MerryMerry Miracle


 初めてその場所の名前を聞いたのがいつだったのかなんざ覚えちゃいねェ。でもその日からそれが俺の全てになった。
 東の海、西の海、北の海、南の海、四つの海にいるすべての魚たちが住んでる伝説の―――奇跡の海、オールブルー。
コックだったら誰しも一度は夢見るその海域を探し出すのが俺の夢だ。
 夢を叶えた後はどうするか?
そうだなァ、やっぱかわいくてキレーなお嫁さんを貰って、それからコドモとか出来たりするのもイイかも知れねェ。今はなりゆきで海賊船に乗っちゃいるが、もともと俺は海賊になりたかったワケじゃねェし…うん、そういう人並みの、小さなシアワセってのをつかんでみるのもアリかもな。
 どちらにせよ決まってることがひとつある。
オールブルーが見つかるにしろ見つからないにしろ、俺は多分、死ぬまでずっと海の上にいて、そんで死ぬまで腹を減らした誰かのために、ずっとずっと料理を作ってるんだろうと思うんだ。







 でけぇ手だなァ、と思う。
重い日本刀をぶんぶん振り回すゾロの手のひらは、こうして重ねてみれば俺のそれより一回りほど大きい。
 身長は、きちんと測ったことなんざねェが多分同じくらいだ。(でも足は俺のほうが長い)体重は、…少なく見積もっても十キロくらいは違うんだろうな。
 胸の厚さとか、肩幅とか、腕とか、スレンダーな俺とは違ってこいつの体にはとにかく肉がつきまくっている。
 でもまァ俺の抜群なプロポーションには遠く及ばないにしても、不恰好なワケじゃねェ。
こいつが一番効率よくその力を発揮できるよう俺が手ずから時間をかけて作りあげた、戦うための男のカラダだ。

「…擽ってぇ」
「お。起こしたかクソ剣士」

 ぴたりと合わせられた俺の手を振り払いもせずに、ゾロはあくびをひとつ漏らした。
くああ、と開けた大口を閉じた後もその目はどこか虚ろで、まだこいつが半分眠っていることを俺に告げている。

「てめェは、俺が寝てるときばっかり触りやがるな」
「そーいうてめェは俺が寝てても起きてても嫌がっててもお構いなしだろ」

 ぎゅううと鼻をつまんでやったらゾロは大げさに仰け反りながら、合わせたままだったもう片方の手を強く引いた。
 男二人が乗るのには幅が少々物足りないベッドの上、一枚の薄いシーツを一緒に引っかぶってるその下で、俺の身体はさっきよりずっとゾロに近くなる。

「嫌じゃねぇだろ」

 自信過剰が鼻につく台詞だがその通りだから始末に終えねェ。
引き寄せられたそのままに、きつく絡め取られた指先よりもきつくきつく、抱きしめられた。
 セックスでかいた汗はとっくに引いてるけど、代謝のナミじゃねェゾロの身体はいつもちこっとだけ俺より熱い。他人の体温だからそう感じるのかも知れないけど、どちらにせよ暑っ苦しい男にそんな真似をされてヘーキだってんだから、俺も相当アタマがイカレちまってンだろうなあ。
 や、ヘーキでもねェか。
こうやってるとゾロの熱は俺にも伝染して―――あーダメだ、もっと熱くなるよーなことシたくなっちまう。
 催促がわりに大きな傷跡の残る胸筋をぺろっと舐めてやると、ついさっきまで熟睡してたケダモノは嬉しそーに俺の背中を撫で回し始めた。不埒な指先はケツの方まで滑ってきて、性急にヤツの体液で滑る場所へと潜り込んで来るから堪らない。
 なんつーかほら、俺ら若いから。
片方がその気になっちまえば雪崩れ込むのなんかカンタンだ。ゾロの熱は俺にうつって俺の熱はゾロにうつる。
 端から見れば戦闘以外じゃ気が合いそうにもない俺らだろうだけど、実は身体の相性だってすこぶるイイのだ。

(まァこいつのアクロバティックなセックスはある意味戦闘と言えないこともねェか?)

 要求に応えるまま、突っ込まれた状態で百八十度開脚、なんて荒業がこなせるのも俺くれェだろーが。

(もし俺がいなくなったら、てめェはどーすんだろーな)

 くすりと笑った俺の唇に、ケダモノが遠慮なくがぶっと食いついて来る。
俺は口ン中をしこたま犯されながら、すぐに力を持ち始めたゾロの下半身に指を這わせた。








 俺とゾロがこーいう関係になったのは、一般でいえばカナリ早い方なんではないだろうか。
 なんせ初めてエッチしたのはドラムを出たその晩だ。
仲間が増えた祝いの酒宴では俺もあいつも上機嫌で、思えばゾロと俺が陽気に酒を酌み交わすなんてのだって初めてのことだった。
 ツマミが足りねぇとかってエラソーに命令されてドツキ合いになったりもしたけど、そういうじゃれあいの延長みたいな喧嘩は俺らにゃとっくに当たり前のことだったし、三刀流の魔獣に料理をねだられて俺はちょっとイイ気になったりもしてた。
 俺に巻かれた包帯にあいつが気付いたのは、バカ騒ぎもそろそろお開き、って頃合だ。それまで滅多に拝めない笑顔を大サービスしながら飲んでたゾロの目が、いきなりすっと眇められた。
 シャツの胸元から覗いた白い布ッキレを指差したゾロから「何だそりゃ」なんて今更なコトを聞かれた俺はちょっとびっくりしながら、ゴムと共にナミさんを医者へ連れて行く間に起こった出来事をぺらぺら喋った。
 戦果を報告する俺は自分でもかなり調子に乗っていたと思う。
何せウィスキービークでもドラムの前に立ち寄ったジャングルでも、オイシイとこはほとんどゾロに取られちまって、俺はと言えばのほほんときれいどころに囲まれて酔っ払ってたりトカゲを追っかけてたりと、これまで全然イイとこがなかったのだ。
 それを言うなら今回だって背骨をやっちまってゴムの手間を増やしたと言えないこともなかったけど、誇張はしないまでも『それなり』に活躍したってコトをこのマリモに解らせておきたいって気持ちが出てもしょうがねェだろ?
 でも俺が気分良く言葉を重ねるのに対し、ゾロの眉間の皺はどんどん深くなっていった。やがて不機嫌そのもの、ってツラになったゾロは、甲板に座り込んでた俺を無理矢理立ち上がらせ、

「危なっかしいのは見てくれだけじゃねぇな」

なんて忌々しそうに吐き捨てて、失敬な発言に即座にキレかけた俺の唇を自分のそれで乱暴に塞いだ。
―――他のメンバーが酔いつぶれててホントーに良かったと思う。
 前置きもクソもなくいきなりキスなんかされたってのに、俺がしたことはそのままオトナしく目を閉じてあいつの背中に腕を回しただけ。
 蹴り飛ばすことはおろか、抵抗がまるでないのに調子づいて忍び込んできた舌に噛み付くことすらしなかったのだ。
 長い長い口付けは、スタート時点の荒々しさがウソみてェに静かに終わった。
ゆっくり唇を離したゾロはひどくふてぶてしい、いつもどーりの仏頂面で、文句があるか、と言わんばかりのツラで俺を睨みつけ、

「どこでやる」

ふつーなら最低限は必要そうな、大事ないろんなのを全部すっ飛ばしたとんでもない質問に、

「ラウンジ」

と即答してやると、よーやく笑顔を見せた。
つってもアレだ、たま〜に船長とかに見せてたガキっぽいヤツじゃなくて、モロに魔獣ってカンジの、にやっと唇の端をあげてキバとか見せる悪い男の笑い方。
 そんでもう俺はダメになった。掴まっちまったなあ、と思った。ニヤリと笑い返した俺の顔が、同じようにあいつの目に映ればいいと思ってしまった。
晴れて共犯者になった俺はラウンジの床に押し倒されて頭を打った仕返しに、あいつの腹巻を足で脱がせて、それからまたキスをして。
 外さなくても出来ンだろうと思ったが、ゾロは驚くほど丁寧に俺の包帯を全て解いた。縫合したばかりの背中を獣が癒すように舌先で辿られるのに、俺はそれだけでイッちまいそーになるほど感じた。
 戦闘が終わった後の昂揚とはまた違うその興奮を言葉で表すとしたら、それはきっと、焦燥とかいうモンだったろう。
 グランドラインの凄さなんてなァ、まだ航路に入ったばかりのそん時でさえイヤと言うほど思い知らされていたから。
 俺は焦ってたんだと思う。
明日をも知れぬ自分たちだから、―――勿論俺はオールブルーを見つけるまでくたばったりする気はなかったし、ゾロだって大剣豪になるまでは死にやしねェって根っこの方じゃ考えていただろうけど。
 こうなるちょっと前、あいつがてめェで自分の足を切り落としてまで戦おうとしたことが、意地っ張りな俺を大胆にさせる引き鉄になったのは間違いない。
 俺はまだほんとうにただのガキでしかなかった。
目の前にあるものが消えてしまうのが怖くて、不安で、闇雲に腕を伸ばして、指先に触れたそれだけで手に入れたつもりになっちまうくらい。
 素っ裸でお互いの体を触りあい、今まで肌を重ねたレディたちとの誰よりもたくさんキスをした。
コキ合うだけで終わるかと思ったら、ゾロの指は思いがけない場所をいじり始めて。痛めたばかりの背中の傷に障らないように上に乗せられて、下から思い切り突き上げられた。
 優しいんだか酷いんだか解んねェセックスは、ゾロそのものってカンジの激しさが俺を煽って、体感はともかくメンタル面で十分以上に盛り上がったと思う。流されるまま夢中になって溺れてるうちにいつの間にか終わっていた。








 そうやって始まった俺たちの関係だったけど、自分でもフシギなことに真昼間どれだけ大喧嘩をしたって解消されることはなかった。
 顔の形が変わるほど殴り合ってナミさんに叱られて、甲板に二人して正座させられたことも一度や二度じゃきかなかったってのに、それでも夜になればあいつは何事もなかったよーな顔をして仕込みに忙しい俺の傍で酒を飲みはじめ、俺はそんなあいつのために酒のアテを用意してやって。
 俺の仕事がひと段落するのを待ってる魔獣がいつだってひどく優しい顔をしているのはやっぱりなんだかフシギだった。
 そう、ゾロは飲んだくれてる風情を保ちながら、実のところ俺と二人っきりになれるのを待っているのだ。
 そんで多分、そん時の俺だってきっと、ヤツと同じように穏やかな表情をしていたと思う。しょうがねェよ、てめェでも首を傾げちまうことだが、俺らはこれでいてとてもとてもラブラブなのだ。
 なんでもありたァ耳にタコが出来るほど聞いちゃあいたが、グランドラインってなァマジで恐ろしいところだった。
 世界中のレディを愛するこの俺が、よりによってホモになっちまって、しかも遊びじゃねェってんだから笑えないにも程がある。それだけをとってもここはある意味、まさに奇跡の海だった。
 まぁ男同士だしお互いスナオだとはお世辞にも言えない性格だから、
―――好きだなんて言葉は言われたことも言ったこともないけど。
 そーいうセリフはやっぱ、オンナノコ相手に囁くもんだから。
でも男同士だからこそ遠慮がいらねェっつーか、カラダから始まった俺たちは、そっちに関して我慢をするってことを一切しなかった。
 みんなの前でベタベタいちゃついたりなんて真似はさすがに出来なかったししてェとも思わないが、誰も見てなきゃスルこたひとつ。
海にいるときは船上で、陸にいるときゃ勿論、

「おい。ぼーっとすんな」
「うあ!」

ぐちぐち粘ついた音を立てながら俺のチンコとケツを弄っていたゾロが、ムスッと眉を寄せて至近距離から俺を睨んでいた。
 あーあー悪かったよ、集中しろってか?
ぎゅっと握られたところは男の急所ってヤツで、軽く力を込められただけでもかなり痛いけど、なんだろうなァ、こいつがこんな目で俺を見てるってことのほうがずっと痛ェ。
 俺の余所見を咎める視線はなんだか、年端も行かねェガキが母親に構って貰いたがってるようなのに似てる。
 言うとゾロは「アホか」つって激怒するだろうが、俺の意識が全部てめェに向いてないと気が済まねェに違いない。
 ヤツらしくもねェ甘ったるい感情を寄せられるたびに胸の奥がぎりぎりと痛む。
だって俺ァ、こんな風になりたいわけじゃなかったんだ。

「…ッカみてェ」
「あ?」

 すっかり駄々っ子になりさがった剣豪の背中に腕を回して、裸の胸がぴたりとくっつく位まで抱き寄せる。
 一度引いた汗はとっくにまた浮き出していて、それなりの準備をしなきゃ交わることもできない俺とゾロとを繋ぐ潤滑油みたいに思えた。
 今夜みたいに上陸して宿を取ってるときは、お互いに余裕がある分いろいろなことが解っちまって居た堪れねェ。
 海ではどうしても挿れて出す、みたいな早急なセックスになっちまうけど、俺としてはそっちのが余程有難かった。
 何も考えず快楽にだけ溺れていられるから。
自分からケツを浮かせ、完勃ちで出番を待ってるゾロのそれに苛められすぎてひくひくしてる部分を擦り付けて、行為を促す。
 そんだけで機嫌を直したっぽい男は遠慮なく、ぐいぐいと硬くなったモンを圧しつけてきた。

「っあ、はぁ」

大きく息を吸うタイミングを狙って、でかい切っ先がぬっと俺ン中に潜り込んでくる。

「ん、んっ、んあっ」

 キツいのは最初だけで、慣らされすぎた俺の器官は一番太い部分をクリアしてしまえば後は引き入れるように自然にずぶずぶゾロのあれを飲み込んでしまった。
 やたらと滑りがイイのはアレだ、

「なんかお前ン中、えれぇぐちょぐちょだぞ」
「ん…るせっ、てめェ…だろうが、」
「あーあー、たっぷり出した甲斐があったな」

とんでもなくおぞましい台詞だってのに、その言葉だけで一番奥の先っちょが当たるところがきゅうんと痺れる。
 我ながら順応性が高ェたァ思うが、元気すぎるだろって程凶暴なそれをぜんぶ体内におさめて奴が『生きてる』ことを確認する、少なくともゾロとのセックスにおける俺の目的はそれだった。
 それだけ叶えば良かったのに、こんなに気持ちいいのはちっとばかり反則ってヤツじゃねェだろうか。
 レディ相手に活躍して然るべきゾロの傑物は実に俺を鳴かせるのが上手い。

「ふっ、クソ、何食ったらンなでけェ…」
「そりゃッ、お前、のメシだろう、が、」

 腹の中を好き勝手に行ったり来たりしながら途切れがちにゾロが答えた。ついさっき俺が考えてたことをまんまゾロの口から聞くのがおかしくて、笑いながら尤もだ、と返事を返したかったがごりごり内側を抉られるのがよすぎてちゃんと言葉が出せなくなってしまう。

「ア、ンッ、んう」

 ぎしっぎしっとベッドが揺れ、同じタイミングで俺の口からもどんどん情けない音が漏れる。
自分ばっかり喘がされてるような気がして、俺はちょろっと舌を出して口付けを誘った。

「ん」

 すぐに応えるように絡められてくる肉厚の、熱いゾロの舌。
キスが深まるのと一緒に俺ン中に収まってるゾロが忙しなく動き始めた。唇をくっつけあって、ぴたりと肌を重ね合わせて、大きなモノをまるごと全部埋め込まれて、俺たちにはもう一ミリの隙間もないんだと思うと涙が出そうになる。
 俺とのセックスはゾロにとってもそれなり以上に快感なんだろう。整った顔を歪めて必死で腰を動かしているのはなんつーか、男冥利に尽きるっつーか…や、喘がされてンなぁ俺なんだが。
突っ込むためのトコじゃねェから狭いだろうし、口に出せないよーな目に合わされまくっててもユルくなってるカンジはしねェ。
 別に自慢するつもりはねぇんだが、他にコイツが男のカラダなんかに夢中になる理由、思いつかねェだろ?
 それ以外に、ゾロが俺に執着する理由なんてあっちゃいけねー、とも思うし。

「ふあっ、あ、や、抜くっ、な」
「―――抜かねぇよッ…!」

 ガツガツ貪るようなスライドが早すぎて、ぎゅいいっとゾロが俺の中から質量を減らしていくたびに不安になる。
 でもゾロは大きく張り出したカリをストッパー代わりにして完全にそこを明け渡すことはせず、くぷんと音を立ててはまたすぐ俺をいっぱいにしてくれる。

「うんッ、んあっ、ゾ、ゾロッ」
「っ、イイかよ、オラッ」
「あ、アアッ、ひ、ぁ」

 両腕を伸ばしてもっともっと、と欲しがる俺を、食い入るように見つめながら腰を動かし続けるゾロの瞳が、こんなトキだってのに、場違いなカンジに嬉しそーにほころぶ。
 もっと前、お互いが抱き合うことに慣れてなかった頃は、腹を減らした獣のような顔ばかり見せていたのに、懐きすぎたドーブツは今じゃすっかり進化して、いっちょまえに俺の反応で愉しむことまで覚えやがった。
 俺の声や指の動き、汗の滴り、後ろを責められて勃ちあがるようになった性器とそっからだらだら零れる雫、めちゃめちゃに擦られて勝手に蠢く内側の熱い肉壁、そんなの全部がゾロを煽っているのは間違いないだろう。
 てめェのチンコを俺で扱く、摩擦で与えられる快感より多分、俺をヨくしてることのほうに興奮しているのだ。
 そんで俺はそんなゾロを見て痺れるくらいにまた、感じて。
奪い合うような与え合うような、こんな気恥ずかしいセックスはゾロとしか出来ない。

「い、うぁ、あ、そこ、そこばっか、や」
「アホ、お前はココが、一番、っく、」

 前と連動してる場所を狙いすました相手から、ぐっぐっとそこばかり突き上げられて気が狂いそうになる。
 けれど負けず嫌いな俺だから、こいつの起こす大波にただ翻弄されるだけのようなセックスは癪に障らねェこともない。
 名器らしく調子づいたゾロがギリまで抜くのを見計らってきゅっと腹に力を入れてやったら、ゾロは「う」とか呻いてぶるっと頭を震わせたが、カウンターで俺が食らったダメージの方が大きかったのは誤算だった。

(あ、ヤベ、やべえ)

 しょーもない話だが俺はナカに出されるのに非常に弱いのだ。
一番奥に精液ぶちまけられちまう、と感じた途端にびりびりっと来て、俺はあっけなく限界を迎えてしまい、

「ああ、あ、あ、ふ、ぅッ…!」

びゅくっと出るのに合わせてケツが勝手にゾロを締め上げたようで、時間差でゾロも逐情した。
 ふうっと耳元で大きく息を吐いたあと、ゾロはゆっくり俺から自身を引き抜いて起き上がり、床に脱ぎ散らかしていたシャツを拾ってぐいっとチンコを拭う。
 さぞかしスッキリしただろーにゾロはひどく不貞腐れた顔でつまらなそうに後始末を始めて、俺をもやもやっとさせた。

(んだよ…)

 さんざんイイ思いしといてその態度は何だ!と怒鳴り上げてやろうとしたら先手を打たれて、

「で、何だ」
「え」
「どうせまた下らねぇこと考えてグルグルしてたんだろグル眉」
「あんだとクソ腹巻」
「やけに積極的だと思ったら上の空、…俺に言いてえことがあんだろうがよ」

 エラそうな態度がカチンと来たので睨み付けたら、俺の考えなんて全部お見通しだと言わんばかりの顔つきでゾロがこっちをじっと見ていて驚いた。

(なんだよ…、でも)

 思わず怯みかけたがいい機会だ。
俺たちは必要以上に近づきすぎた。勢いに任せて踏み込んじゃいけねェトコまで来ちまったんだってことを、そろそろコイツに解らせてやるべきなんだろう。

「下らねェかどうかてめェの耳で確かめてみろ」

 男あいてに本気になるなんて、どうかしてる。
これ以上深入りする前に終わらせたほうがいい。








「っつーワケだから、そろそろてめェとは別れたい」
「………」
「てめェとエッチすんのはまぁ悪くねーが、男同士ってなァどう考えたって不毛だ。実りのまるでねェことダラダラ続けてても仕方ねェだろ?元々お互い、オトコが趣味ってワケでもねェんだし、ここらでスッパリと切れて、改めてお互い前向きにやり直そうぜ!」

 奇跡の海にはじまる、俺の理想の隠居生活。
長年あたためてきた俺の人生設計をゾロは黙って最後まで聞いてからはーっとため息をついて、「このバカコック」と吐き捨てた。

「アァ?誰がバカだってんだよめっちゃ常識的だろうが!」
「バカだからバカだつってんだこのバカ。前から少々足りねぇと思っちゃいたが、お前はホンモノのバカだ」

ゾロはバカバカ繰り返しながら、いきなりボカッとゲンコで俺の頭を殴った。

「あだ!」
「少しは良くなったんじゃねぇか?」

 ふざけた口調なのにゾロの目はひどく暗くて、俺は文句も忘れて見入ってしまう。
そらまあラブラブセックスの後にいきなり別れ話じゃムカつきもするだろうが、言うにことかいてバカとは何事だ。

「お前の女好きが病気だってなぁともかく、ンなカラダでどのツラ下げて女を抱くっつーんだ」
「ぎゃっ」

 ずいっと伸びてきた指先にいきなり乳首をつねられて俺は飛び上がった。

「イテーだろ何しやがる!」
「あぁ?おつむの弱ぇあひるにてめェが誰のもんだか教え込んでやんだよ」
「へ―――ってやめ、イヤもう無理!」

 でかい舌をべろっと出してそこを舐めようとするゾロの頭を俺は必死で押し戻した。終わったばかりでまだ敏感なカラダはちょっとの愛撫で蕩けてしまうのだ。
 寝技にもつれ込まれては分が悪い。
俺は腕力ではイマイチ劣るゾロ相手に精一杯の抵抗を試みたが、マリモ頭に添えた両手は簡単に引き剥がされて、手首を掴まれたそのままベッドに縫いとめられてしまう。

「離せクソ野郎!強姦はマナー違反だろ!」
「あんだけヤっといて今更強姦もクソもあるか」

 ふんと鼻を鳴らされて(マジでヤベエ)と焦ったがしかし。
ゾロはマウントポジションで動きを止め、俺を見下ろしたままひどく場違いな声を出した。

「俺は先のことなんざ何一つ考えちゃいねえぞ?」
「………」

 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、静かに、だけどはっきりと俺に告げる。

「…てめェは、そうだろうな」
「鷹の目を倒してその後どうするか、なんざどうだっていい」
「てめェはそうだろうさ!」

それ以上聞きたくなくて俺は声を荒げた。
 ゾロがそんな男だってのは最初っから知っている。
俺とはまるで価値観が違ってて、いつだってずっと先の、目指すもんしか頭にねェ。
 でもだからこそ俺は―――

「だったら何で、俺に女やらガキやらを宛がおうとすんだ」
「…ッ…」
「『なりゆきで海賊船に乗っちゃいるがもともと海賊になりたかったワケじゃねェ』俺に、『人並みのシアワセ』をくれようってか?ありがてぇ話で涙が出るぜ」
「ゾロ!?」
「百歩譲って俺のガキが見てぇってんならそれもいいさ。だが孕むのはてめェだ」
「あ、アホかッ!男の俺がなんで」
「アホなわけあるか。眉毛巻けるくれぇなんだからそんくらい朝飯前だろ」
「こら生まれつきだボケが!ってやめろコラー!」

 めちゃくちゃな事を言い出したと思ったら、ゾロは二人分の精液にまみれたシャツをぐいっとねじって即席の紐を作り、コックの命である両手首をとっとと縛り上げて俺をビビらせた。

「大体なぁ、お前がいんのに何で他の穴に突っ込む必要がある?女と見りゃあ誰彼構わず鼻の下伸ばしやがるどっかのエロコックと違って、俺ぁこれでも身持ちは固ぇんだ」
「ってどこ固くしてやがる絶倫!」
「お褒めの言葉をアリガトウよ」

 魔獣よろしくニィッと口の端を上げて俺を見下ろし、ご立派に膨れあがったモノを出しすぎてふやけきってる俺のに押し付けながらの言い様はまるきり脅迫だ。
 ぬっとでかい掌が降りてきて反射的にぎゅっと歯を食いしばったが、ビンタのひとつでも張るかと思ったらそれは思いがけず優しく俺の頬を撫でてきて俺はびっくりした。

「…あ?」
「そのエロコックが俺に惚れてるって解って、どんだけ俺が浮かれたか想像つくか?」
「ほ、惚れてるってなァなんだ、俺ァ別に、」
「ネタは上がってんだから黙れ。じゃなきゃ何でお前みてぇな凶暴コックがあっさり野郎にケツ掘らせっかよ。だから最初ん時俺ぁ思ったんだ」
「何をだよ…」
「『コイツを抱けるならこっから先、他はいらねぇ』ってな」
「!」

 これ以上は聞いちゃいけねーと思うのに、ぎっちり縛られてしまった俺の腕は耳を塞ぐことも、愛おしむように触れる手を振り払うことも出来やしない。

「連れ合いならもう手に入れた。無駄にちゃらちゃらしてっけど見た目はまずまずで気に入ってる。本気で抱きしめたら折れそーに細ぇのに、めちゃめちゃ強くてあとガラが悪ぃ。ついでに口も最悪だが誰よりもやさしくて、すぐに他人を甘やかすから俺だけにしとけと思わねぇこともない。料理は本職、あっちの具合は最高でなんべん抱いても全然足りねぇ。体質のせいでガキは望めそうにねぇが
―――そいつがいたらそれでいい」

(そら体質じゃなくて性別のせいだ)

 ツッコミを入れようにもゾロにはまるで隙がなかった。
ゾロが俺にハマりすぎてることなんざ、こいつの態度だけでも嫌ってホド思い知らされちゃいたが、こうして面と向かって言葉にされたのは初めてじゃねェだろうか。
 俺が女性たちに投げてきた睦言とは遠くかけ離れていたけど、いつも「ああ」とか「うん」とか、あと悪態しかつかねぇ口から漏れるそれは俺を激しく揺さぶった。

「言え。なんだって急に逃げようとする。きりきり白状しねぇとこのまま犯すぞ」
「…て」
「て?」
「てめェがそんなだから俺は…ッ!」

 もうダメだ。
目の周りがかーっと熱くなった。眼球の縁からぶわっと水分を溢れてるのがわかる。

「コック!?」

 ぼろぼろと際限なく涙を零す俺のぼやけた視界に、慌てふためくゾロの姿という珍しいものが映った。
 一気に顔色を変え、もどかしい手つきで俺の手首を戒めたシャツの残骸を解こうとしている。その間も俺の目からぱたぱた大粒の水滴が落ちまくって、ゾロは布キレに成り下がったシャツでぐいぐい乱暴にそれを拭った。

「泣くほど、…そんなに俺が嫌か」

 横たわったままだった俺を引っ張り起こし、ぶっとい腕の中に抱き込んで困ったように呟く。
頭の後ろをガキにするみてぇによしよしと撫でられながら俺はぶんぶん首を横に振った。嫌だなんてこと、あるワケがねー。
 ゾロは安心したように小さく息をついて、しゃくりあげる俺の背中をゆっくりゆっくり撫でさする。ゾロのくせに俺を落ち着かせようと一生懸命なのがなんだか申し訳なくて、俺はゾロにぎゅうっとしがみつきながら、切れ切れに声を出した。

「だって、」
「おう」
「だって俺、もうすぐ…し、死ぬんだ」
「おう―――って、あぁ!?」

 がぼーんと大口開けたゾロの顔はこんなときじゃなかったらまあ、見物だったと思う。








「なんかここずっと、やたらと体がだりぃ。朝メシ炊いてるだけで胸がむかむかするし、胃のあたりはキリキリ痛む。ありえねーんだが煙草だって不味くて吸えねー」
「そういや…」

 真正面から俺を抱いたまま、ゾロは何かを思い出すように中空に視線を彷徨わせた。
日に日に本数の減っていく俺をナミさんが「禁煙でも始めたの?」なんて笑っていたときコイツも甲板に居たりしたかもしれない。ただ昼寝してるだけじゃなくて、意識の端でも俺をそれなりに気に留めててくれたんならそれは嬉しいけど、でも。
 俺はがくがく震える体をゾロに縋り付くことでなんとか立てて、ここしばらく胸にずっと蟠っていた全てをぶちまける。

「物心ついたときから吸ってっけどこんなのは初めてで、俺」
「―――サンジ」
「怪我とかさ、そ、そーゆーのは慣れてんだ。ジジイはあーゆー性格だから口の前に蹴りが入るような野郎だし、だから、でもこんな、食いモンがあんのにメシも食えねェとか」
「サンジ!」

 ぎゅうっと、それこそ骨が折れるんじゃねェかって位強く抱きしめられた。

「ゾロ…ッ」

 コイツの前でこんな風に惨めなザマを晒す日が来るたァ思っても見なかったが、最初で最後だと思えば諦めもつく。
 そういや名前を呼ばれることだってこれが初めてだ。
ぼろぼろ泣くことしか出来なくなった俺に、ゾロは僅かに語尾を震わせながら静かに尋ねる。

「…チョッパーには診せたのか?」
「………」

 小さな船医はあれでいて優秀だ。
その口から決定的な言葉を聞くのが怖くて、俺は不調に気づきながらも、チョッパーに相談する勇気はとうとう持てなかった。
 躊躇いがちにそう告げると、ゾロは突然怒気を漲らせて「ふざけるな!」と俺を抱いたままその場に立ち上がった。

「な、何」
「あいつがメリーに乗ってんのは何の為だ!全ての病を治す医者になるためだろうがッ!」
「う、わっ」

 一喝したかと思うと俺の体を肩の上に担ぎ上げ、ゾロは真っ直ぐ外へ続くドアへと足を向けた。頭に血が上ったヤツはすっかり忘れているようだが俺もゾロも素っ裸のまま、しかも俺は涙とか鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたまんまだ。

「やめ、やめろって」
「チョッパー起きろ!急患だ!」

 嫌がってもがく俺なぞまるきり無視して、だんだんだん!と乱暴に隣室のドアを殴る。木造のドアはノックの威力が凄すぎてあっけなく穴を開け、すぐに中からパジャマ姿のトナカイが飛び出してきた。

「きゅ、急患!?ってゾロにサンジ、何でお前ら裸なんだ!」
「御託はいいから今すぐコックを診てやってくれ。
―――やばい病気に罹っちまったらしい」

 真剣な声に文字通り叩き起こされて寝ぼけ眼だったチョッパーの目が大きく開かれる。

「ゾロ、サンジをベッドへ運んで」

 きりっと眉を上げた姿にはいつも見てるぬいぐるみっぽさの欠片もねェ。どこか頼もしくすらある船医は、言われたとおり俺の体をベッドへと横たえたゾロを仰ぎ見て、キッパリと退室を促した。
 全裸で仁王立ちして俺とチョッパーの所作を見守っていたゾロは訝しげに片眉を上げて「あぁ?」と威嚇したが、医者モードに入ったチョッパーには通じず、名残惜しそうに部屋へと戻っていった。
 チョッパーはいつも持ち歩いてる黒革の小さな診察カバンをひっくり返して聴診器を取り出し、自分の首に掛けてから徐に俺に向き直った。ゾロがいなくなっていきなり不安になった俺はついびくっと震えちまったが、俺より年下の船医は老成したベテランみたいな顔で微笑んでみせる。

「大丈夫だよサンジ。どんな病気でも、俺がぜったい治してやるから、―――心配しないで」
「チョッパー…」
「どんな風におかしいのか、小さなことでも構わない。いつもと違うところ全部、俺に教えてくれ」

 俺はゾロに語ったことと同じ内容をチョッパーに繰り返して聞かせ、トナカイ船医はメモを取りながら熱心に俺の言葉に耳を傾け、相槌を打ちながら逆に質問をしたりした。

「サンジ、平熱が何度だか判る?えーと、いつも自分の体温が何度くらいあるのか、ってことなんだけど」
「俺、熱とか出したことねェ…」
「そうか。じゃあ、異常に気がついてからは体が火照ってるとか、頭がぼうっとしたりとか」

 そんな症状に思い当たらないでもなかったので「あるかも」と答えると、チョッパーはカバンから体温計を出して俺の口に咥えさせた。
 一緒に取り出した小さな砂時計をひっくり返して、

「これが落ちきったら、次は尿と血液を調べるよ」

口ン中の細長いガラスの棒が邪魔で喋れない俺は、全幅の信頼を込めて頷いた。









 そうして一通りの問診と診察らしきものを終えた俺を待っていたのは、ズボンだけ履いた格好で、部屋のド真ん中で座禅を組んでるゾロだった。

「…終わった」
「そうか」

 瞑目していたゾロはゆっくり瞼を開いて立ち上がり、真っ直ぐ立ちんぼの俺のところにやって来る。途中で拾い上げたシーツをふわりと俺の肩に掛けたゾロは、そのまま包み込むように柔らかく抱き締めてくれた。
 そんなのにまたじんっときたけど、全部打ち明けてスッキリした俺はもう涙を流すことはしなかった。そのかわり自分の体重をゾロに預けて、こてんと逞しい肩に頭を乗せてみる。
 こんな時なら少しくらい甘えても許されるだろう。

「…チョッパーは、何か言ってたか」

 躊躇いがちに問われて、俺は答えに窮したが。
俺から採取した血液やらションベンを、チョッパーは試験管とか呼ばれる器具に移して、見たこともない薬品に一滴ずつ垂らしてはしきりと首を傾げていた。
 ドラムは最も進んだ医療島だと聞いてはいたが、あまり期待しては迷惑だろう。

「…朝になったら、エコーの使える病院を探すって」
「エコー?」
「超音波診断機とかいうやつ?…なんか俺も良く知らねェんだけど、切ったり開けたりしねェでも、体の中が覗ける機械があるそうだ」
「体の、中」

 低く復唱する声に「おう」と答えたら、俺を抱くゾロの力が強くなった。
不安なのは俺だけじゃねェってことか。

「今夜は何も考えねェで、ひとまずゆっくり休め、だと」
「アァ!?ンな悠長なコト言ってねぇで、今すぐ、」
「ゾロ」

 血相を変え、今にも部屋を飛び出して行きそうなゾロを俺は抱き返すことで引き止めた。

「てめェじゃ朝までに病院に辿り着くのも不可能だってんだ迷子野郎。…いーから、朝までこうしててくれよ」
「コック」

 せっかちな男はしばらくドアと俺とを交互に眺めて逡巡していたが、やがて諦めたのか俺をさっきみたいに抱え上げてベッドへと運んでくれた。
 セックスでぐちゃぐちゃになった方じゃなくて、未使用できれいなままの片方に、俺の体を膝に乗せるようにして腰を下ろす。
 ゾロはもう何も喋らずに、でも眠る気はなさそうだった。

「―――ごめんな」
「何が」
「別れてェとか、本気で思ってたワケじゃねェんだ」
「…あぁ」
「俺ァこーなるまで、漠然と…ずっと、てめェと並んで歩いてくんだって思ってた。てめェは大剣豪で俺はオールブルー、目指すもんは違うけど、喧嘩したり抱き合ったりしながら」
「………」
「てめェもそう思ってるってことも、知ってて」

 俺が本気だったようにゾロも本気で俺に向き合ってた。
だからこそ、

「じゃあ俺がいなくなったら、てめェはどうすんだって」
「コック?」
「てめェの行く道ってなァ、生半可な覚悟で昇ってけるモンじゃねェ。たった一人で傷だらけで進む道だろ」
「まぁな」
「それを寂しいとかって思うのはでも、俺のエゴなんだ」
「おい、チョッパーに休めって言われたんだろ。もう喋るな」
「最後まで聞けよクソ剣士。―――ちっと息切れしてひと休みしてェとか思ったときや、夢を叶えた後…誰かが傍に居てやれねェかって。俺ァもう、てめェと一緒に走ってくこた出来ねェから、だったら今のうちにって、そう思った」

 俺の不在に、ゾロが必要以上に傷つくことがないように。

「んの、アホコック…」

 後ろから俺を抱きすくめた格好のまま、ゾロが静かに泣く。
コイツが泣くところに出くわすのは二度目だが、もう一度見るそれがまさか俺のために流すもんだとは思わなかった。
 俺に残された時間は多分あとわずかで、幼い頃から夢見てきた奇跡の海を見つけることは、もう出来そうにないけれど。
 未来の大剣豪にこんだけ惚れられるってのも、ある意味奇跡なんじゃねェかって思うんだ。

「てめェはほんとに、甘えっこだなァ」

 振り向かずに腕だけ回して、俺はさくさくしたゾロの頭を夜が明けるまで撫で続けた。








「サンジくーん!アタシ喉が乾いちゃったみたい。あったかい紅茶お願いできる?」
「ハーイナミさんただいまー!」
「俺は腹が減ったみたいだぞ!あったけぇ肉―ッ」
「黙れクソゴム晩飯まで待ってろ!ロビンちゃん、ロビンちゃんはコーヒー?紅茶?それとも俺〜?」

 二日後、何事もなかったかのようにG・M号は島を離れた。
以前と寸分違わぬ航海がまた始まり、俺は体調のことは余り考えないようにしながら、チョッパーの指示に従いつつ普段どおりの生活を送ることに努めている。
 変わったのは、昼間は俺になど目もくれなかった剣士が、グースカ寝てるフリをしながらちらちら物言いたげに俺の様子を伺っていることくれェだろうか。
 あの後、朝になってチョッパーと共に再検査を受けた俺から何の報告もないことに心底イラついているくせに、とんでもない告白をしたせいで俺の不安がまるごと伝染したらしいゾロは、決定的な告知を受けるのを恐れてらしくもなく戸惑っているようだ。
 心配させてるようで悪ィなァと思わないでもないが―――
専門の医者からそれこそ『決定的な告知』を受けたショックから未だ立ち直れたとは言い難い俺なので、もうしばらくは苛々させておくことにした。
 あんまり放置でも大騒ぎになりそうだったから、命にかかわるようなモンじゃないとは教えてやったけど。
 俺のコンディションがアレだったのは病気なんかじゃなく、
―――繁殖できる性質になってたらしい、と言ったら。
あの男はどんな顔をするだろうか。
 ありえねー授かりモノに俺が度肝を抜かれたくらい驚いて、グランドラインの奇跡に感謝するといい。

それは愛の奇跡

 (2005/01/30)

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