ダメなものはダメ 1





「入学式当日に、新入生がココに呼び出されるなんて前代未聞だぜ?」

と、サンジを呼び出した張本人は豪快に笑った。椅子にふんぞり返ってにやにやと見つめるその視線はどうにも値踏みされているようで、サンジは僅かにそのグル眉を寄せる。

(年の頃は30代前半、ってトコロか。にしてもこれで教師かよ…)

よれよれの服に無精髭、左目には大きな傷がナナメに走ってたりする赤髪の男。ここが職員室でなければ、とても先生様だとは思えない。
 お世辞ヌキでチンピラにしか見えねぇぞ、とサンジはコッソリ思った。値踏みしているのはどちらなのか。

「オイそう警戒すんなサンジ。まぁアレだ、馴染みを発見して興奮した、と」
「馴染みっつーか…ハァ。そんなもんす」
「もう中坊じゃねぇんだから、ちったぁ落ち着けよ?よし説教終わり。教室行ってろ」
「…ドーモ、すいませんっした!」

盛大に頭を下げて、サンジはとっとと職員室を後にする。
 式の終了直後に呼び出された時はてっきりねちねち嫌味でも言われるんだろうと思ったが、突然大声を上げた理由を訊かれただけでさっさと解放されたのにはちょっと驚いた。なんつうか、拍子抜けだ。シャンクスと名乗る赤髪の男、見た目どおり型破りな教師なのかもしれない。
 どちらにせよお説教が短時間で済んだのはありがたい。中学時代はやんちゃが過ぎて常連と化していた職員室だが、高校に入ってからもソレでは進歩がないではないか。

(俺は、生まれ変わるんだって)

とにかく目立たない、慌てない、暴れない。
 幾度となく誓ったコトをまた心の中で呟く。担任に言われたとおり2階の教室に向けてタカタカ走りながら、目を閉じてブツブツとそれを繰り返していると。
 階段の踊り場でどーん!とサンジは壁にぶつかってひっくり返った。

「…痛ッたた…んでンなトコに壁…」
「誰が壁だ?」

尻餅をついたまま見上げると、そこにはサンジよりも二廻り以上はあるという大男が、でーんと腕組みして立っている。
 どうやらこの男に体当たりをかましたようだと、サンジはぶつけた額を擦りながら相手を見遣った。体格といかつい顔立ちからはとても高校生には見えないが、自分と同じ制服を着けているし、ついでに胸元のバッヂからしてどうも2年生っぽい。しかし…

(…似合わねー)

オリーブのジャケットと同色にタータンチェックが入ったズボン、アイボリーのニットベストの制服は結構オシャレで、初めて袖を通した時は密かに(やっぱ私立は違うよなあ)なんて鏡の前の自分に惚れ惚れしたもんだが。

「―――ルックス最悪だとこうもヒデェもんかね。おいアンタ、選ぶ学校間違えたんじゃねーの?」
「…んだお前!」

サンジは正直者な上少々口が悪かったので、ついつい思ったコトをそのまま喋る癖がある。
 ぶつかってきた相手にじろじろ見られた上、いきなり憐れまれるような調子でとんでもない事を云われた男は当然いきり立った。サンジの胸倉を掴み上げ無理矢理立たせると、

「イイ度胸じゃねえか。…見たことねえ面だな、新入生かお前」
「おう。ヨロシクな先輩」
「ヨロシクだァ?調子くれてんじゃねぇぞ1年、人にぶつかっといてワビも入れらんねぇのか!」
「…アァ…?テメェがウスラボンヤリ突っ立ってんのが悪ィんじゃねぇか」

怒りの形相で首を締め上げようとする男を、お得意の三白眼で下からギロリと睨みあげる。
 舐められたら負け。これまでの喧嘩人生でサンジが学んだことの一つである。故にサンジはたとえ自分に非があろうとも、いざ戦闘体制に入ってしまえば謝罪したりなぞしない。
 そして喧嘩は先手必勝。サンジは両手をゆっくりポケットに突っ込んだ。

「随分ナマイキな口利いてくれんじゃねぇか金髪…この細っこい体で高校デビューか?」
「そういうテメェは随分贅肉がついちまってるが、卒業後は精肉工場決定だな。安心しろ俺が責任もってオロしてやんぜファットマン?」
「…先輩がタダシイ高校生活の送り方を仕込んだらァ!」

言葉と同時に送り込まれる右拳を、サンジは襟首を掴ませたまま思いきり頭を後ろに倒すことであっさり逸らした。
 釣られて体勢を崩し倒れこんでくる相手の延髄に、体をひねりながらまわした右踵を振り下ろす。

「…ぐはッ…!」

どうッ、と轟音をあげて哀れな上級生の体が崩れ落ちる。

「おっと」

襟首を掴んだまま意識を失った男の手を、首をぶるんと振ってサンジは解いた。

「他愛もねぇ。喧嘩売るときゃ、相手を選ぶんだな」

果たして先に喧嘩を売ったのはサンジではなかったか。
 それはさておきオヤクソク通りの捨て台詞を吐いてその場を立ち去ろうとした少年は、その時になってようやくあることに気づいた。

「って俺はデビューじゃなくって引退するんだっつーの…!」

後悔先に立たず。
 初日からこの調子ではどうにも誓いは守れそうにない。ションボリと肩を落としたサンジは、足取りも重く階段を上り教室へ向かった。



 1学年全7クラス、特Aに続きA、B〜Fとあるその中の7組目、Fクラス。
それがサンジのクラスである。名簿順に簡単な自己紹介なんぞをさせられた後、教卓に手をついた赤髪の教師―――担任兼数T担当であるシャンクスが徐に口を開いた。

「えー、聞いて驚け。ぶっちゃけた話、この組は落ちこぼれの集まりってヤツだ」

どよどよと教室のあちこちからざわめきが上がる。

「ギリギリラインで入学したお前らだからな、まぁ仕方ねぇだろ。所詮学校なんざ成績がモノを云うトコだ。だが嘆くな、ドンケツで入ったってこたァこれ以上悪くなりようがねぇってことでもある」

何故だか自慢げに語るおかしな担任に、どうっと笑いが起った。

「俺はお前らに重石も乗せねえし期待もしねぇ。まぁ取り合えず給料貰ってる以上、お前らが解らねぇことで俺が解ること位は教えてやる。なんかあった時は俺んトコに来い。金以外の相談なら受け付ける」

無茶苦茶な教師だなオイ、とサンジは周囲同様に苦笑いを浮かべる。
 だが気に入った。熱血教師にベタベタされるのは趣味じゃないし、ガチガチのエリートに馬鹿にされるのも癪に触る。

「俺からのアイサツはそんだけだ。―――席は名前覚えるまで最低一ヶ月はこのまんま、飽きたら席替えでも何でも勝手にしろ。明日の時間割は表の通り、午後は測定で潰れっから、勝負パンツでジャージ持ってきとけ…おいサンジ!」
「!?」

いきなり名前を呼ばれて驚くサンジに、シャンクスはもっとビックリな事を言い放った。

「お前、1学期の学級委員な」
「…ハァ?なんで俺が」
「なぁにスルことは簡単、授業前の号令に、後は俺とクラスメイトの使いッパだ」
「だから何で俺がっつってんだよ!」
「目立つからに決まってんだろ、この後もっぺん俺んトコ来い。…以上、解散!」

まさか文句は言わねぇだろうな、なんてニカーっとイイ顔で笑われて、サンジはガクーっと脱力して机に突っ伏した。ぐあーっ!と金髪を掻き毟る。

(マリモ発見・ファットマン退治の後にコレかよ…。ついてねぇ、俺の高校生活はまるっきりついてねぇぞ!)

「…きりーつ。れい」

それでも律儀に号令かましてしまうあたり、サンジもなかなかおひとよしであった。



 強引な教師に引っ張られるまま数学教務室なんてトコに連れ込まれたサンジは、その後1時間も掃除の手伝いをさせられた。何で俺が、と文句をいいつつも体が勝手に動いてしまうのは、引き取られた幼少時から忙しいゼフに代わり家事を切り盛りしてきた習い性である。
 駄賃代わりに淹れて貰ったインスタントコーヒーはちょっと頂けない味がしたが、シャンクス自体は嫌いじゃないなー、俺年寄りに弱いし。なんて失敬な事を思いながら人より遅れてゲタ箱に向かうと。
 汚いゲタ箱に背を預けて、器用にも立ったままの姿でグースカ寝入る緑頭が目を引いた。

「…ゾ、ロ…?」

上履きばかりになった中にただひとつ残されたサンジの運動靴の真横。
 サンジがこの世で一番会いたくない男が、そこにいた。



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 (2003.02.10)

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