リクエスト 3





 よたよたとおぼつかない足取りのサンジは自己申告通りしたたかに酔っ払っているようだった。
遅れて立ち上がったゾロはサンジがドアノブに手を掛ける前に青年に追いつき、正面に回りこんでその両肩をがっしり掴んだ。
 え、と鳩が豆鉄砲を食らったような表情で目をぱちくりさせるサンジに、ゾロは勢い込んで告げる。

「ウソップが前に言ってた。ありゃあどこぞの宿屋でだったか…『トモダチだったら小便に付き合うもんだ』って」

それは以前G・M号がとある島に滞在した折の話だ。
 吝嗇家の航海士が手配した宿とも呼べぬあばら屋でのこと。
深夜もよおしたウソップは同室のゾロを起こして、共同の薄汚い便所へと付き添いを頼み込んだ。
めんどくさがってあっさり断ろうとしたゾロに向かいウソップが放ったのが、件の『トモダチだったら』の一言である。
 ゾロが欲しいのはあくまでも同い年のトモダチだったが、ウソップだって年は違えどトモダチの一人には違いないだろうと、首を傾げながら薄暗い廊下を一緒に歩いてやったものだ。
 ゾロはそれを思い出したのだ。

「俺も一緒に行ってやる」
「…アァ?」
「小便。ダチは便所に付き合うモンらしい。―――確か、連れションつったか」
「連れション…?」

酒でぼんやりした頭で、サンジはその単語について一生懸命考えた。
 そういえばどこかでそういう言葉を耳にした事があったような気がする。
トモダチのいなかったサンジには無論経験のない事柄ではあったが、単語として存在する以上それはトモダチ同士の通過儀礼のようなものであるに違いない。

(つか、ただ一緒に便所行くってことだよな?)

断る理由もないので、サンジはゾロに促されるまま倉庫のドアを開けた。
 こんなことがトモダチの証明だとはなんだか不思議な気もするが、どうにも足元がふらふらするのを隣に立つゾロが支えながら歩いてくれるので、壁にぶつかることもなく真っ直ぐ進めて助かりはする。
 なるほど連れションというものは便利である。
友情って助け合いなんだなァとか思いながら突き当たりのドアを開けて、狭いユニットバスに足を踏み入れた。
 サンジはゆらゆらしながらゾロを振り返り、

「サンキュー助かった。んじゃテメェは外で待っててくれよ」
「?なんで外で」
「え、だって俺今からションベンすんだぜ」

きょとん、と見つめる蒼い眼には屈託がない。
 それもそうか、とゾロがドアを閉める寸前、がくんとサンジの膝が砕けた。

「―――おい!」

慌ててゾロがユニットバスに飛び込むと、タイルの上にサンジがへなへなと腰を落としている。どうやら本格的に酔いが回って立つことすら覚束ない様子。

「っと、なんか足…変…」
「大丈夫か」

でーじょーぶでーじょーぶと俯いたまま左手をひらひらさせている姿はどう見ても大丈夫じゃなさそうで、ゾロは呆れつつもサンジの背後に回りドアを閉めた。

「オラ起きろ。漏らしちまうぞ」
「んあ」

くにゃくにゃになったサンジの両脇に手を添えて引き摺り起こしてやる。
 男一人を担ぐだけの力を込めたゾロはだが、青年の体重があまりにも軽いのに驚き、ぎょっとして手を引きそうになった。
 よくよく見れば身長は自分とほとんど変わらないはずなのに、サンジの体はゾロの片手に簡単に納まりそうな厚みしかない。

(そういや、さっきも)

抱き締めた体がやたら細くて、これがあの殺人キックを放つ男かと内心焦ったのだ。
 サンジは体に力が入らないようで、便器の前に立たせてやっても背後から体を支えるゾロの肩に頭を凭せ掛けてうーうーと唸るだけだ。
 仰け反らせた喉元が白くてやたら目に付く。

「…はなせ、一人で出来…うー」

じたばたとサンジが両手を動かしたので、ぼんやりその首筋を眺めていたゾロは反射的に支えていた体から手を離した。
 途端にサンジはまたへなへなとへたり込みそうになり、ゾロはまた腕を伸ばして支えなおす。

「しっかりしろ。だらしねぇぞあんくらいの酒で」
「うっるせ…あ、ヤ…ヤベー、か、も」

小刻みに震えるサンジはもう指先すら自分の意思で動かせないようだ。肘から先を宙に浮かべて何もないところでくるくると回している。
 そこでゾロは仕方なく―――本当に、仕方なく、サンジのベルトに手を掛けた。
トモダチなんだからここは最後まで面倒を見てやるのが筋だろう、とそう考えたのだ。








「え」

背後から手を回しての作業はやりづらく、なかなかベルト穴からフックを外すことが出来ない。
 しばらく格闘した末、ゾロはサンジの肩口に顎を埋めながらようやくそれを引き抜くことに成功した。
ベルトに繋げられたチェーンがちゃらりと音を立てる。

「え」

ボタンを外してジッパーを降ろした。ウェストが細すぎるのにゾロは眉を顰め、不快も露に空いた隙間に手を差し込む。
 あれだけ自分たちに喰わせておいて、そういえばゾロはサンジがまともにテーブルについてるところを見たことがない。
 他人の食事にはことさら気を配るくせに自分の食には無頓着。そういうことかとゾロは嘆息した。
サンジらしいといえばそれまでだが、今まで目にしてきた彼の振る舞いを思い出すだけで何故だか無性に苛々させられる。
 これからはトモダチの自分が注意してやらなければ。

「え」

てっきり派手な柄のトランクスでも穿いているのかと思いきや、サンジの下着は黒のボクサーだった。
 モノが落ち着きはするがこれでは指を突っ込んで出してやるのがめんどくさい。
ゾロは足を使って前を緩めたズボンごと一気に下着を膝まで下ろしてやった。

「ンなッ…」

(…白ェ…!)

視界に入り込んだその光景にゾロは目を見張る。
 シャツの裾から剥きだしにされたサンジの足は先ほど目を奪われた喉元よりもさらに白い。
元から色白なのに加えてなかなか日に当てられない部位だからだろうが、それにしてもこれは…。

(女の足、みてぇだな)

ごくり、と喉が鳴った。
 最後に女を抱いたのはいつだったか―――

「お、おいゾ、ロ?」
(うお)

サンジの声にゾロは本来の目的を思い出した。
 頭をぶんぶん振って不埒な回想を切り捨てる。そういえば自分はこの男の用足しを手伝ってやるつもりだったのだ。
 危うく太股に伸ばしかけた指をぎゅっと拳骨に変えて深呼吸。

(さて、と。まさか他人のナニを掴むハメになるたァ…)

トモダチというのは厄介なものだ、と思いながら申し訳程度にサンジの前を隠していたシャツを捲り、それから徐に股間のあたりをまさぐってやわらかい陰茎を探り当てる。
 ふにゃ、とした手触り。

「ふあ…ッ!」
「悪ィ!痛かったか?」

きゅっと手の平で強く握ってしまったせいで、サンジが体を硬直させた。
 痛みからか肩に力の入ったサンジの顔を覗き込むと、相変わらず桃みたいな顔をして所在なげにゾロの顔を見つめてくる。

「や、で…えじょーぶ…だけど」
「だけど?」
「テメ、テメェなんでこんなことまで…」

その質問にゾロはフッと男らしく爽やかに笑って答えた。

「俺らァダチになったんだ。小便の手伝いくらい当然だろ」
「ゾロ…!」

サンジはいたく感激したらしく、蒼い瞳を大きく見開いてゾロを見る。
 二人してどこか激しく間違っていたが、今までトモダチのいなかったゾロとサンジにどこらへんが間違っているのかが解るはずもない。

「握っててやっから。さっさと済ませちまえ」
「す、すまねェ…」

ゾロに促され、サンジはあらためて顔を自分の股間に向けた。
 浅黒いゾロの指がサンジのくってりしたそれをつまんでいる。

「………」

他人にそんなところを触られるのは初めてで、サンジはなんだかどきどきしてきた。
 膀胱はもう破裂しそうで大変なことになっているのだけれど、背後で自分を抱き締めたままのゾロが気になって、集中して放尿することが出来ない。
 ガマンしすぎて爪先からおかしな具合に震えが来た。

「…どうした?」
「わ!」

肩口からいきなり股間を覗き込まれ、羞恥でかあっとサンジの頭に血が昇る。

「み、見るなよう…ッ!」
「おう」

出るモンも出なくなっちまう、と泣きそうな声で言われて、普段は甲板の端っこから堂々と海へ向かって立ちション派のゾロは(そんなもんか?)と思いながらも首を動かして、ふるふる震えていたそこから目を逸らしてやった。
 かといってなんだか目の遣り場もない。
きょろきょろ視線を外していたゾロはふと正面に鏡があるのに気がついた。
 ユニットバスだから洗面台に鏡があるのは当たり前なのだが、今そこにはサンジの小さな顔と、彼に頬を擦り付けるように密着した自分が映し出されている。

(―――ッ!)

その瞬間。
親指と人差し指で支えた部分が、ふくりと膨張したのを感じた。

「…ンッ…」

チョロ、と尿道を通るものの感触を指先がゾロに伝える。
 鏡に映るサンジの瞼は固く閉ざされていて、ゾロは魅入られたようにその表情を凝視した。
腕の中の痩身がぶるぶるっと震え、断続的に暖かい液体を放出しはじめる。
 ちょろちょろと流れ出したそれはやがて勢い良く噴出した。どくどくと指先をすり抜ける熱量に、ゾロの脳髄まで熱くなった。

「ふ、…ンは…ッア、」

うっすら開かれた唇から洩れる掠れた音が耳を焼く。
 だんだんと脱力していくサンジの体を抱く腕に、ぐっと力が籠った。
ピンク色に染まった頬に、幾分乱れた金糸が影を落としている。ドーブツ並の視力を誇るゾロには、放尿にあわせてサンジの金色の睫毛がふるふると揺れるさまさえくっきりと見えた。

(…なんつう顔で小便しやがる…!)

喉の奥がからからに乾いていくのをゾロは自覚した。
 セックスで絶頂を迎えたそのとき、サンジはこんな顔を見せるのだろうか。
無防備なのにどこか挑発的な、ひとを惑わせ、狂わせる表情だ。
 ゆっくりと開かれた蒼い瞳は満足げに潤み、ざくりとゾロの勃起中枢を銀針で刺し貫く。





 やがて長い放出を終えた余韻からふう、と青年が溜息を落としても―――男の指はサンジのペニスから離れなかった。

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