ダメなものはダメ 2





 ツンツン立った若草色の短髪。身長はおそらくサンジと同じくらい…170あるかないか。
制服の上からでも解る鍛え上げられたムダのない肢体が、いつか見た時と同じように仏頂面で腕組みして寝ている。
 体と同じくゲタ箱に立てかけられたズタボロの袋。キルティングで覆われた棒状のそれには、恐らく竹刀とか木刀とか、そういうものでも入っているのだろうとサンジは推測した。
 硬直しつつも帰宅するためには少しずつでも歩み寄るしかないサンジは、そういや剣道部だとか云ってたっけコイツ、などとぼんやりと思った。
 極度の動揺で、普段ただでさえ活用されていない脳細胞が輪を掛けて働かない。

(ゾロ…ゾロだよなどう見ても)

どう見てもロロノア・ゾロその人である。
 それが何故、ゲタ箱なんかで寝ているのか。しかも、自分のシューズのすぐ横で。
目標物から距離にして2メートルまで近づいたサンジの顔を、イヤなカンジの汗が伝った。何の為にこんな所にいるのかなんて解りきっている。
 これは待ち伏せだ。

シャンクスの雑用で一時間、下校ラッシュはとっくに終わってるし。
陣取ってやがるゲタ箱はFクラスだけど、こいつ同じ組なんかじゃねぇし。

(でも寝てる…つうことはコイツを起こさねぇようにすりゃいいだけのこった)

食事中は極力音を立てませんように…勿論、睡眠中も。
 なんてアホなことを思いつつ、そろりと靴に手を伸ばす。

「…遅え」

どっきーん。
 シューズの踵部分を掴んだ途端に低く声を掛けられて、サンジの産毛がゾワリと一気に逆立った。
ゆっくりと首を声の出所に視線を動かすと、ばっちり目を開けたゾロが薄い唇を開き、

「よう」
「よ、よう」

情けなくも震える声で返した先には、感情の伺えない榛の瞳。それがじぃっとサンジを見つめてくる。
 しまったトボケとくんだと思ったが後の祭り。

「ひ、久しぶりだなぁテメェ。お元気そうで、へぇ」
「あぁ。お前も生きてやがったみたいだな」
「きき奇遇だよな、まさか同じ高校だとはよ。イヤー偶然って怖いなァハハ」
「別に。偶然じゃねーし」
「はい?」

オカシな発言にサンジが首を傾げるのをサラリと無視して、

「折角待ってやってたのにいつまでたってこねぇから。また、バックれたかと思ったぜ」
「!」

文句を言う調子でもなく、ボソリとゾロの口からそんな言葉が洩れた。
 待ってろなんて頼んでねーよオイ!とか思いながらも、自分的にかなり後ろ暗いところのあるサンジに反論出来る筈もなく。

「ナナナナニを仰いますやラ。なんで俺が、ソンナ、バックれるダなんて、」
「カタコトだぜお前。つか、バックれただろ前は」
「あれは―――」

もう半年も前。
 以来一度も会うことのなかった相手が、今になって自分を糾弾している。
いや、まだたった半年前の出来事だ。だってまだサンジは、全然ゾロのことを忘れられてない。
 この髪も、三連ピアスも、着やせする逞しい体も、強い瞳も。

「あん時は、………」

それきり、言葉が続かない。二度と会うつもりはなかったけど。でも、もしも万が一会うことがあったら…ちゃんと話をしようとは思っていた。
 云わなければいけないと思いつつ、どうしてもサンジの口からはそれ以上言葉が出てこない。
ぱくぱくと口を開けたり閉じたりするサンジを、ゾロは無言で威圧する。
 そのどこか傲慢な態度に、不意にサンジ生来の負けん気が復活した。
気圧されている。…この俺が?

(…冗談じゃ、ねぇッ) 

ひゅうっと息を深く吸い込んで、両手を腰に当ててふんぞりかえり。

「―――あん時は、俺が悪かった!」
「あぁ?」

突然の詫びの言葉ととてもじゃないがそれに相応しいとは言い難いサンジの態度に、ゾロの細い眉が思いっきり怪訝そうに引きあげられた。



「寝たまんまのテメェを放って帰ったのはアレだ、あんまりな出来事に焦ったっつーか…、ほら、あの日はすげえ飲んでたじゃん俺ら。んで起きたらあの状態だろ」
「…?まぁ…」

素っ裸で起きたとき、寝入るまでいたはずの金髪の姿はどこにも見当たらず、片付けたはずの部屋はカラの一升瓶やら倒れたコップやらが散らかってて、酒を零したまま放置した床なんかはベトベトしていて。確かに物凄い状態だったな、なんてことをゾロは思い出した。

「んで、二日酔いで頭はガンガンすっしよ。なんか目が覚めても現実感がないっつーか、信じられねェっつーか、イヤそりゃテメェも同じだろうけどよ、まさかよりによってこの俺が、勢いとはいえオトコ相手に童貞捨てるなんざ思いもよらなかったし…それも、テメェみてぇな可愛げもクソもねぇ筋肉のカタマリ相手に、よ」
「ド」

(…ウテイ、だ?)

べらべらと立て板に水を流すように喋り続けるサンジを、呆気に取られたゾロが眺める。

「やっぱ初めての夜は、デートなんかの後一流のレストランで食事なんかしてよ。それか俺が物凄いご馳走作るとか?んでどっかホテルのスィートかなんか借りちゃって。めちゃめちゃ惚れこんだ素敵なレディに捧げたいっつーか、それ考えたらやっぱ年上かなぁ、なんつって」

ゾロにはサンジの喋ることの半分も意味が解らない。この金髪は一体、何語を話しているのだろうか。

「ナミさんみたいな可愛くて聡明なマドモワゼルも捨てがたいけど、童貞とバージンじゃなー、失敗しちまったらやっぱカッコ悪いし」
「何云ってんだお前…」
「あ?…テメェ、ナミさんが処女じゃねぇってのか!」
「誰もんなこたぁ云ってねぇ」
「ならいい。―――なぁオイ、俺は、この世で一番女性が大事なんだ」
「どういう展開だ!」
「いーから聞け。…だから、エッチとかしてみてぇなーって思っても、女の子相手に見境なくサカることだけは止してきた。行きずりの一晩だけのオツキアイなんて相手の女性に失礼だし、俺が童貞捧げるのは最初に惚れた、好きあったレディにだって決めてたし?それでもまぁ溜まるのはしょうがねぇから、その、器用な右手に頑張って貰ってよ」
「…そりゃ大変だな」
「おう大変だ、なんせ年頃だし、あんますっとアホになるとか聞いたし」
「らしいな」

(確かにテメェはとんでもなくアホだ)

真っ赤な顔をして力説する少年に、童貞なんかとっくの昔に行きずりの一晩だけの女にくれてやったゾロはもう、なんだか疲れてきて適当に相槌を打つしかない。

(俺はなんでこんなアホったれを待ってたんだっけか)

サンジほどではないにしても、ゾロだってそう気の長い方ではない。
 一向に先に進まぬ話にだんだんと苛々してきたゾロは、続くサンジのあまりの発言に、あやうく意識を失いそうになった。

「その俺がだ」
「うん?」
「まさか酔ったはずみとはいえ、テメェのバージン貰っちまうとはよ…!」

一瞬の沈黙。思わず絶句するゾロの目に、痛ましいものを見るかのようなサンジの顔が映った。

「俺のバー…?ってそんなワケがあるかーッ!」
「―――いたぜ、あの金髪だ!」

突然、二人の背後から声が掛かった。続いてバタバタと忙しない足音と、複数の気配。
 瞬時にサンジの目の色が変わり、ゾロは立てかけていた袋から竹刀を取り出す。

目の前のアホったれを竹刀でぶっ飛ばす前に物騒な嵐が訪れたのは、ゾロにとって幸運か。



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 (2003.02.11)

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