のつもりか知らねェが、先に喧嘩を売ったのはお前だろ」

覚悟しやがれ、と殺気を消しもせずに言い放つと、普段なら意気揚々とノってくる喧嘩大好きコックが、額を手に当て大袈裟にはーあ、と溜息をついた。

「気がきかねえ。全くもってテメェはサイテーのクソ野郎だ」
「…アァ?お前いい加減に」
「喧嘩売ったワケじゃねェもんよ俺ァ?…おいクソゾロ、きちんと起きたゴホウビにイイコトを教えてやる。テメェにだけの大サービスだ」
「お、おう…?」
「サテ今日は何の日でしょう?」
(…う!)

ニッカリと白い歯を見せてサンジが笑ってみせると、それまでの怒りを忘れ思わず息詰まるゾロである。
 ご褒美も何も、頼んでもいないのにいきなり蹴り起こしておいて何を言うか。
そうは思うが惚れた弱みかいまいちこの笑顔には弱い剣士であるがそれにしても。

(なんでこんなアホに俺は…)

ゾロ自身が選んだことだから仕方のないことだとは言え、これから先もこうしてサンジの気紛れに振り回されるのかと思うと流石に眩暈を覚えた。

「3」
「………」
「2」
「……ひなまつり…?」
「ピンポン大当たり〜ってンなワケねェだろうそりゃ明日だこのクソったれ!聞いて驚け今日はな、クール&ビューティ戦う天才コックサンジ様のお誕生日だ!」

両手を腰に大威張りで言ってのけた割にコックの頬は少々赤い。

「………」
「…ッ何とか言え、クソ腹巻」
「…あ?」

ぽかーんとアホ丸出しで口を開けたゾロをせかすように、サンジが勢い込んで言う。

「あるだろーホラ、イトシくって溜まらねェ俺に言うことがよ!」
「…なんだそりゃ―――おわッ!」

突然サンジの右足が思いっきりゾロの向う脛を薙ぎ払った。
 不意打ちで勢い甲板に転がるゾロの上にどかっと馬乗りになり、シャツの襟元をぎゅうぎゅうに締め上げてくる。

「ナンダだと?もっかい云ってみやがれオロすぞクラァ!」

どこか必死とも言えるその態度に、ゾロは思わず噴出してしまう。

「アッテメェ何笑ってやがる!」
「悪ィ。…オメデトウだな、クソコック」
「…正解だ、クソ腹巻」

襟元をまたぐいっと引っ張られ、(シャツが伸びちまうな)と頭の端で考えながら、降りてきたヤニくさい唇を受け止めた。






「ンっ…」

重ね合わされた唇にゾロは自分から舌を挿し込み、サンジのそれを捕まえる。
 引き寄せた金糸にきつく指を絡ませながら舌で口腔を蹂躙すると、乗り上げるサンジの痩身が僅かに身じろぎした。
 薄く片目を開けて、ゾロはそっとサンジの表情を観察する。
紅潮した頬に、耐えるように固く閉じられた瞼。
 サンジは与えられる快感に弱すぎるほどに弱い、とゾロは思う。
生意気な言動とは裏腹に、キスひとつで震える素直な身体。そそられないと言えば嘘になるが、それだけでは面白くないのも本音だ。

「いてッ!」

舌先をガチリとキツめに噛んでやると、サンジは慌てて唇を離し飛び起きた。
 口元を押さえ不服そうに睨みつける蒼い瞳に、ようやく己れが映る。
それに満足してニヤリと笑うと、サンジはチッと舌打ちをひとつ。

「…んだよ、食いモンじゃねェぞっ」
「目ェ開けてろ。つまらねえ」
「!んの、エロマリモ…!どーしてそうオヤジくせェんだよテメェはッ」
「何とでも言え。その方がお前らしくて燃える」
「……ハァ、ソーデスカ……」

はっきり言われると途端に言い返す気が失せてしまうサンジであった。

「よっしゃ。移動すっか」

言うなりゾロはサンジを膝に乗せたまま起き上がろうとする。
 当然サンジは体勢を崩し、よろめきながらも慌てて降りようとするが、ゾロの両手はしっかりサンジの腰に廻されていてそれも敵わない。

「テ、テメェ何おさるさん抱っこなんかしてくれてやがる!」
「なんだお前、ここで突っ込まれてぇのか?」
「ンなワケあるかこのボケッ!いーから降ろせ、自分で歩く」
「面倒くせえ」

果たしてどちらが面倒なのかは言わずと知れたことながら、嫌がって両足をばたばた動かすサンジなどものともせず、軽い荷物を抱えるような足取りのゾロはまっすぐ格納庫に向かう。
 ドアを開け放ち、照明もつけずドカドカと格納庫に入ると、薄暗い部屋に細い身体を荷物のように投げ出した。 その扱いにギャーギャー文句を言うコックなど平然と無視して、さっさと服を脱ぎ捨てる。
 良く日に焼けた褐色の肌と鍛え上げられた筋肉。その到る所に散らばる乱雑な縫い代と、鎖骨から右わき腹にかけて斜めに走る大傷がサンジの視線を奪う。

「うげっ」

お、と思い出してドアを閉めサンジを振り返ると、座り込んだまま呻いていた。
 視線はゾロの裸体に釘付けである。

「準備万端だなオイ…」

恥ずかしげもなく全裸になったゾロの股間を一瞥し、照れ半分呆れ半分にサンジが呟く。
 デリカシーの欠片もない男だと解ってはいるが、こうまで堂々とされるといっそ清清しさすら覚えるのだから不思議だ。
 するつもりもないが、ここまで大胆な脱ぎ方はサンジには到底真似出来ない。
レディの前は勿論、この男の前では尚更。

 幾多の戦いを経て、勲章とも言える刀傷を全身に纏ったゾロの裸は、だからこそ美しいとサンジは思う。
男として完成されたそれの前では、どうにも自分のスレンダーボディが貧弱に思えてならないサンジである。

(クソ…ちょっと鍛えてるからって調子コキやがって…)

色気もなく床に胡坐をかいてそんな事を思う。

(つうかやっぱり睡眠か?寝る子は育つってのはありゃマジか?そういやマリモってのは際限なくデカくなるとかって聞いたなー)

なんだか面白くなくてむにっと突き出した下唇を、至近距離まで近寄ってきたゾロが顎鬚ごとベロっと舐めた。

「へやっ」
「アホな声だすな」

下らない考えに没頭していてここまで近づかれるまで気がつかなかったのは迂闊だった。
 どんッと乱暴に肩を押されて、床にひっくり返ったところを全裸の男に押さえ込まれる。
そのまま首筋に顔を埋められた。短く刈り込まれた頭髪が耳に当たってどうにもこそばゆい。思わず身を捩ったところで首筋を熱い舌でヒト舐めされた。
 ぞくぞくっと身が竦むのを必死で抑えて、

「―――ま、待て、って!」
「待てねェ」

とりあえずの制止の言葉なぞ耳に留めず、ゆるゆるとゾロの舌はサンジの喉仏から耳たぶまでをなぞっていく。
 そこを何度もゾロが行き来するうちに、くすぐったいのと同時に身体の芯から何ともいえない感覚が湧き上がってくるのはいつものことだが。
 なんだか今夜は普段よりも、ゾロの肌が熱いような気がして溜まらない。

(ヤベエ…なんかすげえ、気持ちいーぞオイ…)

「んあッ…!」

シャツの襟元から覗く鎖骨をちゅうっと吸い上げられた途端、情けないことに声まで出た。
 やたらノリのいいその声に驚いて顔を上げたゾロは、真っ赤に赤面するサンジを見つけて破顔する。

「なんの気紛れだクソコック。ヤケに素直じゃねーか」
「うううるせえッ」

(そそそそーか!俺だけ着てるってのがマズいに違いねえ)

相手だけ裸というのがどうも気恥ずかしさを増していけないのだと結論づけて、サンジは首筋にかぶりついたゾロの頭をぐいぐい押した。

「おいマッパマリモ、ちぃと退きやがれ」
「あ?」
「俺も脱いでやっから。さっさと退けって」
「いらねぇ、脱がす方がイイ」
「なっ…ン、」

ゾロの暴言に当然反論するのを、深く口付けることで黙らせる。
 目を開けたまま唇を重ね、ジャケットの合わせから手を差し入れてシャツの上から左の突起を摘むと、グル眉をぴくっと持ち上げて今度は目で抗議してきた。

(色気もクソもねぇな)

などと呆れつつも、手は休めない。指先を擦り合わせるようにしながら、ちょんと勃起した乳首を捏ねてやる。
 深まる口付けで柔らかく弾力のある舌を思うさま味わいつつ、ゾロはもう片方の手をサンジの股間に這わせた。
 既に形を変えていたソレをゆっくり撫で上げて追い詰めるように煽ると、合わせた唇の間からうーうー漏らす不満げな声に、少しずつ甘いものが混じり始める。自分よりひとまわり大きい背中に廻したサンジの両手に、僅かに力が込められた。
 膝をぴたりと合わせるようにしてゾロの手を挟み込み、逃がすまいと確かな快感を訴える頃には、ゾロの背にもサンジのシャツにもうっすらと汗が滲む。

「っふ、ぅ、んっ…」

鼻から洩れるサンジの吐息が、ゾロの中枢を刺激する。快感を与えているのは組み敷いたゾロの方なのに、思わず射精してしまいそうなほどキた。

(……クソコックめ、なんでんなエロいんだ)

世間に類を見ないほどの女好きでいて、ゾロの指の動きひとつで幾らでも跳ね上がる敏感なサンジ。
 口から零れるのは皮肉と、かすかな喘ぎと―――ゾロが最も不快になる、いつもの口癖。
媚びの混じらない反応だからこそ、何よりもゾロを興奮させるのだが。

「んっ、ん、」

きつい口付けと愛撫に息苦しくなったのか、サンジがさかんに頭を振りはじめた。
 最後に舌を吸い上げてからようやく解放してやると、「ぷはっ」と荒い息を吐いて、焦点の合ってない目でそれでもゾロをぎっと睨み上げた。

「…もーいい。さっさと突っ込めよ」
「無茶言うな入るか。黙ってケツ開く準備でもしとけ」
「なな何てハシタナイこと言いやがる…!んの、アホったれ!」
「そのアホに股開いてんのはどこのエロコックだ?」

喋りながらゾロは歯でシャツのボタンをひとつずつ外していく。
 コレをやられるたびにサンジは、お気に入りのシャツのボタンが噛み砕かれないと心配になるのだが、無骨なだけのようでいてなかなか器用なゾロなので、今のところ無事なのは救いである。


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