そして続く奇跡 4 |
4 剣士の好物ばかりが完璧なスタイルで並べられていたはずのテーブルは、戻ってみればかろうじて中身が載っているのが不思議なほどの有様でそこにあった。 「ルフィがなんとか床に落とすことは避けたんだけどねー」 最初の砲撃でぐらりと船が揺れたとき、当然テーブルも斜めに傾いだのだという。 涎を垂らして主賓の到着を待ちかねていた船長が咄嗟にゴムの腕で転落を防げたのは皿の上の料理だけで、カトラリーは散らばってるし逆さにしていたワイングラスは床の上であっけなく粉々になってしまっている。 サンジはラウンジの惨状に肩を竦めつつも、 「メシが残ってるだけでも有難ェよ。船長、助かったぜ」 「おう!サンジのメシをムダにしたら怒られっかんな」 自慢げに鼻の下を擦ってみせる少年の頭をぽん、とはたいてやった。 ゾロが来るまで我慢しろ絶対に食うな、と命令しておいたのが役に立ったようだ。 肝心のご馳走は見目形こそ惨憺たるありさまだが、食事が出来ないほどではない。 食い意地の張った船長は文字通り体を張って料理を守ったのだ。 山盛りにしていた煮物の高さが三分の二ほどになっていたのにはこの際目を瞑ってやることにして、とんだ邪魔の入ったパーティは無事仕切りなおしとなった。 「…寝たのか」 「おう」 父親が三刀を振り回して大立ち回りを演じていた間も始終キャッキャッとまるであやされてでもいるかのように機嫌の良かった赤ん坊は、夜半にまで雪崩れ込んだ宴会にまでつき合わされてさすがにはしゃぎつかれたらしく、今はラウンジの隅に設置されたベッドの上でくうくう安らかな寝息を立てている。 「賑やかな一日だったからなァ。夜泣きしねェといいけど」 ラウンジに残るのはまだ杯を傾ける剣士と、片付けを終えたばかりのコックのみ。 宴会好きのクルーにとってゾロの誕生祝いなどは名目でしかなく、主役そっちのけで飲んだり喰ったり騒いだりを繰り返した面々は、つい先ほど欠伸交じりにそれぞれの部屋へと引き揚げた。 それでもいい誕生日だった、とゾロは思う。 突如襲ってきた海賊船は撃退したし、大暴れしたお陰で鬱屈もそれなりに解消できた。 飲みながらナミが「見直した」とゾロの肩をばんばん叩いてきたのは意味不明だったが、あの女の考えていることなどゾロが理解できるはずもなく、なによりコックが用意した料理はまさに『自分のため』に作られたものばかりで。 (俺ァもしかしたら、グランドライン一の果報者、ってヤツなのかも知れねぇな) 出来すぎた連れあいに、本来なら叶うべくもない授かり物。 滅多に飲ませて貰えない米の酒は、誕生日だからと特別に饗された特上品だ。 さすがの酒豪も浮かれ気分で飲み続けて酔いが頭にマワったらしく、人が聞いたら砂を吐きそうなコトを考えながら、ひとりうんうんと頷いていた。 ほんの半日前まで甲板でイジケていたとは思えないシアワセモノぶりである。 (後はまあ) 欲求不満が解消されりゃ言うことねぇんだがと、我が子の寝顔を微笑ましく見つめる青年の背中を見つめた。 しかしまあ、それはおいおいなんとかなるだろう。 一度に沢山を望むのは贅沢というものだ。 そんなゾロの心情を知ってか知らずか、サンジは小さな体に布団がわりのバスタオルを掛けなおすとゆっくり飲んだくれ亭主に振り返った。 「さてクソ剣豪様。―――こっからはオトナの時間だぜ?」 唇の端を僅かに上げてしゅるりと軽やかな手つきで己のネクタイを外すサンジに、ゾロは思わず口に含んだ酒を吹いた。 「んだテメェ、汚ねェな」 「―――何だはお前だ!今まで俺がチョッカイ掛けても散々焦らしてきやがったくせに、いきなり態度豹変させてんじゃねぇ!」 「照れんなよ今更」 船医のお許しが出た一ヶ月を過ぎてから、隙を見ては雪崩れ込もうとするゾロに対して「まだダメっぽい」「ガキが起きる」「つうかソレどころじゃねェ」と屁理屈を捏ねてはすげなく退けてきた青年。 それが自らシャツのボタンを外し膝に乗り上げて誘い掛けてくるという、出産前ですらなかなか巡り合えなかった僥倖が突然訪れて、ゾロは(なんの気紛れだ)と目を白黒させた。 ぽかんとアホ丸出しで口を開いたっきりいつまでも自分を抱き寄せようともしない男に焦れたか、サンジは細い腕をゾロの首に回して、ちゅっと額に口付けを落としてやる。 「もうさ、朝までぐっすり寝るようになったから」 「んあ?」 ちらりとサンジがベッドに視線を投げたので、それが子供のことを指しているのだとゾロはようやく気付くことが出来た。 「…テメェとヤってて、途中で中断、なんて出来っこねェもん」 解ンだろ?なんて目元を赤らめた青年に拗ね気味で言われては――― 三ヶ月分を一晩で取り戻してやる、とロロノア・ゾロは俄然張り切った。 ゾロは知らない。 腕の中でしなやかに乱れてみせるサンジが、 (いい加減拗ねちまうからここらへんでご機嫌取っとかねーと) なんて失敬な事を考えていることを。 小さなレディがあんまり可愛くてついつい恋人の存在を忘れていたことだとか。 ゾロを含めた他の人間に触らせるのが勿体無くて、この三ヶ月思う存分ベビーとのふれあいを独占状態で楽しんでいたことだとか。 先週末たまたま目にしたカレンダーで、よーやくゾロの誕生日が近いことに気がついてめちゃめちゃ慌てたことだとか。 それら全てひっくるめて、コックさんが反省モードでサーヴィスしてやってるだなんてことに、少々単純なグランドライン一の果報者は一生気付きそうにもなかった。 それでもまあ、その夜ロロノア・ゾロが奇跡的にイイ思いをしたのは間違いない。 HAPPY BIRTHDAY ZORO! おわり |
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(2003.11.21) |
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