ダメなものはダメ 4





 思わず上げたサンジの声に、ゾロの眉がぎゅっと寄る。
閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がった。

「…あ?もう朝か?」
「ッつか寝てんじゃねェこのクソマリモッ!」

己の境遇も省みず漏らされた第一声に、サンジが即行ツッコミを入れてしまう。

「ギャースカ煩ェな。終わったのか?」
「絶賛戦闘中だろ見て解んねぇのか!」
「―――余裕だな1年。ちったぁ大人しくしろや!」

サンジの腕を押さえつける男の一人が、その鳩尾に思い切り良く拳を叩き込んだ。
 反動で、細身の体が一瞬浮き上がる。

「―――ぅ、ぐッ!」
「良ッく暴れてくれたよなァおい!」

言葉と共に反対側のもう一人が、長い前髪に覆われた頬を躊躇いなく殴りつけた。固い拳はゴッという鈍い音とともに、サンジの唇の端に血を滲ませる。
 ペッと口内に溜まった血液を吐き出しつつ、サンジは両隣の男を交互に睨みつけたが、客観的に見ても体格のいい男たちに両腕を取られて吊り上げられた己の姿は劇的にカッコ悪かった。

「…クソ…ッ」
「戦闘中つうか捕まってんだろソレ」
「ちっ違―よ!こ…こりゃあ…、"連れ去られる宇宙人"ごっこだ!(どーん)」

大威張りで高らかに宣言したサンジだったが、それはもう真っ赤に赤面していた。

「…宇宙人…?」
…おう…

返す言葉には当然の如く力がない。

「やっぱりアホだなお前」

精一杯虚勢を張る少年に、なんだか感心したようにゾロが呟いた。
 遠慮のカケラもない指摘を受けショックで石化するサンジに向かって、尚も言い募る。

「ったく、雑魚相手に何手間取ってんだ?俺ァ待ちくたびれたぜ」
「う、うるせえよグースカ寝てたくせしてエラそーなこと云ってんじゃねェ!こいつらがあんま弱ェからちっと油断しただけだ!」
「そーかよ。…手伝って欲しいか?」

この発言にはサンジもカチーンと来た。

「助けが必要なのァどっちなのかテメェのマワリ見てみろ!足引っ張ってんじゃねェよこの寝腐れマリモ!」
「俺のマワ…あ?」

サンジの言葉に、初めてゾロの視線が傍の男に向けられた。頬の横で光をはじく刃。
 長らく無視されていた格好の男は怒りでわなわなと震えている。

「ナイフ当てられてシカトたァイイ根性だ…おい1年、悪く思うな?金髪ボコる間、てめぇには人質んなって貰うからよ」
「これでか」

ゾロの指先が、さりげなくナイフを挟んだ。

「おい、触るんじゃ―――?」

反射的にナイフを引こうとした指が、ぴくりともしない。不思議に思い全力を込めてナイフを引っ張るが、腕が震えるばかりで埒が明かない。
 男の背を冷や汗が伝い落ちる。

(動かねぇ!?)

低く落とした声が、ナイフを突きつけられた筈の少年から洩れた。

「アイツの獲物を横取りしちゃマズかろうと思ったが…俺は、俺に刃を向けた相手には容赦しねぇ」
「…ッてめぇ…?」

思わず凝視した少年の瞳には、なんの感情も伺えない。怒りも、焦りも。
 微動だにしないナイフに加え、それが余計に男の恐怖心を煽る。

(…なんだコイツ…人間を見る目じゃねぇ…?)
「どんなちいせえ刀でも」

ナイフを挟むゾロの指先がかすかに動いて、少しだけ力が込められたのが解った。
 パキ、と小さな音を立てて、チタンの刃が真ん中から二つに折れた。

「なッ!?」
「ガキがオモチャにしていいもんはねェんだよ」

驚愕に見開いた目に映るのは、子供が玩具を壊すように一瞬で凶器を破片に変えたゾロが、不敵に笑うその顔。
 自分よりも年下のはずのこの少年が自分より遥かに戦い慣れた男だったのだと理解した途端、顎に物凄い衝撃が走る。

「―――ぐぁッ!」

転がっていたはずのゾロの竹刀が跳ね上がり、下から男の顎を容赦なく打った。
 突然与えられた激痛に、男は口元を押さえてのたうちまわる。口の中を切ったのか、顎を覆った指の間からだらだらと血を零した。
 竹刀を片手にゆらりと立ち上がったゾロは、男を傲然と見下ろしながらすっと剣先を相手の鼻先に据えて一言。

「どうする?」

まだやるか?と言外に尋ねられ、一撃で戦意を喪失した男は涙目でぶんぶんと首を左右に振る。

「そりゃ良かった。弱い者イジメは趣味じゃねぇんでな」

年上に向かい随分ご大層な言い様だが、命拾いをした男は安堵するしかない。
 顎を砕かれた首謀者がへなへなとその場にへたり込むのを見て、慌ててサンジを押さえつけていた男たちが怒声を発した。

「お、おい!それ以上ヤりやがったらこっちの金髪が」
「俺がなんだ?」

楽しげな声にハッとサンジの両脇を押さえつける男たちが振り向いた瞬間、その体が引き摺られるようにして後ろに傾いだ。

「何ッ…」

掴まれた腕を支点に、サンジは振り子の要領で体を振る。縛られたままの足首がきれいに円を描いて空に翻った。着地と同時にするりと腕を解かれた男たちが動揺を現す間もなく。

「へへッ…おうテメェら、よっくも俺様にステキな真似さらしてくれたなァ!」

男たちの背後に降り立ったサンジは、自由になった両手を地面につけると、縛られたままの足を思い切り良く振り回した。






「…クッソ、俺のナイスな足首に痕がついちまったじゃねぇか」

さっきまでゾロが寝そべっていた桜の下。キツめに縛られたベルトを外し、赤くなった足首を擦りながらサンジがぼやいた。

「足よか、顔の方がひでぇぞ」
「あ?あああ腫れてやがる!あんのクソ野郎、も一発位いれとくか…って、ドレだっけ…?」

殴られた左頬を触りながら、裏庭に転がったまま動かない上級生達を眺めやる。
 うずうずと肩を揺らすサンジに、隣に立つゾロが呆れたように声を掛けた。

「まだ暴れ足りねぇのかよ。…やめとけ。それ以上やったら死ぬぞ」
「死ぬか?」
「死ぬだろうな」

不恰好なマネキン人形のように倒れ付した男たちに勿論意識はない。
 ちぇーと呟く金髪頭をゾロは物珍しそうに眺めた。

顎を砕いた首謀者は、サンジに全滅させられた仲間たちを前にすっかり腰を抜かしていたが、『二度と余計な気を起こさないように』と文字通りズタボロになるまでげしげしと踏みつけられた。
 結局サンジひとりで全ての上級生を片付けたようなものだ。




 初めて会った日に少しばかり手合わせした時にも感じたが、なかなかどうしてこの痩せっぽちは腕が立つ。

(やっぱ面白えコイツ)

他人に興味を持てない自分が、進路を変えてまで追いかけた。





 じっと自分を見つめるゾロには気づきもせず、サンジはしきりに殴られた頬を触っている。腫れ具合が気になるのだろう。
 ひょこひょこゾロに近づくと、いきなり無断でそのポケットをまさぐり始める。

「…なんだ?」
「鏡。テメェ鏡持ってねぇか?」
「持ってるワケねぇだろ」
「―――だよな。テメェみてえなダセエ腹巻野郎がそんな小洒落たモン持ってるワケねぇか」
「…いちいちムカつく言い草だなお前…」
「本当のことじゃねェか腹巻」
「腹巻呼ぶな。つうか、別にいつも履いてるワケじゃねぇ」
「付けてたじゃねーかあん時は。同じ中3で既にオヤジ入ってるヤツが相手だと知った時ァ、流石の俺も引いたぜ〜」
「家でナニ着てようと俺の勝手だろうが!いきなり呼び出しといて偉そうになんだ」
「だって俺が呼び出したワケじゃねぇもん」
「………」

口を尖らせてうそぶくサンジ。
 ふとその唇の端についた赤い物を見咎めて、ゾロは指を伸ばした。

「痛ッ…ってなにしやがる!」
「いや、血。ついてっから」

既に固まりかけたそれを、指先ではじくように落としてやると、すれ違うようにサンジの手が己の頬に伸びた。

「テメェだって―――ココ、切れてんぜ?」

泥だらけの指先が、ゾロの傷口をすうっとなぞった。思いがけず優しいその動きに、ゾロは発作的に手首を掴んでしまう。

「なんだ?放しやがれ」
「―――なんでだ?」
「はぁ?」

問いかけた言葉と同じ言葉を返されて、サンジは訝しげに片眉を上げる。

「さっき、俺を庇ってたんだろ。放っときゃ良かったじゃねーか」
「まぁ、そりゃそうなんだが…その…なんとなく?かなァ…」
「なんでだ」

うっとサンジが詰まる。強い瞳でじいっと見つめられて、視線が逸らせない。
 しばらく睨みあった後、サンジは観念したように白状した。

「これ以上、テメェを傷モンにするわけにはいかねえだろ」
「キズモノ」

投げやりに言い捨てたその頬が僅かに赤く染まっているのは、殴られたせいだけではなさそうだ。

「テメェみてぇなクソ野郎がどうなろうと、知ったこっちゃねェけど」
「………」

ぽかーんと口を開けるしかないゾロである。折りしもゾロの気持ちを代弁するかのように、桜に立てかけておいた竹刀がばたっと倒れた。

「どうした黙り込んで。感動してんのか?」
「…お前は、解っちゃいたが救いようのねえアホだ」

心底呆れたような声でそう云われて、サンジは「誰がアホだ!」と憤るが、ゾロはそれをあっさり無視する。
 掴んだままの白い手首をぐいっと引っ張って、サンジの上着の袖を捲り上げた。

「―――細ェな」
「テメェが太すぎんだろ!つうか何しやがる!」
「こんな細い腕で、カラダで。良く俺をゴーカンしただとか云えたもんだ」
「…腕っぷしと細いのは関係ねェだろ、俺ァ今まで負けたことねェもんよ」
「そうかよ」

ゾロの中で何かがぶちっと切れた。

 滅多に表情が表に出ないため端整な面立ちなのにも関わらず周囲に恐れられてきたその顔が、今ははっきり凶悪なそれに変わっている。

(なんだこいつ―――なんか怒らせるようなこと言ったか俺?)

ゾロの変わりように流石にうろたえたサンジがそう思った矢先。



ぐいっと。
物凄い力で腕を引かれた。




そのまま引き寄せられて、ぎゅうっと片手で抱きすくめられる。
 ほぼ変わらない身長だと云うのに、硬い筋肉で覆われたゾロの体は己のそれとまるで違って、サンジはかなり焦った。
 もともと自他共に認める女好きである。
男に抱きしめられるという異様な状況に耐えられる筈もなく、全身全霊を込めて抵抗する。
 しかしサンジの両腕は抱きこまれて上げる事も敵わず、自由な足でばかすか蹴ろうがじたばたもがこうが、対するゾロはびくともしない。

「いてッ!」

乱れる金髪を後ろから思い切り引っ張られ、のけぞるように顔を上げさせられて。

「―――ッ!」

噛み付かれた、とサンジは思った。
 驚愕に大きく見開かれた蒼眼に映るのは、睨みつけたまま口付けるゾロ。

「んんんんんんんんんんんーッ!」
(何しやがるこのクソ野郎―ッ!)

唇をふさがれているので勿論声は出せない。
 あの朝目覚めたときと同じ、幾分高めの体温がサンジをきつく抱きしめる。
体を捩って抗議するが、舌先で唇をべろりと舐められると、足が勝手にがくがく震えだした。
 何がどうなっているのかサッパリ解らない。取り合えず固く唇を閉じていると、唇をくっつけたまま、ゾロが押さえた声で呟くのが耳に入った。

「口開けろ童貞。入れらんねぇだろ」
「んんむむむ〜〜〜〜!」
(何を入れる気だオイ!)

目を白黒させるしかないサンジに痺れをきらしたか、ゾロはガチリとサンジの唇を噛んだ。
 痛みからか僅かに開かれた唇に、強引に自分の舌を差し込む。
喰いしばった歯の上、エナメルの感触を楽しむようにひとつひとつを舐め上げてやると、サンジの喉の奥がぐう、と鳴った。
 初めて感じる他人の舌。気持ちイイとか悪いとかを通り越して、ただただ頭がぼうっと痺れてくる。
視界の端で、ゾロがかすかに笑うのが見えた。







 どれ位長い時間、そうしていたのか。
やっと体と唇を解放されて、その途端ガクリと脱力してサンジはその場に膝をついた。
 呆然とする少年にゾロはこともなげに言い放つ。

「キスひとつでガタガタじゃねぇか。偉そうに人をキズモン扱いしやがって」

ゾロの揶揄するような口調に、サンジががばっと顔を上げた。

「テメェは…ッ!」
「ん?なんだ?」

見上げれば、先ほどまでの暴力的な行動が嘘のような横柄なゾロの顔つき。
 いいようにあしらわれた怒りで体が震えるが、そこではた、とサンジは思い当たった。

「なんで、俺にこんなこと仕掛けやがった…?」
「や、お前があんまりアホな誤解してっから」
「誤解、だ?」

サンジの瞳が点になった。
 それを見ながら(このアホ面も面白え)とゾロは思ったが。

「つつつつまり何か、俺はテメェを抱いたワケじゃなかったってことか?」
「たりめーだアホ」
「そうか…俺はまだ童貞のまんまか…」
「そーいうコトになるな」

しかし次にサンジから発せられた言葉に、ゾロの目まで点になった。

「…じゃあつまりお前は」
「ん?」
「俺をオカしておきながら、半年も放置くれやがったってことだよな…」
「はあああああああ?!」

(今度は何言い出したコイツ!)

すっくと立ち上がると、思いっきりゾロの襟元を締め上げながら大声で抗議を始める。

「サイテーだテメェ!この人でなし!サイテーエロマリモ!」
「何だそりゃあ…オイちったぁ落ち着け!」
「うるせえうるせえうるせえ!俺のバージン返しやがれクソったれ腹巻!」

半年放置した自分はすっかり棚に上げてしまい、いつまでもぎゃあぎゃあと喚き続けるサンジは何故か半泣きだった。
 なんだかどっと疲れて言い返す気力もなくなったゾロは、

(もーどーにでもしてくれ)

とげんなりしたとかしないとか。





NEXT ACTION = "KAWAIIHITO"


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 (2003.02.24)

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