ONEPIECE デッドアンダーな冒険 1 |
1 天気は良好、風は快調。船は元気にすいすい進む。 偉大なる航路グランドラインを往く小さな羊船にその日、定期購読の新聞と共に一枚のチラシが配達された。 受け取ったのは甲板でコック特製のミルフィーユとアールグレイを振舞われていた美人航海士。 不可思議なイラストつきの、目にしたことのない言語で書かれたそれを考古学者が解読すると、お金大好きな美少女はニタリとそれはもう凶悪に微笑んだらしい。 「そういうわけで、皆さんにはレースに参加していただきます」 クルー全員をラウンジに集め、航海士は高らかにそう宣言した。 「…あぁ?またかよ懲りねえなお前も」 真っ先に呆れた声を出したのは腕組みの剣豪であるが、当然ナミはこれを無視。 「面白いのか?だったら俺は別にいーぞ」 「おおおお俺は反対だ!こないだヒデェ目にあったばかりじゃねーか!」 呑気な船長を遮り、勇敢なる海の戦士(未満)が震える声で叫んだのも無理はない。 つい先日我らがG・M号は、立ち寄った港町ハンナバルで開催された裏レース『デッドエンド』に参戦した。 なんでもアリを謳ったそのレース、エターナルポースに従い様々な障害を乗り越え向かったゴールはなんとパルティアならぬ海軍基地だった。ライバルの卑怯なやり口に怒った船長以下クルーは、大本命であったガスパーデを見事粉砕し、ついでに賞金稼ぎシュライヤとアナグマことアデル兄妹は無事再会を果たし、メデタク大団円というヒト騒動を終えたばかりなのだ。 因みにレースに参加した船で無事残ったのはG・M号のみ。当然ぶっちぎりの優勝と言えたが、肝心の胴元は懸賞金ごと行方不明。 さんざん苦労した上に見入りナシという、ナミ的には全く納得いかない体たらく。 「お黙りウソップ。これは既に決定事項なので反対は認めません」 「横暴だなオイ!」 ウソップの至極もっともなツッコミにふーうと一息ついて、ナミが静かに呟いた。 「…お金がないのよ…」 これには男一同ウッと黙り込んだ。 こと金銭に関しての執着がナミでないナミである。航海士が金の話を持ち出したとき、それに逆らえる豪傑はこの船には居ない。 一気に大人しくなったクルーを見渡し、ナミは天使の微笑みを浮かべる。 「まぁこないだのアレはあくまでアングラだから。今度は大丈夫!」 どん!とその豊満な胸を叩いてみせるナミであるが、その根拠のない自信はどこから来るのか。そんなナミさんも素敵だ〜と、お約束でコックがメロった。 そこでオドオドと周囲を窺っていた小さな船医が、遠慮がちに口を開く。 「で、でもナミ、こないだのレースで、船ボロボロだよ?」 「だから修理代も必要でしょ?それに、今度のレースは船じゃないから」 「船じゃない?」 「そう。要はかけっこよ…『福男選び』って言うらしいんだけど。次の島で開催されるお祭りに、そういう催しがあるの。なんだろう、神殿みたいなトコに一番早く到着して、御神体を手に入れたヒトが勝ち?優勝者には『福男』の称号と賞金三十万ベリー、それにお酒と食料がタンマリ与えられるらしいわ」 「酒」 「食料」 剣士とコックが同時に反応したのに、ナミはしてやったりと頷き返す。 「まぁ額も大したことないし、小さな島だから危険度もそれほどないと思う。問題は海軍だけど…まぁ田舎だし大丈夫でしょう。そこは私とロビンでなんとかするから」 「ええ。大艦隊でも来ない限り安全だと思って頂戴」 「ん?おめェらは出ないのか?」 「福オトコだって言ったでしょ?神事の一種らしくて、女性厳禁なのよ」 残念だわァ、とちっとも残念そうじゃなくルフィに答える。 「ま、あんたたちは何も考えず、とにかくゴール目指して突っ走ればいいのよ!」 こうしてG・M号男組は、メデタク『福男』争奪レースに参加するはこびとなったのである。 「…で、何コレ」 サンジが指差したのは、島に到着早々ナミが調達してきた、『福男』参加者の衣裳一式。 やたら袖ぐりがデカいぺらぺらのジャケットと黒い紐、細長い白布が五枚ずつ。 「あーなんか、参加者は全員コレを着ないといけねーらしーぞ?でもどうやって着るんだろうなァ」 鉢巻か?とウソップが白布を頭に巻き始めた。 しかし鉢巻にしてはどうにも太く、長すぎる。身長よりも長い鉢巻など存在するだろうか。 「俺なんかコレ気に入ったぞ!ボタンとかねーのな、楽でいいや」 「…ルフィ、それは今回は、服の上から着るモンじゃねェ」 「お?」 「クソ剣士、テメェ着方知ってやがんのか?」 「アァ。『福男』ってのは初耳だが、俺の故郷でも祭りでコレと同じ衣裳をつけることがあるからな」 「早く言えよー!」 白布で顔をグルグルに巻いてしまったウソップがじたばたともがいた。 ゾロはハァ、と溜息をつきながらウソップに近づき、丁寧に外してやる。 「じゃあ、衣装はゾロに着せてもらえば大丈夫なんだな!俺、どうしようかと思ったよ」 「素人じゃ着替えだけで日が暮れちまうしな。―――おいお前ら、着付けしてやっから、とりあえず今着てるモン全部脱げ」 「「「「………ぜんぶ?………」」」」 訝しげな声と視線がゾロに集中し、変質者を見るようなその目つきに剣士は青筋を立てて怒鳴り上げた。 「そーしねェと付けらんねーんだよッ!いーからさっさとしろッ」 「おうッ!」 「ってパンツまで脱ぐかよフツー!」 真っ先にばばっと元気良く全裸になったのは船長である。 風呂ならともかく真昼間の男部屋、羞恥心のカケラもない態度にウソップが突っ込んだが、ゾロは白布を持つと黙ってルフィに近づいた。 白布の端をルフィの肩に掛け、反対を剥き出しの股間に潜らせる。ギリギリねじりながら腰を一周させ、後ろでT字になるように端布を挟み込んで固定。肩に掛けた布を降ろし、もう一度股間を潜らせると、見事な褌姿が出来上がった。 「なんかチンコがスカスカすんな〜」 剥き出しの尻をフリフリ訴えるルフィに、 「ホントは締めるときに自分でナニの形を整えなきゃいけねーんだ。でもまぁゴムだからなんとでもなんだろ。落ちつかねェなら膨らませとけ」 「ゲッ!その布、パンツがわりなのかよ!カブっちまったじゃねーか…」 「新品だから布ッキレと代わりゃしねェだろ」 「そうか?…よ、良しゾロ!遠慮は無用だ俺にもつけさせてやる!」 偉そうに言うなりウソップまで全裸になった。どうやら狙撃手の眼には褌がカッコ良いモノとして映ったらしい。 ゾロはこれまた無言でウソップの腰に布を巻きつけてやる。手際よく作業を終えると、チョッパーに人間型変形を言い渡した。 「本で見たことあるぞ俺!フンドシって言うんだよな?」 「そうだチョッパー、物知りだな」 「へへっ」 「コレを巻いたら法被を羽織って帯を締める。男の祭り装束の出来上がりだ」 鉢巻があると完璧なんだがなァ、なんてフンドシ締め締め仲の良い親子のような会話。 がぼーんと口を開けてその爽やかな光景を見入るサンジには誰も気づかない。 (アレを、この俺が、つけるってのか…) 晴れて法被に褌姿となった二人と一匹は、肩を組んで「フンドシ〜フンドシ〜」と歌い踊っている。しかしスタイリッシュな色男を自称するサンジには、その格好は変態丸出しの奇天烈なものとしか思えなかった。 さて最後は、とゾロがサンジを振り返る。途端に黒衣の痩身がビクゥッと竦み上がった。 大きく引き攣ったサンジのその表情から、褌姿に対する嫌悪をありありと感じ取ったゾロは(しょーがねーな)とサンジにズカズカ近づいた。 「な、ナニさらす気だテメェ!」 「褌。締めてやっから脱げ」 「バババババカ言うんじゃねェ変態クソマリモ!んであんなアホかつカッチョワリーパンツつけなきゃいけねェんだ」 「仕方ねェだろうがクソコック!いーから観念しろ」 言うなりサンジのベルトを引っ掴むと、修練の早業でベルトを抜き取りそのズボンに手を掛けた。 「ギャア!人前でなんてことしやがる!」 人前じゃなかったらイイらしいがそれはともかく、あの格好にはどうにも抵抗あるサンジである。冗談じゃねェ大人しく脱がされて溜まるかと咄嗟に右膝を繰り出した。 勿論サンジの攻撃などあらかじめ予測していたゾロであったので、鋭い攻撃を紙一重で躱し飛びずさると、腰に差したうちの一刀をすらりと抜き払う。 場所柄考えず殺意漲らせて対峙する二人に、ウソップがのんびり声を掛けた。 「なーサンジ、これ着ないとレース出れねーんだぜ?」 「それがどうした長ッ鼻!テメェらみてェな三枚目はともかく、このサンジ様がンな格好出来るワケねェだろうがッ」 「サンジ出ないのか。ナミ、がっかりするだろうなあ」 チョッパーの他意のない発言に、サンジがハッと青褪めた。 「ナミさんが、がっかり…」 女神にも等しい麗しの航海士が落胆する姿を思い描き、サンジはがっくりと項垂れる。そうして心でナミと褌姿の自分とを天秤にかけ―――その答えは明白。 俯いたまま震える指で胸ポケットから煙草を取り出し、その一本に火をつけた。 「―――まァとにかく…マリモマン…正直俺にゃ死んでもゴメンなこの話。……だが締めよう祭りくんだりのクソ褌……なぜなら愛しいレディが二人、俺の活躍を待っている―――つまりそうだ」 ふーっと吐き出した煙は勿論ハートマーク。 「これは、『恋の試練』!(どーん)」 「アホだろお前」 「煩ェクソマリモ。…アァ触るな、自分でやっから」 呆れつつも腰に伸ばされたゾロの手を、サンジはべしっと叩き払った。 「…クソコック、お前どういう…」 「アホかテメェ?目の前で三人も締めてりゃあヤり方くらい解るっつの。俺んこたァいいからお前こそさっさと着替えやがれ」 そう言い捨てると、自分用の褌と法被を片手にさっさと甲板に上っていく。風呂かどこかで着替えるつもりらしい。 「アァそれと」 梯子からビシッとゾロを指差すサンジの小脇で、白布がひらひら揺れた。 「テメェにだけは、負けねェ!」 バタンとハッチの蓋が閉じられたと同時に、ゾロは乱暴に自分の衣服を脱ぎ捨てた。 「―――ケッ、勝手にしろッ!」 そして上陸。 小さいながらも伝統のある島らしく、祭りの喧騒は島を揺るがす勢いの盛り上がりを見せていた。港から『福男』会場となる境内まではびっしり出店が寄り添い、それはもうかなりな人込みである。 その人込みに肩をぶつけながら、船長ルフィを先頭にG・M号の面々は会場に向けまっすぐ…いやかなり寄り道をしながら進んだ。 「すっげー!メシ屋だらけじゃねーか!なぁなぁ、ゾロの故郷もこんなカンジか?」 「そういや似てるな。浴衣にお目にかかるなんざ村を出て以来だ」 「アレが浴衣か…なんてセクシーなんだ〜あぁっ金魚模様も可愛らしいそこ行くお嬢さん!ハンカチを落としましたよ」 「ハイハイハイハイ」 ベタなナンパに走ろうとするサンジの耳を、ナミがぎゅうっと引っ張って停めた。反対側の手ではイカ焼きの出店に走ろうとするルフィの耳を引っ張っている。 「なぁロビン、俺おかしくないか?」 「フフ。良く似合ってるわよ船医さん」 「そ、そうか?へへ、褒めても別に俺は嬉しくないぞ〜」 毛むくじゃらの大男が身を捩じらせて照れた。嬉しいらしい。 「俺らと同じ格好したヤツらが結構いるな。アレは全員参加者なんだろーな」 ウソップの指摘でマワリを見渡すと、確かに法被に褌姿の男があちらこちらに見受けられる。 その全てが境内入り口のスタート地点を目指しており、それが一塊の集団として見える頃には、お祭り気分のG・M号の面々にもようやく闘志が漲ってきた。 「いーい?五人も揃っといてもしも負けたらタダじゃおかないわよ?」 「まっかしといてナミさん!アホ共はさておきこの俺がついてるからねッ」 「女に気ィ取られてスッ転んでんじゃねェぞエロコック」 「アァ?喧嘩売ってんのかテメェ。ノット腹巻だからって威張るんじゃねェぞ!」 「腹巻してないのがなんだっつんだよ!」 「あんたたちいい加減に、………?」 毎度お馴染みの喧嘩が勃発すると思いきや、長身が向き合った途端、お互い同じタイミングでふいっと視線を逸らした。 (あら?) 当然鉄拳制裁でそれを食い止めるつもりだったナミはとしてはかなり拍子抜けである。 (なんなのかしら珍しい…まぁ、本番前にキズがつくよりはマシだけど) 握った拳を降ろしながら訝しげに二人を眺めていると、ロビンからおっとり声がかかった。 「航海士さん。そろそろ時間じゃないかしら」 「あ、いっけない。あんた達早く走って、始まっちゃうわ!」 「「「「………何―ッ!………」」」」 シンクロした男達の声が、何故かいきなり静まり返った辺りに響き渡ったと同時に。 ゴーン ゴーン ゴーン 山頂から三つの鐘が打ち鳴らされ、一斉に目の前の人波が動く。 オオオオオーッと掛け声も勇ましく、ゴールへと続く長い階段を、同じ格好の男達が我先にと昇り始めた。少々出遅れたG・M号クルーも、大慌てでその人込みに紛れ込む。 とその時サンジの腕が高々と上げられた。どこから取り出したのか、その手にはしっかりビニール梱包されたハムの塊が握られている。 「ルフィ!」 「お?」 「………取ってこーい!」 普段からそうやって食い物を投げ与えられるための条件反射か、ルフィはサンジの手から思いっきり放たれたハムに向かい、進行方向とは反対に大喜びで飛んで行ってしまう。 「何―っ!」 「き、汚ねぇぞサンジ!」 「仲間なのに!仲間なのに!」 「よっしゃこれでゴムは戦線離脱だ!」 満足そうに呟くと、サンジは山頂に向けて今度こそ一気にダッシュをかけた。 もともと脚力には自信がある。ライバルになりそうなのはルフィとゾロ二人だけと見て取ったサンジは、素直に障害を蹴落とす作戦に出たのである。 後はゾロだけ…まァヤツはどうせ迷子になるだろうから、もしも追いついたらそん時改めて蹴りタオス、と心に決め、サンジは先を急ぐことに集中した。 フットワークを駆使して屈強な男達の間をすいすいと通り抜け、あっという間に集団のてっぺんに移動する。 (ゼッテー負けねェ、あんなクソ野郎に負けてたまるか!) どんな手を使ってでも勝つ!とサンジは気合を入れて足を動かした。 |
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