HERO 7 |
7 その後は上になったり下になったり散々乱れまくったサンジだが、コトが終わって放心状態から醒めてみれば、ゾロの予想通りぎゃーぎゃーと文句を言い募り、専属整体師は誕生日の今夜もお詫びを兼ねたご奉仕に勤しむこととなった。 「んっ、あ、ダメ、そこは…ッあ、ん、んんっ」 下半身にだけ申し訳程度に毛布を被せた青年は、真っ白な背中を晒したままベッドに伏してその恩恵に与っている。 (こりゃ苦情が出る日も近ぇか) 患部を強く圧迫するたびに漏らす密やかな喘ぎは、音だけ聞いてたら間違いなくセックスのときに愉悦から上げるだろうそれだ。 もっとアレでアレな本番に慣れた今ではさすがに声だけで催すことは少なく(…)なりはしたものの、耳の毒には違いない。 馬乗り状態でがちがちに固まったサンジの身体を解しながら、贅沢とは言い難いこのアパートの薄そうな壁を思わず凝視してしまうゾロである。 恋人の仕事はコックだが、彼の腰痛は立ちっぱなしでの長時間労働が要因であり、一種の職業病と呼ばれるものだ。 ムダな筋肉のついていないすらりとした長身は、サンジにすっかりベタ惚れしているゾロの欲目を差っ引いてもなお素晴らしく均整がとれていて、腰の痛みから猫背になりがちなのをゾロは常々勿体ないと思っていたが、 (―――コイツのはカラダのせいじゃねェんだろうな) 毎晩熱心な施療を続けてもなかなか治らない彼の立ち姿に、ゾロはふとそんなことを思う。 スレンダーな肢体に加え、つやつやとした光沢のある蜂蜜みたいに輝く金髪と白い肌はそこらで簡単にお目にかかれるもんじゃない。思わず(んんん?)と確認体制に入ってしまうグルグル眉毛がなくたって、サンジの外見は否応無しに人目を惹く。 本来なら恵まれた資質はけれど、彼にとってはいっそ邪魔なものだったろう。口さがない連中の目にも留まりやすかったに違いない。 心の動きはそのまま身体へと反映される。サンジは伸びやかに過ごすはずの成長期を罪悪感でいっぱいにして、身を縮めるようにして生きてきたのではないだろうか。 そんな必要は一切なかったのに。 ゾロとこういう付き合いをするようになってからもサンジの悪癖は相変わらずだ。 ねじれた大腿骨や骨盤の位置がほぼ定位置に戻っても、ちょっと仕事が忙しいと腰をさすり始めるし、小さな切欠で過去を思い出してはなんとも言えぬ表情でゾロを見つめてくる。 (…まぁ、これからはずっと俺がいるわけだから) 心身ともに未だ頑固なところのあるサンジだけれど、サンジがこれまで生きてきた年月より、この先ゾロと共に過ごす時間のほうがきっとずっと長い。 一度では気休めにしかならない整復リハビリは、何度も繰り返し通うことによって効果を発揮する。事故当初は半身不随を疑われたゾロでさえ常人と変わらぬまでに復調したのだから、サンジだって。 彼のストレスはしょうもないことにゾロ自身だが、だからこそ自分だけがサンジを癒せるはず―――なんてことを、ナマイキな新米整体師は思った。 マッサージの恩恵を半減させているのがサンジ可愛さゆえの暴淫暴色にあることは、取り敢えず棚上げである。 短い準備期間で色々考えて趣向を凝らした料理は、猛スピードで用意した甲斐もなく食べごろを逸してしまった。 ナマモノにはぴっちりラップをかけていたし、温めなおせば大丈夫なプレートもありはするものの、折角のご馳走が僅かとは言え質を落としたのには料理人として納得がいかぬサンジだ。 特に残念だったのが炊きたてを食べさせたかった白飯と刺身の類で、前者は長時間の保温で水分を失い、後者は室温が祟っていつの間にかべしょべしょ、という有様だったのだ。 「やっぱり一回でやめときゃよかった」 サンジはこれがラストの小さなデコレーションケーキに蝋燭を立てながら、眉尻を下げて愚痴り続けている。 やっぱりどころかいざ合体してからは自分の名前プラス催促しか聞いていないゾロは思わず首を傾げそうになり、直前でぐっと耐えた。 二度目なんかはノリノリで騎乗位をこなし、教えたばかりの前立腺に自らゾロの陰茎を擦り付けて精を搾り取ったサンジだったのだがそれを指摘すると逆ギレして暴れはじめるので、ゾロは無難に話を逸らすことを選ぶ。 「十分美味かったぞ?」 「こちとらプロなんだよ。俺のメシが美味いのは当たり前なんだっつうの!うう、やっぱ適温解凍の最新レンジが必要か…」 ぶつぶつ呟きながら立てた蝋燭は、大きいのが2本、囲うように小さいのが5本。 ゼリーで寄せたフルーツの合間に恋人の年齢分だけ配置したサンジは「うしっ」と立ち上がって部屋の明かりを落とし、ロゼットに絞ったクリームを避けながらライターで火を点けた。 真っ暗な室内では小さなケーキの周りだけがぼんやりと明るくて、向かい合わせにちょこんと座った二人を照らす。 「成人式もとっくに終えた野郎が揃ってやるこっちゃねェけど…でも誕生日のオヤクソクだしな!てめェみてーなのには似合わねェコト甚だしいが、ちゃんと消せよ?」 ちりちり揺らぐ灯火の向こうで照れ臭そうに笑ったサンジにゾロはニッと笑い返しながら、胸をそらして少々大袈裟に息を吸い込んだ。 ふ―――っと吐き出された長い呼気ひとつで7本の蝋燭は全て消え、サンジは指先だけで小さな拍手を送ってやる。 「ご苦労さん。―――ゾロ?」 暗闇に白煙が細くたなびく中、再び電気をつけようと立ち上がった青年の袖を、不意にゾロが掴んだ。 「1年」 「…んん?」 「多少錆付いちゃあいるが、余所見しねェで1年まるごと充てりゃあ何とかなんだろ。国際大会に出るにゃあそっからまた1年」 「おい、そりゃもしかして」 スイッチに伸ばしかけた腕を宙に浮かせたまま、唐突に始まった会話とその内容にサンジは戸惑った。 反射的に脳裏に閃いたのは真っ白い道着を纏って大歓声の中にその身を置いた、かつての柔道家の姿で。 2年あれば柔道家として第一線に復帰してみせるとは、その道の人間が聞いたら憤激しそうな台詞だったが、天才と呼ばれたこの男ならそれもやりかねないと思う。 はっと息を飲んで振り返ったサンジにしかし、ゾロは「だが」と続ける。 「俺がいまやりてェのはそっちじゃねェ」 「………」 「通信と専学、両方合わせて2年通ってっけど、柔整師の受験資格が貰えんのは再来年の春だ。ガキの頃からアタマはあんま使ってこなかったし、こっちはいっぺんで通りゃ奇跡ってトコだが、まァ負ける気はしねェな」 「ゾロ」 「俺がもっかい世界獲って、そんでお前がスッキリするってんなら2年ばかりの寄り道は何てこたァねぇが…あー、五輪は勘弁してくれっと有難ェな。三十路越えてからのペーペーじゃ客が」 闇の中だ。 目を凝らしてもゾロの表情は窺えず、けれど明かりをつけることも躊躇われ、サンジはその場に膝をついて、偉そうに胡坐をかいたゾロの頭を抱きかかえた。 「今のまんまでいい…」 何と告げるのが一番相応しいのかも解らず震える声でそれだけを口にすると、くぐもった声で「おう」と返ってくる。 サンジの体のことなら隅から隅まで知り尽くしてると豪語する整体師は、いつまでもぐじぐじと事ある毎に思い悩んでしまう心の中までしっかりお見通しで、サンジは自分の情けなさに涙が出そうになった。 「俺のせいでまた道を踏み外すつもりかよ?今度こそ俺ァ逃げるぞ」 無理やり笑顔を作って額をごちんとくっつけそう言うと、ニッと男臭く笑う気配がする。 「そりゃあ困るな」 成る程その技量は健在で、項に手のひら滑らされたそのまま、サンジは音もなく床へとひっくり返された。お誂え向きに真っ暗で、仲良くするのにも丁度いい。 憧れていた男は、もう柔道家ではないけれど。 畳の上からちょっと戦地を移動しただけで、今もサンジのヒーローはずっと戦っているのだ。 こうしてプレゼント本体から存分に誕生日を祝ってもらったゾロは結局自宅には戻らず、勤め先の接骨院へサンジのアパートから直接向かうことになった。 出掛けに新婚夫婦も顔負けな「いってらっしゃい」の言葉とともに贈られたのは、ダークブラウンのマフラーとこのアパートの合鍵。 「今夜からは、中で待ってていいから」 目を泳がせながら何気なさを装って渡してきたのが可愛くて、ドアを開け放ったまま抱きしめてキスしたら、照れ屋で粗暴な恋人は「場所を考えろ!」と力いっぱいゾロの脛を蹴り上げたが。 痛みをマイナスに勘定してもお釣りが来るほど素晴らしいプレゼントを一晩かけて捧げられたゾロには何のダメージも与えられなかった。 むしろ偶然そのとき部屋の前を通りがかった隣人に、一部始終をバッチリ目撃されてしまったサンジのほうが負った痛手は大きいだろう。 奇しくもゾロの予想はサイアクな形で的中し、折角の合鍵はその後4ヶ月ほどでお役御免となるのだが、それはまた、別の機会に。 END |
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(2006/03/05) |
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