接近遭遇


 座って一分も経たねェうちにそいつは現れた。

「いらっしゃいマセ」

滅多に見れないくらい見事な金髪に黒尽くめのスーツを身に纏った細身のウェイターが、愛想のカケラもねェ目をして、俺の前にメニューと思しき冊子と水の入ったグラスを置く。

「お食事でございますか」
「あぁ」

感情の篭らねェ機械的な口調だ、と思った。オマケに口の端には火のついた煙草。おかしな渦巻きのマユゲはかなり笑えるが、客相手にふんぞりかえるその態度はどこのチンピラだっつー位ェの悪さ。
 海賊も来るレストランとあってメンチの切り方も上等ってトコか。褒めてやりてェところだが、ロクな店じゃねェことは確かだな…っつても、こんな金ばっかかかりそうなトコでメシを食った覚えがねェから、もしかしたらどこもこんなもんなのかも知れねェが。
 手渡されたメニューを開き、文字ばっかりのそれをちょっと眺めてから思わず溜息をついちまう。一緒に店に入ったナミとウソップはここにはいない。レストランに砲弾ブチ込んだワビを入れに行ったきり帰ってこない船長を探しに、今頃船をうろつきまわってるに違いない。
 不本意ながら俺ひとりが席に残ってるのには当然ワケがある。…迷うからだ。

「お決まりになりましたらお呼び」
「あー…おい」
「何か?」

長く垂らされた前髪で片方しか見えない青い目が少しばかり細められた。

「テキトーに持ってきてくれ、三人前」
「…テキトー、と申しますと?」

お?なんだコイツ、いきなりドス効かせやがって。俺は喧嘩売ってんじゃねェぞ?
ポイっと用済みのメニューをテーブルに投げ出して言ってやる。

「すまねェが俺は字が読めねェんだ」
「…左様で。―――本日お昼のメインは近海魚のムニエルと合鴨のローストでございます。コースになさいますと卵とキャビアのアミューズ、オードブルは鶉のテリーヌ。スープはじゃがいものヴィシソワーズ、サラダはシーザーサラダ、パスタはトマトとバジリコ、それにパンかライス、コーヒーかお茶をお付けいたしますが」
「じゃあその、コース…えーと、魚と、メシで。後の二人は便所だ。テキトーに頼む」
「それではコースで両方お持ちいたします」
「酒もつけてくれ。あんたに任せる」
「かしこまりました」

ぐるりと渦を巻いた形の奇妙な眉毛がこころもち下がり、無表情だったウェイターがかすかに微笑んだ。一礼して、オーダーを告げにさっさとテーブルを離れる。
便所だなんて言ったことがバレたら魔女にまたガーガー騒がれんだろうなァ。
ウェイターが水を得た魚のように滔々と喋る言葉の意味はほとんど解らなかったが、丁寧にもメシの説明をしてくれていることは解った。嫌味かとも思ったが、さっきの笑顔を見るとそうでもねェらしい。笑うとそう慇懃無礼っぽくもねェし。

 ものの数分で料理が運ばれてくる。載ってる中身に比べるとかなりデケェ真っ白い皿を三枚一度に運んできたのはさっきのウェイターだ。俺の前にそのうちの一枚を音も立てずに置きながら、

「お連れさんは…?」

と聞いてくる。ナミとウソップは戻ってくる気配もねェ。ちょっと考えて、

「クソがやたら長ェ連中でな。纏めて持ってきてくれ」
「かしこまりました」

しばらくすると山のように皿が運ばれてきた。運んでくるのはコイツだけだ。
ふと周りを見渡し、店内にウェイターはこいつ一人しか居ないのに気づく。
こんな海の上でほぼ満席の状態だってのに、他の人間を雇う余裕もないんだろうか。細いカラダがクルクルと踊るように全てのテーブルを回っている。

(良く働くな)
と、黒尽くめの姿が見えなくなって。

「どうか、なさいましたか」

掛けられた声にハッとする。ウェイターはいつの間にかまた俺のテーブルに戻ってきていた。なんだコイツ、今気配感じなかったぞ?

「いや…酒をくれ」

何故か慌てて、逆さに置かれたグラスを掴んで言ってみる。男は軽く頭を下げ、すぐにボトルを持って現れた。ナントカ言う名前の白いその酒は、普段飲んでるモノに比べたらやたら軽くて甘かったが、悪くねェ。
 最初に出された皿には、葉っぱと一緒にちんまりと載せられたユデ卵が乗っている。たかがユデ卵に偉い待遇だなオイ。
 並べられたナイフやフォークは沢山ありすぎてドレを使っていいのか解らなかったので、一番デカイ奴を引っつかんで、ゆで卵にブッ刺した。

「…!」

美味ェ。
ただのタマゴだと思ったソレは、びっくりするくらい複雑な味だった。そういやキャビアがどうのと言ってた気がする。あんまり美味かったので、葉っぱまで残さず食った後、ついウソップの分の皿にまで手を伸ばした。

「………」

やっぱり美味い。美味い上に酒に良く合う。なんだか物凄く腹が減ってきた気までする。
幸い魔女はここにいない。バレたら大目玉だろうが、居ない奴が悪いと考えて、俺はナミの分までキレイに平らげた。
 残さず食った後で気がついた。テーブルには料理の載った皿とカラの皿が三枚。
マズイ、バレちまう…。
 迷わず俺はさっきのウェイターを探す。店内をキョロキョロ見渡すと、煙草をふかしながらこっちを見てクスクス笑っている男が目に入った。なんだ、見てやがったのかよ。
チョイチョイと手招きすると、男はすぐにやって来た。空の皿を指さして合図する。

「下げてくれ」
「…ここの料理がお気に召しましたようで」
「まーな」
ニヤリと笑うと、男もニヤリと笑い返した。共犯者みてェだな、とふと思った。
 ウェイターはテーブルに置かれた酒瓶を手に取ると、頼んでもいねェのに俺のグラスに注ぎ足した。注ぎながらコソリと耳打ちする。低いが艶のある声で、

「今日のコールドはクソ美味ェだろ。俺様自慢の一品だぜ?」

それまでと打って変わった砕けた調子に、思わずギクッと振り仰ぐ。

「ごゆっくりどうぞ」

何事もなかったかのように、そこだけ挑戦的な青い目が笑う。




 『よし決まりだ!海のコックを探そう!』


踵を返す後姿に、何故だか海上レストランを目指す前ルフィが言った言葉が重なり。

(こいつだ)

ワケもなくそう思った。



 ほどなくしてナミが、少し遅れてウソップが戻ってきた。
魔女は腰に手をあててカンカンに怒っている。怒りそのままに椅子を引き、ドン!と音がする勢いで腰を下ろした。その剣幕に少々引きながら、一応尋ねてみる。

「いたか、ルフィは?」
「…聞いてよ!あのバカったら、修理代替わりに一年間のタダ働きなんですって!」
「アァ?!何やってんだうちの船長殿は!」
「雑用らしいぜ」
「そーいう意味じゃねェ」

どうやらルフィはまた面倒に巻き込まれたらしい。
 ナミとウソップは船内を探索した結果、船員やコックから情報を聞き出し、しっかりルフィの足跡を辿ってきたようだ。
 あーあーとウソップが大仰に溜息をついた。

「俺たちゃ海賊だぞ?バックレちまや簡単だってのに…」
「それが出来る男じゃねェな」
「そーなんだよなァ」
「…まぁいいわ。とりあえず、食事にしましょう」

ルフィの突拍子もない行動に度肝を抜かされるのには慣れっこだ。今更怒っても仕方ないと吹っ切れたのか、ナミがフォークとナイフを掴んで気合を入れた。

「流石は最高級海上レストランね!すっごいキレイ〜美味しそうッ」

この女でもそんなことに喜ぶのか、とちょっとビックリだ。テーブルに並べられた皿を見比べ、普段はベリーの形にしかならねェメンタマをでっかくして驚嘆の声を上げる。

「…あら?カトラリーが多いみたい。こんなレストランでも間違えるのね」

イヤ間違えてないと思う多分。そうか、このやたら数の多いナイフとかフォークとかってのは、皿ごとに使うもんなんだな。…メンドくせぇ。

「美味ェ!何じゃこりゃあ」

スープを一口飲んだウソップが、仰天して目を見張るのが解った。
 釣られて食事を中断(になるのか?)していた俺も、スプーンを握った。一口啜って、まどろっこしくなったので皿を持ち上げて直に口をつけて飲んだ。…美味い。

「ちょっとアンタ、お行儀良すぎるわよ…」
「ウルセェ」
こっちはテメェらがのらくらゴム人間を探してる間中、料理を前にお預け喰らってたんだぜ?これ以上一秒だって待てるかっつーんだ。
 金色に透けたソースの掛かった魚に齧り付きながら、「やっぱこいつらが戻ってくる前に全部始末しとくんだった」とちょっと思った。



 ルフィが姿を見せたのは、それからしばらくたってからだ。
下らねェイタズラをネタにじゃれ合ってたら、さっきのウェイターが、目をハート型にして飛び込んできたもんだから、俺は心底驚いた。
 俺やウソップそっちのけで、ナミのまわりをウロチョロしながら盛んに口説き始めたのには二度ビックリだ。おいおいさっき不敵に笑った男は何処行っちまったんだ?
 ウェイターは散々ナミをちやほやしまくった後、料理長とかいう爺さんにドツかれ、ウソップを脅し、ナミに色目を使った後ルフィに踵落しを食らわせてそのまま引き摺って行っちまった。その間約10分。

(…ワケの解らねェ野郎だ)

食後に出された茶を口に含んだ。悔しいことにこれもまたものすごく旨い。これもあいつが淹れたんだろうか。

(ヤベェな)

意味もなくそんなことを思った。
コールなんたらは自慢の一品だと言っていた。たしか、ここの副料理長だとも。
 ルフィの懐きようからして、どうやら予想通りスカウト対象はあの男だ。
うちの船長はしつこい。こうと決めたら相手が根を上げるまで、やたら良く伸びるゴムでがんじがらめにして離さないであろうことは自分の経験からもよく解っている。
 店は辞めない、と爺さん相手に何故だか必死で叫んでいたが。
慇懃無礼なウェイターとしての顔。料理について話すときの嬉しそうな声。爺さんに対してのふてぶてしい態度。―――ガラリと変わった口調と、俺に向けた挑戦的な蒼い瞳。
ころころと変わる表情が面白いと思った。女相手に向けるだらしのねェ面にはかなり呆れたが。

(悪くねェ)

陥落するまで一筋縄ではいかないだろう。だが恐らく、あの男はG・M号に乗り込む。
理由なんざねェ。あるとしたら…剣士としての、勘か?

(悪くねェが…ヤベェかもしんねェ)

頭の奥で青い瞳が笑う。どうヤバイのかには気づかないフリをした。



おわり

剣豪の受難

 (2003/01/04)

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