美味しい食卓 4 |
4 それから何事もなく時は過ぎて。 クソ剣士と二人で昼飯を片付けた後、いつもどーり食器洗いに精を出す俺に見向きもしねえで、ヤツはさっさとラウンジを後にした。 船倉から一抱え100キロの錘を5個もはめ込んだ特製のスチール棒を軽々と担ぎ出して、前後左右にぶんぶんと振り回し始める。馬鹿力め。 あーあ、親が死んでも食休みって言葉を知らねェのかねあの剣術オタク腹巻はよ。消化に悪いだろ、そんなんだからスグ腹壊すんじゃねェのか? 「やっぱりアイツはただのアホだ」 喧嘩相手がいなくなってなんとな〜く淋しい気分になった…のを、俺はアタマをぶんぶん振って否定した。 ったく冗談じゃねェ。なんでいつまでもあんなクソハゲのこと考えなきゃいけねェんだ。 アレだな、昨日の今日だってェのにあいつが…らしくねェこと言うから。 点けたばかりの煙越しに円窓から甲板を眺めると、今度は左の小指一本で腕立て伏せなんつーものに取り組んでやがった。背中も腕も汗でグッショリ、滴る水滴が木目に水溜りを作っている。 あいつは今日もああやっていつもどおりのスケジュールをこなすのだろう。 寝て、鍛えて、寝て、喰って、鍛えて、寝て。 久しぶりの港町で羽根を伸ばすこともせずに、ただ自分を痛めつけて、先のほうばっかり向いて。 「ほんまもんのアホだ」 そんで、なんで俺はそのアホから目が離せねぇんだ。 そこでフと俺は、本日の目的を思い出した。そうだ、俺はあのアホのことばかり考える自分をなんとかしたくて、それで船に残ったんだっけ。 これ以上つまらないことで喧嘩したくなくて―――でもアイツのクソムカつくツラ見てたら、三秒でドツキアイになることは必至。ソレをどーにかしようと一人で残ることにしたんだ。 それがなんであんなクソ野郎といつまでも二人っきりでいなきゃなんねェんだ。 当初の予定通り、船から降ろしちまえばイイ。そうすりゃこのオカシな気分もなくなるってもんだ。 ラウンジのドアを開け、咥え煙草のまま大声で体力バカに声を掛ける。 「おーいゾロ」 「………」 返事がねぇ。ケッ、聞こえてんのはわかってんだぜクソ剣士さんよォ? 俺は左足のローファーから踵だけを外し、蹴り上げる要領で緑色のマリモのド真ん中に命中させた。 カッポーン。 「ゾロ」 「…てめぇ何しやがる!」 俺のローファーを後頭部に食らったゾロは、体勢を崩して一瞬床につんのめったが根性で持ち直し、モノスゲェ形相で俺のところまでダッシュしてきた。その間一秒。 「お、早ェじゃねぇかやるな」 「なんだそりゃァ!」 「お前、今すぐ船降りろ」 「…なんだ…?」 ハァハァ肩で息をする剣士の目がハテナマークになった。あーコイツなんでこんなにアホ面が似合うのかね。それなりにフツーにしてりゃレディがほっとかないだろうによ、見せる顔ったら凶悪かアホのどちらかだ。気はきかねぇわ態度はデカいわ口は悪いわでイイトコなし。 こりゃゼッテーモテねーなザマアミロ。って何考えてんだ俺ァ。 「なぁ…イイんだぜ?」 「何が」 「だからよ、やっぱお前降りろ」 「………」 「もしかしてアレか、俺に変な気でも遣って残ってんのか?ハハハんなワケねぇよなだったらお門違いだぜクソマリモ?俺は一人でいてェから船に残ってんだ」 「俺が降りようと残ろうとお前には関係ねぇ」 「あるから降りろッつってんだよ!」 (なんっか、落ち着かねェんだ) お前がいたら俺は、 (そっから目が離せねェんだよ) しゃべくりながら段々俺は苛々してきた。 ノンノン、今日は喧嘩はナシだぜ。 すう、と息を吸い込んで、 「色々あんだろ、俺らくらいのお年頃になりャあよ。ア?」 「?」 訝しげに見るゾロの脇を肘でゴンと小突いてやる。 「色街のお姉さま方に可愛がって頂くとかよォ。海の男のオヤクソクだろ?」 「…金でオンナ買うほど不自由しちゃいねー」 「またまた!無理すんなって〜!イヤイヤ解ってる、地面に足をつけた時ホド女性の柔肌が恋しくなってくるモンなんだよな」 「言ってろエロコック」 心底呆れたような顔で馬鹿にされて、即座にムカッ腹が立った。 「は!随分オキレイな剣士さまじゃねェか?アタマだけじゃなくてチンポコにもカビが生えてんじゃねェのか。しょーがねーなオイ腐ってオチちまったんかよ」 ほんのさっきまでは多分、今までの俺らの中でもサイコーにオダヤカな時間ってヤツが流れていたってのに。俺ってヤツぁどうしてこう喧嘩っ早いのかね。 相手がコイツじゃしょうがねェ気もするがよ。 「…アァ?お前そりゃどういう意味だ」 「どういうもクソもねェ、ナニはちゃんとついてんのかって言ってんだよこのクサレハラマキ」 ヤベエな、とは思ったんだ。ほんのついさっきまでの、折角のイイ雰囲気がガラガラって崩れていっちまうカンジ。 でも止まらない。引けるワケがねェ。 「「上等だクラァ!」」 ほぼ同時に同じ台詞を吐く。当然臨戦態勢のゾロの額に、見慣れた青筋が追加されて。 ゾロはアホ面からあっという間に凄みを帯びたツラに変わり、低く唸るようにして声を出した。 「ついてんのかついてねェのかお前のカラダに教え込んでやってもイイんだぜ…?」 ………? あーれー?何だそりゃらしくねェ脅しだなオイ。 クソ剣士のタダでさえ鋭い目つきが、これまた異様にギラギラしている。 なんとなく…なんとなくいつもと違う気がする。後で気づいたんだが、あのムッツリヤローが俺との口喧嘩に下半身系のへらず口を叩くってのがもう異常だった。 マワリに止めるヤツが誰もいねェ状況が、否応なしに俺らを追い詰める。 「あ?お前変態か。お前の童貞なんざ頂いてもメーワクなダケだっつーんだよ」 「だッ…誰が童貞だァ!」 「んだ図星かよ?ヨロシかったら経験豊富な俺様がチェリー君に手解きして差し上げましょうかァ?…死んでも真っ平ご免だけどよッ」 「こんの減らず口ッ…!」 いつもの小競り合いの調子で、ゾロの右腕が俺のシャツの襟元を締め上げる。 粗雑な態度に『いつものゾロだ』とちょっとダケ安心しながら、負けじと俺も両手をポケットに突っ込んだまま、精一杯ガン飛ばして。 お互い殺す勢いで睨み合う…つもりが。 睨んだゾロの目の奥に、いつもと違う色が見えたような気が、した。 気を取られてつい油断しちまったら、その一瞬の隙をついてゾロの左足が見事に俺の脹脛をなぎ払った。勢い咥え煙草が宙に舞う。 オイオイ足技は俺の専売特許だろーが…! 一瞬でそのまま甲板に叩きつけられ、馬鹿力のクソ剣士は馬乗りになって俺の四肢を押さえつける。 そして――― 気づいたら、キツク唇を重ね合わされていた。 は。 マジかよ!? 「!、!、!、!、!」 |
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