骨まで愛して 6 |
6 それからナニゴトもなく三日が過ぎ。 「ゾロお前さァ、もうちょい愛想良く出来ねェ?お客さんがビビってたぞ」 「や、生まれつきッス」 「それにしても最近ちっとおかしいだろ。ニコリともしねェじゃねーか」 「…スイマセン」 (―――笑える心境じゃねぇんだよ) 午前と午後の診療時間を挟む短い昼休み、ゾロは雇い主である院長シャンクスと向かい合わせでコンビニ弁当に箸をつけながら、憮然とそう思った。 あの悪夢のようだった月曜日以来、ゾロの頭を占めるのは『サンジ』のことだけだ。 二度と会うこともないだろう、勢いだけで体を重ねてしまった男。 自分の下で白い裸身をくねらせて、ぼろぼろ泣きながら喘いでいた。 あんなにしっくりと来る体は初めてだ。 力を込めて抱きしめただけで折れそうに細いくせに強靭にしなり、猛ったゾロを貪欲に咥え込む。触れるだけで震える滑らかな肌、快感に伏せた長い金色の睫毛、目を閉じなくてもサンジの全てが鮮明に思い出せる。 何よりも、 『俺を犯して満足か?』 終わった後、へらりと笑いながら…絶望しきった声で呟かれた言葉が、いつまでもゾロの耳から離れない。 (満足…出来るワケがねぇ) あんな男を。 たった一回抱いたくらいで、忘れられるものか。 「―――ゾロ。卵焼き落ちてんぞ」 「あ」 「おいシッカリしてくれよ。お前それでもここのエースか」 「アンタ以外にゃ俺しかいねぇだろ」 「そりゃそうだ」 ガハハと大口を開けてシャンクスは笑い、ゾロは床に落ちた卵焼きを拾ってひょいと口に投げ入れた。 恩師の整形外科に較べたら、町の片隅にある小さな接骨院でしかないこの病院は、外から見たら文字通り吹けば飛ぶようなボロ屋敷だ。 しかしながら院長の腕には定評があり、ご近所のご老人が毎日よたよたと通い詰める。 最新の理学治療を目指すゾロには少々物足りない気がしないでもなかったが、シャンクスは歳の割りにくだけた男で、ゾロのような無骨な人間には気を遣わずに居れる分ありがたい職場だった。 「休みに彼女とケンカでも…おい、鏡見て来い。スゲェ顔になってんぞ」 むっと眉を寄せたゾロをシャンクスが真顔で覗き込んだところで、ジリリーン!と電話が鳴った。 ハイハーイとシャンクスは立ち上がり、古き良き時代を彷彿とさせる黒電話の受話器を耳に当て、ゾロに(さっさと食え)と手で合図を送る。 ゾロはハァ、と溜息をつきながら、掻きこむように箸を動かした。 「…おう久しぶり。あー、まぁ閑古鳥ってヤツだな。そうそうお前ンとこみてぇにゃいかねえよ…今から?あぁこっちゃあ大丈夫だが…うちのエース、凄ぇ顔になってんぞ」 どうやら自分のことを話題にされているらしいと、ゾロは片眉を不機嫌そうに上げた。 親しげな話しぶりから電話の相手は恐らく、 「ゾロ。白髭のオッサンとこのエースのエースだ」 「やっぱりかよ」 送音部を手で塞ぎもせずに、シャンクスはちょいちょいとゾロを呼ばわった。 もしも相手が『そう』だったら居留守を決め込みたかったゾロだが、これでは電話に出ないわけにも行かない。 不承不承といった体を隠そうともせず、 「…替わりました。ロロノアです」 『いよーう俺はエース!いつも元気でハンサムな白髭整形の若き天才整体』 「いいから用件を言ってくれ。メシの途中なんだ」 『あら。こりゃまたご機嫌ナナメじゃ〜んゾロ』 やたら明るい声が耳障りで、ゾロはチッと相手に聞こえるように舌打ちした。 電話の向こうではエースがそんなゾロの態度をおやおや、と面白がっているのがこれまた不愉快だが、話の内容はゾロをもっと不愉快にさせてくれるものだった。 「今からすぐ、代勤だと?」 『おう。ベラミーがいきなり早退してよ、人手が足りなくて困ってんだ』 「…悪いが、俺はしばらくそっちには…」 『シャンクスには話つけてあっから。頼むな!』 「っおい!俺は行か」 ツーッ・ツーッとお馴染みの電子音が受話器の向こうから響き、ゾロは力任せにそれを本体へと叩きつけた。 ガチャンと上がった騒音に、シャンクスが「ワーア」と間延びした声を出す。 「どーせヒマなんだから行ってくりゃいいだろ。恩師に報いて来い」 「…今はそんな気になれねぇんスよ…」 「若いモンが情けねえこと言ってんじゃねェよ。辛気臭ェツラしてねぇでとっとと出てけ」 ギロリと眼光鋭く睨まれて、ゾロはガクリと肩を落とした。 嫌がっているのを解った上で面白がっているのだ、この男は。 「―――残りの弁当、食っちまってください」 ラッキー!と年甲斐もなく飛び上がった男に背を向け、ゾロはもう一度溜息をついた。 二度と足を向けたくないと思っていた場所に、こんなに早く赴くことになるとは。 とことんまでついてねぇ、とゾロは天を仰いだ。 そばかすだらけの整体師は、仏頂面のまま訪れたゾロを「早い早い」と大袈裟に拍手でもって迎えてくれた。 「悪いなーいきなり」 「………」 そう思うんなら呼ぶなよと思ったが、どうせ言ってもこの男は聞かないだろう。 どの道恩師の頼みとあらばいかな今のゾロとて断りきれるものではなかったろうが、エースに八つ当たりするくらいは許して欲しい。 無言で白衣を羽織り始めたゾロの低気圧を察したか、エースはぺらぺらと尋ねてもいない突然の呼び出し理由を語りだした。 「それがさー、ベラミーがどうも患者から悪い菌つけられたらしくてよ」 「…患者から?」 「クラミジアってやつ?もうションベンのたんびに痛ぇ痛ぇって大騒ぎさ。ゴムさえつけときゃ良かったんだろーが、流石に施療室にンなモン置いてねーもんなぁ」 どこかで聞いたような話だ、とゾロは目を丸くする。 まさかとは思うが、 「エイズもらうよりゃマシだろつったら、あいつ慌てて検査行きやがんの。二度と金髪には手を出さねぇって半泣きだったぜ」 「………」 それはつまりベラミーと自分が穴兄弟になったということだろうか。 力押しばかりが自慢の巨体を思い出して、ゾロは思いっきり唇をへの字に曲げた。 面白くないにも程がある。 「文句言おうにも相手は先月からモロッコだしな。手術終わったら今度こそホントのオンナになってくるって張り切ってたらしいが、」 「…あ?」 「聞いたことね?『月曜日に現れるプラチナブロンドの淫乱オカマ』。オッパイに仕込んだシリコンが合わねぇって、リハビリにやってきちゃあアホな整体師をつまみ食い」 「ああ?」 「幾ら美人でもアレはなぁ…同じパツ金美人なら、貧乳でもサンちゃんを俺は選ぶね」 「あああ?」 「まー食う前に俺がケリ食らってんだろうがなハハハ。―――なんだゾロ、お前顔面めっちゃ引き攣ってるぞ大丈夫か」 「…その淫乱の金髪が、サンジじゃねぇのか」 「サンちゃんが?ンな寝言いってたらあの子にブッコロされっぞ。第一サンちゃんの頭はきんきらきんのハニーブロンドだろ―――ってゾロ!?」 着替えたばかりの白衣をばっと脱ぎ去って駆け出した整体師に、エースが素っ頓狂な声を上げた。 「お前これから代勤―――!」 「俺も急病だ見逃せ!」 その足で受付に飛び込んで、サンジのカルテを引っ張り出したゾロである。 後日、エースとツーカーであるシャンクスは、 「うちのエースはなにやら恋の病に罹ったらしくて」 と年寄り連中に散々吹聴しまくったという。 |
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(2004/09/07) |
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