リクエスト 1 |
1 世界一の大剣豪を目指す男ロロノア・ゾロには、世界一の大剣豪になること以外に誰にも言っていないある野望があった。 同い年の、同性のトモダチが欲しい。 思えば親友くいなは年上の、それも少女だった。 くいな亡き後、彼女の野望をまるごと受け止めたゾロはそれまで以上に剣の道一筋に時間を費やし、同い年の子供たちが自然そうするようにたわいないお喋りに興じたり、下らない悪戯に時を忘れて遊んだり―――そういう、年相応のつきあい、というものを一切排除したまま、19歳という年齢を迎えてしまった。 だからゾロにはトモダチがいない。 世界一の男鷹の目を探す旅に出てそのまま迷子になり、いつのまにか海賊狩りとして放浪を続けるようになったゾロは、気付けば世間からは畏怖を込めて『三刀流の魔獣』とまで呼ばれるようになった。 強面の外見も相まって、これでは旅を続けてもなかなか同い年の友人を手に入れるどころではなく。 そのうちひょんなことからルフィと出会い、スカウトされ海賊としてG・M号に乗り込んだ後も、 (ルフィやウソップはいい奴らだがアホだ。最年長として俺がしっかりしねェと) なんて頼まれてもいないのに思いこんでしまったゾロは、いまいち彼らと一緒に下らないことではしゃいだりすることが出来ない。 甲板で笑い転げる少年たちを見てうずうずするくせに、気付けば「しょうがねえな」と斜に構えてニヒルな笑いを浮かべ、一歩下がってそれを眺めている。 本人が願ったわけではないが、いつのまにかゾロはG・M号でそういう位置に落ち着いていた。 (年が下、ってのがいけねぇのかもな) 思い込んだら一直線、どうにも生真面目なところのあるゾロは、いまひとつクルーと打ち解けられない理由をそんなふうに解釈した。 しかしまあルフィとはひたすら気が合うし、船長として認めるに相応しい凄い男だ。ウソップも少々臆病なきらいはあるが、根はしっかりしていて信頼に足る男だと思う。 もうひとり船にいるナミという女―――あれは論外だ。 ちゃっかり乗船しているくせに、こちらに気を許した様子もない。金にやたら煩く欲深で、どうしてルフィがあんな女を仲間にしたがっているのか理解に苦しむ。 それにナミは女で年下。これからしてもうアウト。 ゾロが欲しがっているトモダチはあくまで、同い年の、男なのだ。 (まあいい。そのうちいつか手に入れてやる) ちょっと淋しかったが鷹揚とそう考えた。 そんな風に日々大剣豪とトモダチ獲得目指して剣の腕を磨くゾロの前に、やがて新しい仲間が現れた。 丁度ナミをめぐって魚人どもと戦っている真っ最中に仲間に加わったその男は、なよっとした外見とは裏腹にとんでもなく強く、そして男気に溢れた凄い奴だ。 鷹の目との戦闘で深手を負ったゾロを庇い、魚人相手に不利になるのを百も承知でためらいなく水に飛び込んだ。 唖然とするゾロを尻目に血だらけで勝利を掴んだ青年は、金髪で黒スーツ、ひょろりと細くて足癖が悪い。 ついでに口も悪く女癖も悪い。やたら挑戦的な蒼い右目だけを覗かせる小さな白い顔は思いがけず丁寧なつくりで、そして不思議なことに眉毛がなんかぐるりと巻いている。 職業コック、名前はサンジ―――年齢19歳、性別男。 (こいつだ) カーン、と。 ゾロの脳内で、鐘が一つ鳴った。 その日ロロノア・ゾロは誕生日を迎えた。 クルーの誕生日にはコックが腕を奮い宴会へと雪崩れ込むのがG・M号の常だ。 その夜も例に洩れず飲めや歌えの大騒ぎで、甲板に残っているのは酒豪を誇るナミ、嗜む程度のロビン、そして宴の主役であった、これまた大酒呑みのゾロの三人だけ。 「あちゃあ!まったこいつらはツブれちまったのかよ〜」 いやもうひとりいた。 ラウンジからツマミの皿を両手に氷の追加を頭に乗せて現れたのは黒衣の痩身。それほどアルコールに強いわけでもないが、船での宴会では料理人の常として給仕しながらの飲酒になるためひとりゆっくり飲めないサンジだ。 それでも少々酒がマワったかこころもち頬が赤い。ちえーちえーと呟きながらつまらなそうにつま先でげしげしと泥酔したウソップを転がしている。 「私もそろそろ失礼するわ。コックさん、ご馳走様」 「えええ!ロビンちゃん寝ちゃうの〜?」 すっと立ち上がった美女に身をくねらせて引き留める素振りを見せるコックを、ゾロは幾分呆れた面持ちで眺めた。 ゾロの唯一のトモダチ候補であるこのコックと行動を共にするようになって長らく経つが、未だに自分とこのコックはトモダチ付き合いどころか喧嘩ばかりの毎日だ。 稀に見る女好きであるサンジは常にその視線をナミやらロビンやらに向けていて、たまにゾロと目が合っても小馬鹿にしたような顔をするか威嚇してくるかのどちらかしかない。 ゾロも気の長い方ではないので、邪険にされたり足蹴にされてはドカバキ乱闘にもつれ込み―――仲良くなるどころの騒ぎではないのだ。 「お片付けはしていくわ」 フフッとロビンが微笑むのと同時に、床から生えた腕がポイポイと男部屋へ潰れたメンバーを放り込んだ。 ハッチの下からドカドカドカッとヤバ目な音がしたが、三人分の鼾は途絶えることがなかったので恐らく無事だろう。 「じゃあ皆さんはごゆっくり。…剣士さん、良いお誕生日を」 おう、とゾロが頭を下げたところでナミが立ち上がる。 「あー飲んだ!私ももう休むわ」 「ええっ!ナミさんもォ〜?」 「夜更かしは美容の大敵なのよ?じゃあねゾロ、サンジ君。後片付けよろしく!」 「…ハーイおやすみなさい…」 セリフから見ても航海士はどうやら片付け回避のための早退らしい。それでもたらふく飲み食いして十二分に満足そうだ。 目当ての女性陣があっという間に消えて、しばらく後姿を追うようにその場に立ち尽くして倉庫を眺めていたサンジは、「あーあー」と至極残念そうに床にぺたりと腰を降ろした。 ゾロに背中を向けたまま酒瓶に手を伸ばし、そのまま口をつけてぐいっと煽る。 てっきりサンジも部屋へ戻るのかと思い込んでいたゾロは、ん?と眉を上げた。 「お前は寝ないのか」 もうお開きだろ?と言外に匂わせたが、予想に反してサンジはくるりとゾロを振り返り、ずりずりと這うようにして近づいてきた。 「俺ァまだ飲み足りねェの。…テメェこそ、まだ寝ないのかよ」 「ああ」 こりゃまた珍しいことがあるものだ、とゾロはコッソリ肩を竦める。 同じ船に乗る仲間としてまあ毛嫌いされてまではいないだろうが、かといって決して好かれているとも思えないコック。 その男がゾロと二人で飲もうとするなんて今までなかったことだ。サーモンの載った皿をゾロの前に引き寄せて、当たり前のように目の前に座りなおす。 それからまた酒瓶に薄い唇を寄せて、まるで一気の様相でごくごくと煽った後、ごしごしとジャケットの裾で口を拭った。 サンジが男の前ではやたら粗雑な態度になるのはいつものことだが、なんだか今夜は様子がおかしいとゾロは首を傾げる。 訝しげな顔で自分を眺めるゾロになど、この距離では当然気付いているだろうに、暫く目を泳がせて視線をそらしていたサンジだったが。 突然正面を見据えると『意を決した』としか言いようのない表情で口を開いた。 「―――おい腹巻」 「なんだ眉毛」 「………」 「………」 しばらく沈黙。 「今日はテメェの誕生日だな」 「あぁ」 「………」 「それがどうした」 「その…、………るか」 「アァ?聞こえねぇよ」 「………」 気の強いコックが目の前でもじもじするところを、ゾロは初めて目の当たりにした。 そんな様子はなんだか不思議に可愛らしいものではあったけれど、いつまでも話を切り出そうとしないサンジにいい加減焦れて、ついゾロは声を荒げてしまう。 「オイ、聞こえねえって」 「―――なんか、欲しいもんはあるか、っつってんだよ!」 逆ギレそのものの大声に、ゾロは目を丸くした。 因みにこんなに真っ赤に染まった顔も、初めてだった。 |
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