ハリケーン 4





 左手を強く引っ張られて、ゾロは目を覚ました。
うっすら瞼を開いた先では、なんだかボロボロになったコックが必死になってネクタイと格闘している。

「…何やってんだてめェ…」

 言いながらどこかで聞いた台詞だ、とゾロは思い、連鎖反応で我が身に振りかかった災難を思い出した。
見ればコックだけでなく自分も相当にボロボロな有様だ。
 自分を追いかけて海に飛び込んだサンジもろとも嵐に呑まれ、船に乗り込むこともならず海流に流されて、
―――突発的な暴風を免れた後も何時間も漂流を続け、這う這うの体でこの孤島に辿り着いたのだ。

「おう起きたか。テメェも手伝え、湿ったせいか食い込んじまってちっとも外れねェ」

 二人を結んだネクタイは、真っ黒い塊みたいになってぎちぎちと手首を締め付けている。
 ゾロは起き上がって繋がったほうのサンジの手を引き、鋭く尖った糸切り歯でぶつんと布を噛み千切った。
 繊維が別れ別れになった瞬間、情けなさそうにグル眉が下がったがこの場合は致し方ないだろう。
 サンジはうっすらと赤く跡のついた手首にふうふうと息を吹きかけながら、

「うし。やるぞゾロ」

言うなり自分のシャツに手を掛け、小さなボタンをぷつぷつ外し始めた。

「―――あ?」
「ボケてんじゃねェよカタナ無し剣豪。次の島に着いたらセックスさせてやる約束だっただろ?」
「………」

 確かにそうだ。船の上ではイヤだから、次にどこかに上陸したならその時こそは、とサンジは自分に約束した。
 そして今二人はあたりには誰もいそうにない小さな島の上で―――だがこの状況でそれはどうなのか。

「…てめェ、頭でも打ったのか?」
「うるせーうるせー!ヤらせてやるつってんだから有難くご馳走になりやがれ!」

 ばっと豪快にシャツを脱ぎ飛び掛ってきた痩身を反射的にゾロは抱き留めて、冷え切った肌が小刻みに震えているのにハッと息を呑んだ。

「…コック?」
「一直線のイノシシ野郎が…ログポースなんかとテメェの命を天秤にかけてんじゃねェよボケ…」

 ぎゅうぎゅう首根っこにしがみ付きながら、らしくもないか細い声を出す。

「アレがなくなっちまったらこれで又しばらくお預けだとか思ったんだろ?」
「ンなこたぁ」
「あんだろ」

 半眼になったサンジに睨まれて、ゾロはうっと言葉に詰まった。
 確かにまあ、少しばかり焦りはしたけれども、

「―――無くなったらナミがうだうだ煩ぇからな。別に、てめェとヤる為だけってワケじゃねぇ」
「そうかよ」
「そうだ」

 無理のある言い訳に「ふーん」と解ったんだか解らないんだが判断不能な返事をサンジは寄越し、それきり黙りこむ。
相変わらず抱きついたままの青年に、ゾロは段々と居心地が悪くなってきた。というか、居心地が良くなり過ぎて困ってきた。
 真っ白な背中に回した腕をわきわき動かしたくて堪らないのをなけなしの理性で誤魔化しつつ、

「あー、…てめェこそなんだ、大人しく船で待ってりゃいいモンをわざわざ」
「………」
「遭難者が二人に増えただけじゃねぇかアホコック」
「一人より二人の方がマシだろ」

 フザケ半分だとしか思えない言葉にゾロはむっと眉を顰めた。
 本気で言っているのなら今ごろ必死で自分たちを捜しているだろう仲間たちに失礼な発言だ。

「おい、そりゃあ」
「バーカ。冗談だよンな顔すんな。…第一、俺がテメェを追っかけてきたのは遭難しねェためだ」
「あ?」
「明日あたりにゃ潮を辿ってナミさんが迎えに来てくれんだろ」
「…そういうことか!」

 荒れ狂う海の中、それでもGM号目指して泳ごうとしたゾロをサンジは何度も何度も遮った。
 理不尽な態度にその時は憤慨したが、繋いだ腕が邪魔をして強引に引きずり泳ぐのもままならず、結局ここまで流されてしまった二人だ。
 しかし最初から救助を狙っての行動だったのならばそれも頷ける。

「まあ間違っても溺れ死んだりはしねェだろうが、テメェはアホな迷子だから、絶対流れに逆らって泳ごうとすっだろ?実際そうしてたし。幾らナミさんだってそうなっちまやァ見つけ出すのは至難の業だ。運良くどっかの島に行けたって、メリーに帰ってくるのに何年かかることやら…」

 的は射ているがそれだけに憮然とした表情を浮かべるしかないゾロに、サンジはふふん、と笑ってみせた。
 それからちょっと息をついて、こてんとゾロの肩口に小さな頭を乗せる。

「―――その間、一人で待つのはイヤだ。なぁ、マジでここで…ちゃんとヤろうぜ?」
「…ッ」

 心臓がうっかり止まりそうになった。
上目遣いで見上げてくるコックはまさに殺人的な可愛らしさで、

「…ンの、エロコック!」

当然の如く、ゾロも止まれそうになかった。









 辿り着いたまま疲れ果てて寝入った場所は、波打ち際の入り江。
サンゴの死骸で埋まる浜辺はゴツゴツしていたから、ゾロとサンジは連れ立って少し奥まで歩くことにした。
 砂のなくなる辺りまで来ればそこは小さなジャングルのように高い木々が密集していて、柔らかそうな下生えがグランドカバーのように地面を広く覆っている。
きょろきょろとあからさまにイイ場所物色中だったゾロが「うし」と満足そうに呟いて、サンジはこの期に及んでちらりと(初体験が外なんてのはあんまりかなー)とも思ったけれど、海賊で野郎なんだからそれもアリかも、と思い直した。
 ゾロははーっと大きく深呼吸してサンジに向き直り、

「最初に言っとくが」
「んん?」
「―――途中で泣いてもやめねぇぞ」

偉そうに宣う割に頬っぺたが少し赤い。
 サンジは大笑して、「上等だクソ野郎」と自分からゾロにキスをした。

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