ダメなものはダメ 3





 さてその男は大変に苛々していた。
階段でぶつかって来た生意気な1年坊主に、上への挨拶を教え込もうとして、足で自己紹介喰らったのは僅か3時間前のことである。
 誰にも見られないうちに気が付けたのには助かったが、腕にはそれなりに自信のあった男は、高校上がりたてのルーキーにあっさり倒された事実にはかなりなショックを受けた。
 折れそうなほど細身な体躯と、整った顔立ち。ナヨっとした見てくれに油断しての出会い頭だとはいえ、一方的にやられたまま相手を放置では他の者に示しがつかない。そしてそれ以上に腸が煮えくり返って仕方がない。

 どんな手を使ってもボコる!とツレを総動員することに決めた。

 元々血の気の多い連中で、「1年をシメるからちょっと手を貸せ」というと、15名ほどが意気揚々と参加に名乗りを上げる。
 勿論そいつらには、己れが一撃で沈められたことは話していない。
ボコった後にでも金髪に口止めすればいいだろう、と単純に考える。
 そうして男たちは、相手の目立つ容姿を頼りに校門で待ち伏せすることにした。
しかし他の1年が続々と帰路に就く中、目当ての金髪は一向に現れない。
 業を煮やして探しに校舎に入った途端にゲタ箱で優雅にツレと話し込むそいつを見つけた時は、体重気にせず小躍りしたい気分だった。
男の声に気づいた金髪がゆっくり振り返る。
 その白い顔が自分の拳によって情けなく腫れ上がる様を想像して、彼は思わず残忍な笑みを浮かべた。
 自分たちの人数を見ても顔色ひとつ変えない少年たちには、かすかに嫌な胸騒ぎを覚えたが。
 背後に従えた人数は、先ほど味わったばかりの痛い敗北を忘れさせ、ついでに多少彼の気を大きくさせていたかもしれない。

「…さっきは世話んなったな1年。―――ツラ貸せや」





 集団に促されるまま連れてこられた場所は、満開の桜も見事な裏庭である。
 体育館の裏手に面している上、うまいこと桜が横並びに並んでいて、目的を持って訪れない限りなかなか人目にはつかないだろう。今は特に、下校時刻を過ぎたせいかまるで人気がない。

(レディとの逢引にゃうってつけのポイントだよなァ)

なんて自分の置かれた状況も考えずサンジはのんびり思ったが。

「昼寝に丁度いい場所だな」

自分以上に呑気な声が隣から聞こえてきたのにはかなりビックリした。
 これはイカンと、竹刀を肩にポンポン当てながら裏庭を嬉しそうに見つめる男に小声で耳打ちする。

「おい。なんでテメェまでついてきてんだ」
「や。話ついてねーし」
「つうかソレどころじゃねぇだろ見て解んねェのか!一緒んなってオヨビダシされるアホがどこにいんだ!」
「入学早々フクロにされかけてるアホが何言いやがる」
「フクロだァ?ハッ、雑魚が何匹集まっても俺の敵じゃねェよ」
「そりゃまた大層な自信だな。…待っててやっからさっさと終わらせちまえ」

ゾロは面白くもなさそうにそう言うと、スタスタ桜に近づき大木に寄りかかるようにして座り込む。
 どうやらこちらは傍観者に徹するようだ―――と思いきや、地面に長く足を投げ出した少年は、腕を頭の後ろに組むなり静かに瞼を降ろした。別に見る気もないらしい。
 ゾロの薄情ともいえる態度に、面白がった上級生たちはそれを一斉に囃し立てる。

「こりゃいーや、オトモダチは不参加かよ!?」
「ダチが危ねぇってのに加勢してやんねぇのかよ!随分な意気地なしだな」
「ご大層なチャンバラ道具持って来てんじゃねーか、助けてやったらどうだ」
「こんな小僧、あっちゅー間にズタボロだぜ〜?」
「………」

ゾロはめんどくさそうに片目を開け、ぼそりとサンジに問いかけた。

「だそうだが。手伝いが必要か?」
「いるわきゃねーだろボケッ!手出ししたらテメェからオロしてやらァ!」
「―――そういうことだ。勝手にやってくれ」

両手を軽く挙げて、"我関せず"のジェスチャー。
 もう一度目を閉じたかと思ったらそれきり何の反応もない。本気で寝るつもりなのだ。
 男たちはゾロの鷹揚な態度に調子を崩され幾分拍子抜けするが、もともと彼らの目的はサンジ一人である。気を取り直して金髪の少年に向きなおった。

「入学早々可哀想だが、オニイサマたちが礼儀叩き込んでやるからよ。覚悟決めろやボーズ」

相手の言い草にチッとサンジは舌打ちした。しょうがねぇなぁ、などとボソボソ呟きながら、

「あーそこの、なんか見覚えのあるヤツ」

ひょいと指差しされた首謀者である男は、訝しげに首を傾げる。サンジは悪戯が見つかった子供のような顔で頭を掻きながら、

「さっきは災難だったな」
「・・・なんのつもりだ?今更ワビ入れられてもこっちゃ納得しねぇんだよ!」
「あ?バカじゃねぇかオイ何で俺がワビ入れんだよクソが。イヤイヤテメェがあんま汚ェ面寄せっから、つい足が出ちまってよ」
「・・・ヒトをバカにするのもほどほどにしろッ」
「まぁ聞けマゾファットマン。変態さんよ、そんなに俺にブチのめされてェのか?俺としては大人しく平和的にこう、高校生活をエンジョイしてェんだが・・・」
「どういう命乞いだよ。無理だな、まずは入院生活からスタートだ」

集団からゲヒャゲヒャと品のない笑い声があがる。どうやら乱闘は免れないらしい。

「我ながらなんちゅう人気者ぶりだよ…」

(どーなってんだ一体…なんか…なし崩しにダメダメな方向へ転がってく気がするぜ…)

これから先の長い三年間を思い、サンジは軽く溜息をつく。ぶるぶると頭を振って、

「OK解った、どうも俺には余程運がねェっぽい。―――で、最初に死にてェのはどいつだ?」

明確な殺気を込められた言葉とともに、サンジの瞳がすぅっと細められる。
 場にひやりと冷たい空気が流れた。先ほどまでの飄々とした態度が嘘のような凶悪な強い目線に、男たちが一瞬たじろぐ。
 ゆっくりサンジの口端があがり、挑戦的に微笑んだ。

「マナーのなんたるかを、身を持って教えてやるぜクソ野郎共!」

その言葉を皮切りに、一人の男がサンジに跳びかかる。

「―――!?」

目の前から突然消えた金髪に、男の目が驚きに見開かれた。
 かくんと膝が折れて、金髪のウェストを押さえつけるための腕が空を切り、あれ、と思った次の瞬間には背中に物凄い衝撃。
 背に当たった途轍もなく重い"何か"はそのまま男の胴体をズダンと地面に縫いつけ、ギリギリと踏みしめた。

「ぐ・・・ああああ!」

みしみしみしッ、と踏みつけられた箇所が立てる音と共に、哀れな犠牲者の口が泡を噴き始める。
 まさに瞬殺。その余りの速さに周囲は息を呑む。
サンジの攻撃はかわし様に放った体勢を崩させるためのロゥキック、合わせてトドメの背中へ一撃の二発きりだったが、男たちにはそのどちらも見えなかったに違いない。
 彼らには、仲間が地に伏す瞬間まで何が起きたのか解らなかった。

 集まる視線の先には、自分たちと同じ制服のポケットに両手を差し込んだ少年。
男を足蹴にしたまま丸めた背中を向けている。
金糸を揺らしながらゆっくり振り返りつつ顔を上げた。

「まずは一人。・・・次はどいつだ・・・?」
「・・・の野郎!」

持っていた木刀を振り上げサンジに向かった男は、大きく旋回した右足に側頭部をなぎ払われた。カランと軽い音を立て、役に立つことのなかった木刀が転がっていく。

「二人」

サンジは相手が倒れるのを確認もせず次の獲物を目で探す。
 取り合えず近い所で一番の大男に、同じくまわし蹴りを食らわせるが、今度の相手は結構頑丈に出来ていたらしい。
組みし易しとみて乱雑に出した同じ攻撃を読まれたか、顔の脇に並べた両拳でブロックされた。
 サンジの顔が一瞬驚きの表情を作るのを見て、快挙に気を良くした男はニヤリと哂い、拳を振り上げ反撃に出ようとしたが。

「ちっと遅え」

受け止めた筈の足はそのままもう一度高く上げられ、一気に脳天に落とされた。

「か…はッ」

ぐらりと巨体がよろけるが、首、肩、胸、わき腹と、続けざまに繰り出された蹴りは倒れることを許さない。ヒットするたびに、大男の体ががくがくと揺すられる。

「あの世で自慢しとけ?本日最初のフルコースだ」

サンジの呟きは大男の耳に届いたかどうか。
 一瞬身を屈め背中を見せたかと思うと、そこから矢のように足が伸びる。
強烈な後ろ回し蹴りをストレートに食らった大男は仰向けに吹き飛ばされ、どうッと地面を鳴らした。

「3。メンドくせえな、纏めて料理してやっからガンガン来やがれ!」
「あ、足に気をつけろ!妙な技使いやがる!」
「一気にかかれッ」

一人で向かっては返り討ちに遭うだけだとようやく悟ったのか、サンジの周囲を残った男たちが取り囲んだ。じり、とせばまる包囲網にも臆することなく、サンジはそのグル眉を吊り上げる。

「囲んじめーって?思うツボだっちゅーの!」

ひらりと身を翻し両手を地面につけた痩身が、勢いよく回転した。
 相手は何れも体格の良い、屈強そうな男たちである。それが、サンジの足が残像となるたびにあっけなく吹き飛ばされ昏倒して行く。

「・・・シメて、11だオラァ!」
「バケモノか、あいつはッ…」

少し離れてサンジの悲鳴を待ち構えていた首謀者は、悲惨極まりない戦況に、あんぐりと口をあけたまま震えていた。

実力の差がありすぎる。

 いくらなんでもここまで強いとは思っていなかった。数を頼みの自分たちが、まだその靡く金髪にさえ触れることが敵わないではないか。
 遅ればせながらもこれは自分たちの手に負える相手ではないのだと理解した頃には、仲間は片手で足りるほどにしか残っていない。
 このままでは全滅だと咄嗟に逃げ出そうとした矢先、呑気に寝こける緑色の頭髪が目に付いた。








 鳩尾に踝まで足を沈められた男が、ゆっくりとくず折れた。唇の端から零れた血液交じりの唾液がサンジの白いシューズにだらりと垂れてきて、サンジは慌てて足を引く。

「ぐあっ汚ッねェ〜!俺のエアクリンジになにしやがる!」

とうに意識を手放した男にオマケの踵落としをくれてやり、さて次は、とあたりを見渡した先に。
 サンジはサイアクなものを見つけてしまった。

「テメェ、何してやがる…」
「ウルセェッ、動くなよ1年!」

桜の下に寝そべるゾロの右頬に、細身のバタフライナイフが当てられている。
 陽光に照らされて、不気味にギラリと光るその刃。

(クソマリモのクセして、囚われのオヒメサマ状態かよッ…!)


「オトモダチに怪我させたくなかったら、大人しくしてろ。…おいお前ら、そいつの足縛っちまえ」

固まったように動かないでいる少年に、恐る恐るといった体で男たちが近づいた。
 不本意だがここは仕方ない。サンジが両手をホールドアップの形に挙げると、途端に慌てて手足を押さえにかかる。
 ベルトを外されて、揃えた両足首を締め上げられ、キツイ締め付けにサンジがかすかに呻いた。

と。

 イイざまだと男が笑った拍子に、ナイフが滑った。
ゾロに宛がわれたその切っ先が、彼の頬に僅かながら朱線を走らせるのがサンジの視界に入る。

「―――ゾロッ…!」



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 (2003.02.21)

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