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1 酒を飲むのは決して嫌いなほうではない、というかむしろ数少ない趣味の一つが飲酒だといっても過言ではないゾロだが、大人数でしかも自分を肴に飲まれるのにはさすがに閉口する。 霜月もそろそろ中旬、秋から冬へと早足で向かう季節。 こんな夜は帰り際一杯引っ掛けて、とは誰しもが思うことだろう。その日一日の業務を終え、ゾロの勤める部署は問答無用で全員参加を義務付けられた飲み会へと雪崩れ込むことになった。 お祭り好きな上司の思いつきと細かいことに気の回りすぎる部下の采配で、会社近くの居酒屋を借り切って開かれたのは、何を隠そうゾロの誕生祝いだ。 三十にもなって誕生日もクソもあるか、と恋人の口癖を借りて内心罵りまくっても口に出せないのが月給取りの辛さというかなんというか。 戦場でひとたび上官の命が下れば、それがどれだけ理不尽なものであっても、反射的に「ハイ」と答えてしまうのが企業戦士の辛さというか。 「ロロノア君、三十路突入おめでとーう!」 何故かクリスマス帽を被った上司は店内中に響き渡る大声で乾杯の音頭を取り、ゾロの片頬を大いに引き攣らせた。 貸切で良かったと胸を撫で下ろしたのもつかの間、しかし誕生祝らしきものはそれくらいで、後は主役そっちのけで飲めや歌えの怒涛の宴会。 祝われているのか冷やかされているのか、っつか騒ぎたいネタが欲しかっただけじゃねぇのかとゾロは空になるたびに注ぎ足される酒盃をごんごん煽りながら、 (もーいいからとっとと帰りてぇ) なんて失敬なことを考え続けた。 会社の人間と気が合わないわけではないが、どうせ飲むなら付き合いではなくあれの居る場所がいい、なんて社会人にあるまじき我侭を思うようになったのはあの男と出会ってからだ。 二次会三次会と騒ぐ酔っ払いたちをなんとか振り切ったのは終電ギリギリといった時刻で、最寄り駅までは残念ながら到着かなわず一駅前で下車するハメになり、イイ年して迷子癖の抜けないゾロは例によって例の如く散々迷いながら自宅へと辿り着いた。 それでも二時間で済んだのは度を越した方向音痴であるゾロにはかなり優秀な方である。何せ彼はひとつ先の駅から4時間かけて帰宅した、という不名誉な記録を保持していたので。 ちらりと目を遣った腕時計が刻むのは午前2時と少し。 もうじき丑三つ、という時間にゾロは小さく舌打した。 夏の終わりに掻っ攫うようにして共に暮らし始めた自分たちだが、お互いの生活サイクルがズレているせいで、いちゃいちゃどころか二人きりでゆっくり過ごすことも適わない。 仕事なんざやめちまっていっそ嫁に来い、と言いたい気持ちを喉元でぐっと堪えているのは、彼にとってその仕事が天職であることと、後はやはり、そうして立ち働く彼の姿にこそ惚れたからではあるものの、 (誕生日だってのについてねぇ) どうでもいい筈のイベント日にかこつけて愚痴りたくなるほどには不満があるのだ。 会社帰りそのまま恋人の仕事場に寄っては閉店まで粘るゾロだが、彼が屋台の後片づけを手伝わせてくれたことはほとんどない。 閉店時間は毎夜午前0時で、昨夜も日付が変わるなり蹴りだされた。 早めに店仕舞いさせとっとと帰ってアレコレしたいという下心アリアリでの申し出は、いつも「これァ俺の仕事だ」の一言で却下される。 渋々と先に帰宅して彼の帰りを待つが、風呂に入って汗を流すと一日の疲れが途端にどっと来て、グースカ寝入ってしまうのが常。 彼が全てを終えてゾロの元に帰ってくるその頃には熟睡しまくっていて、起きたゾロが目にするのはテーブルに用意された朝食と、『遅刻するなよ』と書かれたメモだけ。 勤勉な料理人は朝市へと食材の調達に出かけてしまった後なのだ。 平日のほとんどはそんな感じで、だからゾロが恋人をまじまじ遠慮なく眺められるのは、週末とあの店にいるときだけだというのに。 今夜の同僚の気遣いは、ゾロにしてみればお門違いも甚だしい節介だった。 もしもプレゼントが貰えるものならばゾロが欲しかったのはまさに、サンジと二人で過ごす時間だけだったので。 そんなわけで、とうとう恋人と顔を合わすどころか一言も口を聞けぬまま、記念すべき誕生日を終えてしまったロロノアさんである。 それでも。 (―――まだ起きてんのか) 通りに立ち並ぶ街路灯は薄暗い夜の街ををほのかに照らしていたが、路上から見上げたその窓から漏れる明かりはそれよりもっと明るくて、ゾロはついさっきまでへの字に引き結んでいた口角を僅かに綻ばせた。 アイツの顔が見れる、と解っただけで機嫌が良くなってしまうのだから、相当に現金だ。 「おかえり」 「…ただいま」 暖房を入れるにはまだ少し早いが、深夜はさすがに冷える。 リビングのソファに引っ張ってきたらしい毛布にくるまり、ちょこんと頭を出してテレビを眺めていた青年は、上着も脱がず立ったままのゾロに視線をやって「…寝る前に風呂に入れよ」なんて呟いた。 なんとも素っ気無い態度だが頬っぺたが少し赤い。 同棲相手から初めて言われた・言った『それっぽい』言葉にゾロがヒソカに感激したのと同じように、サンジもなにやら思うところがあったらしい。 ぐわーっと体の内側からせり上がるものを堪えつつ、ゾロはさっさと踵を返しスーツをそこらに脱ぎ捨てながらバスルームへと向かった。 全くもってあの男は可愛すぎる。 ホントに自分と同い年か、と思うくらいスレてなくて純情で、なのにちと絶倫気味なゾロのセックスに付き合えるほどやらしくて具合のいいサンジ。 とっとと上がって少しでも長くあれを堪能しようと、ゾロはサンジが見ていたら怒鳴られそうなくらいカンタンに乱雑に全身を洗い流した。 タオルでがしがし傷だらけの身体を拭きあげながら(いいもんを手に入れた)とにんまりする三十路男は、自分だって十分にかわいらしくも少年ぽいところを残している。 手に入れたばかりの恋に浮かれているのは片方だけではないのだ。 風呂を出たら脱衣籠にはいつの間にかきちんと畳まれた着替えが置かれていて、うおおと思わず仰け反ったゾロの耳に、呆れ混じりな声が入った。 「ったくこんなんじゃ皺になんだろーが…ハンガーに掛けるぐらいの芸当は出来ねェのかね ―――ってオイ!」 独り言にしては嫌味ったらしい小言を言いつつもダイニングに散らばった洋服をいそいそと拾っている甲斐甲斐しい姿にまたぐわぐわーっとキて、今度こそゾロは我慢できなくなった。 バスタオルを肩に引っ掛けたまま、あんぐり口をあけたままの青年を抱えあげてリビングへ。 くぐった鴨居にサンジが握っていたハンガーをスーツごと引っ掛けて、これだけは拘って選んだソファへさっさと腰を下ろす。 突然の奇異な振る舞いに唖然としたサンジを膝に乗せて、ニッカリ笑って一言。 「うし」 「うしじゃねェ!なんなんだテメェは…」 「や、なんかなぁ」 「なんか?」 反射的に『嫁さん貰ったってなァこんな感じか』と口を滑らせかけたが、寸でのところでゾロはそれをぐっと飲み込んだ。 幾らこっちが抱く立場でも、自立した男相手に告げていい台詞ではないだろう。 だからゾロは素直に、嬉しい、とだけ言ってみた。 「今日はお前の起きてるツラ、見れねぇと思ってたから」 「…ばーか。似合いもしねェ甘ったりーこと言ってんじゃねェよ」 色が白いってなぁホントに便利だ、とゾロはおかしなところに感心した。 人並み以上に口の悪い恋人が、嫌がってるのかウザがってるのか実は照れているだけなのか、昇った血色のお陰でよく判る。 至近距離で後ろからじろじろ顔を見られて居心地が悪くなったのか、離れろとばかりに頭を肘で押されたが、勿論この場合サンジは後者なのでゾロは細っこい肢体を遠慮なくぎゅうっと抱きしめた。 襟足にかかる金糸を掻き分けてうなじに鼻先を突っ込むと、擽ったがって身を捩るが本気で逃げようとはしない。 (俺ぁホントに、いいもんを手に入れた) 誕生日は過ぎてしまったが、欲しかったものはちゃんと腕の中にいる。 |
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(2004.11.17) |
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