奇跡のおまけ


 さて奇跡的に出産を乗り越えたお疲れコックさん(※名前サンジ・性別男・20歳)だったが。
生まれたばかりの我が子を前に、ちょっとばかりでなく悩んでいた。

(どうしよう)

ぎゃあん、ふにゃん、と猫の子のように泣く猿のような娘と自分を残して、頼りの医師はいつのまにか部屋を出てしまってそれきり一向に戻ってこない。
 おろおろするサンジは、その泣き方に見当がつくだけに余計じりじりと気が急く。
空腹を訴える―――サンジにとって最も辛い、その、声。

(メシ…喰えないよなあ)

だって歯がない。
 本来、赤ん坊というものが何をその栄養とするのか。
こと食事に関してプロ中のプロを誇る海のコックさんであるからして、当然そんなこと解りすぎるほど解っている。
 勿論、この物資の足りぬ海の上であれそれと同等なものを作ってやれる自信もあるが…

(一番いいのは、母乳だろやっぱ)

サンジはそっと、自分のシャツのボタンを外してみた。
 細い首をこくりと曲げて覗き込んだそこにあるのは、当然ぺったんこで色気のない男の胸で。
どう頑張っても母乳なんか出そうにないし出る気配もない。

(お前、なんで俺なんかから産まれて来ちゃったんだよ)

母親がレディでありさえすれば、無条件でその口元に柔らかい乳房を押し付けて貰えたのに。
 はぁ、と己のこじんまりとした乳首を指で摘んだと同時にガタッと頭上で音。
乱暴に女部屋のハッチが開けられ、(待ってたぜチョッパー!)と思いつつそちらを見遣ったサンジの顔が、奇妙に歪んだ。

「ゾロ…」
「―――何アホなことしてんだ?」
「…ッ」

ドン、と勢い良く飛び降りてきたのは果たして緑髪の剣士である。
 普段となんら変わりない仏頂面とぶっきらぼうなその物言いに、サンジのグルグル眉毛の先頭がひょこんと上がった。
 どこぞを弄くっていた指を収めると、震える拳を握り締め、サンジは地獄の底から聞こえてきたか、と思える声を出す。

「…おいクソ野郎」
「なんだクソコック」

けろりと返した愛すべき薄情者に、サンジは即座にキレた。

「人生における一大事業を成し遂げたばかりのこの俺に向かって!開口一番がそれか?」
「アァ?何云ってんだお前」
「普通アレだろ、こういうときは『良くやった』とか『ありがとう』だとか、そういう台詞言うんじゃねーのか種馬としてはよ!」
「おい男がガキ産んだ時点でフツーじゃねェだろ」

いやそこはグランドラインなのでそっとしておいて欲しい。
 怪訝な表情のゾロがすっとサンジの腕の中を指差す。

「何やってんだ、って聞いてる。さっきからずっとそのガキ泣いてるじゃねェか」
「ンなこた知ってらあ!だから困ってんだよ見て解るだろッ」
「解らねェから聞いてんだよ!」
「あーそうだろうともよ、テメェはこんな簡単なことにすら気付きやしねぇんだ!」
「…何だと?」

なんていつもどおり険悪ににらみ合う二人の間で、ふぎゃあん!と一際甲高く子供が泣いた。
 はっと顔を向けた先では、真っ赤な顔をした赤ん坊が、小さな体をふるふると震わせてえっえっとしゃくりあげている。

「あぁ、ごめんな。お前に怒ってんじゃねェんだ」

よしよし、とタオルにくるまれた赤ん坊の胸元をぽんぽん叩いてやるサンジに、つられて激昂したゾロの頭も一瞬で冷えた。
 あやされて段々とその声を小さくしていく赤ん坊は、泣きつかれたのか空腹のままゆっくり眠りに落ちようとしているようだ。
 黙ってその場に立ち尽くしたままその様子を見つめていると、サンジが小さく口を開いた。

「…が、ないんだよ」
「あ?」
「こいつに―――飲ませてやれるモンが、ねェ」

だって俺、男だもんよ。
うっかり赤ん坊なんか産んじまったけど、俺、やっぱり男なんだもんよ。

そう言って情けなく自虐的に微笑んだ青年を、無言で近づいてきたゾロがそっと抱きしめた。腕の中の温かい塊ごと。

「…うっかりとか、ンな事言うな」
「なんで?本当のことじゃねェの。テメェだって困ってっだろ、妊娠の心配もねェ俺相手だから遠慮ナシに突っ込めたんだもんな、まさかその俺が」
「サンジ」
「………」

滅多に呼ばれることのない名前が、ぽろぽろ零れ落ちるサンジの言葉を止めた。

「俺がお前ン中に出したのは、お前ン中に出したかったからだ。ガキが出来るとか出来ないとかの問題じゃねェ」
「ゾロ?」
「確かにてめぇのガキなんざ俺には必要ねェが―――お前とのガキなら、悪くねェよ」
「ゾロ」
「世界にその名を轟かせる位凄いヤツになるぜ?なんせ未来の大剣豪と、世界一の海のコックの娘だからな」

そう言ってニッカリ笑って見せたゾロの顔が、信じられないくらい嬉しそうで。
 強張っていたサンジの肩からすっと力が抜けた。
それからすぐにお約束どおり種馬(繁殖力・強)の顔が近づいてきたので、サンジはゆっくり瞼を閉じたらしい。








「―――ってドサクサ紛れにドコ触ってやがるこのエロ魔獣!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな。ガキが起きる」

うっ、とサンジが詰まった。
 口付けながらゆるゆると指の腹で揉み込むように乳首を触られ始めたのに対する抗議は、子供が起きる、という一言であっさり鳴りを潜める。  ゾロはサンジの白い肌でそこだけ淡く色づく乳首をぷにぷに突付いたり引っ張ったりしつつしげしげと観察しながら、

「マジで出ねェのか?」
「ッ…あ…んま、…押す、な」
「ガキが産めたくらいだ、頑張りゃ乳くれぇ出っだろ」

なんて勝手な事をほざく。
 出ねェモンは出ねェ、とそのゴツい指先を押しのけると、指の代わりに生暖かいものがぺろりとそこを舐め上げた。

「お、おいゾロッ!」
「出るんじゃねェか?お前、こいつに乳含ませてみたか?」
「やるわけねェだろアホッ!」
「俺の村にいた産婆が、乳の出ない女に言ってた。出なくても辛抱して咥えさせてたら、そのうち出るようになるんだと」

それはあくまでも『女限定』話だったのだが、さらりとそう説明するゾロに、サンジの蒼眼が期待に大きく見開かれる。

「…マジ?」
「おう。だからお前もやってみろ」
「解っ―――おいクソ剣士」
「なんだクソコック」
「なんでテメェが咥えてんだ」
「ガキは寝てんだろ。だから俺が代わりに吸い出してやる」
「吸い出…ハァ?ちょ、ちょっと待…んんッ!」
ぢゅうっと音がするくらいきつく吸われて、サンジの顎がくっと仰け反った。
 舌先で転がされ、吸われ、甘噛みを繰り返されるそこがどんどん硬度を増して行くのが解り、サンジは慌ててマリモ頭に指を突っ込んでその固い髪の毛をぎゅっと引っ張るが、ゾロは気にも留めず執拗にその部分を苛み続けた。

「―――こんなもんじゃ出ねェな。もっとか」
「ヤ、ヤメロって、…ふあッ」

後半裏返った明らかな声音にゾロがふいっと顔を上げ、感じやすいサンジに意地悪く哂ってみせる。

「ヘンな声出してんじゃねェよ。その気にさせるつもりか?」
「…テメェ最初っからソノ気満々じゃねェか!ベッドに乗るな、膝に当ってんだよ凶器が!」

魂胆がバレたゾロはちっと舌打ちすると、サンジの乳首を弄りながらそれでも憮然と言い返す。

「しょうがねえだろ、一ヶ月以上もご無沙汰してんだぜ」
「ちゃんと手と口で抜いてやってたじゃねーか…どうなってんだお前の精力は」
「アホか。ンなもんお前の中とじゃ比べモンにもなんねェよ。オマケにどこぞの収縮がどうだかって、俺ァお前にここしばらく触ってもいねェんだ」

そう言って再びその胸元に顔を埋める。  元々サンジは乳首を責められるのに弱い。加えてサンジ自身しばらくご無沙汰だったこともあり、また出産でクタクタだった体は男の常として異様に昂ぶっている。
 疲れナントカ、と呼ばれる波がサンジを襲い、男の髪に絡められた指からは段々と力が抜けていく。本能で生きる魔獣はとっくの昔に息が荒い。

「おい、ガキ隣に置けよ」
「置けってテメェ、モノじゃねェんだぞ…は、うんッ…!」
「じゃ寝かせろ。俺の子だ、いっぺん寝たらちっとやそっとじゃ目を覚まさねェよ」
「そういう問…ッふ、題じゃ…うぅ、あ」
「挿れねェから。久しぶりに、ちゃんと弄らせろ」
「は、ン…ッ、や、め…アァッ、そ、んな」
「煽るなって。クソ、やっぱ突っ込みてェな…オイお前いつ出来るようになんだ」
「知んねッ…え……ひゃ、ッ!」








なんつってお二人がいちゃついてる女部屋の外では。
 ナミはあんな男とだけは子作りしないと心に誓い、急遽船を寄せた小島に上陸し大慌てで山羊の乳を入手してきたチョッパーとウソップ二名は踏み込むべきか踏み込まざるべきか頭を抱え、考古学者は大自然の摂理に思いを馳せていたという。
 くうくう寝入る赤ん坊よりも遥かに空腹に弱い船長が耐えかねてハッチをぶち壊すまで、シャーワセなバカップルのラブラブは延々と続いたらしい。
 それなりに平和なG・M号の冒険は、一人ファミリーを増やしてまだまだ続く。


  おわり。


そして続く奇跡

 (2003.08.23)

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