美味しい食卓 1





「久しぶりね、こんな活気のある町!」

港湾特有の強い風を受けながら、船首から人の行きかう港を見下ろすナミさんの声がはずむ。
 超有能な航海士といえども急激な天候の変化に追われるグランドラインの航海はさすがに堪えてるんだろう。
重責から解放されるつかのまの休息。溌剌とした後姿はいつもにも増して麗しいったらない。

「よーし降りるぞ冒険だァー!」
「イヤだからフツーの港だろオイ」

いつもどおり上陸に浮かれるキャプテンと、やはりいつも通りに取り合えずツッコミを入れるウソップ。

「俺、包帯と新しい薬が欲しかったんだけど、買ってもいいかなあ」
「何の変哲もないところだけど、確か腕のいい医者がいたと思うわ」

宜しければ案内するわよ?と、以前この町を訪れたことがあるらしいロビンちゃんは、どうやらトナカイの買出しに付き合ってやる気らしい。ああ、なんて優しいレディなんだ…!



 三週間ほど海の上をさまよったゴーイングメリー号がこの島に寄ったのは、必然といえば必然だった。
 アラバスタを出てはみたものの、出航と同時に海軍に追われた俺たちの船には、ロクな装備も食材も積んでなくて。
かろうじて食いつなげるだけのモノは確保していたが、それも船長の底なし胃袋を考えたらいつまで続くか疑わしい。ついでに船員には刺激が足りない…といったところか。
 そういうわけで、物資調達も兼ね、晴れて下船とあいなった。

「サンジ君、本当にいいの?」
「勿論ですともナミさん〜!ナミさんのお宝とみかん畑は何があっても俺が死守しますから、どうぞ安心して行ってらっしゃいませ」
「船を置いていくのは心配だけど、サンジ君だって退屈してたでしょ」
「そうだぞサンジ、一緒にあそびに行こう」

ワクワクキラキラといたずらっ子そのままの瞳を輝かせながらルフィが誘う。

「黙れクソゴム、お前がそんなだからどこでもかしこでも問題が起きんだろ」
「買い物だってあるんじゃねェのか?」

ウソップが長っパナをヒクヒクさせながら尋ねてきた。

「あー…、こん位の港なら何でも揃ってんだろ。…出航までに仕入れさえ出来りゃイイ」
「じゃ市場のアタリはつけとくか。任せとけ、俺はこう見えても東の海で最も目利きといわれた男だ!かつての海賊王が残した伝説の秘宝『中身の減らねぇ奇跡の水がめ』を偶然村の骨董商で見つけた俺は…」
「ホントウか!?すごいなウソップ!!」
「不思議ガメ!不思議ガメだな!」

くだらねぇホラをチョッパーが真に受けて感動し、ルフィは解ってるんだか解ってねぇんだか大喜びだ。ま、ある意味この船で一番気の効くウソップなら、場所くらいは覚えてこれっだろ。
 急ぐ旅ではないが、それなりに懸賞首となった俺達だ。長居しないに越したことはねェし、船を残して全員が宿を取るワケにもいかねェ。
 俺も降りてあちこち市場の探索でもしてみてェと思わないでもなかったが、何故だか船を降りて宿屋に行く気になれなくて…というか、ヒトリでじっくり考えてみてェコトがあって。
 今回の留守役を預かったワケだ。




 意気揚々と下船する仲間たちを見送り、新しいタバコに火をつける。
フーッと大きく吐き出しながら、アラバスタを出てすぐに仕込んだ果実酒の具合でも見るかとキッチンへ向かおうとしたその時。

「ふわーあ」
「!」

一日に三回は耳にする、間延びしたこの声。

「ん?ドコだココぁ」

見上げるみかん畑には、ハテナマークを空中に浮かべながら、寝癖で右側だけ変な風にぺしゃんこになった緑のアタマを半目で掻き毟る男が突っ立っていた。
 余りの間抜けさに、思わず煙草を取り落としそうになる。

「お前…今の今まで優雅にお昼寝タイムかよ…?」
「?何かあったのか?他の連中はどうした」

俺は黙って、背後に広がるを港と町とを指し示す。
 島影を見つけて二時間、停泊してからは一時間近くが経過している。どうやらこの寝汚い男は、俺らの船が港に着いたことも、今夜はこの島に一泊するということもサッパリ理解していねえらしい。ココロ優しいオレは、アホにも解るようにカンタンに経緯を説明してやった。

「フーン」

ってなんだその反応は!

「おいクソマリモ」
「なんだクソコック」
三本刀を腰からぶら下げた剣士は、腕組みをして港を眺めるだけで、久しぶりの陸地に何の感慨も抱いてないようだった。
 いや、まだ寝惚けてるのかもしれねえが。

「お前は下りねェのかよ?」
「ああ」
「今日は俺が船番だって教えてやっただろ」
「ああ」
「久しぶりの港だぜ?」
「ああ」

それきり興味もなくなったのか、くるりと踵を返すと、またもやみかん畑に寝転がる気配。
 オイオイ、俺様がなんのために居残ったと思ってんだ。レディ達と(ついでに)お前らにノンビリさせてやろうというアタタカイココロ遣いを無にするんじゃねえ!
 我ながら親切の押し売りって気がしねェでもなかったが、

「だから、俺が残ってやっからよ」
「刀の手入れはイイのかよ」
「気晴らしでもしてきたらどうだ」

それとなーく声を掛けてやる。

「………」
「さてはテメェ金がねえな?しょうがねえ俺が貸してやっから、エンリョせず遊んで来いよ」
「………」
「おいデコっぱ」
「うるせえ」

苦虫を噛み潰したような顔で、みかん畑の柵から凶悪なツラを覗かせる。

「男のクセに良くもまァそんなベラベラと喋りやがるなテメーは。もういいからどっか行っちまえ」
「…んだと…?」

さすがにこれにはカッチーンと来た。カッチーンと来たが…ココで喧嘩を買っちまったら俺の苦労も水の泡だ。
 爪の先が食い込んで手の平がイテェほど拳骨を握り締めて我慢する。

(喧嘩してェワケじゃねぇだろ俺)

むしろ、そうしねェためにここに残ったのだ。
 それでも悔しいモンは悔しいので、せめて、と見下ろすハラマキをギロリと睨みつけてやってから、ラウンジのドアを開けた。

なんなんだなんなんだあの野郎は。

「チッ…」

キッチンの床下収納から杏酒を取り出し、でけェ瓶ごと上下に振ってやりながら、俺はぼんやりと昨夜の出来事を思い出し始めた。

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