美味しい食卓 2 |
2 いつものようにクソやかましいディナー。 キッカケはなんだったのか…多分俺のタイトなジョークにハラマキが寒いツッコミを入れたことからだったと思う。どうしてか口をきくとそのまま喧嘩に雪崩れ込んでしまう俺たち。それでも一緒に旅をする仲間だ、滅多に手を出すとこまでは行かねぇんだが。 『ガタガタうるせぇんだよこのグル眉毛。マズイメシが余計マズくなんだろ』 『…んだァ…?俺の料理にケチつける気かクラァ!』 ガッゴーン。 …足は出ちまうんだよなァ。 カンベンならねェ悪態に、咄嗟に場所も考えずついいつもどーり足を出しちまったのが悪かった。 食事中で気を抜いてたのか、俺様の華麗なキックはフォークにソテーを突き刺したまんまのゾロの後頭部にクリーンヒット。 「いつもだったら、避けやがんのになァ」 当然ゾロの野郎はベシャッと顔面をメインの皿に突っ込んで、なおかつ勢いでフォークからは俺の力作ソテーが飛ばされあえなく床に落下。 ガァァァァァ〜ン、と来たね。イヤ俺のせいっちゃ俺のせいなんだが、そん時はつまんねえちょっかいで無駄にしちまったサカナがショックで。 俺のショックは顔に出まくりだったんだろう、いつもならワレ関せずのクルー達が慌ててフォローに入りだした。 『あらあら、勿体ない』 ロビンちゃんのヒトコトはココロにぐさっと突き刺さった。 『ちょっとアンタたち、せめて食事中はやめてよね』 ナミさん、全くもって仰るとおりです。 『なんだなアレだ、若いウチは色々あるよなッ、うん』 ウソップ、何が言いてェのか解んねーぞ。 『……おれは…あの……』 あー悪かったな、そんなに怯えんじゃねェチョッパー。 『ゾロ間違ってるな。サンジのメシは美味いだろ』 こらクソゴム、話をそっちに持ってくんじゃねえよ!ニシニシ笑ってんじゃねェ! と、ルフィの言葉に顔面を皿に突っ込んだままだったゾロがのそりと顔を上げた。 鼻やら頬っぺたについちまったソースを乱雑に手の甲で拭いながらゆらりと立ち上がる。 (ななななんだヤル気か!?) 上等だ、と咄嗟に身構えた俺をアッサリ無視して、ゾロの足は真っ直ぐ、三メートルも飛ばされて無残な姿を晒しているソテーに向かった。かがみこんで、無骨な指先でつまみあげる。 そのまま口に放り込んだ。 『―――ッ!』 『…アァ』 ポツリと呟いた言葉は、もしかしなくてもルフィへの相槌だったのだろうか。 ルフィを除くその場の全員がその行動にあっけに取られる中、手の甲に移ったソースをデカイ舌でベロリと舐め取ったゾロは、何事もなかったかのように席について中断した食事を再開した。俺の方には見向きもしないままで。 「初めて…だったんだよなァ」 ゾロが、俺の作った食事をマズイといったのも。 ゾロが、俺の作った食事をウマイといったのも。 「ワケ解んね」 イイ具合に色が出始めた杏の瓶を、床下に戻す。五ヵ月後には実を引き揚げて完成だ。 口当たりの軽い、甘い酒はナミさんのお気に召すだろう。ロビンちゃんには何がいいか…あのクールなレディにはドライマティーニが似合う。勿論抜かりなくそのためのオリーブも漬けてある。ナマモノ好きのウソップには、新鮮なみかんを拝借してフレッシュなカクテルを。チョッパーとルフィは、ラムに漬けたドライフルーツでパウンドケーキでも焼いてやったほうが喜ぶだろう。 ゾロには――― 「アイツはまんま酒しか必要ねえんだよな」 腕の奮い甲斐がねー。 少しだけ残念な気持ちで、ゾロ以外のために用意されたそれぞれの瓶を見つめる。 それでも、その代わりツマミは気合を入れてやろうか、なんて思ったりもして。 そんでスグ、いやいやあんなクソ野郎にソコまでしてやる必要はねぇだろう俺、と自分にツッコミ。 不意に、『アァ』と言ったときのゾロの仏頂面が脳裏に蘇った。 (美味いって、意味だよなやっぱり) イヤでもその前にマズイって言ったか。 (拾って食ってた。俺の自信作) ビックリなことにアレ以来、俺はゾロが気になって気になって仕方がねェ。 気のいいクルー達の中で、俺が唯一気に喰わねェ男。 いつも人相の悪いツラでニヤリと笑いくさるか、人相の悪いツラでジロリと睨みつけやがるか、とにかくヒトとしての礼儀と態度がなっちゃいねえと思う。 何しろコックとしてこの船に乗り込んでしばらく経つが、あのクソハラマキは一度も俺に、その、『料理の感想』ってヤツを聞かせたことがなかったのだ。 魚人どもとの戦いを終え、改めてクルーとして麦わら海賊団に加わったナミさん(と俺)。全員がゴーイングメリー号で迎える初めての食事、そりゃアもう俺は頑張った。 ヤツら好みであろう東風に、俺の生まれた北の海の料理の数々。バラティエでならした俺の腕にかかればどんな食材だってあっという間に大ご馳走だ。 白いテーブルクロスをピンとはりつめ所狭しと並べた皿が、見る見るうちに空になり積み重ね上げられる。ナミさん以下男どもは心底感激して俺の腕前を褒め称え、美味そうに嬉しそうに食い散らかす。 そんな光景に満足していた俺の視界の端をかすめたのが、アイツだ。 下品にバクバク食っちゃいたものの、その口からは入れるばっかりでヒトコトも感想が出てこねー。 思わず見つめてた俺の視線に気づいたか、皿に向けられてた奴と目が合い、マリモ頭は訝しげに片眉を吊り上げた。慌ててそらすのも変だとそのまんまジッとしてたら、今度は思いっきり不機嫌そうなツラで黙々と食い続ける。 まさかたァ思うが、俺の料理が口に合わねェのか。 ドキリとした。 海賊王の片腕、世界一の大剣豪になる男。 野望のためにならとっくに命なんざ捨ててると言い放ち、鷹の目とかいうモノスゲエ剣豪とヤりあったのを見たとき、正直俺は震えた。カラダがじゃねぇ、ココロがだ。 俺は、こんなスゲエ奴らの仲間に誘われてんのか。 コイツらの野望ひっくるめて、俺の夢を追っていきてぇと、ガラにもなく熱くなって。 船長ジキジキのスカウトで、いわば鳴り物入りで乗船した俺。 ロクなモン食ってこなかっただろう欠食児どもに自信満々で初めて供した俺の料理に対する剣豪のコメントは―――ナッシングと来たもんだ。 ガッカリションボリした後やってきたのはものすげえ怒り。 俺の料理が気に食わないってことは、バラティエの料理が気に食わないってことだろ? ジジイまでもがバカにされた気がして、俺はその場でヤツにアンチマナーキックコースをご馳走したい衝動にかられた。 しかし。 しかし、奴の前に他の皆と同じように積み上げられた皿はキレーに空っぽで。 食い意地の張った船長が残り物を始末した気配もねえ。 (マズイってワケでもねェらしい) アレか、素直じゃねぇってコトかな。 (っつか、無礼者?) 下手なお世辞言われるよかはイイけどよ。 (それにしたって何かヒトコトあんだろフツーよ) そん時文句の一つでも言ってたら、いつまでもこんな気持ちを抱えずに済んだだろうに、何故だか気後れした俺は何も言えずに給仕に勤めるしかなかったのだ。 以来、俺はテッテーテキにリサーチした。 クソゴムの好物は勿論肉だ。だが野菜が嫌いってワケでもなく、付け合せに至るまでいつもキレーに平らげる。蛋白質の摂取量がハンパじゃねぇから、葉物は茹でて見た目の嵩を抑えてやって。 ナミさんには美容のためにも毎食チーズを使った料理を一品。出来るだけ新鮮なフルーツとヨーグルトを添えて。長ッパナは生野菜と香辛料を効かせた揚げ物がイイらしい。特製のスウィートチリソースは随分気に入ったようだ。 さてクソハラマキは…。 ………解らねェ。 だって何も言わねェんだもんよ。 甘いもの塩っからいもの酸っぱいもの薄味濃味激辛コースに至るまで。いつもいつでも仏頂面たァ恐れいるぜハッハーだ。 酒をガバガバ飲みながら、出されたものをガツガツと食う。船長ほどじゃねェがいっそ小気味がイイくらいの食いっぷりと、対称的に不機嫌なツラ。 そのギャップが俺をどうにも座りの悪い気持ちにさせやがる。 ―――そして昨夜の出来事。 俺はもう一度繰り返した。 「ワケわっかんねェー」 「メシ…」 「うわッ!」 いきなり掛けられた声にらしくなくビビって振り返ると、みかん畑で寝てたはずの半目のハラマキが、腕組みしてちゃっかりテーブルについてやがった。 「なななななんだテメェ、いつの間に起きてきやがった!」 「さっき」 「さっきじゃねェだろ、イキナリビックリさせんじゃねーよ」 「気づかねェお前がアホなんだろ」 「何ィ…?」 「いいからなんか食わせろコック。腹が減った」 オイオイ俺はてめえ様の召使いかよ? って、腹が減った? ゾロの言葉にちら、と時計を見た。午後2時、ランチには遅いくらいの時間だ。 思った瞬間俺のコック魂は燃え上がったね。それがあのクサレマリモだとしても客は客、腹減った人間を待たせるワケにはいかねー。 バタンと収納の蓋を閉め、即座に立ち上がりシンクへ向かう。 スープストックを入れた鍋とフライパンをグリルに乗せ、野菜籠から何種かの野菜を取って切り刻む。明日には買い足せるから思い切って保存してる塩漬けの肉や魚のマリネを全部使いきっちまってもいいだろう。 きっちり10分後、俺はゾロの前にクソデケェ皿にてんこ盛りの料理の数々をどーん!と並べ倒すことに成功していた。 どーだゾロ、うまそうだろ!有難く頂戴しやがれ。 「………」 料理をチラリと一瞥したゾロの口が、モゾモゾとなんか動いたのが見えた。 あ? あぁ? マリモアタマがスプーンの柄を握り締めて、一気に皿の中身をかっ込みだす。 (もしかして今コイツ、『イタダキマス』とかなんとか言ってなかったか?) いやそりゃ幻聴だろ俺。今までコイツからそんな言葉、一遍だって聞いたことねぇもんよ。 にしてもいつもながら呆れるほどの食いっぷりだ。あーあーメシツブが飛んでんじゃねぇかよ。 もっと落ち着いて堪能できねぇモンかね。お、左にフォークも出たぞ…口は食いもんで埋まってっから流石に三刀流ってワケにはいかねぇケド、器用なヤツ。 ハァ、と聞こえるように溜息をついてやって、ポケットの中でしわくちゃになったタバコの箱から一本取り出す。 クハ〜一仕事終えた後のヤニは溜まんねーなマジで。 「おい」 「?」 「何やってんだお前」 「何って…、お前メシの途中でタバコ吸われんのダメかよ」 リラックスした俺を、ゾロがきっつい目で睨んでやがった。 普段なら『テメェ何メンチ切ってんだアァ!?』と切り返すところだが、今はメシの時間。こいつに対してマナーも何もあったもんじゃねぇが、わざわざ喧嘩を買ってやって、俺の作ったメシに不味くなられるのも困る。 スグにカーッと来ちまうのは長年過ごしたバラティエ厨房仕込みの悪ィ癖だ…今更って気もするが、挙句の果ての昨夜の出来事は俺にはかなり堪えた。 咄嗟に俺はタバコを灰皿に押し付けたんだが。 俺の仕草にゾロが心もち眉を顰めた気がした。 「いや、そうじゃねー」 「んだよ、一本ムダにしちまったじゃねぇか」 「お前は喰わねーのかよ」 「…俺?」 ゾロが山盛りのスプーンを口に運びながらコックリと頷く。 そういや今日は昼飯まだ食ってなかったなァ…なんて思いながら、 「言われなくても後で食うさ。オメーはさっさと皿の中身を片付けやがれ」 「幾らなんでも昼間っからこんなに喰えるか。…お前も座れ」 スプーンつきの緑のアタマが差し向かいの椅子へ振られた。かなり間抜けな姿だったが、ゾロの眼は驚くほどマジメで。 昨夜のことがあったからだろう、なんとなく雰囲気に押されて言われるまま腰掛けた。 着席した俺にうんうんと頷くと、ゾロはまた視線を皿に戻してがっつき始めた。 俺はというと、なんとなく居心地の悪いカンジ。手持ち無沙汰っつーの?座りが悪いっつーの? 仕方なくマリモ相手にしゃべりまくることにした。 「ケッ、昼間でもこんくらい楽勝で喰ってやがるくせに」 「………」 「あ〜あ、ナミさんやロビンちゃんならともかく、テメェの汚ェツラ見ながらじゃメシ喰った気がしねーっての」 「………」 「お、お前やっぱピーマン好きな。中身カラッポ同士類は友を呼ぶっつーコトか。まぁルフィは丸ごとでも平気で齧りつきやがるがな」 「………」 「ディナーは期待すんなよ?材料あらかた使っちまったからな…干し肉があったかそういや。オイ、煮込みとフライどっちが…」 「…いい加減にしろ…」 ガタン、と椅子を倒してゾロが立ち上がった。習慣でほぼ同時に俺も椅子を倒して立ち上がる。 二人してテーブルに身を乗り出して、毎度お馴染みガンタレ合戦の開始…と思いきや。 先手を切ったのはゾロだった。不意を突かれ咄嗟に避けることも出来ない俺の顔面に、シャッ!と空気を切ってゾロの右手が伸び――― 山盛りのガーリックライスを乗せたスプーンが思い切り良く俺の口に放り込まれた。 |
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