MerryMerry Miracle 2 |
2 「っつーワケだから、そろそろてめェとは別れたい」 「………」 「てめェとエッチすんのはまぁ悪くねーが、男同士ってなァどう考えたって不毛だ。実りのまるでねェことダラダラ続けてても仕方ねェだろ?元々お互い、オトコが趣味ってワケでもねェんだし、ここらでスッパリと切れて、改めてお互い前向きにやり直そうぜ!」 奇跡の海にはじまる、俺の理想の隠居生活。 長年あたためてきた俺の人生設計をゾロは黙って最後まで聞いてからはーっとため息をついて、「このバカコック」と吐き捨てた。 「アァ?誰がバカだってんだよめっちゃ常識的だろうが!」 「バカだからバカだつってんだこのバカ。前から少々足りねぇと思っちゃいたが、お前はホンモノのバカだ」 ゾロはバカバカ繰り返しながら、いきなりボカッとゲンコで俺の頭を殴った。 「あだ!」 「少しは良くなったんじゃねぇか?」 ふざけた口調なのにゾロの目はひどく暗くて、俺は文句も忘れて見入ってしまう。 そらまあラブラブセックスの後にいきなり別れ話じゃムカつきもするだろうが、言うにことかいてバカとは何事だ。 「お前の女好きが病気だってなぁともかく、ンなカラダでどのツラ下げて女を抱くっつーんだ」 「ぎゃっ」 ずいっと伸びてきた指先にいきなり乳首をつねられて俺は飛び上がった。 「イテーだろ何しやがる!」 「あぁ?おつむの弱ぇあひるにてめェが誰のもんだか教え込んでやんだよ」 「へ―――ってやめ、イヤもう無理!」 でかい舌をべろっと出してそこを舐めようとするゾロの頭を俺は必死で押し戻した。終わったばかりでまだ敏感なカラダはちょっとの愛撫で蕩けてしまうのだ。 寝技にもつれ込まれては分が悪い。 俺は腕力ではイマイチ劣るゾロ相手に精一杯の抵抗を試みたが、マリモ頭に添えた両手は簡単に引き剥がされて、手首を掴まれたそのままベッドに縫いとめられてしまう。 「離せクソ野郎!強姦はマナー違反だろ!」 「あんだけヤっといて今更強姦もクソもあるか」 ふんと鼻を鳴らされて(マジでヤベエ)と焦ったがしかし。 ゾロはマウントポジションで動きを止め、俺を見下ろしたままひどく場違いな声を出した。 「俺は先のことなんざ何一つ考えちゃいねえぞ?」 「………」 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、静かに、だけどはっきりと俺に告げる。 「…てめェは、そうだろうな」 「鷹の目を倒してその後どうするか、なんざどうだっていい」 「てめェはそうだろうさ!」 それ以上聞きたくなくて俺は声を荒げた。 ゾロがそんな男だってのは最初っから知っている。 俺とはまるで価値観が違ってて、いつだってずっと先の、目指すもんしか頭にねェ。 でもだからこそ俺は――― 「だったら何で、俺に女やらガキやらを宛がおうとすんだ」 「…ッ…」 「『なりゆきで海賊船に乗っちゃいるがもともと海賊になりたかったワケじゃねェ』俺に、『人並みのシアワセ』をくれようってか?ありがてぇ話で涙が出るぜ」 「ゾロ!?」 「百歩譲って俺のガキが見てぇってんならそれもいいさ。だが孕むのはてめェだ」 「あ、アホかッ!男の俺がなんで」 「アホなわけあるか。眉毛巻けるくれぇなんだからそんくらい朝飯前だろ」 「こら生まれつきだボケが!ってやめろコラー!」 めちゃくちゃな事を言い出したと思ったら、ゾロは二人分の精液にまみれたシャツをぐいっとねじって即席の紐を作り、コックの命である両手首をとっとと縛り上げて俺をビビらせた。 「大体なぁ、お前がいんのに何で他の穴に突っ込む必要がある?女と見りゃあ誰彼構わず鼻の下伸ばしやがるどっかのエロコックと違って、俺ぁこれでも身持ちは固ぇんだ」 「ってどこ固くしてやがる絶倫!」 「お褒めの言葉をアリガトウよ」 魔獣よろしくニィッと口の端を上げて俺を見下ろし、ご立派に膨れあがったモノを出しすぎてふやけきってる俺のに押し付けながらの言い様はまるきり脅迫だ。 ぬっとでかい掌が降りてきて反射的にぎゅっと歯を食いしばったが、ビンタのひとつでも張るかと思ったらそれは思いがけず優しく俺の頬を撫でてきて俺はびっくりした。 「…あ?」 「そのエロコックが俺に惚れてるって解って、どんだけ俺が浮かれたか想像つくか?」 「ほ、惚れてるってなァなんだ、俺ァ別に、」 「ネタは上がってんだから黙れ。じゃなきゃ何でお前みてぇな凶暴コックがあっさり野郎にケツ掘らせっかよ。だから最初ん時俺ぁ思ったんだ」 「何をだよ…」 「『コイツを抱けるならこっから先、他はいらねぇ』ってな」 「!」 これ以上は聞いちゃいけねーと思うのに、ぎっちり縛られてしまった俺の腕は耳を塞ぐことも、愛おしむように触れる手を振り払うことも出来やしない。 「連れ合いならもう手に入れた。無駄にちゃらちゃらしてっけど見た目はまずまずで気に入ってる。本気で抱きしめたら折れそーに細ぇのに、めちゃめちゃ強くてあとガラが悪ぃ。ついでに口も最悪だが誰よりもやさしくて、すぐに他人を甘やかすから俺だけにしとけと思わねぇこともない。料理は本職、あっちの具合は最高でなんべん抱いても全然足りねぇ。体質のせいでガキは望めそうにねぇが ―――そいつがいたらそれでいい」 (そら体質じゃなくて性別のせいだ) ツッコミを入れようにもゾロにはまるで隙がなかった。 ゾロが俺にハマりすぎてることなんざ、こいつの態度だけでも嫌ってホド思い知らされちゃいたが、こうして面と向かって言葉にされたのは初めてじゃねェだろうか。 俺が女性たちに投げてきた睦言とは遠くかけ離れていたけど、いつも「ああ」とか「うん」とか、あと悪態しかつかねぇ口から漏れるそれは俺を激しく揺さぶった。 「言え。なんだって急に逃げようとする。きりきり白状しねぇとこのまま犯すぞ」 「…て」 「て?」 「てめェがそんなだから俺は…ッ!」 もうダメだ。 目の周りがかーっと熱くなった。眼球の縁からぶわっと水分を溢れてるのがわかる。 「コック!?」 ぼろぼろと際限なく涙を零す俺のぼやけた視界に、慌てふためくゾロの姿という珍しいものが映った。 一気に顔色を変え、もどかしい手つきで俺の手首を戒めたシャツの残骸を解こうとしている。その間も俺の目からぱたぱた大粒の水滴が落ちまくって、ゾロは布キレに成り下がったシャツでぐいぐい乱暴にそれを拭った。 「泣くほど、…そんなに俺が嫌か」 横たわったままだった俺を引っ張り起こし、ぶっとい腕の中に抱き込んで困ったように呟く。 頭の後ろをガキにするみてぇによしよしと撫でられながら俺はぶんぶん首を横に振った。嫌だなんてこと、あるワケがねー。 ゾロは安心したように小さく息をついて、しゃくりあげる俺の背中をゆっくりゆっくり撫でさする。ゾロのくせに俺を落ち着かせようと一生懸命なのがなんだか申し訳なくて、俺はゾロにぎゅうっとしがみつきながら、切れ切れに声を出した。 「だって、」 「おう」 「だって俺、もうすぐ…し、死ぬんだ」 「おう―――って、あぁ!?」 がぼーんと大口開けたゾロの顔はこんなときじゃなかったらまあ、見物だったと思う。 「なんかここずっと、やたらと体がだりぃ。朝メシ炊いてるだけで胸がむかむかするし、胃のあたりはキリキリ痛む。ありえねーんだが煙草だって不味くて吸えねー」 「そういや…」 真正面から俺を抱いたまま、ゾロは何かを思い出すように中空に視線を彷徨わせた。 日に日に本数の減っていく俺をナミさんが「禁煙でも始めたの?」なんて笑っていたときコイツも甲板に居たりしたかもしれない。ただ昼寝してるだけじゃなくて、意識の端でも俺をそれなりに気に留めててくれたんならそれは嬉しいけど、でも。 俺はがくがく震える体をゾロに縋り付くことでなんとか立てて、ここしばらく胸にずっと蟠っていた全てをぶちまける。 「物心ついたときから吸ってっけどこんなのは初めてで、俺」 「―――サンジ」 「怪我とかさ、そ、そーゆーのは慣れてんだ。ジジイはあーゆー性格だから口の前に蹴りが入るような野郎だし、だから、でもこんな、食いモンがあんのにメシも食えねェとか」 「サンジ!」 ぎゅうっと、それこそ骨が折れるんじゃねェかって位強く抱きしめられた。 「ゾロ…ッ」 コイツの前でこんな風に惨めなザマを晒す日が来るたァ思っても見なかったが、最初で最後だと思えば諦めもつく。 そういや名前を呼ばれることだってこれが初めてだ。 ぼろぼろ泣くことしか出来なくなった俺に、ゾロは僅かに語尾を震わせながら静かに尋ねる。 「…チョッパーには診せたのか?」 「………」 小さな船医はあれでいて優秀だ。 その口から決定的な言葉を聞くのが怖くて、俺は不調に気づきながらも、チョッパーに相談する勇気はとうとう持てなかった。 躊躇いがちにそう告げると、ゾロは突然怒気を漲らせて「ふざけるな!」と俺を抱いたままその場に立ち上がった。 「な、何」 「あいつがメリーに乗ってんのは何の為だ!全ての病を治す医者になるためだろうがッ!」 「う、わっ」 一喝したかと思うと俺の体を肩の上に担ぎ上げ、ゾロは真っ直ぐ外へ続くドアへと足を向けた。頭に血が上ったヤツはすっかり忘れているようだが俺もゾロも素っ裸のまま、しかも俺は涙とか鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたまんまだ。 「やめ、やめろって」 「チョッパー起きろ!急患だ!」 嫌がってもがく俺なぞまるきり無視して、だんだんだん!と乱暴に隣室のドアを殴る。木造のドアはノックの威力が凄すぎてあっけなく穴を開け、すぐに中からパジャマ姿のトナカイが飛び出してきた。 「きゅ、急患!?ってゾロにサンジ、何でお前ら裸なんだ!」 「御託はいいから今すぐコックを診てやってくれ。 ―――やばい病気に罹っちまったらしい」 真剣な声に文字通り叩き起こされて寝ぼけ眼だったチョッパーの目が大きく開かれる。 「ゾロ、サンジをベッドへ運んで」 きりっと眉を上げた姿にはいつも見てるぬいぐるみっぽさの欠片もねェ。どこか頼もしくすらある船医は、言われたとおり俺の体をベッドへと横たえたゾロを仰ぎ見て、キッパリと退室を促した。 全裸で仁王立ちして俺とチョッパーの所作を見守っていたゾロは訝しげに片眉を上げて「あぁ?」と威嚇したが、医者モードに入ったチョッパーには通じず、名残惜しそうに部屋へと戻っていった。 チョッパーはいつも持ち歩いてる黒革の小さな診察カバンをひっくり返して聴診器を取り出し、自分の首に掛けてから徐に俺に向き直った。ゾロがいなくなっていきなり不安になった俺はついびくっと震えちまったが、俺より年下の船医は老成したベテランみたいな顔で微笑んでみせる。 「大丈夫だよサンジ。どんな病気でも、俺がぜったい治してやるから、―――心配しないで」 「チョッパー…」 「どんな風におかしいのか、小さなことでも構わない。いつもと違うところ全部、俺に教えてくれ」 俺はゾロに語ったことと同じ内容をチョッパーに繰り返して聞かせ、トナカイ船医はメモを取りながら熱心に俺の言葉に耳を傾け、相槌を打ちながら逆に質問をしたりした。 「サンジ、平熱が何度だか判る?えーと、いつも自分の体温が何度くらいあるのか、ってことなんだけど」 「俺、熱とか出したことねェ…」 「そうか。じゃあ、異常に気がついてからは体が火照ってるとか、頭がぼうっとしたりとか」 そんな症状に思い当たらないでもなかったので「あるかも」と答えると、チョッパーはカバンから体温計を出して俺の口に咥えさせた。 一緒に取り出した小さな砂時計をひっくり返して、 「これが落ちきったら、次は尿と血液を調べるよ」 口ン中の細長いガラスの棒が邪魔で喋れない俺は、全幅の信頼を込めて頷いた。 そうして一通りの問診と診察らしきものを終えた俺を待っていたのは、ズボンだけ履いた格好で、部屋のド真ん中で座禅を組んでるゾロだった。 「…終わった」 「そうか」 瞑目していたゾロはゆっくり瞼を開いて立ち上がり、真っ直ぐ立ちんぼの俺のところにやって来る。途中で拾い上げたシーツをふわりと俺の肩に掛けたゾロは、そのまま包み込むように柔らかく抱き締めてくれた。 そんなのにまたじんっときたけど、全部打ち明けてスッキリした俺はもう涙を流すことはしなかった。そのかわり自分の体重をゾロに預けて、こてんと逞しい肩に頭を乗せてみる。 こんな時なら少しくらい甘えても許されるだろう。 「…チョッパーは、何か言ってたか」 躊躇いがちに問われて、俺は答えに窮したが。 俺から採取した血液やらションベンを、チョッパーは試験管とか呼ばれる器具に移して、見たこともない薬品に一滴ずつ垂らしてはしきりと首を傾げていた。 ドラムは最も進んだ医療島だと聞いてはいたが、あまり期待しては迷惑だろう。 「…朝になったら、エコーの使える病院を探すって」 「エコー?」 「超音波診断機とかいうやつ?…なんか俺も良く知らねェんだけど、切ったり開けたりしねェでも、体の中が覗ける機械があるそうだ」 「体の、中」 低く復唱する声に「おう」と答えたら、俺を抱くゾロの力が強くなった。 不安なのは俺だけじゃねェってことか。 「今夜は何も考えねェで、ひとまずゆっくり休め、だと」 「アァ!?ンな悠長なコト言ってねぇで、今すぐ、」 「ゾロ」 血相を変え、今にも部屋を飛び出して行きそうなゾロを俺は抱き返すことで引き止めた。 「てめェじゃ朝までに病院に辿り着くのも不可能だってんだ迷子野郎。…いーから、朝までこうしててくれよ」 「コック」 せっかちな男はしばらくドアと俺とを交互に眺めて逡巡していたが、やがて諦めたのか俺をさっきみたいに抱え上げてベッドへと運んでくれた。 セックスでぐちゃぐちゃになった方じゃなくて、未使用できれいなままの片方に、俺の体を膝に乗せるようにして腰を下ろす。 ゾロはもう何も喋らずに、でも眠る気はなさそうだった。 「―――ごめんな」 「何が」 「別れてェとか、本気で思ってたワケじゃねェんだ」 「…あぁ」 「俺ァこーなるまで、漠然と…ずっと、てめェと並んで歩いてくんだって思ってた。てめェは大剣豪で俺はオールブルー、目指すもんは違うけど、喧嘩したり抱き合ったりしながら」 「………」 「てめェもそう思ってるってことも、知ってて」 俺が本気だったようにゾロも本気で俺に向き合ってた。 だからこそ、 「じゃあ俺がいなくなったら、てめェはどうすんだって」 「コック?」 「てめェの行く道ってなァ、生半可な覚悟で昇ってけるモンじゃねェ。たった一人で傷だらけで進む道だろ」 「まぁな」 「それを寂しいとかって思うのはでも、俺のエゴなんだ」 「おい、チョッパーに休めって言われたんだろ。もう喋るな」 「最後まで聞けよクソ剣士。―――ちっと息切れしてひと休みしてェとか思ったときや、夢を叶えた後…誰かが傍に居てやれねェかって。俺ァもう、てめェと一緒に走ってくこた出来ねェから、だったら今のうちにって、そう思った」 俺の不在に、ゾロが必要以上に傷つくことがないように。 「んの、アホコック…」 後ろから俺を抱きすくめた格好のまま、ゾロが静かに泣く。 コイツが泣くところに出くわすのは二度目だが、もう一度見るそれがまさか俺のために流すもんだとは思わなかった。 俺に残された時間は多分あとわずかで、幼い頃から夢見てきた奇跡の海を見つけることは、もう出来そうにないけれど。 未来の大剣豪にこんだけ惚れられるってのも、ある意味奇跡なんじゃねェかって思うんだ。 「てめェはほんとに、甘えっこだなァ」 振り向かずに腕だけ回して、俺はさくさくしたゾロの頭を夜が明けるまで撫で続けた。 「サンジくーん!アタシ喉が乾いちゃったみたい。あったかい紅茶お願いできる?」 「ハーイナミさんただいまー!」 「俺は腹が減ったみたいだぞ!あったけぇ肉―ッ」 「黙れクソゴム晩飯まで待ってろ!ロビンちゃん、ロビンちゃんはコーヒー?紅茶?それとも俺〜?」 二日後、何事もなかったかのようにG・M号は島を離れた。 以前と寸分違わぬ航海がまた始まり、俺は体調のことは余り考えないようにしながら、チョッパーの指示に従いつつ普段どおりの生活を送ることに努めている。 変わったのは、昼間は俺になど目もくれなかった剣士が、グースカ寝てるフリをしながらちらちら物言いたげに俺の様子を伺っていることくれェだろうか。 あの後、朝になってチョッパーと共に再検査を受けた俺から何の報告もないことに心底イラついているくせに、とんでもない告白をしたせいで俺の不安がまるごと伝染したらしいゾロは、決定的な告知を受けるのを恐れてらしくもなく戸惑っているようだ。 心配させてるようで悪ィなァと思わないでもないが――― 専門の医者からそれこそ『決定的な告知』を受けたショックから未だ立ち直れたとは言い難い俺なので、もうしばらくは苛々させておくことにした。 あんまり放置でも大騒ぎになりそうだったから、命にかかわるようなモンじゃないとは教えてやったけど。 俺のコンディションがアレだったのは病気なんかじゃなく、 ―――繁殖できる性質になってたらしい、と言ったら。 あの男はどんな顔をするだろうか。 ありえねー授かりモノに俺が度肝を抜かれたくらい驚いて、グランドラインの奇跡に感謝するといい。 END |
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(2005/01/30) |
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