美味しい食卓 3





「!、!、!」
「いいから喰えっつってんだよこのクソコック」
「…へめ、へめふぁにひやふぁる!」
「自分じゃメシも食えない赤ん坊の世話してやってるだけだ」

俺の口にしっかり咥えられたスプーンの柄をしっかり握ったまんまのゾロが、凶悪なツラでニヤリと笑う。


 キ、キモすぎる…!何でこの俺が、ゾロ相手に新婚さんの真似事しなきゃいけねーんだ!


ボーゼンとなる俺を無視して、今度はフォークに刺した鶏肉をズイ、と突き出してきた。
 思わず噛まねーまんまで口の中のメシを無理やり飲み下す。

「ま、待て待て待てッ!」
「アァ?」
「…自分で、食うからッ…」

何がどーなってんだがサッパリ解らねぇが、思えばゾロの異様な迫力とそれに相応しい異様な行動に、俺は押されちまってたんだろう。マリモが差し出したフォークを奪って、取り合えず鶏肉を口に入れる。
 チャリン、と俺がテーブルに投げた用済みのフォークが音を立てた。マリモはそんな俺をジーッと睨んでいて。
 お前、そんなツラで睨まれたらフツー美味いモン喰った気にならねぇと思うぞ…?イヤイヤこんな状況でも俺の料理はそらもうメタクソ美味いけどよ。

「ウマイだろ」
「…!…」
「あったけぇと余計うめーんだ」

そう言ったゾロは、俺がこれまでみたことねぇイイ顔でニカッと笑った。

「お前が何考えてそーしてんのか俺は知らねぇけどよ」
「………」
「一番最後にテーブルについたかと思えば、らしくもねェ遠慮しながらチビチビ箸動かすフリしてよ」
「………」
「なんで残りもん待ってんだいつも」
「…捨てるのも、勿体ねぇだろうが…」
「俺らがお前の作ったメシを喰い残したことがあったかよ?」

ねぇ。テーブルに並べた皿はいつも洗う必要ねぇんじゃねーか?って位キレーサッパリ空っぽだ。

「喰うもんないからって、夜食の差し入れ余分に作ってコッソリ喰ってんじゃねぇかテメェ」
「なんでそんなことテメェが知ってんだハゲ!」
「鍛えてっと夜中だってのにメシの匂いがしてくんだ。気づかないワケねぇだろ」

そういやコイツは昼間でもトコロ構わず寝腐れるアホだが、夜中でもトコロ構わず刀振り回すアホでもあった。
 アホは突っ立ったまんま俺の言葉を待っている。

「俺は、コックだからよ。…客と一緒に自分の出したメシ食う料理人がどこにいる?」
「作り終わったらコックの仕事はおしまいだろーが」


カッチ〜〜〜〜ン。


「お前バカか?!料理ってのはなぁ、作ってオワリじゃねぇんだ。ホントに美味しい食事にはサーヴィスってもんが必要なんだよ!いつでも最高の状態で料理を出すのが俺の仕事だ。スープの温度だとか酒の減り具合とかお前らの嗜好とか際限ねぇオカワリだとかルフィはバカだからオーロラソースとマヨネーズ間違えるしチョッパーは真ん中まで手が届かねぇから目の前のもんだけをいつまでも食ってやがるし俺は栄養配分まで考えてメシ作ってんだからほっとくわけにもいかねぇしナミさんやロビンちゃんにはタイミング良くデザート出してぇしまぁお前らに出すのはついでだからどーでもイイけどよ、」

一気に言い切ったから流石にハァハァと息が上がっちまう。

「…つまり、俺はこの船での自分の仕事を全うしてェだけだ。寝るか斬るかしかねェどこぞの誰かに文句言われる筋合いじゃねェだろ」
「そりゃそーだ。だけどな」

自嘲的にゾロが口の端を持ち上げる。今日は良く笑うなコイツ。笑顔のオンパレードだ。

「イライラすんだよ」
「あ?」
「俺らがメシ食ってるあいだず〜っとニマニマしたりオロオロしたりしてよ。お前はコックだが俺らは客じゃねえだろ」
「………」
「…眉毛は愉快にグルグルしてやがるし喧嘩早ッくて足癖は悪いし態度デカくてクソナマイキで口の減らねえ女と見れば見境のねぇ鼻持ちならないエロコックだが」
「んだ誰のコトだそりゃあ!」
「それでも俺らは仲間だろ。仲間ってのは、一緒にメシを食うもんじゃねぇのか?そのほうがよっぽど美味いメシが食えるんじゃねぇのか?」

 ゾロの右腕が、己の左腕をバシンと叩いた。
ペンで書いただけのそれは、すぐに水で流されてしまったけれど…もう見えなくても、そこにはかつてアラバスタに向かう海で俺たちが誓った仲間の刻印がいつまでも刻まれている。
 今まで俺に向けられたことのない、真摯な眼差しと、俺だけに向けられた『仲間』という言葉。



アァ
それでこいつはいつも俺を見てたのか
一緒に喰わない俺を



(もしかして…こいつすっげえイイヤツ…?)

なんだか、なんだか胸がぐおーっと熱くなった。
 アホで方向音痴で仏頂面で愛想のカケラもありゃしねぇクソマリモ野郎だが、こいつの腕前だとか、剣に懸ける野望だとか、ソノタメの努力を惜しまねぇ根性とか、そういったのは嫌いじゃねぇ。
 ムシロ好ましく思ってた位で…だから俺はコイツの口から俺の作った料理について何のコメントもねぇことが情けなくてしょうがなかった。

悔しくて。
俺の腕前を認めさせたくて。
何にも言わねェこいつが腹立たしくて、売らなくてイイ喧嘩を売って、買わなくてイイ喧嘩を買ってきた。



そのこいつが、

(美味いって言った)

初めて俺のメシを。

三刀流のロロノア・ゾロが、

(仲間だって言った)

初めて俺を。



「百歩譲って、他のヤツらが居るときはしょうがねぇからガマンしてやる。…俺だけしか居ねェ時は、テメェも一緒に喰え」
「仲間…だよな…へへ…そうかゾロ、俺の料理はやっぱりサイッコ〜に美味いか!」
「聞けよ。っつかソコまでは褒めてねぇ」
「遠慮すんな!なんかもっと喰いたいもんねぇか?言えよ作ってやる」

そん時の俺はちょっとイカれてたんだと思う。このクサレ腹巻のリクエストならなんでも聞いてやりたいと強く思った。
不思議なことにすげぇイイ気分だった。
 G・M号に乗り込んでからずっと俺の胸に刺さってた小さなトゲみてぇなもんが、すーっと消えていった感触。
あ〜ダメだ、大ッ嫌いなはずの腹巻ヤロウと一緒だってのに、顔が勝手にニヤけちまう。
 相当だらしなく笑ってたんだろう、そんな俺から不意にゾロは慌てて目を逸らした。

「これ以上入るか。…話は終わりだ。喰うぞ!」

いきなり座り込んだと思ったら、ガツガツ脇目も振らず料理をかっ込みだした。
 オイオイ今日はルフィがいねぇんだから、そんな焦らなくてもメシは逃げないぜ?なんて思いながら、俺もゾロが寄越したスプーンを握り、向かい合わせに座りなおした。

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