骨まで愛して 7 |
7 カルテに記入された住所を辿り、なんとかサンジの家を訪ね宛てたのは夕方になってからだった。 随分な時間をかけてしまったが、とことんまで地理に疎い自分がたったこれだけの間に辿り着けたのは奇跡に近いと、ゾロは心中で述懐した。 彼の派手な外見にはそぐわない、何の変哲もないアパート。 倹しい、とも言えるその外観に、ゾロはむぅ、と喉の奥で唸る。 (黄金の右手だとかテクとか愛だとか言いやがるから) あれ以来ずっとサンジのことばかり考えてきた。 仕舞いには彼の生活環境まで勝手に想像し、エースの話を聞くまで(どうせ体で稼いだ金で自堕落な生活を送る人間なんだろう)などと思い込んでいたのだから自分が恥ずかしい。 受付にいた医療事務員はサンジはここらでもかなり高級なレストランで働いていると教えてくれた。 もしも行くつもりなら、定休の月曜日か午前中でないと留守だということも。 それでも大慌てで病院を飛び出したゾロである。 (帰ってくるまでここで待ちゃいいだけの話だ) そう決めて、どかりとドアの前に腰を下ろした。 腕を組んで硬く目を瞑り、どうやって彼に詫びるべきかを考える。 矢も盾も溜まらずやって来たまでは良かったが、その後のことはまるきり頭に無かったのだから呆れたものだ。 誤解から手酷く犯した。 ひどい言葉で詰った覚えもある。 それらが簡単に許されるとはいかな楽天的なゾロでさえ到底思えないが、 (腕の一本でも折られなきゃ、俺の気が済まねぇ) とかなんとか生真面目な思考の反面、これでまた会えるとかちゃっかり喜んでいたりするのだから図々しい男だ。 ちょっと耳にしただけの噂話を、なぜ確証もなくサンジだと思い込めたのか。 下らないと切り捨てたくせに、あんなにもサンジに欲情したのは何故なのか。 答えなんかとっくに出ている。 「―――何やってんだアンタ」 「んあ」 長く伸ばした足を誰かにこつんと蹴り飛ばされて、ゾロははっと目を覚ました。 辺りはすっかり薄暗くなっていて、どうやらサンジを待つ間にすっかり寝入っていたらしいことに気付く。 大きな欠伸をひとつしてコキコキと首を動かした先には、外灯のあかりにぼんやりと照らし出されたシルエット―――サンジが立っていた。 咥え煙草の火が邪魔で表情が伺えないが、ゾロの目の高さあたりでぎゅっと握られた拳が小刻みに震えている。 「待ち伏せたァやってくれんじゃねェの…そんなに、俺のカラダがお気に召したかよ?」 挑発的な台詞だが、あの時と同じ苦しげな声音だ。 そう感じたゾロが咄嗟に取ったのは、まさに無意識での行動だった。 「すまなかった…!」 「おい!?」 「許せたぁ言わねぇ。俺ぁ―――」 「ちょ、ちょっと待て!」 サンジは唖然としてがばりと地べたに土下座した男を見つめ、ついで冷や汗をかきながらきょろきょろと周囲を見回した。 幸い人影は見当たらず、サンジはゾロのシャツの背中を引っつかむと、大慌てでポケットから家の鍵を取り出す。 「なんなんだよ一体…オラ、入れ!」 「うお!」 半分突き飛ばすようにしてゾロを自室に押し込むと、ドアを背にしてサンジははぁ、とため息を落とした。 目の前では図体のでかい男がぺたりと尻餅をついた格好でバツが悪そうな顔をしてサンジを見上げている。 まるで飼い主に捨てられかけた子犬のようだ。 (…この場合俺が飼い主かよ) 悪い夢でも見ているのか、とサンジは首を振り、靴を外してさっさと男の脇を通り抜けた。 すれ違いざま吐き捨てるように「上がれ」と言われ、ゾロはおとなしく彼について部屋の奥へと進む。 きちんと整頓されたきれいな部屋だった。 こじんまりとしたダイニングキッチンの奥にあるリビングは寝室も兼ねているらしい。 ソファに掛けるように促されたゾロは、ついでとばかりに遠慮なくじろじろと部屋の中を眺めまくった。 片付いている割りには部屋にオンナッ気があるわけでもなく、シングルのベッドに(フリーっぽい)と確信し、床に敷かれたラグに足を伸ばしたサンジへと向き直り、 「一人暮らしか」 「…アンタにゃ関係ねェだろ」 素っ気無い返事を返した相手は手元に置いた灰皿にぐいぐいと煙草を押し付けてゾロを睨む。 尖った口調だが目が泳いでいて、(ああ警戒してるやがんだな)とゾロは勘付き、 「無理に部屋に上げてくれなくてもいいぞ。話なら外でも」 「俺が困るんだよクソ野郎!アンタ、自分が元有名人だって自覚はねェのか…」 「あ?」 「かつては無敗を誇った柔道選手だろ。交通事故で引退するまでは」 「そんなこともあったが、よく覚えてたな」 当時はまだしも、ここ最近では同年代の人間がゾロの過去について触れることはほとんど無かった。 かろうじて記憶している年配者でも、たまに「どこかでお会いした?」などと首を傾げられる程度なのに。 「―――そりゃ覚えてるさ。アンタが怪我したのは俺のせいだからな」 低く呟かれた声に、ゾロはぎょっと目を剥いた。 「あの年はめっちゃ暑くて…夏休みもとっくに終ったってのに、俺ァ夏バテで。なんかアタマがずっとぼんやりしてた。信号がとっくに変わってんのも解んねェで、ふらふら歩き出したらクラクションが響いて」 音に驚いて振り返った先には大型車両が1台、運転手が慌ててハンドルを切ろうとする姿までがくっきり見えたという。 「俺も世界もやたらゆっくりなのに、逃げるとか避けるとか、考えることも出来なかったな。見るモン全部がモノクロになって、『あー死んだ』って思った」 「………」 「そしたら、灰色ばっかの目のナカに、すんげー緑色が飛び込んできて、すぐに体がそれごと吹っ飛ばされて、」 次に目を開いたら緑は真っ赤に染まっていた、と語る唇は色をなくしている。 「庇われた俺は無傷で、でも声ひとつ上げられなかった。そんな俺にアンタは、血塗れのまんま笑って、『大丈夫だ』って」 震える声で聞かされたその情景は確かにゾロにも覚えがあった。 あったのだがしかし。 「…おい、ちっと待て」 「なんだよ?」 「そんなような事もあった気がするが、―――俺が助けたのはせいぜい中学生くれぇのガキだったぞ?」 「チビだったんだよ悪ィか!俺だってスポーツ新聞見るまでアンタが同い年だなんて知らなかったよ!」 真っ赤な顔で叫ぶその顔をカワイイと思ってしまったのは流石に不謹慎だったろうか。思わず見惚れてしまったゾロだったが、 「ただの事故じゃねェ、『ロロノア・ゾロ』のだ。すげぇ大騒ぎになって、どっかから嗅ぎつけたマスコミがウチにまで押しかけて…とてもじゃねェけど礼とか見舞いとか出来る状態じゃなかった」 「あー、あの頃はな」 「『代わりに死ね』って石投げられたりな。なんで助けたって、逆恨みしたこともあったんだぜ?」 「…すまねぇ」 「アンタが謝るこっちゃねェし、それに」 「それに?」 「―――再起不能になったって聞いて、俺もそう思った」 「…サンジ」 「病院でアンタを見たときは驚いたぜ。咄嗟に7年前のことを詫びるチャンスだと思った。でもすぐ…今更だってことに気がついたよ」 蒼い瞳にじわりと浮かぶ涙を見咎め、(零れ落ちる前に抱きしめてやりてぇ)などと場違いな衝動が湧く。 どうしたもんかと逡巡しつつ眉を顰めたゾロに、サンジは「はは、」と力なく笑って、 「あん時のことを後悔して謝りに来たんなら、そーいうワケだから気にしねェでくれ。アンタが怒るのも当然だし、コッチはどうされたって文句言える立場じゃねェんだ。まさかアンタが、…でゴーカンまでされるたァ思わなかったけど」 言い辛そうに消えた部分はいわゆる男しか愛せない男をあらわすカタカナ2文字で、ゾロの眉をより一層顰めさせた。 そういう風に見えていたのかと思うとなんともやりきれない。 「バックバージン位でおあいこになるなんて思えねェけど、…俺は忘れッから、アンタも」 「そりゃ無理だ」 聞き捨てならない台詞にゾロは思わずサンジの言葉を遮った。 「俺は忘れないし、てめェにも忘れて欲しくねぇ」 「…ッ、じゃあどうすんだ。まさかアンタ、これからも…」 息を呑んで青褪めた青年に、ゾロは「あー」と頭の後ろを掻きながら、 「そうじゃねぇ。…いやそうなのか?」 「………」 思案げに揺れる顔はあの夜のサンジが抱かれる直前、施療室で見せたそれだ。 彼が事故の時出会った少年ならばゾロが懐かしく感じたのも無理はない。 腕の中で恐怖に慄く彼をなんとかして宥めたくて、激痛を堪えながらゾロは必死で声を出したのだ。 同じ言葉でまたサンジの不安を取り除くことが出来るだろうか。 「大丈夫だからそんな顔すんな。つか、俺はてめェがあん時のガキだなんてこれっぱかしも気付いちゃいなかったんだぞ。気付いたとしてもそれこそ『今更』な話だ、責める筋合いじゃねぇだろ」 「だったら、なんであんな…?」 「それがちと言い難いんだが…、―――実はな、」 滔々と、しかしバツの悪さ丸出しで目を泳がせながら語られたゾロの『言い分』に、サンジの目は点になった。 話が進むにつれ青年の青褪めた頬はだんだんと紅潮しはじめ、やがて耳の先までを真っ赤に染め上げる。 「…とまぁ、そんなわけだ。一目惚れってんだろこういうの」 「………」 無言で顔を伏せたサンジを伺うようにゾロが首を竦めて覗き込んだ先では、くるんと巻いた眉尻が額の生え際につくかと思うほど吊上がっている。 「っざっけんじゃねェこのクソ野郎!」 腹部にジャストミートした飛び蹴りの余りの威力に、(鍛えておいて良かった)とゾロは自分の頑丈さに感謝した。 そのまま外に蹴り出されるのが妥当なゾロだったが。 「あーそこ。うん、あ、もうちょい上?」 「………」 「ったた、痛ェよバカ!てめェプロなんだろ、ちったぁ加減を考えろ!」 「すまん」 「いーけどよもう…ゥあっ、ん、ンンっ」 「頼むから、そういう声出すな…」 「ああ?偉そうなコト言えた義理かこの強姦魔。いいから黙ってご奉仕しやがれ―――って、ヤベェ気持ちイー」 「………」 無理な体勢から繰り出したキックは、サンジの痛めた腰を更に悪化させたらしい。 片足をゾロの腹にめり込ませたまま「イテテテ」と蹲った青年は、仕方なくそのまま目の前の整体師の世話になることになった。 「…今おっ勃ててるモンを無理やり俺に突っ込みでもしやがったら、今度こそ許さねェぞ」 「おう」 つまりは一度目のアレは許されたということなのだろう。 「終ったらご褒美にメシ食わせてやる…っあ、ふあ」 ついでに手料理までご馳走になれるらしい。 「ただのサーヴィスだから調子に乗るんじゃ、や、そんなとこ…、」 またしてもある意味拷問に近い作業を続けながら、ゾロは抜け目無くサンジの性感帯をリサーチ中だ。 アクシデントのおかげで追い出されずに済んで味を占めた…というわけでもないが、懲りずにうつ伏せになってゾロにあちこち触らせているのを見る限り、サンジも満更ではなさそうだと踏んでいる。 あとは、 「そのうちてめェから『乗ってください』って言わせてやるよ」 「だっ、だからそーいう、あ、そ、そこもっと強く…ッ!」 腕に沁み込んだテクニックで、この男を落とすだけ。 (毎晩押しかけて鳴かせてやりゃあ、すぐだ) その間ずっとこの声を聞き続けていては、自分のガマンの限界が先に来るかも知れないが――― もうコイツを他の整体師に触らせるワケにゃあイカンだろと、指先に気合を入れなおすロロノア・ゾロなのだった。 END |
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(2004/09/09) |
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