かかる月 1


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  ゾロは月が好きだ。

 かつて―――大剣豪を目指して生まれ故郷を離れたばかりのある夜、山中で火を熾して野宿態勢だったゾロは怪しげな一団に急襲された。
 その場に到達する半日前、麓の親切な村人から「山賊が出るから山には入らない方がいい」と注意されていたが、気がついたら山の中だったので仕方が無い。
 10人くらいはいたろうか。正面に居たぼさぼさ頭の男が大振りな蛮刀を抜いて、不つりあいな大剣を差したゾロに有り金を残らず出せ、と詰め寄る。
 正直に「金なんざねぇ」と言うと、「ガキの癖に生意気だ、だから殺す」とゲラゲラ笑いながら斬りかかって来た。
 ゾロにとってそれは初めての実戦で、しかも相手は複数。咄嗟に三刀を掴んだ。
上段から振り下ろされる蛮刀を右手の剣で流し、左で男の腹を薙いだ。薄汚れた毛皮のベストを纏った男は毛皮の間から血飛沫を上げて仰け反り、男が地面につくかつかないかの内に、背後から受ける殺意に向かって咥えた白刃を突き刺した。
 後はもう、無我夢中だ。




 突然訪れた静寂に、熱に浮かされたように剣を振るっていたゾロが現実に立ち返ると、辺りには累々と横たわる山賊だった男たちの成れの果て。
死体ばかりになった山中で、動いているのは己だけだ。

 呆然と、屠った相手の血にまみれた親友の形見と己の身体を眺める。
 手加減すれば骸になっていたのは自分だったから、それを後悔していたわけではない。

 けれど。

肉を断つ、いのちを絶つその感触に、自分の選んだ道の血生臭さをはっきりと認識した。

(こいつら弱かった)

村ではもう、大人ですらゾロに敵う相手はいなかった。真剣相手に、竹光で勝利したことだってある。

(俺なら、生かしたまま勝てたんじゃないか?)

それならば。

(自分の腕を、試してみたかっただけか)

実際そんな余裕はなかった。けれど、その思いつきはゾロのまだ幼い心を責める。
 今殺した山賊たちは、山で迷った子供を襲うような悪党どもだ。
だが家があったかもしれない。家に帰れば、まともな父でまともな息子だったかもしれない。
 やりきれない思いで空を仰ぐと、木々の間に月が見えた。

(―――!)

 瞬間、目を奪われる。

 きれいだった。

血まみれの自分の絶対に手が届かないところで、それは静かに煌々と輝く。
 地上で起こった惨劇など我関せずという顔をして、ただ静かに。

 今ここで死体を埋めるなり逃げるなりすれば、自分の殺戮を知るものはあの月だけになる。

『…見てたんだろ!なんとか言え!』

月に向かって吼えるように叫んだ。勿論応えはない。

『俺はもう人殺しだ!今止めねェと、もっともっと殺すぞ!』

自分がどうしたいのかも解らず、ゾロは答える筈もない月に向かって、必死に叫んだ。
 喉が枯れるまで叫び続けても、細い下弦の月はその輝きを曇らせることなく。
 喚きながらそれを見ていたら、不意に熱くなった頭と身体が一気に冴えた。

 何故だか腹が据わった。殺した山賊のうちの首領格と思しき男の傍に寄り、躊躇うことなくスッとその首を落とす。恐らくこいつには賞金が掛かっているだろう。当座の金くらいにはなるに違いない。左腕に巻いたバンダナを外して血塗れのそれを丁寧に包むと、何かを吹っ切るように立ち上がり。

 右手を、空に掲げてみる。

 浮かぶ月に重ねあわせるようにしてみれば、己を無視する月を掴んだ気持ちになった。


 強くなろう。
 いのちを奪わずとも、勝てるほどに。
 その位出来なくて、世界一の大剣豪になぞなれるか。



 それからゾロは、ことあるごとに月を見上げるようになった。
豪剣を振るうたびに沢山のものを得て、たくさんのものを失ってきたが、形を変えながらもそれはそこにずっとある。
 伸ばした手は、決して、届かないけれども。

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 (2003/05/05)

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