プラス24 2




 いつも同じ時刻に店に寄る男が姿を見せなかったせいで、その晩はなんだか調子が掴めなくて困った。
『飲み会が入った』から遅くなる、とは前日ちゃんと聞かされていたし、会社勤めのサラリーマンだから自分の与り知らぬ付き合いがあるのは当たり前だと判ってもいたけれど、いつも同じ席を陣取るはずの姿が見えないのは少々おかしな感じで。

(たかが一晩だぞオイ)

サンジは自分で自分にツッコミを入れながら商いを終え、最終電車が到着する時間を過ぎてもまだ帰ってこないことにため息をつきながら、ことさらゆっくりと店仕舞いをした。
 タイミング良く通りがかったりしねェかな、なんて思いながら。
サンジは知らぬことだがその時間ゾロはきっちり迷子になっていて、結局帰ってきたのは2時をとうに回った時刻だった。
 屋台の片付けはもちろん、帰宅して食事して風呂に入ってといった雑事の全てを終わらせて、それでも先にベッドに入る気にはなれなくて、いつもより肌寒く感じるリビングでサンジはぼんやりゾロを待った。
 暮らし始めたばかりの部屋は、慣れていないせいだろうか一人じゃ広すぎて落ち着かない。

(アイツは毎日、こんな感じなのかなァ)

不謹慎だが、そうだったらちょっと嬉しい。
 自分と同じくらい片割れの不在を寂しがってくれれば―――と考えたサンジは、次いで毎晩見慣れた、サンジが帰る頃にはとっくに熟睡モードで平和そうに寝扱けているゾロの寝顔を思い出し肩を竦めた。
 ここは元々ゾロの所有するマンションだ。
見るからに図太そうなあの男が、自分の家で寛げないわけがない。
 平日は屋台で、休日は互いの家で。
初恋に没頭する中学生みたいに毎日飽きることなく会っていた二人だけれど、それだけでは我慢出来ないとゾロが言ってくれたからサンジは今ここにいる。
(そらさすがにちょっと)と当初渋っていたサンジだが、なんだかんだで結局は躊躇いながらも彼の申し出を受け入れて、ゾロの家はそのままサンジの、二人の家になった。
 そうして嬉し恥ずかしな同棲生活がスタートしたのだ。
お陰様で職場が大変近くなったサンジにはその分自由になる時間が増えたのだが、ゾロの思惑とは少しズレていたかも知れない。
 何せサンジが帰宅するころまでゾロが起きていては次の日の仕事に差し支える。
一緒に暮らしはじめたからといって二人で過ごす時間がそう増えはしなかったことにいたくご不満そうなゾロとは逆に、しかしサンジはゾロの寝顔を毎日眺めるだけでも十分なほどのシアワセを感じていた。
 使っていなかった個室のひとつはサンジのものになったが、寝室はそのままゾロが使っていた場所を共有している。
男二人が寝るのにはちと狭かったシングルベッドは、ゾロの夏季賞与で既にご立派なダブルに買い換えられていたから、というのがその理由だ。
 それだってサンジには(ひえー)とか(ちょっとやりすぎなんじゃねェの)と思えないでもなかったが、立ち仕事で疲れてグッタリした体はゾロの体温でぬくもったベッドに入っただけでリラックス出来たし、寝ぼけていても独占欲は人一倍な恋人は、隣がもぞもぞしていたら瞼は上げないくせにちゃっかり腕を伸ばしてくる。
 相手の意識がないというのはサンジにはかなり好都合だった。
きつく抱きしめられても嫌がる振りをしなくていいし、先にベッドを抜け出す時『おはようのチュー』をしたってバレたりしない。

(―――バレて悪いってこたァねぇんだろうが)

 つまらない意地かも知れないけれど、同棲にまで踏み切ったとはいえイイ年して余りにもラブラブすぎるのはどうか、と思ってしまうサンジなのだ。
 自分が抱かれる立場とあらば、なおのこと。







 サンジとは違って少しばかり脳味噌の回路が本能に直結しているらしい男は、恋人がそんな感慨を頂いているのにはお構いなしだ。
 満身創痍での告白のときからずっと、ただの客だった時分からは考えられないほどの積極性で、ゾロはそれこそ恥も外聞もなくサンジに構ってくるようになった。
 本人曰く、「下らねぇ遠慮してたら手に入るもんも手に入らねぇ」のだそうだ。死の淵から生還した際に、男相手だとか年齢だとかいう、それまで拘っていた色々を涅槃に捨てて来たらしい。
 今だって背中にぴたりと張り付いて、まるで母親の帰還を待ちかねた子供のようにサンジにくっついている。
抱っこされているのがオカアサンの方なのはさておき。

「俺ァその昔、テメェの寡黙なところを非常にクールだと思ってたんだが」
「お?」

この場合のクールは『=かっこいい』だ。
 いっそぬいぐるみにでもなった気分で抱き竦められていたサンジは、腕を首の後ろに回して、よしよしと甘えっ子のサクサクした緑頭を撫でた。
手の平に当たる湿った感触できちんと乾かしていないことに気づくと、むっとグル眉を顰めて今度は体ごと向き直り、ゾロが肩にかけたまんまのバスタオルでごしごしと拭き直してやる。
 脱ぎ散らかしたスーツといい、でかい図体して手のかかるお子様だ。

「まさかこんな甘えたな野郎だなんざ思いも寄らなかったぜ」
「ははははは」
「俺と同い年のクセして見た目はまんま親父なのに、中身がコレってなぁ詐欺だぜ」
「そーいうトコロも好きだって言っていいぞ」
「………」

 開き直るにもホドがあんだろ、とサンジは大袈裟に溜息を落とし、ニマニマ笑う男の唇にちょん、と自分のそれをくっつけた。
返事がわりのキスに気を良くしたゾロは調子に乗り、抱き込んだままのサンジをソファに押し倒して熱烈なお返しをかましてくる。
 そういうところも好きだから、しょうがないのだ。







 ひとしきりじゃれるようなキスを交し合っていたら、ふとゾロが思いついたような顔をした。
うっかりウットリしかけていたサンジは「?」と首を傾げ、ゾロはふむふむと一人納得したような顔をしている。

「そういや同い年じゃねぇな。しばらくは俺の方が兄ちゃんだ」
「…アァ?」
「だからお前ももう少し甘えて来い」

 その言葉は『兄ちゃん』に託けたゾロの本音だったのだが、

「何だそりゃ、どういう意味だ」

訝しげに尋ねたサンジに「昨日で三十歳になったから」と告げた途端、身の下に組み敷いた彼の細い肢体がぴきっと硬直して、ゾロは目を点にした。

「おでん屋?」
「………」
「おい。どーした」

慌ててぺちっと白い頬っぺたを軽く叩くと、ようやく我に返った青い瞳がまじまじとゾロを見上げてくる。

(なんだ?タイマン勝負か?)

いきなり冷えた空気の理由が判らず、ゾロはなんとなく、無言のまま動きを止めたサンジを見つめ返した。
 そうすると見る間にぐるぐる眉毛がへなっと萎れて、(うお!)と思った瞬間に細い両腕が首に回され頭を思い切り引き寄せられる。
 ぐいぐいと息が苦しいほど胸元に顔を押し付けられ、

「おい、なんなんだ一体!」
「見るな」
「あ?」
「俺、すげえ情けねェ面してっから今」
「………」

仕方なくそのままサンジの胸に顔を伏せていたゾロだが、やがてサンジはふーっと長く息をついて、腕の力を緩めた。
 そろそろいいか、と少しだけ顔を上げたゾロの目に入ったのは、不自然なほどにっこりした、恋人の笑顔で。

「誕生日おめでとさん」
「…あ?」
「ちゃんと知ってたら、プレゼントのひとつも用意できたんだけどよ…つーわけで、オーソドックスにプレゼントは俺ってなァどうよ?」

 あまりにも軽い調子でそう言われて(何の冗談だ)と思ったゾロは、耳元で「サーヴィスしてやる」と囁かれて脳髄が一気に焼き切れそうになった。
―――のだがしかし。

「あー、…やっぱまずかったか」

 ここで素直に据え膳を頂いてしまうにはゾロはサンジの性格を知りすぎていたので、取り合えず気分を害したらしい恋人に詫びを入れた。

「や、なんつーか、今更っつうか」
「おう」
「祝うって年でもねぇし」
「だな」
「だからえーと、…悪かった」

おう、ともう一度サンジは応え、サンジに対しては必要以上に熱心なくせに自分のことには無頓着すぎる男を、今度は幾分力を弱めて抱きしめた。

「それこそ、イイ年してって俺も思うんだけど」

誰よりも最初に祝ってやりてェって思うのはダメか?と躊躇いがちに問われてゾロはまたぐわぐわぐわーっと来たが、ここで手を出したら最低だと必死で股間を宥めた。
 同居を受け容れる際サンジが出した条件のひとつ『次の日が休みでない限り性交渉はナシ』を今日ほど憎らしく思った日はないかも知れないが、『身を差し出される』ようではまだまだだ、と思うのだ。

 一緒に暮らしていながら自分たちにはまだまだ距離がありすぎる。

隙間がないほどぴたりと肌を密着させておいてそう感じるのもおかしな話だ、とゾロは苦笑し、せいぜい意地を張って「24時間後には」と言った。

「もう金曜だから解禁だな。マル一日経ったら、腰が立たなくなるほどサービスしてやる」
「俺がされんのかよ?」

くくっと喉の奥で笑う声にほっとしながら、ゾロはサンジの指がゆっくり自分の短い頭髪の間を梳くに任せた。
 それからきっかり24時間後、ゾロは恋人から予告通りかつてない大サーヴィスをして貰ったようだが、細かい内容やら回数については二人だけの秘密、ということで。




HAPPY BIRTHDAY!





おわり

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 マリヲさんお誕生日記念。(2004.11.21)

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