リクエスト 2





「誕生日、だから。テメェの欲しいもん、とか…やろーか、って…」

ボソボソと口ごもる青年の言葉はそのまま小さく消えていく。

「―――俺に?」

突然思いがけない申し出をされたゾロは、一体何の悪ふざけが始まったのかと疑問を抱くばかりだ。
 照れ隠しにチッと舌打ちするサンジは手にした瓶が空になったらしく、甲板に転がる酒瓶から封を切っていないものを物色し始めた。
ゾロは目を点にしたままそれを凝視する。
 何本目かにそれを発見して、サンジは「おし」と一人で納得しながら徐に蓋を捻り―――

「おいそりゃあ」
「ア?」

先ほどまでと同様に瓶ごと煽ろうとして、一口含んだサンジの顔色が変わった。

「〜〜〜ッ!」

ラベルに気付いたゾロが止める間もなく度数の高いそれを飲み込んで、サンジは床に両手をついてゲホゲホむせはじめる。
あんまり辛そうで慌てて背中を擦ってやると、

「…ッハ、なんだこりゃ…ッ」
「そんままで呑むにゃあキツすぎんだろ。お前何無茶やってんだ」
「―――無茶上等、俺は今酔っ払いなんだよ!」
「アァ?」
「酔っ払いだから、素面じゃやりたくてもぜってー出来ねェ小ッ恥ずかしーコトでも平気で出来ちまうんだ。なぁ俺、テメェにおたんじょーびのプレゼントあげてェの。クソマリモ、なんでもいいからリクエストしろ」

乱暴な口調とは裏腹な蒼い片目が、真摯にゾロを見つめている。
 まるで今にも泣き出しそうなどこか必死なサンジの顔。
いい加減鈍いゾロもここにきて、サンジが不器用な方法ながら自分と歩み寄ろうとしていることに気がついた。

 喧嘩ばかりしていた自分たちだが、もしかしたらサンジも本当は―――自分とトモダチになりたいと思っていたのかもしれない。

 そう思った瞬間、ゾロの口からとんでもない言葉が出た。

「俺と―――トモダチになってくれ」







 それからはすごかった。
サンジはゾロの台詞を聞いた途端にぶわっと涙を溢れさせて、

「俺もテメェとナカヨクしたかった」

だの

「同い年のダチに憧れてて」

だの

「でもテメェはムカつくやつだから」

だの、とにかくべらべらと喋り捲った。
 景気付けの酒がほどよくマワったらしいサンジの呂律は段々と怪しくなっていたが、要約するにどうやらゾロの想像どおり、ずっとバラティエという回りは年長者ばかりという限られた世界で過ごしてきたサンジ自身、同性の同年代の友人関係にほのかな憧れを抱いていたらしい。
 けれど素直になれぬままここまで来てしまったこと、それを悔やんで「今日こそは」と勇気を振り絞ってゾロにアタックしたことなどを涙ながらに語られて、ゾロはぐわっと胸の奥が熱くなった。

(やっぱり同い年だぜ…!)

どれだけ時間が経っても一向にトモダチになれない自分たちは、もしかしたら気が合わないのかもしれないと、流石のチャレンジャーロロノアもへこみかけていた矢先だったのだ。
 ところが蓋を開けてみれば、相手も自分と同じ気持ちで日々を過ごしていた。
これで熱くならなければ男じゃない。
 感激したゾロは目の前ではらはらと涙を零す青年をがっしりと抱き締めた。
潤んだ眦をそっと指先で拭ってやる。

「………?!」
「もう泣くな」

突然抱きすくめられて一瞬ビクッと身を震わせたサンジは、よしよしと後頭部を撫でられて安心したのかすっと体の力を抜いて、おずおずと細い腕をゾロの背に回した。
 理解しあえた末の、男同士の抱擁である。

「なぁゾロ…」
「なんだ?」
「俺たち、トモダチになったんだよな」
「おう」
「激マブってやつなんだよな」
「…おう」

肩口に小さい金色の頭を乗せてぽつりぽつりと訊ねてくる言葉が嬉しくて、ゾロまでなんだか目がうるうるしてきた。
 堪えきれずにずずっと洟を啜ると、気付いたサンジが「へへ」と笑った。
共犯者の微笑み。

(…うお!)

至近距離で見るその笑顔があんまり眩しくて、ゾロは驚愕に両目を見開いた。
 チンピラ丸出しで威嚇してばかりだった凶悪面コックの笑った顔が、こんなにカワイイものだったとは。

(トモダチ効果ってのはすげえ…)

感嘆しながらその顔に見惚れていたら、腕の中の痩身が「んん」と身動ぎした。あんまり強く抱き締めすぎて窮屈になったようだ。
 慌てて「悪ぃ」と腕の力を緩めると、「いや俺こそゴメン」なんて首を左右にばたばた振っている。
そんな仕草までどうしようもなくカワイイ。
 このカワイイのが自分のトモダチなのだ、と思うだけでゾロはなんだか興奮してきた。
どうしてもっと早くこういう風に出来なかったのだろう。
 いや今は過ぎた過去を悔やむよりもこの恩恵を享受しなければ。

(…トモダチ最高…!)
「なあ」

うんうんと喜びを噛み締めるゾロに、サンジが言いにくそうに尋ねてきた。

「そんで実際のとこ…トモダチって、何するもんなんだ?」
「あ?」
「いや俺、今までダチっての、作ったことねェから…こう、具体的にどーするのかなー、って」
「………」

サンジのもっともな?質問に、ゾロはううむ、と唸った。
 咄嗟に答えが見つからぬ。
なぜならゾロだって、今まで誰かと友人付き合いをした記憶がない。
 振り返れば過去唯一『親友』と呼んだくいなでさえ―――剣を交える以外の交流を持ったことが、ないのだ。
けれどそれはあくまで、くいなが少女であったからであって。
 男同士には男同士の、トモダチ付き合いというものがある筈だ。
なんて必死に記憶の糸を辿り正しい男同士の付き合い方を思い出そうと普段使わない脳味噌をフルに活動させはじめたところで、サンジの肩がぶるっと震えた。

「どうした?」

暦の上では晩秋だがここはグランドライン。
 夏気候の海域を彷徨う今、夜半とはいえ寒さを覚えるほどではないだろうが…とサンジの顔を覗き込むと、焦点のイマイチずれた蒼い瞳にぶつかる。
 ぼんやりゾロを見上げる顔は頬から鼻から赤い。肌が白いのでそれが余計に目立って、なんだか桃みてぇだとゾロは思った。

「クソコック?」
「…トイレ」

アルコールを摂取しすぎたらしい青年が、ゾロの肩に手を掛けてすくっと立ち上がった。
 そのままふらふら千鳥足で倉庫へと向かっていく後姿に、

「ちっと待てクソコック!」
(―――これだ!)

カーン。

ゾロの頭で、またひとつ鐘が鳴った。

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