暴動チャイル 1 |
1 雑草の生い茂る河原に、ぽっかりと空き地。 ところどころにデカいホチキスの芯のようなものが刺さっているそこは、どうみてもお年寄り憩いの場、ゲートボール場であった。 一見のどかなその場所だが、今そこには20人からの学生が円を描いている。 どこからどう見てもガラと頭の悪そうな集団だ。あと三年もすれば、立派なチンピラに成長することだろう。 その中央に、他の学生とは明らかに違う雰囲気をかもし出す少年がふたり。 かたやヤンキーでもここまでは染めないだろうというそれはもう見事なド金髪。 細身の肢体と思いがけず端整な顔立ちからは到底伺い知ることの出来ない殺気に溢れた強い眼差しで、テキトーに羽織った学ランのポケットに両手を突っ込み、正面に立つ少年を睨めつける。 一方は地下系のライブハウス位でしか滅多にお目にかかれない、若緑色の頭髪。 左耳には三連のピアス、鍛え上げられがっちりとした胴体には、何故か緑色の腹巻が。 攻撃的な視線を投げかける金髪とは裏腹に、イマイチ自分の置かれた状況が掴めていないようだ。ただぼんやりとその場に立ち尽くしているその風情。 こころもち冷たく感じる秋風が、対照的な二人の間をすり抜ける。 しばらくにらみ続けた後、金髪がゆっくりと口を開いた。 「…テメェが、ロロノア・ゾロか」 「だったらどうした」 「どうもしねーよ。ウチの女子が世話んなったってなァ」 「…女子?」 訝しげに片眉を吊り上げられ、金髪がキれた。 「スラっとぼけてんじゃねェ!」 云うが早いか、ポケットに手を突っ込んだまま長い右足を旋回させる。 「…ッ!」 間一髪でその攻撃を避けた腹巻少年は、続けざまに同じ足から放たれた蹴りを鳩尾に受け、ざざっと背後の草むらに倒れこんだ。ギャラリーから一斉に「オオーッ!」と歓声が上がる。 「さすがサンジ君だ!」 「あのロロノアが吹っ飛んだぜ」 口々に誉めそやすのに、サンジと呼ばれた少年が軽く手を振って答えた。どうやら集団全てサンジの応援らしい。 「…ッてめぇ…」 「ヘェ?俺の蹴りをマトモに喰らって起き上がる奴ァ初めてだぜ」 「抜かせ。ンなもん効いた内に入るか」 ペッと口腔に溜まった血液を吐き出しつつ、緑髪のロロノア・ゾロが身構える。それまで飄々と立っていた姿からは信じられないほどの鬼気が全身から立ち上った。 「ナニが何だか解らねェが、売られた喧嘩は買うぜ」 「上等だ。二度とあんなマネが出来ねェ様、きっちりオトシマエつけさせてやんぜ!」 視線を外さず、じり、と間合いを詰める。 (コイツ、なかなか手強そうだ) サンジはチッと舌打ちした。 先刻は油断した相手に先手必勝で上手い事ヒットさせることが出来たが、今度は隙がまるで見当たらない。迂闊に踏み出せばこちらがヤられる。首の後ろを、ヤバイ汗が伝った。 ゾロはゾロで、滅多に会えない好敵手を発見し、最初の態度はどこへやら、らしくもなく燃えていた。思い切り良く蹴られた鳩尾がズキズキ痛む。 (アバラいっちまったか?こいつの蹴りはハンパじゃねぇ、次喰らったらオワリだ) 互いの隙を見つけようと、はやる心を押さえつけて睨み合う。相手の呼吸の音が、心音が己のそれと重なるような既視感。 動かない二人に焦れたのか、周囲からは身勝手な野次が飛びまくる。 「見てるだけじゃ話にならねーよ!」 「やっちまえ、相手は丸腰だァ」 「竹刀持ってねぇロロノアなんざ、サンジ君の相手じゃねーぜ!」 「…アァ?」 その中に、聞き捨てならない一言が混じった。 サンジの瞳に、一瞬躊躇いの色が浮かぶ。 「テメェ、カタナ使いか」 「気にするな。そこらの不良相手にゃ素手で充分だぜ」 「…良く言った。遠慮しねェぞ!」 ふてぶてしくのたまう姿にカーッと来て、サンジが思わず一歩踏み出した。それを受けゾロも背中を屈め飛び掛る体勢に。 直後。 河原にピピーッと警笛が鳴り渡った。間髪入れずにカン高い耳障りな男の声。 「おまわりさァん!こっちですぅ〜!ヤンキーが集まってリンチやってるんですぅ〜!」 突然響いたその声に、中央の二人を除いた少年たちが慌てふためく。 「ヤベェ、ポリかよッ」 「誰だ呼びやがったのは」 「どーでもいいから逃げろッ」 「じゃ、じゃあサンジ君また!」 ばたばたと逃げ惑うギャラリー達は、蜘蛛の子を散らすようにあっという間に河原から退散した。余程後ろ暗いところがあるのだろう。 ともかくもほんの一瞬でその場は、依然対峙するゾロとサンジのふたりだけとなった。 「いいのかよ、お仲間が居なくなったぜ」 「ウルセェ。元々あんな奴らダチでもなんでもねぇ」 「ほう?」 「テメェがナミさんをゴーカンしやがったのを、指を咥えて見てたような腰抜けどもだ」 「…あ?」 「許さねェぞ…よくも俺のナミさんを…」 「ちょっと待て、なんでナミが出てくんだ」 「図々しくも呼び捨てにしてんじゃねぇーッ!」 「―――やめなさいサンジ君!」 聞き覚えのあるそれに驚いて、思わず声のした方を振り仰ぐ。夕陽を背に受けた仁王立ちのシルエット。 そこには何故か木刀片手にホイッスルを咥えた、サンジ憧れの学校イチの美少女・ナミの姿が。 「ナ、ミさん!?」 どうしてここに、と声に出す前にゾロの右拳がサンジの顔面を殴打した。 「ッてェ…!」 「ヨソミしてんじゃねェよ」 「ッるせぇ、テメェは後だ!そそそそれよりナミさん、どうしてこんな所に!?」 クリーンヒットした鼻から盛大に鼻血を噴きつつ、自分そっちのけでよたよたおろおろと少女を見上げるその姿に、ゾロの高揚感が一気に失せた。 (なんだコイツは…?そういやさっきナミがどうとか…) 「どうしたもこうしたもないわよ。サンジ君がゾロを呼び出したって聞いたから、慌てて止めに来たに決まってるでしょ!」 「止め、に?」 「ウソップがいなかったら、今頃あんたたち血まみれね」 ナミの背後から、恐る恐るといった体で、やたら特徴的な鼻の少年が顔を出した。短気なサンジの数少ない友人、ウソップである。 「おめぇがよォ、あいつらに唆されて喧嘩に借り出されたっつーから」 「唆されて…?」 ワケも解らずぼんやりとサンジが呟く。既にその白い顔の下半分は血まみれである。 その哀れな姿を目に止め、河原を駆け下りたナミがポケットから白いハンカチを取り出して「ああもう」と苛々しつつ拭いてやる。因みにナミはサンジより1級下の中学2年生だが、これではどちらが年上なのかさっぱり解らない。 「ゾロ!あんたも何で顔面パンチくれてんのよ!顔と喧嘩と料理以外取り得のない男が、これ以上アホになったらどうするの」 「知るかよそんなこと。元はといえばこいつが」 「今度やる時は腹を狙いなさい」 隠し撮り写真の価値が下がるじゃないの、と可愛い顔で平然と物凄いことを言ってのける少女に、サンジが「コスっからいナミさんもステキだ〜」と目をハートにした。 それまでの凶暴性が嘘のようなだらしなさ。思わず苛々とナミに詰め寄るゾロである。 「おいナミ、どうなってんだ一体」 「さっき消えた連中、覚えがない?」 ナミの言葉に首をかしげ、 「ねえ」 断言したゾロに、はぁ〜ッとナミが大仰に溜息をつく。 「あの中の何人かは、ついこないだあんたを闇討ちしようとして返り討ちにあった筈だけど」 「あ?」 「うちの剣道部よ。秋季大会に備えて、東中のアンタをなんとかしたかったんじゃないの?」 そういえば、対外試合とかで見知った顔があったような気もする。 「北中剣道部とコイツと、何の関係があんだ」 「同じ学校ってダケで、剣道部とサンジ君は何の関係もないわよ。―――ねぇサンジ君、そんなアナタがどうしてゾロと喧嘩なんてしてるのかしらァ?」 「エッ」 ニッコリ微笑んだナミに突然話を振られて、サンジが一瞬硬直する。 「イヤあの、あいつらが」 「あいつらが?」 「ナミさんが、東中のロロノア・ゾロって野郎に、」 「ロロノア・ゾロに?」 「その、無理矢理ゴーカンされたって…」 「………」 「で、俺が、オトシマエを、と…」 「…このアタシが、剣の腕が立つだけでそれ以外になーんの役に立たない、甲斐性ナッシングの三年寝太郎腹巻ピアスに、よりにもよって強姦ですって!?」 「おいナミ」 その言い草はあんまりなんじゃないかと流石にゾロがクレームをつけようとしたが、その前にナミのカミナリが落ちた。局地的に。 「どーしてそんな見え透いた嘘に引っかかるのよ!」 「ナ、ナミさぁ〜ん…」 振り下ろしたばかりの拳骨を握り締め、怒りのあまりふるふると震えるナミの前に、しゅーんと捨てられた子犬のような涙目の金髪。 自分とほぼ同じくらいの身長が、小さく縮こまって恐縮するその姿は。 なんというか、非常に可愛らしく。 「…ぶっ…」 「ソコ!笑うんじゃない!」 思わず噴出したゾロを、ナミがじろりと横目で睨む。そんなナミとゾロの様子を交互に見遣りながら、サンジがオドオドと声を掛けた。 「…あ、あの」 「何!?」 「それって、つまり、そこのクソ腹巻とナミさんは、合意だったってコト…?」 「………」 もしかしてこの男は相当頭が悪いんじゃねぇのか、とゾロは絶句した。 「…こんの、」 アホったれー! という叫びと共に、ナミの手にした木刀がくるりと回転しサンジの後頭部をしこたまぶっ叩き。 それきりサンジの意識は潰えた。 「あら」 「サ、サンジ〜!しっかりしろぉ〜!」 ビクビク傍観していたウソップが、慌ててサンジに駆け寄る。ガクガクと肩を揺するが、それはもう見事に気絶しまくっていて、起きそうにもない。 「…ゾロ。取りあえずサンジ君、あんたん家まで運ぶわよ」 「アァ?!なんで俺が」 「川向こうのアンタの家が一番近いし。それに幾ら華奢でもウソップじゃサンジ君抱えるなんて無理だもの」 ウソップがぶんぶんと首を縦に振る。確かに見るからにナヨっとした非力そうなこの男では、サンジを持ち上げることも出来そうにない。 「…このまま転がしときゃいいだろ」 「そうもいかないのよ」 ナミがひょいとゾロの背後を指差した。 つられて振り返った先には、「北町老人会」のゼッケンをつけた、ジャージ姿の老人の群れ。細いゴルフバックのようなモノをそれぞれ肩に下げている。 その中でも一番腰の曲がりきった老人が、ニコニコと微笑みながらゾロに声を掛けた。 「にいちゃんたち」 「…あ…?」 「いいかねぇ、そろそろ」 皺だらけの手が、使い込まれたスティックをのんびり持ち上げた。 先程まで男の戦場だったゲートボールコートの端では、早くもカコーンとボールを打つ音が。 「行くわよ?」 「…冗談じゃねぇぞ…」 ニッコリ笑う魔女にボソボソ文句をいいつつも。 すっかり意識をなくした金髪を背負い、ナミに云われるままその場を後にするしかないゾロであった。 ロロノア・ゾロとサンジ、ともに中3の秋。 これが二人の、運命的な出会いであった。 |
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(2003.02.02) |
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