そして続く奇跡 1 |
1 今日も海の上ではみゃあみゃあとカモメが鳴いている。 そして船の上ではぎゃあぎゃあと赤ちゃんが泣いていた。 「サンジくーん!そろそろオムツみたいよー」 「ハーイナミさんただいま!」 ラウンジに出したカウチに横たわり読書中のナミが、足元に視線をくばりながら声を上げる。 バーンと豪快に扉を開け航海士のお知らせにラウンジから飛び出してきたのは金髪痩身のコックだ。 階段を使う手間を惜しんで飛び降りてきた青年がウソップお手製のベビーキャリーに「お着替えだぜハニー」とか言いながら手を差し込んで、クーファンに包まれたちいさなカタマリを抱き上げる。 びっくりしたように蒼い両目をきょろきょろ動かした赤ん坊は、胸元に落ち着いた途端ぴたりと泣き止んで、サンジの姿を認めるとにぱあっと笑った。 「あっこら!お前、甘えたかっただけか!」 こいつ〜!とサンジが赤ん坊に頬擦りすると、キャッキャッと声を上げて嬉しがる。 そんな姿を半ば呆れながらもナミは微笑ましく思う。 サンジが妊娠したと知った時こそ「海の上でお産だなんて」とどーなることかと心配した航海士だったが、いざ生まれてみれば、このありえない出来事はそれなりにスムーズに受け入れられた。 それ以前に男が妊娠ってのがアレなのだが、何せここはなんでもありのグランドライン。そこを往くクルーの順応力だって一般のそれとは比べ物にならないほどにいいらしい。 カウチから立ち上がったナミは青年に抱っこされて御機嫌になった赤ん坊の手の平をきゅっと握って注意を引いた。 「今日はとくにお母さん忙しいんだから、我儘言っちゃダメよ」 めっ、と悪戯っぽく叱ってみせるのに、小さな女の子はまたキャッキャッと笑う。 クルー+赤ん坊、な生活にもすっかり慣れたG・M号である。 さてコックさんは朝から忙しい。 何故なら今日はクルーの誕生日だからだ。 他に来客があるわけでもない、いつものメンツで構成されるささやかな船上パーティ。 それでも自分が手がけるからには最高の料理を用意してやるのが海のコックの心意気だとばかりに気忙しく動き回っている。 (ったくイイ年して誕生日もクソもあるかっつうの。相手がレディならまだしも、あの腹巻とくりゃヤル気も殺げるぜ) なんて心の中で毒づくサンジだが、顔は朝からニマニマしてるし、スキップしながらお料理してたりするのだから素直じゃない。 折角だから今日は本格的な懐石にチャレンジ。この日の為に一週間漬け込んだ粕漬けがようやく日の目をみることになりそうだ。 ブランデーを効かせて甘味を押さえた特製のカスタードクリームは既に冷蔵庫で出番を待っている。 料理自体は和食中心だけど、誕生パーティにケーキがないのはやっぱり淋しい。 デザートは別枠、とかいいながら特大ケーキだって用意してやるつもりだ。面と向かっては絶対言えない「HAPPY BIRTHDAY!」だって、デコレーションでなら幾らでも言える。 ムサくるしい男の誕生日を祝うという、レディ命のサンジにとってあんまりたいしたことなさそーなイベントなのに、このコックさんが気合をいれまくるのにはワケがある。 何故ならまあ本日の主役は、喧嘩ばかりのクソ野郎ながら、サンジと子(!)まで成したつれあい、なのであるからして。 それなのに面と向かってオメデトウの一言もいえないあたりどうにも意地っぱりというかいつまでたっても照れ屋なコックさんなのだ。 さて、とサンジは機嫌のよろしくなった赤ん坊をゆっくりキャリーに降ろして、ナミを振り返った。 「俺ァもう少し仕込みがあっから、お前は大人しくココで遊んでてくれよ?ナミさん、悪いけど泣いたらまた呼んでくれる?」 「それは別にいいけど…ねぇ、オムツくらい私だって替えてあげるわよ?」 「とんでもない!お嫁入り前のレディにそんなことさせられないよ!」 ああ、ナミさんを俺のお嫁さんにしたかった〜!と甲板に膝をつき大仰に泣き崩れてみせるのをやれやれと見下ろし、 「大体父親は何してんの。サンジ君ダメよ、甘やかしちゃ。育児は夫婦揃ってこそなんだから…」 恐らくは今頃後方甲板あたりで爆睡中のこの場にいない父親を毒づくと、サンジが違う違う、とめずらしくも慌ててそれを庇った。 「俺がやりたいんだよナミさん」 俺が産んだこどもだからできることは全部俺がやってやりたいんだ、と嬉しそうにはにかむ青年に、ナミは思わず天を仰いだ。 ―――キモすぎる。 昔から甘やかしたがりでそのきらいは十分にあったが、激動の出産を経たサンジは今、まさに母性本能のカタマリと化していた。 全世界全ての母親がみんなこんな風にダンナにとって都合のイイ人間だったら、夫婦喧嘩や熟年離婚なんかは多分起こらないだろう。 まあG・M号の二人はそれとは関係ないところでしょっちゅう犬も喰わない夫婦喧嘩をやらかしてはいるのだが。 (尽くしまくりたいタイプには、育児だって喜びでしかないのかしら…) 精神衛生上良くないわ、と男なんか顎でコキ使う為に存在すると信じているナミは怖気から頭を左右に振った。 間違って他の男どもがハハオヤってのはみんなこんなもんだと思い込んでしまったらどうしようと、船首でのんびり海を眺めている船長の背中を見つめて―――それ以前の問題だっけ、と溜息をひとつ落とす。 男同士はよろしくやってるというのに、歴とした女である自分が二の足を踏んでいるのはどうしたことなのか。 相手がアレでは仕方ないとも思うのだが、こうも目の前でイチャイチャされると(因みに本人たちにその自覚は皆無である)ヤツアタリしたくなるのが人情というものだろう。 (そのうちちゃんと、躾けてやんないと) 全てサンジに任せっきりのゾロも、それを由とするサンジも。 赤ん坊を挟んで、もしあの二人を仮初めにも夫婦だと呼ぶのならば、その負担が片方にだけかかるのはフェアじゃないとナミは思う。 (この子だって、かわいそうなんじゃないの?) 多少のやっかみも込めて、二人して説教してやる、とナミは空を見上げた。 夏気候の海を航海している今、中天を越えたばかりの太陽は眩しい位で、風も穏やか。今夜は星も出るだろうし、コックさんははりきりまくりだ。 騒がれるのを嫌う主役は多分仏頂面のまんまだろうが、素敵なパーティになるだろう。 (…今日のところは、勘弁してあげるかな) 大事な旦那さんの誕生日なんですもんねえ、とキッチンに大慌てで戻る後姿に、航海士はふふっと微笑んだ。 |
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(2003.11.16) |
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