それは愛の奇跡 |
長いグランドラインの航海の真ッ最中、我らがG・M号にひとつの奇跡が起きた。 戦うコックさん(※名前サンジ・性別男・もうじき20歳)の妊娠が発覚したのだ。 少しずつ大きくなるコックの腹を当初同じ船の『ファミリー』である仲間たちは、 (サンジもゴム人間になったのか?スゲーな!) (ちったぁ抱き心地が良くなってきたな。大体アイツは痩せすぎだったんだ) (ていうか太ってアレ?なんかムカつくわ) (肥満か…?イヤ難民に近い膨れ方だ。もしかして俺らに食わせるために自分だけ喰ってねぇのかも…サンジ、お前の尊い犠牲を俺たちは忘れねェぞ!) (もしかしてって思ったけど、やっぱりそうか。人間ってすげえなー) (喉が乾いたわ。コーヒーはまだかしら) なんて各々勝手に心配?したものだが、何があろうとも決して食物を無駄にしない彼が日に何度も嘔吐する姿を見るに至っては、 (どーもこれは信じられないことにもオメデタらしい) とムリヤリ結論づけるに至った。 当然船は大パニックに陥ったが、「まーなんでもアリなグランドラインだし」と結局はなし崩しにコックご懐妊を認めたっぽい。 幸い元気で打たれ強いコックさんだったので、安定期に入りツワリが納まると、途端にお約束どおり元気に凶暴な妊婦さんになった。 オツムが少々弱いことも幸いし、男の癖に妊娠などという不名誉かつありえない事態にもさらりと順応したのはさすがその柔軟さを誇るサンジと言うべきか。 オナカの子を労わりながら炊事洗濯レディへの奉仕、それからゴムの躾、鼻の話し相手、動植物(トナカイとマリモ)のお世話、懐妊前と何ら変わることなく日々の労働をテキパキこなす姿は、まさに聖母であったという。 そんな平和かつアホらしいマタニティライフを送っていた、ある日の夜。 その夜の見張り番であったコックさんが、深夜突然大声でトナカイ船医を呼ばわった。 「ヤベエ、なんかスゲェ腹が痛ェんだよ。でもウンコじゃねーんだ」 何回も便所行ったけどもうなんも出ねぇよう、と常になく弱気なその物言い。 …陣痛が来たのだ。 「イイイイ医者ァ〜〜〜〜ッ!!!!!」 おやくそくで慌てる船医に「落ち着けコラ」と踵落しを見舞うと、コックはそのままふらあり、と意識を失いかけた。 とにかく痛いのだ。しかしここで気絶してしまっては元も子もない。 レディですら耐えられるものを男の俺が耐えなくてどうする、とギリギリ歯を食いしばりながら痛みに耐え―――そうして船医と格闘すること八時間、緊急の分娩室と化した女部屋に、元気な産声が響き渡った。 倉庫に集まって、中から聞こえる音だけで成り行きを見守っていたクルーたちは、 「出たか!腹減ったなー、やーこれで朝メシが喰えるぜ」 「すごい、なんか人間っぽいわ。卵じゃなかったのね」 「…あ?もう朝か」 「イヤオメエらこそ人間じゃねェよ」 「どこから生んだのかしら…?」 などとこれまた勝手な感想を漏らしたが、女部屋でまさに激動の出産を体験したばかりの医者と産婦にその声が聞こえなかったのは幸いである。 「サンジ、サンジ女の子だぞ!」 「ハハ…、ヤれば出来るモンだ…よな…」 そんな戦闘後(…)の分娩室。 長時間の戦闘に全神経を使い果たし力なく微笑むサンジに、チョッパーは産湯に浸からせたちいさなちいさな赤ちゃんを抱かせてやる。 奇跡の果てに誕生した生命は、普通に生まれてくる子供よりもかなり小さくて、サンジの保護欲をいたく刺激するかよわさとはかなさをたたえていた。 けれどサンジがそのもみじのような手に伸ばした人差し指をぎゅっと握り返してくる力はとても強くて。 ああ、ちゃんと生きている―――サンジは強く抱いたら壊れてしまいそうなそれの頬に、感謝を込めて唇を落とした。 「猿みてェな顔…ヘンだな、何か、泣けてきたぜ」 ぐすっと鼻をすするサンジに、うん、うん、とこちらも涙目の船医が頷いた。 感動の瞬間であった。 「ところでサンジ」 「ん?」 「俺、お前に謝らなきゃ」 「おいおい、お前のお陰で俺ァ出産できたようなモンだぜ?」 「それはサンジが頑張ったからだよ。…ホント立派だった、サンジ」 「母は強し、ってか?」 なんてがははは!と男らしく豪快に笑ったサンジだったが。 トナカイの罪のない発言に次の瞬間凍りついた。 「父親は誰だろう?って、俺ずっと思ってたんだけど」 「………」 「この子の髪の色、誰かと一緒だな」 「………」 「今更だけど、ラマーズ法が良かったんじゃないか?呼吸を読むのは慣れたもんだし」 「………」 「ごめんな俺、気が利かなくて」 「イエ…オキニナサラズ…」 その後。 お父さんと同じきれいな若草色の髪の毛をした女の子は、世界一の大剣豪兼海のコックを目指して、今日もすやすやお昼寝しているごようすです。 おわり。 |
→奇跡のおまけ |
(2003.08.23) |
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