ゆく年、くる年。 3 |
3 さて108あると言われる煩悩を清浄な音韻で全て祓われても、年が変わればまた新たな煩悩が発生するのが人間、というわけでゾロはさくっとサンジを押し倒しに掛かったが、 「待てコラ!幾ら何でもおじさんがいる場所でほいほいサカられちゃ堪ったもんじゃねェよ!」 「親父ならソバ食った後また出かけた。交番で忘年会やって新年会まで済ませて来る、だとよ」 「あーあー、それで駆け込みの平台ってわけか」 「あぁ?」 「いやなんでもねェ。っつか離せ、まずは風呂だ風呂」 「俺ぁ構わねぇぞそのまんまで」 「俺が構うんだよクソ野郎!どーせこれからしばらくは休みなんだから、ンな焦んなくても」 「!」 しぶとく抵抗する獲物が口にした言葉にハッと顔色を変えた。 「…ゾロ?」 (しまった) バラティエと重なる休日は四日間。 多忙なサンジが完璧フリーになるのを、小旅行という罠まで張って今か今かと狙っていたゾロだったが。 ゾロには幼い頃から、父親のように剣の道で最強になりたいという夢があって、それだけ目指して鍛錬を積んできた。 バイト代わりに自宅の手伝いを選んだのは練習に充てる時間に融通が利くからだし、長じて無責任な主になりかわり店を切り盛りしているのは父親への対抗意識が過分に働いたのと、就活の手間を惜しんだのと、うっかりリーマンにでもなってしまったらやっぱり好き勝手に動けなくなるから、そんな単純な理由からだった。 気付いたらふらりと消えているミホークを追わないのは、それなりに酒屋とこの商店街に愛着と責任があるからで、しかし敵が目の前にいるのなら話は別。可能な限りアレに張り付いて、隙あらば、いやなくとも倒したいと思う。 気配すら感じさせず一瞬で間合いを詰める足捌き、幻惑するように動く優美な剣先は触れた途端に爆発する。 自分がまだ到達できない領域で戦うあの男と一度でも多く剣を交えられるなら、他の事はどうでもよくなって当然だ。 ゾロが目指す頂点は常にひとつ。 強くなることに傾注するのを疑問に感じることもないし、そんな生き方を後悔だってしていない。 けれど時折、―――そう、こんなときには。 「おいどーした、顔だけじゃなくて頭も打ったのかよ?」 父親が登場するまで頭のほとんどを占めていた幼馴染が、アホっぽい不審顔で固まったゾロを覗き込んでいる。 見ていたら、言葉がつるりと口を滑った。 「悪ィ」 「あ?」 サンジはゾロが、二人っきりのお出かけプランなんか立てられるほど器用な人間だなんて思っちゃいないし、期待だってしていないだろう。 ナミから温泉宿の宿泊券を買い取ったことだって話してない。 だから何の問題もないのだ。 互いの重なった休暇になど拘ってなかった振りをして、朝イチで竹刀を振ってのんびり起きてきた親父に勝負を挑んでぶっ飛ばされて、回復したらもっかいチャレンジして、日付が変わったら又それを繰り返す、そんな風に正月を過ごしても。 「年が明けたらゆっくり出来っから」 「うん」 「したら俺ぁお前と、風呂とか一緒に入ろうって」 「イヤ狭ェよ」 「いつも食ってるもんよりゃ質は落ちんだろうが、それなりに豪勢なメシ食って」 「御節ってなァ保存食だから鮮度が落ちるのは仕方ねェよ。でも今年は全部ジジイが準備したから味の方は俺より―――あーもう、てめェ何でそんな情けねェツラしてんだ」 自分の顔は見れないが、どんな顔をしているのか想像はついた。サンジの言う通りしょぼくれた表情なんだろう。 困惑気味な笑顔を浮かべているからそれが判る。 「お前がお願いもう許してダメ、とか言っちまうくれぇ本気でいちゃいちゃしようって、思ってたんだ」 「………」 死んでもそんな台詞は口にしないだろうサンジは、ここは容赦なく蹴り飛ばすところかとも思ったが、幼馴染の無残に膨れ上がった顔が哀れだったのと、後半に同意してやらないでもない部分があったので見逃してやることにした。 今晩の風呂は諦めたほうが良さそうだ。 押しのけるためゾロの両肩に添えた手を、そのまま背中に滑らせて交差させる。 それから、 「出来ンだろ」 「アァ?」 訝しげに片方の眉を上げたゾロに、ふふん、と得意げに笑って見せてから、痛めてない右の頬にぺたっと自分のほっぺたをくっつけた。 「朝まで本気でいちゃいちゃしよーぜ?」 喋りながら上から三つばかりボタンの外れたコックコートに手を掛ける。少しでも早く二人になれる時間が欲しくて、着替える間も惜しんでゾロの元に駆けつけたことをサンジは今更のように思い出した。 「ゾロ…」 名前を呼ぶ甘えた声は愛撫をねだるときのように耳を擽る。 先ほどまでとは打って変わった積極性にゾロは僅かながら目を瞠ったが、歓迎こそすれ断る理由はない。 「―――ン」 首を傾けてサンジの唇を奪い、自ら衣服を取り去ろうとする彼に協力するようにコートの裾から腕を潜り込ませた。 手探りで見つけた小さな粒を指の腹で撫で上げる、それだけでぴくりと肩を震わせてしまうくせに逃げはしない。 いつだって新鮮な反応を返しはするけれど、快楽を共有することに馴染んだ体は恐れずちゃんとゾロを受け入れている。 存分に舌を絡め合わせてから、細い首筋へと唇を動かした。いつもより塩気の残る肌と、彼が職場から持ち帰った雑多な匂いは何故だか倒錯的な感慨をゾロに抱かせる。 「…興奮するなこれ」 「この、変態マリモ…ッ」 「お前だってそうだろ」 シャツを捲り上げ、つんっと立った乳首を甘噛みしながらゾロはサンジの下半身に手を滑らせた。 「ふあ」 しばらく触りっこすらしていなかったせいか、ほんのちょっとの悪戯なのにそこはもう形を変えている。 脱がせてみれば案の定、先端からとろっとした蜜を零していて、ゾロの指先をいやらしく湿らせた。握りこんでぐちゃぐちゃに弄ってやると、堪え切れないとばかりに腰がふわふわ浮き上がるのが可愛らしい。 「いてててて」 ニヤニヤしているのに勘付いたサンジから父親の持つ木刀で強打された顔面を抓られて顔を顰めたが、堪え切れないのはゾロも同じだ。 オシオキされた頬より張り詰めた股間のほうがずっと痛い。 ベッドに常備している潤滑剤を使って、ゾロはいつもより性急に後ろを解して自分の熱を宛がった。 さすがに準備が足りなかったか、ぐぐ、と強く腰を押し付けても成長しきった怒張はなかなか奥へと進まない。 「っく、う、うう〜」 迎え入れるサンジはきつく歯を食いしばって衝撃をやり過ごそうとしているが、ゾロが一旦身を離そうとすると、途端に腕を伸ばしてしがみ付いてきた。 「サンジ?」 「…昼間はおじさんに分けてやるけど、夜は全部俺のだ」 裸の胸に顔を押し付けて、ぼそりと所有権を主張する。 ほったらかしで悪いなーと思うのも、ほったらかされて悔しいと思うのもお互い様な二人なのだ。 生まれた頃から付き合ってきた筋金入りの幼馴染だから、自分以外にも大事なものが相手にあるのは承知の上。 天秤の両端に乗せて重さを比べるようなものでもないことだって、コドモじゃないから判っている。 判っているけれどしかし、恋人としては不満に思わないこともないのだ。 「さっさとぜんぶ、俺ン中に寄越せ…ッ」 掠れた小声で詰られるのに釣られるまま、ゾロはサンジの腰を抱えなおし強引に全てをそこへ含ませた。 それから朝まで、二人が身内でも出来ないくらい仲良くしたのは言うまでもない。 目覚めたサンジがその朝いちばん最初に目にしたのは、せまいベッドの隣で寝ていたはずの男ではなく、昨夜この家の玄関に脱いだ靴だった。 枕の上に敷かれた古新聞の上に左右が逆になった状態で並べてある。 「こーいう時だけはちゃっかり早起きなんだよなあ…」 サンジは寝ぼけ眼を擦りながら重い体を引きずり起こし、床に投げ散らかされた服の残骸を再び身に纏った。 がらりと窓を開け向かい側のサッシに手を伸ばす。 「ううううううクソ寒ィぞコラ!」 ひやりと肌を刺す清浄な冷気を堪えながら靴を片手にひらりと身を躍らせた。 マル一日留守にした自室へ戻ると壁から下げていたカレンダーがいつの間にやら新しいものになっていて、サンジはぼとりと荷物を落とし天を仰ぐ。 孫を甘やかしつつもけじめには煩い祖父が留守中に入れ替えたのだろう。 「…クソジジイめ…」 新年早々絶望的な気分になったが済んだことを悔やんでも仕方がない。 ここまで自分の声が届いていませんように、どうか始まる前とか終わってぐったり寝入った明け方以降の親切でありますようにと願うだけだ。 はあ、とため息混じりに見た時計はまだ朝方の範疇で、サンジは先にベッドを抜け出したゾロはもしかしたら完徹して鍛錬に向かったのかもと思った。 本人と一緒に愛用の剣袋も消えていたし、早速の再戦に向けて血沸き肉踊る状態なんだろう。 元旦なのにも拘らず落ち着きのない話だが、元気なのはいいことだ。 (つーか少し元気を抜いてくれって感じ?) らしくもなくへたれ気味だったからって、「本気で抱け」なんて挑発はするべきじゃなかったと思うサンジなのだった。 気分転換に取りあえずはと入りそこなった初風呂に入って、汗やらアレやら色んな液体で汚れた体をシャワーでサッパリきれいに流してから、平静を装って人気のある方へと向かう。 途中の廊下には横文字のついた木箱がいくつも積まれていた。十中八九長旅から戻ったミホークの土産だ。 今日は店が閉まっているからこっちに運ばざるを得なかったのだろう。 セラーに運びなおさなきゃ、と思いつつドアノブを捻る。 「クソジジイあけおめー」 「…そんな年始があるか」 リビングルームで客と歓談していたゼフは頓狂な挨拶に呆れて真っ白な眉を吊り上げたが怒鳴りつけはせず、すぐに視線を向かいに座る男へ移した。 「図体ばっかりでかくなりやがって、ウチのは相変わらずこんな調子だ」 「ふむ。元気があってよろしい」 自宅用のラフな格好のゼフと反比例するように、ソファに腰掛けた男はきっちりと正月らしい紋付袴を着込んでいる。 色がド紫のウサギ柄でなければ正装に見えたかもしれない。 サンジは(どこで注文すんだろ)といつもと同じ疑問を抱きながら、隣家の主に向き直ってぺこりと頭を下げた。 「おじさんおかえり。あけましておめでとうございます」 「おめでとう。少年よ挨拶が出来た褒美にお年玉をやろう」 「えーと」 少年かよと思いつつ断るのもアレなので、サンジは素直にありがたく正月の恩恵に与ることにした。 サンジと同じくミホークの行動に思うところのあるらしいゼフは微妙な表情を浮かべていたが、もとより商店街一の奇人で知られる古馴染みのやることだ。いちいち苦言を呈するのも面倒だと諦めているのか、可愛らしいポチ袋をいそいそ仕舞う孫が、じき成人式を迎える年齢なのには目を瞑ったようだった。 ミホークは満足そうに頷くと、「では」と腰を上げる。 「え、もう帰っちまうの?」 「愚息が遊んで貰いたがっておる。いい年をして相手をしてやらんと拗ねて仕方がないのだ」 「………」 今もどこかで懸命にわが身を鍛えなおしているゾロが聞いたら大暴れ間違いなしな台詞である。 (あとでチクろう) それからゼフとサンジは今年最初の年始客が辞去するのを二人並んで玄関で見届けたが、ミホークの姿が見えなくなったと同時に「さて」と腕まくりをした孫にゼフはんん?と首を傾げた。 「―――あれと出かけるんじゃなかったのか?」 「あぁ?」 「いや、いい」 隣の親子の微妙な確執についてはゼフもよく知っている。 年末に決死の面持ちでサンジの「外泊許可」を取り付けに来た青年がこの期に及んで父親を選んだことに、ゼフは内心でため息をついた。 (情けねェ。だからてめェは若僧だってんだ) 連れ出されてもそれなりに問題ではあったのだが。 「こらまた聞いたことねェワイナリーだな…毎回思うんだけどおじさんどっから見つけてくるんだろ。ジジイ、これ全部地下に運んじまっていいんだよな?」 それなりに葛藤したに違いないゾロをよそに、何も知らないサンジはのんきに木箱を抱えている。 「一箱は振る舞い酒にさせてもらおう。ちと軽いがなかなかいいワインだった」 商店街のすべてが正月休みに入っても、明けて二日もすれば年始回りと称して入れ替わり立ち代り顔なじみの連中がタダ飯食らいに訪れるような家だ。 今年は雑煮のかわりにチーズシチューでも出すかと言うと、研究熱心な孫は嬉しそうに瞳を輝かせた。 こうして大通り町から一歩も外に出ることなく例年と変わらぬ正月を過ごしたサンジだが、祖父と二人でお料理三昧な三日間は忙しくも楽しくもあり、日ごとに打撲裂傷を増やしていったゾロもそれなりに満足のいく休暇ではあったらしい。 休み明け早々バラティエを訪れたナミから「温泉どうだった?」と問われるまでは、頓挫した旅行計画がバレることもなく。 後にゾロは勝手な思いつきに怒ったサンジにカンペキ無視されるという憂き目に合った…が、少なくとも年頭だけは平和に迎えたようである。 END |
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(2009/05/29) |
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